the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』

(スコット・ギャロウェイ著、渡会圭子訳、東洋経済新報社)

写真》古書店で見つけた本、通販で買った本

 商店街で、店先の張り紙に「閉店」の2文字を見つける。その頻度が昔よりも高まったように思う。それがフランチャイズの飲食店やコンビニなら、早めの撤退だな、と納得する。だが、その店が数十年も前から見慣れた老舗だとずしんと身にこたえる。

 

 今春は、そんな衝撃が相次いだ。一つめは、最寄りの商店街にある和菓子店。男子スイーツ部員をもって任じる僕にとっては近隣の最重要店の一つだったが、3月半ばに店を閉じた。家人が告知の張り紙に気づいたのが閉店日の直前。当日、僕も様子を見に出かけてみると、店の周りに行列ができていた。和菓子の賞味期限はそんなに長くない。それでも大量に買い求める人がいる。地元の「味」にこだわる人がこれほど多いとは。

 

 そうこうするうち、次の衝撃に見舞われた。4月末、隣駅の商店街にある古書店が店じまいしたのだ。僕が育った家のすぐそばにあり、学生時代はよく店をのぞいた。最近も、ときどき本を漁りに自転車を走らせていた。昨今の中古本ショップと違うのは、品ぞろえに店主の思いが感じとれたことだ。閉店の知らせに僕は幾度か店に赴き、新刊書店では手に入らない本をいくつも買い込んだ。先々週とりあげた乱歩本はその1冊である。

 

 和菓子店と古書店。どちらも生活必需品を供給する店ではない。だが、その存在によって、街にはゆったりとした空気が漂う。僕たちは、それに誘われてぶらぶら歩きしようという気持ちになる。そういう店が一つ、また一つと消えていくことが残念でならない。

 

 日本列島を見渡せば、今、商店街はズタズタだ。地方都市では、駅を降りたとたんシャッター通りに出くわすことが少なくない。大都市はさすがに人口が集中しているので、店じまいしたままの店舗がそんなに多くない。その代わり、そこに飲食店やコンビニ、スマホショップ、整体院などが割り込んでくるところが目立つ。これらは、店構えが全国一律のものが多い。個人商店ならではの佇まいは雲散霧消してしまったようにも思う。

 

 で、今週は『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(スコット・ギャロウェイ著、渡会圭子訳、東洋経済新報社)。GAFAGoogle(グーグル)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Amazon(アマゾン)の4大IT企業を指す。2018年8月刊。僕が苦手なビジネス書の趣もあるが、あえて選んだのは、商店街衰亡の背後にはIT(情報技術)による産業の変容があり、それが世界そのものも変えつつあると思うからだ。

 

 著者は、巻末の横顔紹介によるとニューヨーク大学スターン経営大学院教授。MBAコースの教壇に立っており、YouTubeでは毎週、Winners & Losersという動画を公開している。経営学の語り部としてカリスマの域にあるらしい。だが、この人にはもう一つ、実業家の顔がある。これまでに企業9社を興した「連続起業家(シリアル・アントレプレナー)」。さらに新聞界の最高峰ニューヨーク・タイムズの役員を務めたこともあるという。

 

 著者は学究肌ではない。本文に綴られた自分史によれば「生まれたのは中流の下の上といった世帯」で「一家で高校を卒業したのすら私が初めてだった」が、大学へ進学(ニューヨーク大学の公式サイトには、カリフォルニア大学ロサンゼルス校を卒業、同バークレー校で経営学修士号を取得したとある)。そのことが「この上なく平凡な私に、世界でも一流の教育を授けて出世できる道筋を開いてくれた」。アメリカンドリーム風の回顧だ。

 

 自分史には、大学の学部を出て大学院の修士課程に入るまでの間、いったん就職したことも書かれている。「大学卒業後、成功して女性にモテたいという不純な目的のために、モルガン・スタンレーで2年間働いた」。この一文は、心にとめておいたほうがよい。「女性にモテたい」は、ただの軽口ではない。この本は一貫して、ビジネス戦略を人間の欲求とのつながりでとらえている。その大らかさには、ちょっと退いてしまうほどだ。

 

 この本の流れに沿って、四騎士めいめいについての記述を追っていこう。まずは、アマゾン。これこそが、世界中の商店街を窮地に追い込んだ「コマース」の巨人だ。その成功のカギは、最初の標的を本に絞ったことにあるらしい。「見つけやすく、すぐ捕まえられて、洞穴に持ち帰っても価値が下がらず、またうっかり毒を群れに持ち込むリスクのないもの」。消費者を狩猟で暮らす原始人に見立てれば、書物はそんな獲物に相当するという。

 

 アマゾンは、その特長を増幅する仕掛けを配備した。一つは「なか見!検索」の試し読み。本屋の立ち読みと同じことが画面上でできる。もう一つはブックレビューの書き込み。ネット世界とつながることで、玉石混交の書評をいちどきに読める。「見つけやすく、すぐ捕まえられて」を一歩進めて「どの本が食べる(読む)価値があるかを認定する」ことの手助けまでしてくれるのだ。これでは、僕が郷愁を感じるあの古書店はかなわない。

 

 アマゾンは、あらゆる物品販売に手を広げた。ただそれは、店舗販売を否定するものではない。通販は商品の保管や配送が欠かせないので、モノばなれができない。ただ、ヒトばなれはある。倉庫では無人化が進む。レジなしのコンビニ「アマゾン・ゴー」も生まれた。著者は、創業者ジェフ・ベゾスが最低限所得保障制度の必要を口にしたことをとりあげ、この商法が「破壊される雇用に代わるだけの仕事を新たに生み出すことはない」とにらむ。

 

 ここで注目すべきは、著者が、こうした起業がもたらす雇用破壊によって「おそらく私たちの社会は、中産階級を維持する方法を見つけなければならないという重荷を背負うことをやめてしまった」とみていることだ。ここで言う中産階級は、ロボットやAI(人工知能)に代替されうる部門の労働者を含む中間層のことだろう。大多数が所得保障に助けられ、ごく少数が富裕層をかたちづくる。そんな究極の格差社会の影がちらついて見える。

 

 アップルは、この話の延長線上にある。著者は、アップル製品には1970年代から「ぜいたくなムード」が漂っていたと書く。アップルは、使い手に「自分たちは社会の画一的な歯車の1つではない(“ではない”に傍点)」「他人とは発想が違う(シンク・ディファレント)」という自尊心をもたらした。その製品はやがて、より小さく、より美しく、より多機能になってセクシーさを帯び、「異性へのアピール度」を高めることにもなったという。

 

 著者は、アップルを「高級ブランド」の一つに分類する。それは、自分はただの中間層ではないと思う人の心をくすぐって、今までにない価値を生みだしたのである。「感情」まで売りものにするのだから「現在の事業はテクノロジーではない」。その結果、テクノロジー企業が直面する後続企業の追撃にそれほど脅えないで済むのは強みだ。アップルが「ぜいたく品ブランドとしての地位によって生きながらえる可能性は高い」という。

 

 残る2社はどうか。フェイスブックには「何十億」の人々の「個人情報」が登録される。グーグルには人々の「人目につかない」検索行為を通じて「世界中のすべての情報」が集まってくる。どちらも、それらを広告につなげて莫大な収入を得ることができるのだ。

 

 著者の「気がかり」は、両社が自らを「プラットフォーム」(情報交流の舞台)の提供者と位置づけていることだ。その裏返しで「メディア」としての「社会的責任」が置き忘れられているという。たとえば「真実と嘘を判別する義務」からは逃げ腰だ。あるいは、既存メディアのデジタル戦略に影響を与え、クリック数本位のコンテンツづくりに向かわせることもある。ネット情報はただで行き渡る強みがあるが、歪みかねない弱みもある。

 

 結語の章で著者は、四騎士がめざすのは「つまるところ金儲け」と言い切る。そしてもう一度、雇用破壊の側面を強調して「この調子だとアメリカは300万人の領主と3億人の農奴の国となる」と見通す。自分が「領主」になれる確率はきわめて小さい。

 

 翻ってみれば、商店街はそれと正反対だ。買う側と売る側が対等目線で言葉を交わす。噂話も交じるが無闇には拡散しない。そんな理想郷が失われるのを座視していてよいのか。

(執筆撮影・尾関章、通算472回、2019年5月17日公開、同日更新)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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『ニムロッド』(上田岳弘著、『文藝春秋』2019年3月号)

写真》小銭入れ、不携帯?

 このところ、身辺で訃報つづきだ。同時代を生きた人が「ひと足お先に」と言わんばかりに世を去っていく。さびしい。残念でもある。ただひとつ気休めのように思うのは、退去のタイミングとしては悪くなかったのかもしれない、ということだ。

 

 去年、パソコンに疎い閣僚がメディアの標的となったとき、当欄は「パソコンが苦手な人は、サイバーテロ対策の指揮には不向きだろう。だが、社会人として失格なわけではない」と書いた(2018年12月21日付「昭和という時代がありました」)。平成が始まる前に生涯を終えた世代は、パソコンなどない世界しか知らなかったのだ。それでも十分に幸福だった人たちがいる。新しく出てきたものだけがよいわけではない。

 

 平成期に入り、1990年代から起こったことは概略こうだ。パソコンという手軽なコンピューターが行き渡って、人々は情報をネット経由で得るようになり、通信手段としての電子メールも手に入れた。その機能は携帯電話にどんどん乗り移り、ついにはスマホという限りなくパソコンに近いポケット型端末が登場した。僕たちは、そのたびに機械を買い換え、技を磨いてきたのだ。これは、紙と鉛筆と黒電話で育った世代には一大事業だった。

 

 そして、これからは――。クルマの自動走行がまず目に浮かぶが、これは生命にかかわることなので紆余曲折がありそうだ。それよりも早く広まりそうなのは、キャッシュレス化か。この流れはすでに世界中で強まっているから、もはや食い止められまい。消費者もすでに、クレジットカード払いには慣れている。そう遠くない日、僕たちは紙幣数枚をお守り代わりに持ち歩き、小銭入れは空にして出かけることになるのだろう。

 

 まあ、ここまではなんとかついていける。問題は、その次だ。「仮想通貨」というヤツ。今のところ、ふつうの消費生活に影響を与えてはいない。だが将来、仮想通貨払いを指定する商取引がふえたらどうか。僕たちは、これまでもいろんなことを覚えてきた。スマホの扱いだけではない。振り込みはATMに打ち込む、切符は券売機にカードを入れて買う……仮想通貨だってなんとかなる。その手順も、きっと習得できるに違いない。

 

 ただ、それでも解決しない問題がある。なにかを売ったとき、自分はほんとうに対価を得ているのか、という不安だ。硬貨には、「日本国」の文字がある。紙幣には、千円札であれ一万円札であれ「日本銀行券」と書かれている。僕たちが慣れ親しんでいる通貨にはお墨付きがあり、それがはっきりと目に見えているのだ。ところが仮想通貨は、貨幣そのものが姿を現さない。お墨付きもあやふやだ。それは、いったい何なのか。

 

 で、今週は、1月に発表された第160回芥川賞受賞作の一つ、「ニムロッド」(上田岳弘著、『群像』2018年12月号掲載)。とりあげる理由は、仮想通貨を題材にしていると報道されたからだ。純文学を味わいつつ、謎の通貨の正体に迫ってみたいと思ったのだ。

 

 朝日新聞によると、作者の上田さんは1979年生まれ、大学を出てから「法人向けソフトウェア販売のITベンチャーに参加し、現在は広報・販売担当の役員」とある(2019年1月17日朝刊)。作家としても新潮新人賞(2013年)や三島由紀夫賞(2015年)などを受けて第一線で活躍してきたが、その一方で、バリバリのIT実業家なのだ。仮想通貨の何たるかを熟知したうえで、それを文学の世界に取り込んだのだろう。

 

 僕は、この作品を『文藝春秋』2019年3月号で読んだ。芥川賞は日本文学振興会の主催だが、受賞作は選考委員の選評などとともに同誌に載る。学生時代は芥川賞・直木賞の発表のたびに、その誌面に接したものだ。今回は、そんな昔の習慣を再体験した。

 

 では、さっそく作品に入ろう。冒頭の一文は「サーバーの音がする」。サーバーが、コンピューターの一種だとは僕も知っている。パソコンの向こう側にある存在。それが数百台も棚に収められた部屋のなかを「僕」は歩いている。そこが主人公の職場であるらしい。音を出しているのは、中央演算処理装置(CPU)の冷却ファン。それが「幾重にも合わさって、虫の音(ね)のように高く低く響く」。なんとも無機的な空間ではある。

 

 このくだりで、作者はサーバーの働きについて解説してくれる。それらは、僕たちがパソコンでウェブサイトを呼びだすときの受付係を担っているという。通販であれ、ポルノであれ、端末からのアクセスに応えてくれるのが、このコンピューター群だ。「僕」が勤める会社は「東京と名古屋にそんなサーバーたちをまとめて運用するデータセンターを持っている」とある。サーバー機能を提供して利益を得ているらしい。

 

 では、それがどう仮想通貨に結びつくのか。ことの発端は社長の思いつきだ。手持ちのサーバーには「契約がつかず遊んでいるもの」もある。その「有効活用」の妙案として、はやりの仮想通貨に目をつけた。その「採掘」で金を稼ごうというのだ。

 

 この作品には、仮想通貨ビットコインとその採掘についての説明もある。まず、ビットコインの価値を担保するものは、硬貨や紙幣とは異なり、中央銀行や国家のお墨付きではないという。それは、あちこちに散在するパソコンだ。たとえ話をすれば、飲食店選びで「有名なグルメレポーターによる採点を信用するか、あるいは匿名の人々の投稿に採点ルールを適用したものを信じるかの違い」に近いという。ネットの力を借りるのである。

 

 その保証は、具体的には「取引台帳」の「分散保有」というかたちをとる。ビットコインがAさんからBさんへ流れた事実はパソコン内の帳簿の「追記」によって記録され、そのデータが社会全体で共有されるということだ。で、「追記」のために計算力を行使したパソコンには、新規発行のビットコインが報酬としてもたらされる。これが「採掘」だ。発行には上限が設けられるので、通貨が無制限に生みだされるわけではないらしいが……。

 

 キツネにつままれるような話だが、ここには科学技術の同時代史がある。第一歩は、モノからコトへの重心移動。昔、世界経済が金本位制のもとにあったときは通貨の担保にモノがあった。紙幣そのものは紙ペラ1枚でしかないけれども、その後ろ盾に金塊があったと言ってよい。だがその後、中央銀行や国家や国際通貨体制の権威が信用の源になった。みんながそれを信じるというコトが肝心なのだ。この移行は、20世紀に完結していた。

 

 今は、もう一歩先へ進もうとしている。通貨の信用を中央銀行や国家、国際通貨体制に求めるとき、そこにあるのは集権的なベクトルだ。これに対して仮想通貨は分権的。ネットワーク社会が育ったからこそ出来した状況と言える。悪いことではない。

 

 だが一方で、無の空間からなにものかを掘りだすというのは不気味な話だ。僕たちは、そんなふわふわした仮想社会の入口にいるのか――。この作品は巧みに、そのふわふわ感を醸しだしている。「僕」は、課員たった一人の「採掘課長」。いわば山師の現代版だが、身体的な実感を伴わない。その職業像を縦糸に、恋人の田久保紀子や会社の先輩荷室仁、自称「ニムロッド」とのやりとりを横糸に織り込みながら不可思議な世界を現出させる。

 

 ここで作者が見落とさないのは、仮想社会に溶け込んだ生活も現実の生と死というシコリを抱え込んでいることだ。一例は、高精度の新型出生前診断が夫婦に厳しい選択を迫るという最近の話、もう一つは、太平洋戦争中に「パイロットが生還できない」特攻機が設計されたという過去の話。これらが田久保紀子の肉声やニムロッドのメールで語られるとき、ふわふわの世界は凝集剤を注ぎこまれたようになり、そこに現実の塊が見えてくる。

 

 この作品のヤマ場は、ある夜、東京の社内にいる「僕」と名古屋在勤のニムロッドが「会議システム」のスクリーンを通じて言葉を交わし、その会話に田久保紀子を誘い込むくだり。彼女はどこかのホテルにいるらしいが、スマホのLINEアプリを開くとビデオ通話の画面に顔を出す。「僕」はそのスマホを会議システムのカメラに向け、恋人を先輩に引きあわせる。このアナログとデジタルとの接続に、今の時代が正しく映されている。

(執筆撮影・尾関章、通算462回、2019年3月8日公開)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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『里山資本主義――日本経済は「安心の原理」で動く』

(藻谷浩介、NHK広島取材班著、角川oneテーマ21)

写真》新緑に里山を思う

 年寄りじみていたなあと、年寄りになって思うことがある。若かったころの嗜好についてだ。小さな旅、というのもその一つだろう。あのころ、海外旅行に出ようなどという気はまったくなかった。いや、それどころではない。北アルプスを踏破しようとも、湘南をドライブしようとも思わなかった。東京23区内から郊外電車に乗って30分足らず、川を渡ればそこに丘の連なりがある。その穏やかな自然に心惹かれたりしていた。

 

 1970年代、その丘陵地を貫く電車を降りて山道をほんのちょっと歩いていたとき、目を疑う光景に出会った。それは、まぎれもなく炭焼きの窯だった。煙が立ちのぼっていたかどうか、という記憶はすでにおぼろだが、現に使われているものではあったと思う。

 

 半世紀近くも前なので、もしかしたら幻想ではなかったかという懸念もある。それでネットを調べてみたら、多摩市文化振興財団のサイトに貴重な資料を見つけた。財団発行の「パルテノン多摩 MUSEUM NEWS」(2005年12月1日付)が、同財団の刊行物『写真で綴る多摩100年』を引用して、1970年代の炭焼き作業を写真付きで紹介していたのである。僕が窯を見た場所は多摩市内ではないが、同じ一つながりの丘陵地帯にある。

 

 写真は1971年の撮影。野良着姿の女性が小屋から籠を運び出していて、遠くに宅地向けの配水塔が見える。説明文にあるように「ニュータウン開発による雑木林の消滅」や「ガス・石油へのエネルギーの転換」が進んだころで、都市近郊の炭焼きは風前の灯だった。

 

 僕が川向こうの丘に見た穏やかな自然は、「里山」と呼べるものだ。言葉を換えれば、人里の近くにあって麓の人々に恩恵をもたらしてきた山である。なかでも大きな恵みは、薪や炭だった。その素材となるコナラやクヌギなどの二次林では、切りながら森を保つという循環が繰り返されてきた。里山の新緑がまぶしいのは、そんな事情で落葉広葉樹が多いせいだ。そこには、人も生態系の一員だというエコロジーが根づいている。

 

 で、今週は『里山資本主義――日本経済は「安心の原理」で動く』(藻谷浩介、NHK広島取材班著、角川oneテーマ21)。筆頭著者は1964年生まれ。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)出身のエコノミストで、シンクタンク研究員。この本は、NHK広島放送局が制作する地域情報番組のシリーズ企画をもとにしている。2011年から1年半、放映されたらしい。「里山資本主義」という言葉は、この企画から生まれたという。

 

 この本は2013年夏に刊行されると、たちまち話題を呼んだ。2014年の「新書大賞」にも選ばれている。なんと言っても、書名がキャッチーだ。「里山」の語感がいい。だが、それだけではないだろう。3・11からまだ2年後で、福島の原発事故は日本の国策が里山の炭焼き小屋を置き去りにしたことのしっぺ返し、という反省が世間に強かったからだと思う。ただあまりに時流に沿っていたので、その時点で僕は本を手にとらなかった。

 

 それが、さらに4年たってどうだろう。あの反省は、ほとんど消えてしまったのではないか。3・11の直後には駅のエスカレーターが止まり、長い階段を喘ぎあえぎ昇ったものだ。原発に頼らずに暮らすのならなんのこれしき、と思ったことを記憶している。今、あの決意を忘れた自分に気づくと恥ずかしくなる。「東京五輪・パラリンピックに間に合わそう」を合言葉に巨大工事を急ぐ都市の風景からは、里山回帰の機運がもはや感じられない。

 

 今こそ里山ではないか。そう考えて、今回はこの本を選んだ。刊行直後の書評に「長所だけを強調しているきらいもあるが、日本の有力な選択肢として熟考したい」(朝日新聞2013年8月4日朝刊)とあるから、過度にのめり込むことなく読もうと思う。

 

 この本は、NHK取材班(井上恭介、夜久恭裕両氏)が取材で見聞きしたことをルポ風の記事にまとめ、筆頭著者がその読み解きをするというつくりになっている。主舞台は、広島局のある中国地方。とりわけ山あいの地域が多い。それは、「里山」を論じるのにふさわしい場所だったと言えよう。「中国山地は、準平原とも呼ばれる浸食の進んだ地形」だ。そこにあるのは「もこもこした山」で険しくないから、人々の生活と結びつきやすい。

 

 岡山県真庭市には、製材作業で出る木くずを無駄にしない建築材メーカーがある。活用法の一つは、そのまま炉に流し入れる木質バイオマス発電。もう一つは、ペレット状に固めてボイラーやストーブの燃料として売ることだ。また広島県庄原市では、「過疎を逆手にとる会」を旗揚げして町おこしをする人が、裏山で集めた木の枝を燃やす「エコストーブ」をつくった。これらの動きは、いずれも里山で炭を焼く営みの現代版と言ってもよいだろう。

 

 読ませどころの一つは、こうした話を地元自慢に終わらせていないことだ。取材班は、欧州オーストリアに出張して木質エネルギー先進国の事情を報告する。そこで見たのは、製材会社が供給するペレットがガソリンのようにタンクローリーで運ばれ、町の一軒一軒に届けられる様子だ。配達された家では、ペレットが全自動で貯蔵庫からボイラーにくべられる。「住人はペレットに全く触れることなく、スイッチ一つで利用できる」というわけだ。

 

 供給側を見れば「森林マイスター」がいる。中小の私有林を管理する人だ。「山の木を切りすぎず、持続可能な林業を実現するために必須の職業」という。そこにあるのは「森が生長した分だけを切る」(森林研修所長の言葉)とする鉄則だ。オーストリアが緑の党元党首を大統領にいただく背景には、需給双方に緑志向のシステムが根づいていることがあるのかもしれない(当欄「欧州揺らぐときのハプスブルク考」2017年3月17日付)。

 

 さて、では里山資本主義とは何か? NHK取材班は「大都市につながれ、吸い取られる対象としての『地域』と決別し、地域内で完結できるものは完結させようという運動」であり、「外部への資源依存を断ち切ることで実現する」と説明する。反グローバル経済の主張に共鳴しつつ、排他主義ではないことも強調している。「地域がベースとなった産業」を重んじるので「互いにつぶし合うほど競争しなくてすむ」というのが、その理由だ。

 

 筆頭著者は、里山資本主義を「お金の循環がすべてを決するという前提で構築された『マネー資本主義』の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方」と位置づける。そこには、マネーゲームの末にリーマン・ショックに至った流れへの批判がある。「サブシステム」の一語からは、通貨経済を受け入れながら別の支えも用意するという柔軟な発想が見てとれる。副題に「安心」とある所以だ。

 

 「外部への資源依存を断ち切る」の見本は庄原市にある。社会福祉法人の理事長は、デイサービスに来た高齢女性から「うちの菜園で作っている野菜は、とうてい食べきれない」と聞いて「お年寄りの作る野菜を施設で活かせばいい」と思いついた。そして、施設のワゴン車が高齢者宅を回り、野菜を買い込むようになる。支払いは地域通貨。地元には、その通貨が使えるレストランもできて、そこでも手づくり野菜が食材に生かされているという。

 

 この本には、里山資本主義らしい逆転の発想が満ちている。たとえば、耕作放棄地の草で乳牛を育てる青年が、こうした放牧では乳の均質化が難しいのを逆利用して「日によって違う牛乳の味」を売り込んでいるという話。「ばらついていることの価値」の再発見だ。

 

 読了して、日本社会は実はかなり里山化しているのではないかとも思う。地ビール、地ワイン、ご当地B級グルメ……。どれもみな、脱外部依存をめざしている。ところが、それらはすぐにブームと化して、どこもかしこも似たような試みを始め、そのことで里山らしさが薄れていく。里山資本主義の要諦は、小さな経済圏を大事にすることにある。全国市場や世界市場で注目を浴びようなどという目立ちたがり精神とは、相容れないように思う。

 

 これは、メディアのブーム志向が里山世界になじまないことを物語ってもいる。せめて当欄は、山の恵みならぬ本の恵みをひっそりと集める里山ブログをめざすことにしよう。

(執筆撮影・尾関章、通算366回)

 

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『電力と国家』(佐高信著、集英社新書)

写真》電力をはかる

 最近の国会中継で気になることが一つある。お役人がよく使う「……してございます」という丁寧表現だ。「そうです」を「そうでございます」と言うのなら、なんの違和感もない。ところが「してございます」となると、とたんに気持悪くなる。「しています」の敬語づかいなら、ふつうは「しております」でよいはずだ。どうして、こんなヘンな丁寧語を用いるのか。そこからは、「とりあえず低姿勢」という霞が関流の慇懃無礼が匂ってくる。

 

 この言葉づかいは、日本政治の二重構造に起因するというのが僕の見方だ。戦後の日本では、政治権力は首相を頂点とする政治家が担っている。だが、現実に政策の立案遂行を仕切っているのは高級官僚のように見える。かつては官僚が政治家を動かして、国の針路を左右するという構図すらあったように思う。官界は政界に比べるとエリート揃いだ。だからこそ、官僚が政治家を操縦するときに求められるのが、不自然なほどの低姿勢なのだろう。

 

 21世紀に入ったころから、官僚の低姿勢には別の意味合いも加わってきた。公務員の倫理規定は強まり、深夜まで働いて電車に揺られて帰る日々。だが、給料はエリートでもそんなに高くない……ようではある。昔なら天下り後の厚遇で過剰労働の元をとるという人生設計もありえたのだろうが、今はそれが通用しない。世間の目は冷ややかになるばかりで、身を守るために低姿勢の度合いがますます強まっていると言ってもよいだろう。

 

 ただ、官僚はしたたかだ。官僚政治の打破は今や政治スローガンの一つになったが、それを言う議員の経歴をみると元官僚だったりする。官僚とは無縁のところから描きだす社会設計を僕たちはもちえないのか。そんな愚痴の一つも言いたくなる。

 

 僕の古巣について言えば、新聞記者には役人とつきあいがある人が多い。朝から役所の一角にある記者クラブに詰めて昼間は庁内を回り、夜は公務員官舎を夜回りする――そんな1日を送っていると、役所の空気に自然となじんでしまうということがあるのだろう。僕は幸いにも、かけだし時代の警察回りや数カ月間の県政担当を除くと、官公庁の記者クラブに常駐する役回りにはならなかった。役所臭さに染まらないという点ではよかったと思う。

 

 で、今週の1冊は『電力と国家』(佐高信著、集英社新書)。もともとは東京電力福島第一原発事故から6年の節目ということで手にとったのだが、読み進むうちに、これは官僚体制批判の書であるとわかった。著者は1945年生まれ。だれもが知る辛口の評論家だ。経済ジャーナリズム出身の人だが、最近はリベラル派の論客としてメディアで活躍している。『週刊金曜日』編集委員の一人でもある。この本は、2011年10月に出た。

 

 前半部で焦点があてられるのは、1938(昭和13)年に成立した電力国家管理法だ。翌年には「日本発送電株式会社(日発)」が発足する。発電、送電、配電のうち前者二つを担う国策企業。「電力会社が築き上げてきた事業をあらかた奪って」の国営化である。著者は、この法律が「『国家総動員法』とともに」「セットにして公布」された点を特記する。当時、日本の国家体制は人々とエネルギーをひとくくりに自らの統制下に置いたのである。

 

 電力国営の絵は、当時の「革新官僚」が描いた。著者は、逓信省出身で内閣調査官だった奥村喜和男の『電力国策の全貌』(1936年)という著書を引用する。奥村は、電力民営の短所として「料金を低廉ならしめ且つ有効適切なる料金政策を実行し難きこと」「国防目的の達成に支障あること」などを挙げる。そして、国営になれば「国家の意思通りに発送電事業を管理し得る」「民間資金の豊富且つ自由なる調達を図り得る」と主張する。

 

 気づくのは社会主義体制との酷似だ。そのころの若手官僚には計画経済への傾倒があった。当欄「岸信介で右寄りのを知る」(2014年10月3日付)で紹介した『絢爛たる醜聞 岸信介伝』(工藤美代子著、幻冬舎文庫)にも、岸が戦前に商工官僚だったころ「ことあるごとに統制経済の重要性と市場経済の行き過ぎを批判していた」という話が出てくる。彼は日本の息がかかる「満州国」の5カ年計画も「ソ連のまね」とみていたようだ。

 

 この潮流を『電力と…』はこう分析する。「世界的な恐慌が吹き荒れた中、資本主義、自由経済の限界、不便さをどの国も痛感しており、一九三〇年〜四〇年代は、私益を否定し公益ならぬ国益を優先する『統制経済』こそが、国の未来を切り開く最良の手段として認知されていた」。米国のニューディール政策も同様だという。これを読むと、日本では「公益ならぬ国益」の様相が際立っていたように思える。それが国家主義を暴走させたのである。

 

 この本が敬意をもってとりあげるのは、その電力国営論と対峙した二人の経済人だ。「電力の鬼」と言われた松永安左エ門と、後に東京電力社長となる木川田一隆。松永は1875(明治8)年、長崎県生まれ。慶應義塾に学び、福沢諭吉翁から直接の薫陶を受けた。翁の「『民』と『野』の伸長」を重んじる教えに従って、官僚嫌いになる。木川田は大正末期、松永と競争関系にある電力会社に入るが、戦後は行動をともにするようになる。

 

 松永の電力人生は明治末期に始まる。九州北部で水力発電や路面電車の事業にかかわった。その後、名古屋以西を営業域とする電力会社を設立、関東にも子会社をつくって既存大手と争う。この首都圏商戦は昭和初期に両社が合流して収まるが、次いで電力国営化との闘いが始まった。民間企業の活動を引きはがすことを「法的に不合理」と訴えていたことが当時の出版物に記されているが、抵抗むなしく敗れ、隠棲生活に入ったという。

 

 第二幕は戦後の反国営論だ。この本によれば、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は「産業支配の分散」をめざして日発解体を求めるが、日本側は「全国一社」「国策としての電力事業」にこだわる勢力が強かった。ここで松永が提唱したのが、全国9分割の私案だ。1949(昭和24)年、東京・銀座に「銀座電力局」とも呼ばれる個人事務所を構えて「民の自由精神を奪った体制へのリベンジ」に乗りだした。木川田も銀座局の常連となる。

 

 翌50(昭和25)年、GHQは松永私案を受け入れて政府にその実施を命じる。銀座局の働きかけが功を奏したのだ。ここで着目したいのは、私案が電力会社の「発送電併業」を前提としていたことだ。GHQの当初案は地域分割のみならず、発電と送電も分ける構想を盛り込んでいたが、そこは松永に譲ったのである。福島第一原発の事故後、電力自由化の声が高まったとき、しきりと言われた発送電分離の芽は、実はここにもあったのである。

 

 この本は、3・11の半年後に刊行された。日本の電力を原発漬けにした愚を追及する姿勢は強く感じられる。だが、その責めは単純には官僚体制に負わせにくい。国策はあったが、現に原発建設に邁進したのは電力会社だ。木川田はもともと原子力を「悪魔のような代物」と嫌っていたようだが、「原子力発電の主導権」を官に渡さないとの一念から東電経営陣の一人として郷里福島県への原発立地を進めたという。その経緯の記述もこの本にはある。

 

 ただ、ここから先は僕の意見だが、日本列島が原発だらけになった背景には、やはり官僚の存在があると思う。その影響力を増幅したのは科学ジャーナリズムではなかったか。自省を込めて、そう言いたい。科学記者は本来、科学全般を見わたして論評力を高めるべきなのに、科学技術庁が力を注ぐ原子力の開発に目を奪われるばかりだった。戦後しばらくは今ほど技術のリスクが問われなかったので、それらを無批判に報道してしまったのだろう。

 

 この本で、著者は松永・木川田の民営論に大いに共感している。週刊金曜日の編集委員と言えば、左派で私企業は大嫌いだろうと思うが、彼はそうではない。そこにあるのは反統制の公共重視だ。たとえば、歴史学者網野善彦の言だという「領海の外に公海がある」を引いて、「公」は国家の外にあるので「国家イコール公ではない」という。そのうえで「電力会社がパブリックを念頭において行動しているとは、とても思えない」と批判している。

 

 佐高信という人の立ち位置を知って思うのは、右に資本主義、左に社会主義を置いて政治を論ずることのばかばかしさだ。いま必要なのは、まず自由であり、私的自由を分かちあいながら公、即ちパブリックの幸福を追求する人々がふえることではないだろうか。

(執筆撮影・尾関章、通算363回)

 

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