『働くということ――グローバル化と労働の新しい意味』

(ロナルド・ドーア著、石塚雅彦訳、中公新書)

写真》アフターファイブ

 今年は「働き方」がメディアをにぎわした。まずは、働き方改革関連法案をめぐる国会の紛糾。残業時間の上限設定と専門職労働の規制緩和を抱き合わせにした法案に反対の声は収まらなかったが、6月末に可決された。そして、いま渦中にある出入国管理法改定の動きも外国人労働者の受け入れを拡げようとするもので労働力の需給にかかわる。少子高齢化、男女共同参画の世にどう働くべきか。僕たちは、そんな問いを突きつけられている。

 

 ここでは残業に注目しよう。働き方改革関連法の成立で、労働時間を規制する労働基準法も改められたが、残業は月当たり45時間以内という原則に変わりはない。ただ、繁忙期に上限が設けられた点が新しい。これまでは労使協定によって延長可能な青天井状態が続いてきたが、改正法施行後は1カ月で100時間未満(休日労働を含む)などの枠がはめられる。違反すれば雇用側に罰則が科せられるというから拘束力がある。

 

 「100時間未満」と聞いて、僕は複雑な気持ちになる。月100時間の残業は過労死を起こす危険水域とみなされているから上限はもっと下げるべきだ、とは思う。その一方で過去の記者生活を振り返り、自分は死線をくぐって来たのかなあ、とあきれてしまう。

 

 たとえば、支局勤務の新人時代。午前8時半には出勤、昼間は取材先を回り、夕方は支局に戻って原稿を書いた。その日の出稿が終わってからとりかかるのは、締め切りに余裕がある企画記事などの執筆。帰宅は深夜に及ぶが、帰っても布団に腹ばいになって原稿用紙に向かうことがあった。さらに5〜6日に1度は泊まり勤務。当時は週休2日ではなく、土曜も出社した。日曜が出番のときは平日を代休にしたが、返上することもしばしばだった。

 

 仕事に束縛された時間を足し合わせ、正規の勤務時間を引いてみると……。怖くなるから、総残業時間を正確にはじき出すのは控えよう。僕には、会社や上司に対する恨みはない。好きでやっていたことなのだ。むしろ忙しいことに陶酔していたようにも思う。

 

 あのころの自分の働きぶりを正当化して、今の若いヤツはヤワだな、などと暴言を吐くつもりもない。逆に、あの陶酔状態がもたらした負の効果に気づいて後悔する。まずは、家族に迷惑をかけた。家庭を顧みる余裕がほとんどなかったのだ。自分も多くのものを失った。例を挙げれば、駆けだしの数年間は本をほとんど読まなかった。頭の中に渦巻くのは原稿の想念ばかり。思考の対象は著しく偏り、生活人としての平衡感覚を欠いていた。

 

 で、今週は『働くということ――グローバル化と労働の新しい意味』(ロナルド・ドーア著、石塚雅彦訳、中公新書)。著者は1925年、英国生まれの社会学者。先月中旬、日本のメディアにも訃報が届いた。朝日新聞2018年11月16日朝刊には「英国の代表的な日本研究者」であり、戦後まもない50(昭和25)年に来日、農村や下町に入り、「徹底した実地調査をもとに日本社会に根づく共同体意識に光をあてた」とある。

 

 1950年といえば、僕が生まれる直前。幼少のころの大人たちの働きぶりはおぼろげに覚えているが、勤勉さは僕の新人時代の比ではなかった。著者は、そのころの日本人の労働実態をつぶさに見ていたことになる。実際、「はじめに」には51年の調査メモが引用されている。化粧品製造会社の課長に面談して、健康とは「仕事を続けうる能力」であり、休日は「つぎの週の労働のために疲れをとる手段」と認識していることがわかったという。

 

 この本は、2003年に東京であった講演をもとにしている。題名は「ますますグローバル化する世界における労働の新しい形、新しい意味」。ちょうど、日本の産業界で「正社員」「終身雇用」の柱が崩れ、「派遣」「非正規雇用」が広まったころ。あの変化を僕たちは日本社会の欧米化ととらえがちだが、本当にそうなのか。著者は半世紀余、欧米に拠点を置きながら日本を見つづけてきた人なので、その答えを教えてくれるかもしれない。

 

 結論から先に言うと、雇用の構造を考えるにあたっては、欧米が進んでいる、日本は遅れている、という先入観に囚われてはいけないらしい。むしろ、欧米も日本もほぼ同期して激変の波をかぶったという面がある。欧米人も、その大波に戸惑っているからだ。

 

 それを物語るのが、英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズの読みが外れたことだ。1930年の時点で、2030年には技術革新のおかげで人は週15時間ほど働けばよいようになると予言したが、今その見通しはない。著者は「現状は予言とは逆の傾向を示しています」と断じて、米国の一部職種で労働時間が延びていることやフランスには休日減らしの提案があることなどを例示する。背景には「経済競争力強化」の圧力があるという。

 

 この本では、著者自身の見込み違いも打ち明けている。日本型雇用の代名詞であり、英国の官界も部分的に採用していた年功制度をめぐる予想だ。「イギリスでも、日本と同じように、ある種の年功制度がだんだんと官庁から伝染して普遍化してくるだろう」。1970年代には、そんな見立てをしていた。企業内で同僚間の「競争心」と「協調的努力」の均衡をとりやすいしくみだからだという。欧米にも「日本に学べ」の志向があったのである。

 

 ところが1980年代、英保守党のマーガレット・サッチャー首相は雇用制度の手本を官界ではなく民間に求めて「直接的・金銭的インセンティヴ」に重きを置く施策を進める。これは世界中に広まり、「人的資源の効率的利用」のために「整理解雇の手続きが簡単」で「臨時雇用契約がより自由に使える」ようにする政策が広まった。英労働党のトニー・ブレア首相までが「『労働市場の柔軟性』の美徳」を訴える時代が到来したのである。

 

 著者によれば、ここには「OECDコンセンサス」がある(OECDは、先進工業国が加盟する「経済協力開発機構」)。「中道左派の首相も中道右派の首相も演説で繰り返す」からコンセンサス(合意)だ。「市場個人主義」の思想が見てとれるという。

 

 それは、低所得層の安全網となる「最低賃金法」や「社会扶助」について「仕事を探すインセンティヴを低下させるような水準や条件に設定されるべきではない」とする。福祉にも市場の精神をもち込んで個人の自立を促そうというのだ。一方、高所得層では上位層と中位層の格差が広がる一方だが、それは気にしない。「大企業のCEOは平気で、次のようなことをいうようになりました」と、スピーチを提示したくだりではハッとした。

 

 「何百万ドルの年収は、会社に対する、したがって株主や社会に対する私の潜在的な貢献の客観的評価を表しています」「私の仕事に対する公正な報酬です」――現実の発言例ではなさそうだが、最近のニュースでよく耳にするカリスマ経営者の発言かと思えてくるではないか。著者は、社会規範が塗りかえられたことも指摘する。「経営者の使命は株主の利益に仕えること」とみる投資家優先論が強まり、労働者の待遇は二の次になったという。

 

 この本によれば、OECDコンセンサスは米国の「文化的覇権」と結びついている。米国のビジネス・スクールが「グローバル・エリート」を世界に輩出しているというのだ。日本も例外ではない。「経営者たちの経営理念がますます株主価値やネオリベラルな思想――特に福祉制度や、国家の経済への介入を非とする思想――に共鳴するような形で動いている」のは、米国帰りのMBA(経営学修士)取得者の影響が大きいというのが著者の見方だ。

 

 著者自身は、あくまで「労働者保護と社会保障の混合」を当然視する旧来のコンセンサスにこだわる。最終章には「社会的連帯を犠牲にしながら進む市場個人主義。その強い流れに逆転の可能性はあるのか」という問いかけもある。ただ、逆転の特効薬が示されているわけではない。そこが隔靴掻痒だが、確実に言えるのは、OECDコンセンサスは1980年代以降に巻き起こった流行であり、人類知として定着したものではないということだ。

 

 僕は若いころ、長時間労働で生活人としての平衡感覚を失っていた。これは、金銭では測れない価値の喪失だ。働くことの意味は、きっと市場の外にもあるのだろう。

(執筆撮影・尾関章、通算449回、2018年12月7日公開、同日更新)

 

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『グリーン資本主義――グローバル「危機」克服の条件』(佐和隆光著、岩波新書)

写真》色づいても枯れても緑は緑

 あの熱気はいったい、なんだったのか。そう思うのが、2000年代に入ってしばらく続いた脱温暖化の機運だ。二酸化炭素など温室効果ガスの排出減らしが世界的な関心事となり、主要国首脳会議(サミット)でも最優先議題の一つに挙げられたのである。

 

 そもそも、工業化社会から出る二酸化炭素が地球を暖めているという警告が広まったのは1980年代の後半だ。90年代からは「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」という科学者集団がほぼ5年おきに温暖化の予測を発表するようになっていた。92年には国連気候変動枠組み条約が採択され、97年に京都議定書がまとまって、2008年から5年間に先進国が温室効果ガスの排出をどれだけ減らすかの目標も課された。

 

 僕は新聞社在籍時代、2006年の暮れから論説委員となって環境問題の社説を担当した。そのころ、論説委員室に集う政治記者も経済記者もなべて温暖化問題に対する関心が高かったことが思いだされる。それは、国際情勢や政治経済を資本主義対社会主義の対立で読み解く冷戦型の思考様式がメディアでも政財界でも廃れてきたことの証しだった。人類が内部抗争に明け暮れるのではなく、共通の敵と闘うという構図が見えてきたのである。

 

 ここで共通の敵とは気候変動だが、その原因として人間自身の野放図な産業活動があった。それを抑えられるのは、理性しかない。人類は、武器を振りまわす流血の戦いを脱して、科学に支えられた理性の闘いの時代に入ったようにも思えたものだ。

 

 ところが、歴史はそれほど簡単には進歩してくれなかった。民族抗争や難民問題、グローバル経済があちこちで国際摩擦を引き起こしている。その結果、自国第一の潮流が生まれて、核戦争の危機さえ現実味を帯びるようになった。理性の闘いはまた遠ざかった感がある。

 

 国内に目を向ければ、3・11の福島第一原発事故の衝撃が大きかった。原子力災害による放射能飛散の怖さは、温暖化より差し迫っている。現実に原子力発電はいったん止まり、その後、再稼働が始まったが、電力供給では火力が大きな柱となっている。脱温暖化はいったん棚上げされた感がある。これは、急性病の回避を慢性病の予防よりも優先させるのに似て尤もなことだと僕は思う。ただ、だからと言って理性の闘いを忘れてよいはずはない。

 

 で今週は、3・11以前にメディアを賑わせていた論調を振り返ってみよう。脱温暖化は経済を停滞させたりはしない、むしろ新しい成長の種子を撒いてくれる――という見方だ。もし本当にそうならば、経済の舵を今からでもそちらへ切らなくてはならない。

 

 手にとったのは、『グリーン資本主義――グローバル「危機」克服の条件』(佐和隆光著、岩波新書)。著者は1942年生まれの経済学者。京都大学経済研究所長などを務めた。計量経済学を出発点に環境経済学を深めた人だ。数理を駆使する方法論、生態学(エコロジー)に対する造詣。いずれも、僕のような科学記者には親近感を呼び起こさせる。そんなこともあって僕は大阪在勤のとき、部内の勉強会にお呼びしてお話を聴いたこともある。

 

 この本は2009年に出た。副題に「グローバル『危機』」とあるように、前年に米国で勃発した「リーマン・ショック」とそこから波及した「世界同時不況」を強く意識している。そうした資本主義の行き詰まりを打開する方策として、グリーン、すなわち環境保護志向の経済活動が提案される。折から、日米で政権交代があり、市場原理主義一辺倒の政策が見直されようとしていたころだった。刊行時には、きわめて旬な本だったと言えよう。

 

 そこでは、自民党の麻生太郎政権が2009年に出した温室効果ガス排出削減の中期目標が俎上にあがる。20年に05年比で15%減らすというものだ。注目すべきは、基準年が国際標準の1990年と異なることだ。著者は、90年から05年までの実績が欧州連合(EU)は7%減、日本は7.7%増だったとして「これまでの試験の点数は帳消しにして、これからの試験の点数で成績をつけてもらう」のと同じではないか、と指弾する。

 

 2009年は民主党に政権が移った年だ。鳩山由紀夫代表は首相就任直前、新政権の20年目標を掲げる。1990年比でマイナス25%という大幅削減を「いち早く打ち出した」のだ。著者は「まことに意義深い」としているが、その目標値も今は消えてしまった。

 

 このころ、米国でもバラク・オバマ大統領が登場して「再生可能エネルギーやスマート・グリッドに巨額の公共投資をし、アメリカ経済再生の手掛かりにしようとする」。スマート・グリッドとは「情報通信技術」を活用した「送配電の安定化」を指している。彼は、それらの投資額や雇用増の目標も数字で示した。これは1930年代、フランクリン・ルーズベルト大統領が手がけた政策に因んで「グリーン・ニューディール」と呼ばれる。

 

 著者は、こうした流れを肯定する理由を産業経済史の観点から説明する。もっとも説得力をもつのは、日本では高度成長期(1950年代後半から73年)とバブル崩壊後(91年から2000年代)で、それぞれどんな商品が経済活動の牽引車となったかの比較だ。

 

 前者を代表するのは自動車やエアコン。著者は「自動車産業ほど、産業連関的波及効果の大きい産業は他に見当たらない」と書く。自動車1台ができるたびに、鉄、非鉄金属、石油化学製品、電子部品など1トン超の物財がそこに詰め込まれる。さらにはガソリンスタンド、駐車場、自動車ローン、自動車保険などクルマ社会に欠かせないサービスが生まれて「大規模な雇用を創出する」。その波及効果が高度成長に大きく寄与したと指摘するのである。

 

 では、後者はどうか。「携帯電話、パソコン、DVDプレーヤー・レコーダー、デジカメ、カーナビなどのデジタル製品」の普及が進んだが、「デジタル製品の産業連関的波及効果は、自動車のそれに比べれば、圧倒的に小さい」。なるほど、と思う。科学技術史で言えば、1980年代に情報科学の開花があり、ハードからソフトへの重心移動があったが、それはモノよりもコトに付加価値を見いだしたので工業生産の爆発的な連鎖は生まなかった。

 

 二つの時代は、政策面でも対比される。例に挙がるのは、1965年、東京五輪翌年の「昭和四〇年不況」。日本銀行の特別融資や赤字国債の発行によって克服された。当時は、カラーテレビなど家電製品の潜在需要があり、「公共事業の工事現場で働く人びとは、給料をもらうと、すぐさま電器屋さんに」という図式が成り立った。だが今、先進国では「財政金融政策によって容易に掘り起こせる潜在的な内需はもはや無きに等しい」という。

 

 読みどころは、経済成長に必須とされる技術革新をめぐる考察だ。その駆動力は1)「願望」の充足2)「不足」の克服3)「制約」の打破の三つだが、1)2)は20世紀に「あらかた達成された」ので、今は3)の比重が増している。それは、どんな制約か。著者によれば、人類が21世紀に課されているのは脱温暖化という「環境制約」だ。今日のニューディール政策が「グリーン」でなければならない最大の理由はここにある。

 

 前世紀までは、1)2)のように人間の欲望が経済を引っぱっていた。ところが今世紀の3)では、理性が介在する。だれかが人類の存続に必要な制約に気づき、それに対処するしくみを設計しなくてはならない。そこに排出量取引のように環境保護に努めれば得をするという市場原理を組み込むとしても、その枠を決めるという英断を支えるのは欲得抜きの理性しかない。グリーン資本主義の成否は、これができるかどうかにかかっている。

 

 著者は経済成長の不要論者ではない。ただ社会を次世代へつなぐため、「枯渇性資源を浪費する経済成長」はやめるべきだと主張する。3)に突き動かされて再生可能エネルギーやスマート・グリッドを充実させれば、適切な成長がもたらされるということだろう。

 

 印象に残るのは、官僚主導で出された麻生中期目標に対する批判だ。計量経済モデルという「ブラックボックス」を「『調整』する」ことで都合の良い数値をはじいたという。経済学は数字を弄ぶものではない。大切なのは歴史観。この本を読んで、僕はそう思う。

(執筆撮影・尾関章、通算384回)

 

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『原発のコスト――エネルギー転換への視点』(大島堅一著、岩波新書)
写真》あの日から5年(朝日新聞2016年3月11日朝刊)
 
 5年が過ぎた。60年余を振り返って、あの日は生涯でもっとも重い日となった。子どものころ、毎夏8・15が巡りくるたびに大人たちが特別な感傷にとらわれていたように、僕たちは3・11を素通りすることはできない。
 
 昼下がり、社内で会議をしていたときだった。座ってはいられないほど机と椅子が揺れ、自分の席に戻ると書棚の本が飛び散っていた。しばらくしてテレビは、仙台周辺の空撮映像をリアルタイムで流す。大地に化け物の指先が伸びていく。指先に見える黒ずんだものが津波の先端であり、そこが家々の散在する農業地帯だと知った瞬間、背筋が凍った。それだけでも決して忘れられない日となっただろう。
 
 たたみかけるように襲ってきたのは、「福島第一原発で全電源喪失」の一報だ。すでに日が暮れかかっていたと思う。僕は科学記者だが原子力取材の経験があまりなかったので、すぐにはその深刻さに気づかなかった。予備電源があり、いざとなれば緊急炉心冷却装置が働くだろうくらいに思ったのだ。だが、原発に詳しい同僚は「大変だ、チェルノブイリ級のことが起こる」とつぶやいた。事故はその後、本当にそういう流れになった。
 
 冒頭で「もっとも重い日」と書いたことに、被災者でもないのにわかったようなことを言うなという指弾があるかもしれない。その通りだ。重さの度合いは大きく違う。ただ、受難を免れたからこそ感じる心の痛みはある。原発事故について言えば、自らは都会にいて電力を浪費するばかりで放射能の危険を原発立地県に押しつけてきたという負い目がある。そして科学記者として、そのリスクを強く警告できなかったことへの悔いが僕にはある。
 
 以来5年、科学記者としてどんな反省をしてきたのか。折に触れて述べてきたことが一つある。僕がおもに取材してきた知的探究としての科学、たとえば素粒子論や宇宙論などの報道も、原子力の暴走と無関係ではなかったということだ。物質世界の安定、すなわち原子核を束ねるしくみに対する関心が世の中にもうちょっと根づいていれば、原子力が怖いという認識が強まっていただろうと思うのだ。
 
 老記者が過去の全活動を総括せざるを得ないような内省を迫られる。3・11は、そういう大事件だった。だから、かつて原子力推進の国策を掲げていた首相経験者が今、反原発を訴えていることもそれなりに納得できる。ところが5年後の今、日本政府はエネルギーミックスの名のもとに「原発国」への道へ舞い戻ろうとしている。これはまるで、8・15後に芽生えた戦後民主主義が冷戦下で逆コースをたどったのと同じではないか。
 
 で、今週は『原発のコスト――エネルギー転換への視点』(大島堅一著、岩波新書)。著者は1967年、原発立地先進地の福井県に生まれた経済学者。環境経済学や環境・エネルギー政策論が専門という。この本が出たのは2011年暮れ。福島第一原発事故を受けての素早い出版だが、なかに盛り込まれたデータは充実している。それまで積み重ねた研究の蓄積を一気に吐きだしたという感じの力作。2012年度に大佛次郎論壇賞を贈られた。
 
 第1章「恐るべき原子力災害」は、原子力事故の特質を描きだす。核燃料が核分裂でできた放射性物質を大量に含むことに触れて「放射性物質は、放射線を出しながら別の元素に変わっていく。これを崩壊といい、その過程で熱を発する」「崩壊熱をなくすことは人為的にはできない。原子炉が止まっても核燃料に含まれている放射性物質から崩壊熱が生じるので、核燃料を冷やし続けなければならない」。今に続く汚染水問題の根もここにある。
 
 ただ、著者は経済学者なので、最大の読みどころは第2章「被害補償をどのようにすすめるべきか」、第3章「原発は安くない」だろう。ここでは、この二つの章に焦点を絞って5年後のいま心にとめるべきことがらを紡ぎだしてみよう。
 
 第2章には見落とせない指摘がある。俎上にあがるのは、1961年制定の「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)だ。第1条に「被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする」とある。賠償は損害をあがなう行為なので、そのこと自体は事業に負の効果をもたらすはずだ。それをもって「発達に資する」とはどういうことか。感じとれるのは、原子力開発を国策として進める側の強引さである。
 
 実際に原賠法は事業者に無過失責任を課しながら、「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」(第3条)と言い添えるのを忘れない。今回も「異常に巨大な天災地変」にあたるとの主張があったようだが、それは認められなかった。著者の解説で「東京電力の免責が認められてしまうと」「被害者に対して賠償責任を負う主体がいなくなってしまう」という事情があったことうかがわれる。
 
 とはいえ、この法のもとで原子力事業者には幾重もの安全網が張られている。まず「責任保険」だ。それが適用されなくとも、政府と結ぶ「補償契約」がある。さらにその限度額を超えたときに備えて「国の援助」の道も開かれている。今回の事故では、「援助」の規模が膨大になるので新しい法律がつくられ、「原子力損害賠償支援機構」が設けられた。機構が政府から国債を受け取り、それを換金して支援するしくみである。
 
 著者が警戒するのは、損害賠償の求めが今後ますますふえて、業界側に賠償額の上限を求める動きが強まることだ。それは国民にしわ寄せがくるので「原子力発電は市場経済のもとでは事業として成立しないことを電力会社自らが認めていることと同じ」と著者は言う。そのうえで、賠償費用を支払う企業の範囲を事業者にとどめず、プラントメーカーやゼネコン、融資元の金融機関などにも広げて負担を分かちあってはどうか、と提言している。
 
 第3章「原発は安くない」で、批判の的となるのは経済産業省が事故前のエネルギー白書で掲げていた発電コストのグラフだ。1kw時の電気をつくるのに原子力は「5〜6円」。太陽光よりも1桁安いだけでなく、火力の「7〜8円」をも下回る。著者は、この数字がモデルプラントを想定した机上計算であることに注意を喚起する。運転年数や設備利用率が実態を反映していないというのだ。そして、それよりももっと大きな難点がある。
 
 「発電という行為を社会的にみると、全体としてかかっているコストは電力会社にとってのコストだけではない」のに、ここで示されているのは「発電事業に直接要するコスト」であり、電力会社の「私的コスト」に過ぎないというのである。
 
 追加すべきものを著者はいくつか挙げる。一つは「技術開発コスト」。政府は既存原発のみならず、高速増殖炉や原発使用済み燃料再処理施設の開発などに巨費を投じてきた。二つめは「立地対策コスト」。中心にあるのは、電源三法によって原発立地自治体に出される交付金だ。「立地が進まない時期には予算が余り」「二〇〇三年度からは地場産業振興、コミュニティバス事業、外国人講師の採用による外国語授業まで支援の対象となった」
 
 そこで著者は、「直接」を有価証券報告書から読みとり、それに「技術開発」と「立地対策」を加えたものを独自にはじき出した。それによると、1970〜2010年度の平均で1kw時の原価は原子力が10.25円。さきのエネルギー白書の数字のほぼ倍にはねあがっている。ちなみに同様の見積もりで火力は9.91円。それだけでも原発は安いという売り文句に疑問符がつく。
 
 まだまだ、付け足すべきものはある。一つのくくりは「環境コスト」。事故に伴うもろもろ、現場の収束処理や廃炉、住人への賠償、周辺の除染などの費用が含まれるが、「金銭にあらわせない被害も多い」という。さらに10ページ余を費やして論じられているのが「バックエンドコスト」。原発使用済み燃料の処理や処分に必要な出費だ。それは、再処理による核燃料サイクル政策が続けば「莫大」になると著者は強調する。
 
 原発も自動車と同様、社会的費用を考えるべし。あの事故から5年の日にそう思う。
(執筆撮影・尾関章、通算307回)
 
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『社会的共通資本』(宇沢弘文著、岩波新書)

 経済学者の宇沢弘文さんが亡くなったのは先月のことだ。僕のように経済学とは縁遠い者でも心にぽっかり穴が空いた気がする。同時代人として「自動車の社会的費用」という言葉に強い影響を受けたからだろう。金銭だけで人間を語るな、という思想がそこにはある。
 
 宇沢さんの『自動車の社会的費用』(岩波新書)が世に出たのは1974年。僕はまだ学生だった。あのころの論壇では、「マル経」すなわちマルクス主義経済学が幅を利かせていた。「近経」すなわち近代経済学の学者と言うと、先ず政府の審議会が思い浮んだものだ。そんな固定観念に待ったをかけたのが、この新書本だった。マルキシズムの「マ」の字もなしに、当時の世情に物申したのである。
 
 学生時代、僕はマルキシズムにかぶれてはいなかったが、この本を開かなかった。その意義の大きさに気づいたのは、新聞記者になってからだ。事件が起こったとき、当事者の悪行、過失だけに目を奪われず、背景の要因を掘り起こすことを僕たち世代の記者は心がけた。すぐに思いつくのは、資本対労働というマルキシズムの構図だ。だが、それでは説明のつかない矛盾が世の中にはあふれていた。そんな現実を読み解いてくれたのが宇沢経済学だ。
 
 さて僕は宇沢さんの訃報を知って、彼の本が無性に読みたくなった。世間には、同じような気持ちに襲われた人が少なくなかったのだろう。ネット通販大手のサイトを開いて本を探すと、新品が売り切れていたり中古本が高く値づけされていたりという現象が起こっていた。去った人を追うようにその著書を読む、というのは決して誇れる話ではない。だが、死者の記憶をこの世にとどめたいという衝動の表れとは言えるだろう。
 
 僕はこの欄で先々週、日本の左派はソ連型社会主義の「国家のため」ばかりに気をとられて「労働者のため」を忘れていたのではないかと問い、戦後になっても「西欧社民や米国リベラリズムを貫く弱者擁護の精神が育たず、自前の視点で公正な社会をデザインする試みが広がらなかったように思う」と書いた(2014年10月3日付「岸信介で右寄りの『右』を知る」)。だが皮肉にも、マル経と離れたところに「弱者擁護」の精神があった。そのことは、ここに書きとどめなければなるまい。
 
 で、今週の一冊は『社会的共通資本』(宇沢弘文著、岩波新書)。2000年に刊行された。当時絶頂期にあった市場万能論に異を唱える書となっている。『自動車の……』が公害多発の世に警告を発したのと同じように、この本もまた時宜にかなっていた。
 
 著者によれば、社会的共通資本は「自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の三つの大きな範疇にわけて考えることができる」。自然環境は大気、水、森、土など、社会的インフラは暮らしの命綱となる交通システム、上下水道、電気、ガスなど、制度は教育、医療、金融などだ。三つを総覧すると「広い意味での環境を意味する」。経済活動の舞台として「社会的共通資本のネットワーク」があるという考え方だ。
 
 この本を通じてもっとも強く感じとれるのは、社会的共通資本の管理や運営は「市場的基準にしたがっておこなわれるものではない」という著者の主張だ。扱う対象が経済活動そのものではなく、その「環境」なのだから当然と言えば当然だろう。
 
 そこで真っ先にとりあげられるのは農業だ。それは「大規模な自然破壊をともなうことなく、自然に生存する生物との直接的な関わりを通じて」進められる。しかも「おおむね、各人それぞれの主体的意志にもとづいて、生産計画をたて、実行に移すことができる」。その営みは「自然環境を保全し、自己疎外を本質的に経験することなく生産活動をおこなうことによって、社会全体の安定性にとって、中核的な役割を果たしてきた」というのである。
 
 著者は「独立した生産、経営単位としてとられるべきものは、一戸一戸の農家ではなく、一つ一つのコモンズとしての農村でなければならない」と強調する。個々の農家に工業部門の企業と競争させれば「農業部門の衰退という帰結を惹き起こすのは必然的」だからだ。
 
 ぜひ紹介しておきたいのは、著者の農に対する敬意が旧制一高時代に育まれたという懐旧談だ。「都会の小学校、中学校で、偏った性向の友人たちの間で育った私」は「農村出身の友人たちの多くがもっていた大らかな人間性、たくましい生き方、そしてことがらの本質を鋭く見抜いてゆく知性に、ほとんど衝撃に近い印象を受けた」という。多感な青年を刺激した「農村の場で形成される人間的な雰囲気」もまた、社会的共通資本の一つと言えよう。
 
 農業を語るくだりでは、市場に重きを置く新古典派経済学の人間像を批判している。そこで想定されているのは「人々が生産にたずさわるときに感ずる職業的矜持も存在しないし、社会的、文化的香りも消えてしまった世界」であり、「虚無的な世界に、点々と散在する泡のような、非人間的な、抽象的な経済人」だというのだ。ふと思うのは、僕たちは知らず知らずに「抽象的な経済人」の型に自分自身を押し込んではいないか、ということである。
 
 街をめぐっては、建築家ル・コルビュジエが描く「輝ける都市」に、近代的都市計画の批判者ジェイン・ジェイコブズの思想が対置されている(著者は「ジェーン・ジェイコブス」と表記)。著者によれば、「輝ける都市」では鉄とコンクリートとガラスの建築群を結ぶ自動車道路が称揚されるが、ジェイコブズは逆に「街路の幅はできるだけせまく、曲がっていて、一ブロックの長さは短い方が望ましい」と言う。クルマではなく人が主役の道である。
 
 「歩行者がかろうじて電柱のかげにかくれて、走りすぎる自動車をよけているというのは、日本の都市でよくみられる光景であるが、このことほど、日本の都市の貧しさを象徴するものはない」という慨嘆は、著者ならではのものと言えよう。自動車の社会的費用は「本来、自動車の所有者ないしは運転者が負担しなければならない費用を、歩行者あるいは住民に転嫁して、自らほとんど負担しない」ようなときに露わになるからだ。
 
 著者がどれほど人間を大切に考えているかは、交通死亡事故の補償をめぐる論述でもわかる。槍玉にあがるのは、被害者が「天寿を全うしたとき、あとどれだけの所得を稼ぎ出すことができるか」に土台を置くホフマン方式の計算法だ。これでは「余命いくばくもない老人かあるいは病人であったとすれば、その人の生命の経済価値はゼロないしはマイナスの値をとることになってしまう」。そこが「非人間的、反論理的」というのである。
 
 同じ論法で、医療に「市場的基準」をもち込むことの危うさにも触れている。「医師の所得が、その診療行為によって患者がどれだけの経済的便益を受けるかということによって決められる」ようになったらどうか。極論を言えば「余命いくばくもない老病人に対する治療の経済的便益はゼロに等しく、医師の所得もこの場合ゼロになってしまう」。ここにも「非人間的、反論理的」な落とし穴が待ち受けている。
 
 著者は、極端例の思考実験をすることで市場経済過信の怖さを浮かびあがらせる。自身が若いころ、近経の学徒として新古典派の理論を研究していたからこそ、市場の弱みがどこにあるかも探り当てられるのだろう。僕たちの人生から金銭にまつわるもろもろのことをそぎ落としたとき、それでも残る人間の本質に価値を見いだそうというのが宇沢経済学なのである。

 この本を読み終えて、一つだけ疑問が残る。著者が「社会的共通資本は、それぞれの分野における職業的専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規律にしたがって管理、運営される」としていることだ。「政府によって規定された基準ないしルール」でもなく、もちろん「市場的基準」でもなく、専門家の知見を重んずる立場だ。だが3・11後の今、専門家に対する信頼はかつてほど堅固ではない。この難題にはどんな解があるのか。
 
 大きなヒントと重たい宿題を残して、人間の顔をした経済学の提唱者は立ち去った。

写真》宇沢経済学と言えば自動車が思い浮かぶ。それは「社会的費用」をまき散らしながら走る=尾関章撮影
(通算234回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
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