「あなたに似た子」「朝靄が死をつつむ」

(『新装版 二人の夫をもつ女』=夏樹静子著、講談社文庫=所収)

写真》いくつもの可能性

 選挙が終わった。どの党が勝った、負けたという政局ばなしをするつもりはない。確実に言えるのは、これからしばらく憲法を変えるかどうかが大テーマになりそうなことだ。

 

 日本国憲法については、当欄の前身コラムでとりあげたことがある(文理悠々2013年9月17日付「日本国憲法を読むという読書」)。そこで僕は「昨今の改憲論議でもっとも気になるのは、戦争直後にできた憲法は今の時代の求めに応えていないという言い分だ」と書いた。新たに世間の関心事となったテーマをもちだしては、現憲法を「時代遅れ」と断ずる。その結果、改憲派主流がずっと主張してきた第9条の改定は陰に隠される。

 

 このときの新顔テーマの定番が環境と生命だ。軍事力保持を明文化するかどうかとなると改憲のハードルは高くなるが、環境保護や生命倫理の話なら抵抗感が小さいので、有権者も乗ってきやすいだろう――そんな思惑が見え隠れする。現に、右派ではなく中道寄りの勢力が改憲を口にするとき、検討項目に挙げられることが多い。だが、ここは熟考したい。これらの問題に対処するのに、ほんとうに憲法を変える必要があるのか。

 

 前述「文理悠々」の拙稿では『新装版 日本国憲法』(講談社学術文庫)を読んで、少なくとも環境権については「時代遅れ」とは言えない、と論じた。第25条で国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を認め、国に「公衆衛生の向上及び増進」の努力を義務づけていて、環境の保全や公害の回避は当然そこに含まれる、と僕には読めるのだ。先人が「健康で文化的」という幅のある言葉を選んだことに深い敬意を抱く。

 

 ということで今回は、生命観について考える。最近目にとまった話題に体外受精の広まりがある。日本産科婦人科学会が今年9月に公表した統計によると、2015年に国内ではこの技術を用いて5万1001人の赤ちゃんが生まれたという。出生児20人当たり1人の勘定だ。この手法が、不妊治療の一つとして日常化したと言ってもよいだろう。1980年代に医療分野を取材した経験がある元新聞記者にとっては驚くべき数字だった。

 

 日本で初めて体外受精児が生まれたのは1983年のことだ。そのころは生命誕生につながる受精を人工の環境下で代行する医療は好奇の目で見られ、拒否感を抱く人も多かった。だが30年あまりが過ぎて、いまや不妊に悩む夫婦の有力な選択肢になっている。このことからわかるのは、人々の生命倫理は時代とともに変わるということだ。だから、こういう問題は憲法になじまない。生命科学技術を改憲時点の倫理観で縛るべきではない。

 

 で、今週はミステリー。このジャンルは生命科学を扱うとき、執筆時点の最新知見をもとにする。それを今の視点で読んでみると、世の中の生命観の移ろいが見えてくる。

 

 話題にしようと思うのは、夏樹静子作品。この作家は本格推理の書き手でありながら、日々の生活に悪意がしのび込む様子を描きだすことに長けている。社会派ではある。ただ、松本清張の作品群に見られるようにマクロの悪をあばきだすのではなく、どちらかと言えば家庭や職場に潜むミクロの悪を切りだす、という印象が強い。今回は、そんな作品が並ぶ『新装版 二人の夫をもつ女』(夏樹静子著、講談社文庫)所収の2編をとりあげる。

 

 巻末に、この短編集は1980年に講談社文庫から出たとある。僕が手にとったのは、その改訂版で2014年刊。著者の作家デビューが1970年であることを考え合わせると、ここに収められた作品は70年代の最新知見を反映しているとみてよいだろう。

 

 まずは、冒頭の1編「あなたに似た子」。最初の段落には「午前十時台のこの団地の道路は、人通りが途絶えて、奇妙にシンとした感じになる」「大方の主婦たちが、夫や子供を送り出したあと、お茶を淹(い)れ、帯ドラマを視ている時間だからであろう」と書かれている。若い夫婦が「団地」にスイートホームを求め、そこには昼間の住人として専業の「主婦」たちがいる――それが、都市郊外の典型的な光景だった時代の話である。

 

 冬のある日、団地の歩道を、もとは自身も入居していたが今は近くの戸建てに移った梓若子が3歳の勝巳を連れて歩いている。すると、公園にたむろする女性たちが「いっせいに振返った」。幾人かの視線には「冷ややかな反感」がある。通り過ぎると「まったく似てるわねえ、勝巳ちゃん」「本当ねえ。近ごろますます似てくるみたい」。そんな言葉が聞こえてくる。この団地に住む慶田了介の子、寛とそっくりだというのである。

 

 不倫の詮索。団地コミュニティーにあっては井戸端会議の格好のネタだろう。おもしろいのは、その勘ぐりが一定程度に真実だったことだ。若子と了介はたしかに一線を越えていた。そして実際、勝巳と寛は似ている。だが、勝巳は了介の子ではなかった。「彼は三年半前に生まれ、妊娠当時若子は慶田という男の存在すら知らなかったのだ!」。世間の読みはズバリ的を射ていないが、自分のほうからは弁明しにくい状況がそこにはある。

 

 ここで出てくるのが、血液型だ。若子と了介の会話。「あなたは何型?」「ぼくはO型だ」「主人はA、私はB型なの。これで勝巳のを調べれば、はっきりするわけだわ」――そうだ、あのころは血のつながりを探るにはこれしかなかった。この作品では「血液型による親子鑑定」はABO式のほかにも多くの方式があり、それらを組み合わせて確度を高められることが書かれているが、まずは当事者がA、B、AB、Oのどの型かを知ることだった。

 

 この作品は、ここからの展開がおもしろいので筋に立ち入るのは打ち止めにする。一つだけ明かせば、ABO式の鑑定がもたらす疑心暗鬼がミステリーの核心にあることだ。両親の型によって、この型の子は生まれないと断定できるケースはある。だがその一方、たいていの組み合わせでは子の型が一つに決まらない。一つに決まる場合でも、それは血がつながっていても矛盾しないというところでとどまり、血縁の有無を確答できないのである。

 

 今ならば、DNA型鑑定がほぼ確実に生物学的な親子関係を判別できる。遺伝子を乗せたデオキシリボ核酸(DNA)の塩基配列の特徴は人物を特定できるだけでなく血縁関係もたどれるので、疑心暗鬼を追い払える。「あなたに…」には、若子が「両親の血液型の組み合せに応じて生まれうる子供の血液型を表にしたもの」を見ながら気を揉む場面があるが、それがミステリーのひとこまとして成立しなくなっているのである。

 

 「朝靄が死をつつむ」にも血液型が出てくる。主人公「私」の友人(27)がアパートの自室で死ぬ。ガス栓が全開になっていて自殺のようではあるが、事件の可能性もある。体内から精液が検出され、血液型を調べると彼女の婚約者のものと同じだったが、もしかしたら別人にレイプされたのかもしれない。疑わしい人物が浮かびあがっていたので、「私」はその男の血液型を知ろうとする。これも今なら即刻、DNA型鑑定に付されるだろう。

 

 余談だが、ここで時代を感じるのは、「私」がいともたやすく血液型情報を手に入れることだ。その男の実家でかつてお手伝いをしていた女性にあたると、「それなら、古木先生とこでうかがえばわかりますよ」と主治医の記録を看護師経由で聞きだしてくる。血液型が事件捜査で幅を利かせていたころ、個人情報の扱いも緩かった。昨今は捜査権をもたない素人探偵が事件に首を突っ込んでも、自力では情報をなかなか集められない。

 

 この2編からわかるのは、DNA科学が世の中のありようを変えたということだ。不倫話であれ、刑事事件であれ、血液型が頼りの時代はあいまいな部分が大きかった。ところがDNA型は、きっちりと答えを出してしまう。これは、ミステリーの土台を揺るがすだけではない。僕たちが日々の暮らしでもろもろの判断をするときにも影響を与える。世の中のしくみは、その変化を見極めながら再設計されなくてはならない。時間のかかる作業だ。

 

 人は今、DNAという生命情報の塊を手にした。だが、その賢明な扱い方をまだ見いだしてはいない。新しい生命倫理が熟するまえに、それを憲法に盛り込むのは拙速に過ぎる。

(執筆撮影・尾関章、通算392回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

■原則として毎週金曜日に更新、通算回数は前身のブログ/コラムを含みます。

■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバー検索はこちらから

『ゴルフ場殺人事件』

(アガサ・クリスティー著、田村義進訳、ハヤカワ・クリスティー文庫)

写真》人気スポーツ(朝日新聞2017年8月14日朝刊)

 スポーツのどれが好きで、どれが嫌いということはないのだが、ことゴルフに限っては距離を置いて眺めてきた。僕たちが幼かったころ、それは今と違って富裕層の象徴だった。だからこそ羨望の的ともなったが、一方で疎遠感も呼び起こしたのである。

 

 思いだすのは、テレビ草創期の人気ドラマ『ママちょっと来て』だ。日曜夜に日本テレビ系で放映されていた。ママは乙羽信子、パパは千秋実。二女一男の子どもたちがいた。豊かな中流家庭を描いた米国製ホームドラマの和製版と言ってよい。ウィキペディア(日本語版、2017年8月18日時点)には、1959年から63年まで続いたとある。当欄でも2016年8月12日付「TVのあの頃を風化させないために」で触れた。

 

 録画が手もとにはないので記憶によって綴るしかないが、あのドラマで千秋パパがどんな日々を送っていたか、その光景は鮮明に脳裏に残っている。会社では中間管理職の立場にあり、オフィスに腰かけて書類が回ってくるたびにハンコを押している。日曜日の朝も、妻子を残して家を出る。「また今週も?」。非難がましい視線を背後に浴びながら……。このとき、パパの肩にあったのがずっしりと重たそうなゴルフクラブ一式だった。

 

 このドラマは、当時日本の都市近郊でふえつつあった中流上層(アッパーミドル)の生活様式を映していたと言えるだろう。それは、僕自身が見た光景とも合致する。父親が大手企業に勤める友だちの家に遊びにいくと、庭にゴルフ練習用のネットが置かれているということがよくあった。ホワイトカラーの接待アイテム兼贅沢な趣味という感じ。ゴルフは、戦後経済が復興から成長へ向かうとき、その担い手の嗜みとなっていたのである。

 

 それは高度成長が進むにつれて、利権や乱開発と密接に結びつく。ゴルフ場はレジャー開発の目玉商品となり、その会員権が売り買いされて投機欲をそそった。そして、造成のたびに山肌が削られる。そこにあるのは、金権政治と自然破壊のイメージだった。

 

 一方で、ゴルフは大衆化もしていく。前述「TVのあの頃を風化させないために」では、深夜番組「11PM」(日本テレビ系)でレジャー情報の一つにとりあげられていたことを書いた。テレビの試合中継もふえて、スター選手たちが次々に現れた。ひとことで言えば、人気スポーツとして野球や相撲に並んだのだ。だが、後に新聞社に入ってみると、ゴルフ好きの同僚は少なかった。僕ら世代の青臭い記者精神とはそりが合わなかったのだろう。

 

 今は、そんな負のイメージが一掃された、と言ってよい。ただ、一つの時代に一つのスポーツが一つの記号となったことは記憶にとどめておくべきだろう。で、今週は、ゴルフというスポーツがどんな文化を背負ってきたかを英国の長編ミステリーで考察してみる。

 

 とりあげるのは、『ゴルフ場殺人事件』(アガサ・クリスティー著、田村義進訳、ハヤカワ・クリスティー文庫)。原著は1923年に出ているので、著者(1890〜1976)にとっては初期の作品だ。早川書房は詩人として著名な田村隆一の訳も文庫化しているが、今回の本は2010年代に入ってからの新訳である。会話文の「でも、それって、あんまりじゃない」といった言葉遣いは現代風。新旧訳者は同姓だが、特段のつながりはないらしい。

 

 原題は、“Murder on the Links”。辞書で「リンクス」を調べると「海岸・河岸に造られた比較的平坦なゴルフ場」(デジタル大辞泉)とあるから、邦題はほぼ直訳と言ってよいだろう。英英の辞典には“linksland”という言葉もあり、それは海沿いにあってなだらかな地形をなし、砂っぽい土壌が雑草に覆われているようなところを指しているらしい。ゴルフの本場スコットランドの自然を生かしたコースが目に浮かんでくる。

 

 この小説に出てくるゴルフ場は、スコットランドにはない。フランスの「メルランヴィル」という、おそらくは架空の田舎町。探偵エルキュール・ポアロと相棒ヘイスティングズが英国から赴くとき、港からタクシーで乗りつけているからドーバー海峡からそう遠くはない。後段で二人が互いの推理を語りあう場面には「われわれは海が見おろせる草地に腰をおろした」という描写がある。一帯は潮の匂いがして、リンクスランド風なのだろう。

 

 事件の発端は、こうだ。富豪ポール・ルノーがメルランヴィルの自邸から身の危険を訴え、助けを求める手紙をポアロに送る。そこで海を渡って屋敷に駆けつけると「ムシュー・ルノーは亡くなりました。今朝、殺されたのです」と告げられる――その死体発見場所が、隣接するゴルフ場の敷地に掘られた穴だった。コースはまだ造成中で、翌月にオープンの予定。作業員が早朝に見つけたという。以下、例によってミステリーの筋は追わない。

 

 僕が興味をそそられるのは、ここから当時の欧州社会の様相がどう見えてくるか、ということだ。まずは、ルノーの民族的背景のあいまいさ。家政婦は捜査陣に対して「旦那さまはお金持ちのイギリス紳士」と言う。実際、ロンドン市内やその北郊ハートフォードシャーにも邸宅を構えている。ところが秘書は、雇い主は「フランス系カナダ人」であると証言する。要は、彼は英国人らしくも見え、フランス系のようでもあったということだろう。

 

 これは、富裕層に限った話ではない。この作品の見せ場の一つに、ロンドンが拠点のポアロとパリ警視庁刑事ジローとのさや当てがあるが、そこに英仏の対立構図はない。前者が「灰色の脳細胞」を働かせれば、後者はとことん「物証」にこだわる。英国文化は経験論を重んじるから、入れかわったほうが自然のようにも思える。そうならないのは、ポアロが英国に住んでいても母語がフランス語のベルギー人、即ち大陸の人だからではないか。

 

 この作品に登場する謎めいた女性も、同様のあいまいさに満ちている。若かったころ、周りに出生をめぐる噂が立った。「ロシアの大公の非嫡出子であるとか、オーストリアの皇太子の正式の子だが、母が平民であったため、皇位につけなかったとか」。こんな都市伝説が成り立つほど、欧州人は国境を超越して交ざりあっていた。それは今の話ではない。欧州列強が角突き合わせていたころ、欧州連合(EU)などなかった時代のことである。

 

 ひとつ言えるのは、そういう国際性が蓄財につながり、富豪を生みだしたことだ。ルノーも、自らの経済活動の主舞台は南米だった。「これまでの人生の大半をチリとアルゼンチンで過ごしてきた」「南アメリカ関連の株を大量に持ってるんじゃなかったかな」。そんな巷間情報をヘイスティングズがポアロに伝える。チリもアルゼンチンも19世紀にスペインから独立していたが、欧州列強にとっては依然、資源の供給元にほかならなかった。

 

 とりわけ、チリ硝石と呼ばれる鉱物は20世紀初めまで垂涎の的だった。天然の硝酸ナトリウムで、火薬や肥料の原料となる。1910年代にアンモニアの人工合成法が確立するまで、それは工業国が手に入れておきたい品目の一つだった。さらにチリには銅鉱山もあって、こちらの採掘も盛んになってくる。鉱脈に賭ける経済は投機を呼び起こしたに違いない。ルノーが買いあさったという株は、きっとそんな産業構造に関係していたのだろう。

 

 当時の欧州人の一つの典型は、ルノーの秘書に見てとれる。初対面のとき、ヘイスティングズが受けた印象はこうだ。「見あげるような長身、運動選手のようながっしりとした体軀、顔も首も日に焼けていて、威風あたりを払っている」。英国生まれ、アフリカで狩猟する、朝鮮に出かける、米国で農業も営む……まさに「世界を股にかけている」という言葉の通りだ。今とは違って、欧州が支配する側にだけ回るグローバル経済がそこにはあった。

 

 さて、再びゴルフの話。隣地のリンクス造成も「ムシュー・ルノーの寄付金によるところが大」(地元の警察署長)というから、このスポーツはやはり富裕層の地位を代弁するものだったのだろう。皮肉なことに、その一角が当人の墓場となったわけだが……。

 

 アガサ・クリスティーの小説世界は、欧州の権勢で歪んだ地球儀の表面にある。そのことを彼女は表だってどうこう書かないが、僕たちはその歪みに気づいておくべきだろう。

(執筆撮影・尾関章、通算382回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

■原則として毎週金曜日に更新、通算回数は前身のブログ/コラムを含みます。

■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバー検索はこちらから

『ハロウィーン・パーティ』

(アガサ・クリスティー著、中村能三訳、ハヤカワ文庫〈クリスティー文庫31〉)

写真》カボチャ

 なぜか知らないが、街がうきうきしている。八百屋にあるはずのカボチャが花屋にもあって、どうしてなのかと思ったらハロウィーンが近づいてきたのだ。今の子どもたちは、心の歳時記に10月末の仮装遊びをしっかりと刷り込んでいる。

 

 僕たちの暮らしにとけ込んだ片仮名表記の行事と言えば、昔は12月25日のクリスマスくらいしかなかった。ところがいつのまにか、2月14日のバレンタインデーが広まった。いつからかについては諸説あるようだが、僕の記憶では1960年代後半からではなかったか。背景には、チョコレートをつくって売る食品流通業界が格好の商機ととらえたということがある。似たような流れで、10月31日のハロウィーンが近年急速に広まった。

 

 ハロウィーンは、ケルトの民俗文化に由来するらしい。クリスマスやバレンタインデーと比べると、キリスト教との縁は薄い。英国にはケルト系の血を引く人が大勢いるのでさぞ盛んだろうと思えるが、僕のロンドン在住経験ではそれほどではなかった。11月5日にガイ・フォークス・デイがあり、むしろそちらの花火が町に響いていた。これは、17世紀初めにプロテスタント系王権の転覆計画が発覚、事前に封じ込まれたという故事に因む。

 

 では、現代版ハロウィーン再興の地はどこか。1年前の朝日新聞「天声人語」には、アイルランドなどに伝わる「死者が帰って来ると言われる収穫期、幽霊に変装して仲間のふりをし、食べ物を供えた」という風習が「19世紀に移民を通じて米国に伝わり、盛んになった」とある(朝日新聞2015年11月1日付朝刊)。英国のケルト文化はアングロ・サクソンやノルマンの文化に追われるようにして米国へ渡った、と言えないことはない。

 

 それにしても今の世の中、どうしてこうもたやすく異文化の催しを受け入れてしまうのか。日本社会だけではない。米国でも、ケルトという一民族の年中行事が多民族コミュニティーに浸透したのである。ひとつ言えるのは、現代人がハレの日中毒になっているのではないか、ということだ。夏休み気分が薄れてクリスマスまで間がある時季に、もう一つヤマ場を設けよう。そんな思惑が商戦を仕掛ける側にも、それに乗っかる側にも見てとれる。

 

 で、今週の一冊は長編ミステリー『ハロウィーン・パーティ』(アガサ・クリスティー著、中村能三訳、ハヤカワ文庫〈クリスティー文庫31〉)。地域の少年少女を集めてひらくパーティーの最中に起こった殺人事件の謎を、会に居合わせた探偵作家アリアドニ・オリヴァや、彼女の依頼を受けた私立探偵エルキュール・ポアロが解いていくという物語だ。発表は1969年。著者(1890〜1976)にとっては晩年の作品ということになる。

 

 事件が起こった「ウドリー・コモン」という町は架空の地名らしいが、ロンドンから30〜40マイルの距離にあるとされている。イングランドの大都市郊外なので、ケルト文化の痕跡はあまり残っていないと思われる。それなのに、やはりハロウィーンなのか。

 

 そう思っていたら、本文の2ページ目にヒントがあった。ミセス・オリヴァが、こんな言葉を口にする。「わたし、昔からカボチャとハロウィーンを結びつけて考えるんだけど、あれは十月の晦日(みそか)だったわね」。ハロウィーンのことはよく知っているが、それが何日かはすぐには確信がもてない。距離感のある口ぶりだ。米国に滞在していたとき、感謝祭のパーティーで「家じゅうカボチャだらけ」の光景を見た、という思い出話もする。

 

 1969年と言えば、第2次大戦後の国際社会で米英の力関係の逆転がほぼ確定した頃とみてよいだろう。そのころまでに米国から英国へ、ハロウィーンが逆輸入され、カボチャを飾りものにする習慣ももち込まれていた。そう考えると妙に納得がいく。

 

 さて、そのパーティーは、地元有力者ミセス・ドレイクの邸「リンゴの木荘」で開かれる。「箒の柄競争」「小麦粉切り」「リンゴ食い競争」といった余興が続く。おひらきが近づいて13歳の少女が姿を消し、閉会後、リンゴを浮かべたバケツの水で溺死しているのが見つかる。その子は「あたし、前に人殺しを見たことがあるのよ」と語っていた――そんな話なのだが、当欄は例によって筋には立ち入らない。別の視点で読みどころを探そう。

 

 なんと言ってもおもしろいのは、著者が「おばあさん」の目でとらえた1960年代末の世相だ。皮肉あり風刺ありで、機知にも富んでいる。老境定番の「いまどきの……」が飛びだすのは、ポアロの旧友である元警視の言葉。「いまどきの娘さんは、わたしの若いころよりも、ろくでなしの亭主と結婚してるような気がしますがね」。母親は娘のデート相手がどんな男なのか「知らないし」、父親もそれを「知らされていない」と嘆くのである。

 

 少年少女の早熟ぶりも、ちょっと意地悪く描かれている。ミセス・オリヴァがリンゴの木荘でトイレを探しあてたときのことだ。「彼女は階段をあがり、踊り場の角をまがると、男の子と女の子のカップルにあやうく突きあたりそうになった」。男子15歳前後、女子は12歳よりやや上か。濃密なキスの真最中だ。「ちょっとごめんなさい」を繰り返し、「すみませんけど、通してくださらない? このドアからはいりたいんですから」と畳みかける。

 

 ファッションにもうるさい。パーティーで魔女役を務めたミセス・グドボディはポアロを相手に、ハイティーン男子の服装を腐してこう言う。「着ているものなんか、とても旦那(だんな)はほんとと思やなさりませんよ。バラ色の上衣に、黄色のズボンですよ」。メンズウェアのカラフル化がピーコック革命と言われたりもした頃だ。返す刀で「女の子が考えつくのは、スカートを上へ上へあげることだけ」と、ミニスカートブームにもあきれている。

 

 女性を惹きつける男性の魅力が変わったことも、ポアロの心理描写を通して書き綴られている。彼は、若い男に対する褒め言葉が「美しい」から「セクシー」に代わりつつあることに思いをめぐらす。「セクシーな女はリュートを手にしたオルフェウスを求めはしない。彼女らが求めるのは、しゃがれ声の、色目使いの、ぼさぼさのむさくるしい髪をした流行歌手なのである」。もしかして、著者の頭にあったのはボブ・ディランの顔だろうか。

 

 ここで注目すべきは、著者の批評精神が風俗、流行の表層にとどまっていないことだ。それは、ミセス・オリヴァがポアロに投げかける言葉に託されている。「あなたのお話がなにに似ているか、わかってらっしゃる? コンピューターですわ」。情報を自らの頭脳に「供給(フィード)しておいて」「なにがでてくるか、見ようとしてらっしゃる」というのだ。ポアロがそれを認めて、コンピューターの無謬性を盾に開き直ると猛然と反論する。

 

 間違えないことにはなっている、だが現実はそうじゃない、それは自分に届いた前月分の電気代の請求書をみればわかる、という話をしてからこう言う。「人間の過ちなんて、コンピューターがその気になって犯す過ちにくらべれば、ものの数じゃありませんよ」

 

 当時、コンピューターが颯爽と現れ、なにごともインプット→アウトプットの図式でとらえられるようになった。今日では、社会の大部分がその管理下にあると言っても過言ではない。ただときに、脆さを見せつけられることもある。交通機関のシステム障害が一つ起これば影響が全国のダイヤに及ぶ、というようなことだ。人間の機転で問題を1カ所に抑え込めない。さらに人工知能(AI)が発達して「その気になって」の心配も出てきた。

 

 ミセス・オリヴァは著者の分身とも言える。そう考えると著者は、自らが生みだしたポアロという人物に違和感を抱きはじめていたのかもしれない。別のところでは彼女の言葉を借りて、彼が田舎でもエナメル革の靴を脱がないことを諫め、「あなたの困るところは、なにがなんでもスマートでいようとなさること」とたしなめる。あるいはポアロの部屋を「超モダンで、非常なアブストラクトで、なにもかもが四角と立体ばかり」と皮肉っている。

 

 アガサはモダニズムの翳りをみて、ポアロを置き去りにポストモダンへ乗り換えようとしていたのだろうか。だとしたら、その鋭敏で柔軟な時代感覚には驚くばかりだ。

(執筆撮影・尾関章、通算340回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
■原則として毎週金曜日に更新、通算回数は前身のブログ/コラムを含みます。
■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバーはこちらへ

『パディントン発4時50分』
(アガサ・クリスティー著、松下祥子訳、早川書房クリスティー文庫)
写真》鉄道並走の相対論
 
 東京がつまらなくなったと思うことの一つに、始発駅の一極化傾向がある。関西へ出張するにも東北を旅するにも東京駅から、という人が最近はふえた。新幹線の運営元はJRの東海と東日本に分かれているのに、旅立ちの風景は似たり寄ったりだ。
 
 考えてみれば、東京駅はヘンな駅である。首都の表玄関なのに起点終点の雰囲気に乏しい。理由の一つは、駅のつくりではないか。遠距離路線と近郊路線の並行感が強いので、山手線や京浜東北線の途中駅に過ぎないという印象が全体を支配しているように思う。
 
 それに比べると、上野駅には終着駅のたたずまいが残っている。地上1階13〜17番線ホームは櫛のかたちをしていて、その切り込み部分に列車が入ってくる。そこは、車止めが立ちはだかっていて文字通りの行き止まり。構内を行き交う人々は列車の顔と正面から向きあうことになる。石川啄木が「ふるさとの訛」を懐かしんだのも、「あゝ上野駅」という歌謡曲が生まれたのも、この舞台があったからだろう。
 
 欧州には、いかにも終着駅という感じの鉄道駅が多い。英国ロンドンでは、おもに地下鉄の環状線(サークルライン)沿いに散在している。ヴィクトリア、リヴァプールストリート、キングスクロス、ユーストン、パディントン……と並べても、まだ尽きない。
 
 終着駅が多ければ、都市の文化は豊かになる。それぞれの線路の先にある地方固有の空気が運ばれてくるからだ。「ふるさとの訛り」も、その一つだったと言える。僕はロンドン駐在の記者時代、ケンブリッジの取材ならキングスクロス、オックスフォードならパディントンというように、行く先に応じて異なる駅を使っていた。列車に乗り込もうと駅に駆け込んだだけで、もう目的地に着いたような気分になったものだ。
 
 で、今週の一冊は『パディントン発4時50分』(アガサ・クリスティー著、松下祥子訳、早川書房クリスティー文庫)。パディントンは、イングランド西部やウェールズ方面へ向かう列車の始発駅になっている。だから、英国人ならば題名を見ただけで、なだらかな起伏の田園地帯が目に浮かぶだろう。そんな長閑さのなかで、おなじみの高齢女性ミス・ジェーン・マープルが素人探偵の才覚を働かせるのが、このミステリー長編だ。
 
 原著の刊行は1957年。小説は第2次大戦後の話で、鉄道事情も執筆当時のものらしい。英国でも、蒸気機関車がディーゼル機関車や気動車、電車に代わりつつあったころだ。「汽車」と訳された言葉は、遠距離列車というほどの意味にとっておくべきだろう。
 
 冒頭部は、ミセス・エルスペス・マギリカディがパディントン駅のプラットホームを、息せき切って歩く場面だ。手にはあふれるほどの買い物包み。赤帽が足早にスーツケースを運ぶのを必死で追いかけている。彼女はスコットランドの住人らしいが、クリスマス前にロンドンに来て、まる一日、ショッピングを楽しんだ。そして今、友人のジェーン・マープルがいるセント・メアリ・ミード村へ向かおうとするところだった。
 
 構内では「人波が同時にいくつもの方向へ流れていた。地下鉄、手荷物預かり所、喫茶店、案内所、出発時刻表示板、〈到着〉と〈出発〉出入口――行く人、来る人、みんなが外の世界へ向かっていた」。乗降客どちらもがすぐに立ち去る空間の特徴を巧く伝えている。
 
 エルスペスが乗ろうとする列車は4時50分発。ブラックハンプトン、ミルチェスターなどに停まる。調べてみると、これらの駅は実在しないようだ。彼女は一等車の切符をもっていたが、赤帽は三等車へ案内する。ちゃんと頼んでいたはずなのに、身なりを見て決めてかかっていたらしい。差しだされたチップにがっかりした表情。「一等というより三等乗客が出す金額だと考えているのは明らかだった」。英国階層社会ならでは心理劇だ。
 
 笛が鳴り響き、列車は出発。エルスペスは3分で眠りに落ち、35分後に目覚める。「窓の外を飛び過ぎていく田舎(いなか)の景色を眺めた。もう暗くて、たいしてなにも見えない」「汽車が町や駅をさっと走り過ぎるたび、光のかたまりが現われては消え、生彩を添えてくれた」。4時50分発は、もちろん16時50分発。ひと寝入りしたら、あたりはすでに宵闇に包まれていた。
 
 どこかの駅を通り過ぎ、逆方向の上り列車とすれ違ってまもなくのことだ。こんどは同方向の下り列車が近づき、「後になり先になり」して並んで走る。このとき、彼女は奇妙な体験をする。「錯覚で二台の汽車が止まっているかのように感じられたそのとき、ある車輌のブラインドがぱちんとはじけ上がった」。数フィート先には、並走列車の一等車。目に飛び込んできたのは、男が窓を背にして女を絞め殺している残酷な光景だった。
 
 その列車は追い越していった。エルスペスは目撃情報を車掌に伝え、停車駅でもホームの赤帽に駅長室宛てのメモを託した。だが、反応はない。ミス・マープルに再会して「たった今、人殺しを見たの!」(「人殺し」に傍点)と告げると、彼女だけは本気で受けとめてくれて――。このあと主舞台は鉄道沿線の豪邸に移り、当主一族の物語になる。その人物描写がとても魅力的なのだが、今回はあえて鉄道だけに焦点を当てよう。
 
 なによりもまず敬意を表すべきは、著者が目撃場面で「二台の汽車が止まっているかのように感じられた」と書いていることだ。これは、特殊相対性理論の核心を突いている。A列車とB列車が同じ方向へ同じ速さでまっすぐ進んでいるならば互いに静止していると理解して、なんの問題もない。それどころか、両列車の乗客たちがいる世界が静止系であって、周りの田園地帯のほうが動いていると考えても不都合がないのである。
 
 特殊相対論は、アルバート・アインシュタインが1905年に発表した。以後半世紀の間に、あるいはもしかしたらアインシュタインの論文よりも早く、このトリックを組み込んだ先行作品があるのかもしれない。これは、ミステリー通に教えていただきたいところだ。ただ、エルスペスという素朴で茶目っ気のある人物が寝起きざまに特殊相対論の時空へ迷い込んでしまうところに、ミス・マープルものならではの味わいがある。
 
 僕が好奇心を覚えるのは、どうしてこんな状況になったのかということだ。エルスペスが乗った列車と殺人現場となった列車はどちらも下りで、互いに「後になり先になり」した。今の日本なら、似たようなことがよく起こる。東京で言えば、山手線と京浜東北線の並走区間、私鉄にもふえてきた複々線区間、相互乗り入れ駅付近などで体験することだ。だが1950年代英国の田園地帯に、それほど稠密な鉄道網や列車ダイヤがあったとは思えない。
 
 遠距離路線の鉄道にも追い越し用の線路がところどころに設けられているのか、それとも複線の片方が逆行専用でなく、同方向の列車を通すこともあるのか。どちらにしても線路の使い方が複雑になるので、信号を巧みに操作しなくてはならない。この作品には架空の駅が出てくるのだから、路線そのものも虚構の産物ではある。とはいえ当時の英国で、どんな列車の運行方式がとられていたかは、ぜひとも知りたいところだ。
 
 もっとも、その一端はミス・マープルの探偵活動からも見えてくる。数日後、彼女がエルスペスとともに同じ列車に乗って実地検証してみると「近づいてきて並んだ汽車はなかった」。日によってダイヤが違うのだ。しかも、彼女が英国鉄道に勤める親類に問い合わせると、当該箇所で追い越したと疑われる列車の候補が2本あるという。そもそも、ダイヤというものがあるのか。これでは、高速道路で追い抜かれた車を探しているようなものだ。
 
 ここまで読んで、僕は去年暮れ、当欄に書いた清張の鉄路、緩すぎるダイヤの妙(2016年12月25日付)を思いだした。ほんの半世紀前、列車は洋の東西を問わず、大らかに走っていた。アガサも清張も、今ならミステリーに旅情を添えるのが難しいだろう。
(執筆撮影・尾関章、通算302回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
■原則として毎週金曜日に更新、通算回数は前身のブログ/コラムを含みます。
■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバーはこちらへ
『緋色の研究』(コナン・ドイル著、延原謙訳、新潮文庫)
写真》英国と言えば、ティータイムのスコーン

 ちょっと前の話だが、郵便局の窓口で叱られた。米国へのエアメールを出しにいったときのことだ。封筒に宛て先の住所を書いて、最後の国名を「US」としておいた。局員は「ユーエス? アメリカでしょ」と言って、自らの手でAの字を加えてしまった。僕はちょっとムッとして「ユーエスでもいいと思うけどな」とつぶやいたが、あとで反省した。USAのAを節約したのは、ほんの出来心の粋がりだったのかもしれない。
 
 理屈をこねれば、英国はどうなんだ、とは言える。正式の略記はthe U.K.で、the UKとされることも多い。いずれにしても、後ろにあるof Great Britain and Northern Irelandはどこかに消えている。UKGBNIでは手に余るということだろう。
 
 エアメールの宛て先をどうするかはともかく、いまの世の中、米国はUS、英国はUKでふつうは通る。たとえば、欧米には“UK−US relations”とか“UK−US relationship”とかいう言葉がある。英米関係のことだ。見かけるたびに、この二つの国には余所者が入り込めない絆があるんだなと感じたものだ。同じ英語を話す間柄じゃないか、合衆国と言えばわかるよね、連合王国と言えば十分だ――そんな以心伝心が透けて見えてくる。
 
 このことは3年前、当欄の前身「文理悠々」でも話題にしたことがある(「マリリンの孤独、米英の微妙な関係」2012年3月23日付)。『マリリン・モンロー 7日間の恋』(コリン・クラーク著、務台夏子訳、新潮文庫)という本で、米国の人気女優マリリンは英国で疎外感を抱く。僕は、“UK−US relations”には「不用意に割って入れないな」と思わせる響きがあるが「英国人と米国人の間には相互反発もある」と書いた。
 
 両国関係は、近親感の強さという一点では不動だが、内実は大きく変わった。かつて七つの海に覇権を広げた英国は欧州の一角で穏やかに生きる成熟国家となり、その植民地から独り立ちした米国は今、抜きん出た超大国として存在感を誇示している。そのことに気づくと、力関係が逆転する前の“UK−US relations”をちょっと覗いてみたくなる。そこには、僕たちの同時代史を解く鍵があるかもしれない。
 
 で、今週は『緋色の研究』(コナン・ドイル著、延原謙訳、新潮文庫)。シャーロック・ホームズのシリーズ第1作だ。まずはロンドンで事件が起こるが、半ばを過ぎて舞台が米国へ移る。このように物語の展開に触れるのは、ミステリーなのでなるべく控えたいが、この作品には特別な事情がある。文庫本版元の編集部が扉の裏で、中身を読みはじめる前の読者に向け、後半部分にかかわる異例のおことわりを載せているのである。
 
 「本書のモルモン教会(末日聖徒イエス・キリスト教会)に係わる描写には事実と乖離したものが散見されますが、本作品が十九世紀末に書かれたものであること、またフィクションであることから原文のままといたしました」。このあと、事実と食い違う点が列挙されている。これを読むと、どんな筋書きが用意されているかがぼんやりとわかってしまうが、それでも事前に誤りを正したわけだ。きわめて妥当な判断と言えよう。
 
 人々の信仰心と表現の自由との関係は、いまも議論の的になっている。もちろん、事実誤認はNGだ。ただ、ある時代にある宗教が遠隔の地でどれほど偏見に曝されていたかは記憶にとどめておくべきだろう。先人の過ちを知るのも、古典に触れる意義の一つである。
 
 横道にそれるが、この作品には、今ならNGの話が宗教とは別のところでもある。ホームズが、殺人の犯行現場で見つかった丸薬に関心を寄せるくだり。ベーカー街の下宿で、相棒のワトスン博士に向かって言う。「すまないけれど下へいって、テリヤをつれてきてくれないか。あの犬はだいぶ前から病気のようだが、もういよいよだめだとみえて、昨日も主婦(おかみ)が君に、早く楽にしてやってくれと頼(たの)んでいたようじゃないか」
 
 ここでホームズは、丸薬の成分を犬に舐めさせる。たとえ飼い主に安楽死の意向があったにしても、それに便乗して毒物の判定をペット犬で試みるのは残酷に過ぎないか。英国は動物の権利にもっとも敏感な国の一つだが、19世紀末は様相が異なったのである。
 
 その時代、英国人にとって米国はどんな存在だったのか。少なくともドイルの興味を引いたのは、欧州文化が浸透した東海岸よりも西部の大自然だったらしい。この作品でも、米国編といえる「第二部」は「広漠(こうばく)たる北アメリカ大陸の中部地方には、いとうべき荒蕪(こうぶ)不毛の一大砂漠が存在して、多年、文化の進出を阻止(そし)する障壁(しょうへき)をなしてきた」という一文で始まる。
 
 その米国編では、勇敢な青年が恋人とその父を連れ、モルモン教の拠点都市ソルトレークシティーから脱走を企てる。「なにしろ海抜(かいばつ)五千フィートにちかい山なので、寒気がひどく強かったから、岩陰(いわかげ)を選んで枯枝(かれえだ)を集め、それに火をつけて父娘(おやこ)をあたらせた」。そばには馬3頭が繋がれている。ここで僕の脳裏には浮かんだのは、子どものころに観たTVドラマ「ローン・レンジャー」の情景だ。
 
 この青年については、こんな記述もある。「ネヴァダの山中へ銀鉱をさがしにはいっていたのであるが、さがしあてた鉱脈の採掘(さいくつ)に要する資金の調達に、いまソルトレーク市へと帰ってきたところだった」。彼の名はジェファスン・ホープ。アングロサクソン系とみられる開拓者として描かれている。その眼前に広がるのは、資源埋蔵の可能性として存在する「新大陸」だった。
 
 おもしろいのは、米国編冒頭の章の表題が「アルカリ大平原」であることだ。「夏は塩分をふくんだアルカリ質の砂塵(さじん)うずまき、冬は白皚々(はくがいがい)たる雪の平原と化する大平原もある」という叙述にも出会う。なんとも無機質な世界ではないか。
 
 この風景描写は、ホームズの人物素描と呼応している。前段の英国編には、彼の特徴を拾いあげたワトスンのメモが箇条書きで載っている。「文学の知識――ゼロ」「哲学の知識――ゼロ」「天文学の知識――ゼロ」「政治上の知識――微量」。このあと「植物学の知識――不定」とあり、毒草や麻薬などのことは知っているが園芸に疎いことが記されている。そしてもっとも詳しく書き込まれているのが、次の「地質学の知識」だ。
 
 「限られてはいるがきわめて実用的。一見して各種の土壌(どじょう)を識別。散歩後ズボンの跳泥(はね)を小生に示して、その色と粘度(ねんど)によりロンドン市内のどの方面で付いたものかを指摘(してき)したことあり」。このあと「化学の知識――深遠」「解剖学の知識――精確ではあるが組織的ではない」と続く。哲学や天文には興味がなく、地質や化学が大好き。そこにあるのは、世界観あるいは宇宙観よりもモノそのものにこだわる嗜好だ。
 
 ワトスンはあるとき、ホームズが「地動説や太陽系組織をまったく知っていない」と気づいてたしなめる。このときの反論がふるっている。「たとえ地球が月の周囲を回転しているとしても、そんなことで僕の生活や僕の仕事に、なんの変化もおこらないんだからね」。まもなく20世紀に入って、アインシュタインが絶対の静止座標系を否定することを見越していたわけではあるまい。これは、宇宙のしくみ理解の放棄宣言にほかならない。
 
 著者自身が医師であり、ホームズは「病院の化学研究室にいる男」、ワトスンも「元陸軍軍医」としてこのシリーズにデビューする。その作品世界は、当時の理系事情を映していると言えるだろう。19世紀はC・ダーウィンの進化論やJ・C・マクスウェルの電磁気学などによって自然界のしくみがベールを脱いでいったが、同時に元素が次々に見つかる時代でもあった。ホームズは、後者のモノ志向だったと言えよう。
 
 科学は、モノの探査としくみの探究が車の両輪となって進むものだ。僕はホームズファンだが、あえて苦言を呈すれば、土の違いを見分けても宇宙観に無関心というのはバランスを欠いている。そんな「偏った理系」は、モノを求めて地球の隅々に踏み込む大英帝国の思惑と響きあったのではないか。どちらにしても、19世紀末のUKが、植民地を脱したUSになお「新世界」の夢を見ていたらしいことが、ホームズ作品からは感じとれるのである。
(執筆撮影・尾関章、通算260回


■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
■原則として毎週金曜日に更新、通算回数は前身のブログ/コラムを含みます。
■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバーはこちらへ
『カーテン――ポアロ最後の事件』
(アガサ・クリスティー著、田口俊樹訳、早川書房クリスティー文庫)

 猛暑がつづく。街へ出ると、幾度となく自販機の前に立つ。財布からコインを掻きだしてスロットに流し込むと、お茶のボトルがストンと落ちてくる。体じゅうの水がすべて皮膚から噴き出し、それをペットボトルで補っている。そんな錯覚にとらわれる。
 
 結局は水の袋か真夏人(寛太無)――最近、句会に出した拙句だ。
 
 電車に乗ったなら、エアコンで汗が引くのを待って、バッグから本をとりだす。本のカバーは、バッグに放り込んでいたペットボトルのせいで湿っている。自販機でキンキンに冷えていたボトルが、暖気に触れて結露したのだろう。額や首筋に残る汗、そして、本の湿り。どれもこれもうっとうしいが、夏とはそういうものだ。そんなときにどんどん読み進める本は、ミステリーをおいてほかにない。
 
 とりわけ読みたくなるのは、アガサ・クリスティーだ。そこに出てくる英国の田園地帯は、僕が30年前の晩夏、初めて英国を訪ねたときに見た風景に重なる。ロンドンを拠点にいくつかの町に出向く優雅な出張だった。この国の夏は短くて乾いている、と実感した。そのことは、のちにロンドン駐在となり、英国に暮してみて確信に変わる。汗っかきにも心地よい夏を思い出して、僕はこの時季、クリスティーファンになる。
 
 余談だが、僕とクリスティー作品には、ちょっとした縁がある。ロンドン特派員時代、僕の会社のオフィスが入居していたビルが、名探偵エルキュール・ポアロのいるビルの隣だったのだ。もちろん、架空の名探偵なのだから実話ではない。あのころ、ポアロを主人公とする英国のTVドラマシリーズで、彼の日常生活の場として、その建物の遠景が映しだされていたのである。今も日本で時折再放映されるドラマなので、それを見るととても懐かしい。
 
 このことでは、ひとつ忘れがたい経験をした。僕のオフィスが泥棒に入られたときのことだ。翌朝出勤してきた同僚が警察に通報すると、やって来た警官は現場をつぶさに調べ、自らの推理を得意げに語った。「賊は隣のビルから軒伝いに近づいて跳び移ってきたに違いない」。それを聞いて僕は思わず、「おかしいなあ。隣には名探偵がいるんだが……」。警官も苦笑いしていた。
 
 で、今週の一冊は、『カーテン――ポアロ最後の事件』(アガサ・クリスティー著、田口俊樹訳、早川書房クリスティー文庫)。原著は1975年に出た。おやっと思ってネットを調べると、著者の没年は翌76年。クリスティーと言えば、1920〜40年代の古めかしい英国社会が思い浮かぶが、彼女はビートルズ全盛期も生き抜いて、四半世紀、僕の同時代人として存在していたわけだ。
 
 この小説の舞台は、イングランド東部エセックス州のスタイルズ・セント・メアリ村にあるスタイルズ荘。著者にとってもポアロにとっても『スタイルズ荘の怪事件』(1920年)がデビュー作なので、著者とポアロは最晩年で自らの原点に立ち戻ったことになる。
 
 著者が、この作品を執筆したのは、発表より30年も前の1940年代初めらしい(巻末に収められた作家山田正紀さんの解説)。だから、そこに描かれている世界は70年代よりは牧歌的だ。ただ、英国社会が20世紀半ばに体験したこと、すなわち大英帝国の衰退はみてとれる。スタイルズ荘も富裕な一族の手を離れ、退役軍人とその妻が営む民宿風のゲストハウスに変わっていた。
 
 世の移ろいは、この宿に泊まる人々の境遇と重なる。女性客の一人が語る言葉を引いてみよう。「それがこういう場所の気の滅入るところですね。身分のあった人が落ちぶれて経営しているゲストハウスの。集まってくるのは人生に失敗した人ばかりなんだもの――これまでに一度も成功を味わったこともなければ、今後もなさそうな――挫折して、人生に敗れた人たち――年老いて疲れきって終わってしまった人ばかりなんですもの」
 
 書き出しは、ポアロの旧友ヘイスティングズが列車に揺られている場面だ。スタイルズ荘に滞在中のポアロから、誘いの手紙をもらったのである。「きみにはバスルームつきの部屋をもう取ってあります(わかると思うが、あの懐かしいスタイルズ荘も今ではすっかり当世風になっているのです)」。駅で降りてタクシーに乗ると、村は一変していた。「ガソリンスタンドに映画館。それに宿屋も二軒増え、低家賃の公営住宅が何軒も建ち並んでいた」
 
 次章では、ポアロの老いが素描される。「関節炎に手足の自由を奪われ、車椅子生活になって、かつては恰幅のよかったポアロがすっかり痩せ細ってしまっていた」。本人自身も「私はもう駄目です。生ける屍(しかばね)です」と言う。ただ、「芯はまだ無傷」と言い添えることは忘れない。ヘイスティングズが「芯」を「心」ととって「あなたは世界一の心の持ち主」ともちあげると、「脳のことです。私の脳はまだ立派に働いてくれている」
 
 ポアロは、過去にあった五つの不審死や殺人事件の要約資料をヘイスティングズに見せる。解決済みとされたものが多いのに、なぜ蒸し返すのか。5件すべての当事者と接点のある人物Xが今、スタイルズ荘にいるというのだ。「近いうちにここで殺人事件が起こります」。Xが誰かをポアロは知っているが、それをヘイスティングズには教えない。一方、殺されようとしているのが誰かは、ポアロにもわからない。ここに、この作品の醍醐味がある。
 
 この小説でいいと思うのは、スタイルズ荘の同宿人が折にふれて、真面目なテーマを論じ合うところだ。たとえば、安楽死。ヘイスティングズは「正当な理由があるように思えても、現実問題として考えると、感情的に受け容れられない」という立場をとった。愛鳥家の男もこれにほぼ同調して、「長い闘病生活を送り、死ぬことが確実で、患者本人の希望と合意が確認できた場合にかぎってのみ、おこなわれるべきだ」と穏当な意見を吐く。
 
 準男爵が割って入って「でも、そこがむずかしいところでね。よく言われることながら“苦しみから解放されること”を当の本人がほんとうに望むものだろうか?」。ここで、医学者の助手でもあるヘイスティングズの娘が「衰弱している人――痛みや病(やまい)で――には誰にだって決断をくだすような力が残っていない」と言いだし、「ほかの人がかわりに決断してあげないと。それはむしろ患者を愛する者の義務」と主張する。
 
 いわば、本人同意なしの安楽死積極論。これに対して、愛鳥家はたたみかけるように反駁する。「実際にそういうことになったら、あなたもそうするとは思えませんね」「俗な言い方をすれば、そんな肝っ玉は誰にもないということです」
 
 英国の田舎町でB&Bに泊まると、夕食後はソファに席を移して、食後のコーヒーやお茶を楽しむ。そんなとき、同宿人の間に会話の輪が広がるのは、ごくふつうにあることだ。たいていは、お天気談議のように人畜無害な話に終始する。僕のような外国人は、そこにとどまることが多い。だが、ときには世間のニュースも話のきっかけになる。安楽死という重い話題が語り合われても不自然ではない。
 
 ここでふと、よかったなと思うのは、ポアロやヘイスティングズの手もとにケータイやスマホがなかったことだ。40年代はもちろん70年代になっても、ITの大波は押し寄せていない。だから、少なくとも英国社会では、見知らぬ者同士が相手の表情を読みながら言葉を紡いで談笑し、ときに論をたたかわせることが人々の楽しみだった。この作品は、そんなリアルなコミュニケーションを巧く切りだしている。
 
 それにしても、アガサ・クリスティーがしたたかなのは、最後の最後で予定調和をひっくり返す手際の良さだ。ここに僕が書いたことだって、額面通りには受け取らないほうがよい。だまされてはいけない、とだけ言っておこう。
 
写真》夏の旅にはミステリー=尾関章撮影
(通算225回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバーはこちらへ
■「本読み by chance」は原則として毎週金曜日に更新します。
『赤い橋の殺人』(バルバラ著、亀谷乃里訳、光文社古典新訳文庫)

 この欄では、幾度となくテレビの2時間ミステリーの話をしてきた。業界人にならって僕も「2H(ニイエイチ)」と呼ぶドラマ群である。月曜日ならば「月曜ゴールデン(TBS系)」、水曜日ならば「水曜ミステリー9(テレビ東京系)」、金曜日ならば「金曜プレステージ(フジテレビ系)」、そして土曜日には「土曜ワイド劇場(テレビ朝日系)」。僕の夜2時間はほぼ連日、2H漬けだ。
 
 なぜ、そんなにハマってしまったのか。その秘密は、あのまったり感だ。たとえば、締めくくり20分の大団円。岬の突端や川のほとりやビルの屋上などで、追い詰められた真犯人がすべてを告白する。このときにドラマの筋書きをもう一度なぞるので、くどいと言えばくどい。だが、それは視聴者サービスにもなっている。最後に復習タイムがあるとわかっていれば、途中安心してうとうとできるではないか。
 
 もう一つの「まったり」は、殺人が記号になっていることだ。犯行の場面は、驚くほどに模式化され、被害者が刺されても血しぶきは飛ばない。それは虚構世界の絵空事であり、刑事や検事、あるいは温泉若女将など俄か探偵のために用意された謎解きの対象にすぎない。放映の夜、7時のニュースでどんなにむごい凶悪事件が報じられていても、ドラマを観る人が「あれとこれとは別」と思えるようなしくみになっている。
 
 だから、ほとんどの場合、人が人の生死に向きあうときに感じるはずの畏れは捨象されている。連続殺人となれば、チェスの駒のように登場人物が次々に消えていく。たとえば、パック旅行の観光客が一人ふたりと殺害されていくドラマ。そんなことになったら旅情どころではないだろうに残りの客はそのまま名所めぐりを続けたりする。ここに世間の常識はない。それもこれも、記号によって綴られた虚構の物語だからだ。
 
 こう見てくると、2Hドラマは、テレビ視聴者が現実世界の悩みごとをひととき忘れるための仕掛けにほかならない。いわば、究極のストレス緩和剤。したがって、探偵小説、推理小説、ミステリーと呼ばれる文学ジャンルを土台にしていても、それとは違うくくりでとらえるべきだろう。たとえ小説を原作とするものであれ、2H仕立てに調理されたとたん、別ものに生まれ変わる。
 
 で、今週の一冊は、5月に出たばかりの『赤い橋の殺人』(バルバラ著、亀谷乃里訳、光文社古典新訳文庫)。19世紀フランスの中編小説だ。バルバラと聞いてピンとくるのは女性シャンソン歌手だが、この本の著者は名前がシャルル、男性作家である。2Hドラマ風の表題に惹かれ、書店で思わず手にとった。読んでみると2Hに似たところもあり、違うところもある。相似点は後段で犯人の告白が延々と続くこと。相違点はその告白の中身だ。
 
 訳者執筆の解説やあとがきによると、著者は1817年、オルレアンの楽器製造業者の家に生まれた。パリ高等音楽院に学んだが、文学に転じて「放浪芸術家(ボエーム)」と呼ばれる若者たちと交わり、詩人ボードレールとは親友関係に。とはいえ、フランスでも長く顧みられることの少ない作家だった。1980年代、著者の生涯と作品に光をあてた訳者の博士論文がフランスで公開されたことが認知度を高めることに貢献したらしい。
 
 作風に影響を与えたのは、探偵小説の先駆者エドガー・アラン・ポーのようだ。「ボードレールとともにかなり早くからポーを理解し傾倒してその着想を楽しんだことはまず確実」(解説)という。『赤い……』はその果実とも言える。1855年に発表された。
 
 物語は、「探偵」の役回りのバイオリン奏者マックス青年が友人と会話する場面から始まる。友人は、マックスが好意を寄せる寡婦の姓を聞いて驚く。「君が新聞を読んでないのは明白だ」。彼女の夫は、セーヌ川で遺体が見つかった証券仲買人だというのだ。
 
 「帽子と外套を身につけ、ボストンバッグと十万フランの紙幣で膨れた札入れを携えて、旅行者の身なりをしていた。だが、彼は自分があけた穴を埋める金はもっていなかった。そんなわけで、良心の呵責に耐えられずに投身自殺をしたというのが関係者の見方だった」。2Hファンなら、川べりに駆けつけるパトカーが思い浮かぶくだりだ。タイトルに「セーヌに浮かぶ死体、証券マンは美人妻を残してなぜ死んだか」という副題を添えたくなる。
 
 今回はミステリーなので筋は追わない。ただ題名に「殺人」とあるのだから、自殺でないことは明かしてもよいだろう。僕が焦点を当てたいのは、一人の人間を凶行に走らせた理屈だ。犯人はマックスにこう言う。「神が存在せず、良心とは偏見にすぎず、死とは無であると信じるならば、罪と呼ばれるものは相対的でしかなく、苦しみは無意味であり、苦しみから免れるためにした行為が法によって罰せられないなら、それらはすべて許される」
 
 なんとも短絡的だ。だが、これが19世紀欧州の青年の口から語られたことには大きな意味がある。「当時、自然科学の飛躍的進歩とともに唯一絶対の神に対する懐疑思想が知的な若者の世界を風靡(ふうび)していた」(解説)からだ。犯人が行き着いた論理は、キリスト教倫理が抜きがたく組み込まれた欧州社会で、その重しが揺らいだときに人々が一度は通過する思考過程だったのかもしれない。
 
 この論理があると、背中を一押しされるだけで人は一線を越える。「だから必要不可欠な共犯者として偶然が必要だったんだ」と、犯人もマックスに打ち明ける。実際、犯行当夜は、殺人者に都合のよい条件がたまたまそろった。セーヌ河畔界隈は霧が立ち込め、人の気配もなかった。これなら、だれにも気づかれずに死体を川に投げ捨てられる。犯人は思う。「無罪は確実だ」
 
 興味深いのは、このとき犯人の心に懐疑思想とは矛盾する思いもよぎったことである。「ついには僕は神が存在し、この神は僕の共犯者で、一人の犯罪者を罰するために僕の手を利用し、僕は義務、つまり神の使命を果たすのだと考えるまでに至った」。神の存在を疑っていたはずなのに、罰を受けずに済みそうな成り行きをみて、それをただの偶然とは思わず、神の思し召しと感じる。欧州近代人の葛藤をうかがわせる心理描写ではないか。
 
 そして犯行後、犯人はこんな考えにとらわれる。「〈確実に罰を受けない〉とは、ほとんどの場合は虚構に過ぎない。抜群の能力をもった凶悪犯が巧妙であるために徒刑場や死刑台を免れたとしても、その凶悪犯は、自身が愚弄する罰よりも、さらに千倍も恐ろしい罰を自らの中に見出すことになる」。どこまでが現実でどこからが幻想かわからない恐怖体験。周りの人が口にした一言で呼び起こされる疑心暗鬼。これらが犯人を苛みつづける。
 
 懐疑思想がキリスト教倫理を解除しようとしても、それを補うように人間の内なる倫理が湧きだしてくるという逆説。19世紀ミステリーは、近代人の苦悩を哲学的嗅覚で鋭敏に感じとっていた。宗教倫理の影響力が小さい日本社会にとっても無関係な話ではない。
 
 近代と言えば、著者は、理工科大学校を志したこともあるほど科学技術に関心があり、この作品にも当時の未来技術をもち込んでいる。死体遺棄現場の「赤い橋」は、橋床を鉄の鎖で吊ったものということになっているが、当時は存在しなかった。訳注によれば、同種のものがパリに現れたのは12年後、造ったのはギュスターヴ・エッフェルだったという。近代人を鉄の時代の予感のなかに置いてみせた、ということだろう。
 
 翻って、2Hを思い起こしてみよう。ほとんどのドラマで、犯人の告白から倫理をめぐる思考は感じとれない。刑事や検事や俄か探偵も「どんな理由があっても人を殺めてはいけない」と諭すばかりで、なぜいけないかを裏打ちする論理は素通りだ。だが、2Hドラマとはそういうものだ。記号によって無毒化された液晶画面の虚構世界を今夜もまた、ゆったり眺めるとしよう。
 
写真》新聞テレビ欄の2時間ミステリー。民放各局持ちまわりのように曜日違いで午後9時台にある=尾関章
(通算215回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバーはこちらへ
■「本読み by chance」は毎週金曜日に更新します。
1