『超現実主義宣言』(アンドレ・ブルトン著、生田耕作訳、中公文庫)

写真》ミシンと傘

 朝のうちに書いてしまおう。というのも、これが夢の話だからだ。最近は毎日のように夢を見る。その余韻は目が醒めた直後には残っているのだが、たいてい急速に消えていく。ところが、けさ――正しくは過日の執筆時点――はどうしたことか、数時間を経てもなお、筋書きの輪郭が脳裏にとどまっている。せっかくだから、そのあらすじを記録しておこう。内面を人目に曝すことには躊躇するが、夢とは何かを考える素材にはなるだろう。

 

 それは、どうも会社の会議室のようだ。スーツでバシッと決めた若い男女が研修かなにかを受けている。僕は、受講者からみると先輩格のようで、世話係のような役目に就いている。そこに講師役とおぼしき会社幹部の紳士がやってきて女子の一人に声をかける。名札の氏名を読みあげて「君の名前は、すばらしいね」。そんなことを言っている。言われたほうは顔を赤らめ、戸惑いをみせて、つぶやく。「わたしがつけたわけではないのですが」

 

 で、僕はハッとする。やばいっ、これはセクハラではないか。幹部にそれとなく注意を促そうか。いや、待てっ、それほどではないかもしれない。身体の特徴をあげつらったのならアウトだが、今回は名前だ。しかも苗字を含めてほめているのだから性的要素は少ない。いやいや待てよ、この幹部は同じことを男子にも言うだろうか。言わないのならイエローカードか。いやいやいや、男子に向かって言ったとしても「余計なお世話」感がある……。

 

 僕は、こんなことをとめどなく考えつづける。夢のなかで、ぐだぐだと思い悩むのだ。会社から離れて6年近くたったというのに、早暁に脳空間を占める世界は、ここまで企業人の心理に囚われている。この夢は、間違いなく現実の地続きであるように思える。

 

 だが、夢にはもっとぶっ飛んだものだってあるはずだ。たとえば、空間が2次元の夢、そこでは地面を這う虫のような気分になるだろう。反対に、5次元空間にいる夢、写真を撮ったら立体像が現れるかもしれない。あるいは、時間が反転する夢、どんどん若くなるのは結構なことだが、このとき意識はどんな流れ方をするのか。時空の1次元プラス3次元という構造、時間の非可逆性といった約束事が壊れただけでも僕たちの世界は一気に広がる。

 

 残念なことに僕はそんな夢を見た記憶がない。ただ、もしかしたらそれは記憶がないだけで、実は夜な夜な荒唐無稽な世界に浸っているのかもしれない。なべて夢は忘れやすいのだ。覚醒時の現実と波長の近いものだけが日が昇っても生き残っているのではないか。

 

 で、今週は『超現実主義宣言』(アンドレ・ブルトン著、生田耕作訳、中公文庫)。著者がシュールレアリスム(超現実主義)運動の旗手として20世紀前半に発表した論考3編を収めている。「超現実主義宣言」(1924年)、「超現実主義第二宣言」(30年)、そして「超現実主義第三宣言か否かのための序論」(42年)だ。この本は、反骨のフランス文学者として知られる訳者の邦訳(94年、サバト館刊*)を99年に文庫化したものだ。

 

 略歴欄によると、著者(1896〜1966)は、フランス北西部ノルマンディ地方出身の詩人。パリでは医学教育を受けたらしい。実験研究にも馴染んでいたのか、この本の口絵に載ったフォトモンタージュの自画像では、手もとに顕微鏡が置かれている。

 

 さて、シュールレアリスムと言うと、すぐに思い浮かぶのが「ミシンとこうもり傘が解剖台で偶然出会う」情景だ。異質なものが思いがけなく交錯する、そこにリアリズムを超えた世界が立ち現れる、という感じか。この文言は、著者の「宣言」に盛り込まれた惹句のようにも思えるが、そうではない。19世紀の詩人ロートレアモンが作品のなかに織り込んだものだ。超現実主義が運動となる前から、シュールな人はいたことになる。

 

 本文に入ろう。1924年の「宣言」でまず目を引くのは、小説をとことん腐している箇所だ。出版や新聞の文化は「現実主義的態度」によって「愚かさと紙一重のわかり易さ」に堕しているとして、一例に「小説の氾濫」を挙げる。「誰も彼もがこまごました〈観察〉にかかりきっている」「味も素っけもない報告書の文体が小説のなかでもっぱら通用している」。新聞記者ならほめられることが、ここでは批判の的になっている。

 

 たとえば、こんな文章もこきおろされる。「青年が通された小部屋は黄色い壁紙が張られていた。窓ぎわにはゼラニウムの鉢植えとモスリンのカーテンが見られた。夕日がすべての上に強烈な光線を投げかけ……」。これは、ドストエフスキー『罪と罰』の一節である。

 

 これに対して、著者が目を向けるのが夢だ。世間では、夢が過小評価されているという。人間は目覚めると「己れの記憶に翻弄され」「記憶は夢の中の諸事件をわざとぼんやりとしか思い出させず」「夢は括弧のなかに閉じ込められる」。自己は覚醒状態をつないで継続感を保っているということか。だが著者は、醒めた精神状態を「深い闇から発する暗示に従っているだけ」とみる。もしそうなら、夢と覚醒の地位は図地反転のように逆転する。

 

 そうか。僕が「現実主義的」な夢しか見ないと思うのも、たぶんこんな事情からだ。ほんとうは羽目を外した夢をたくさん見ているのに、それらは早々と「括弧のなか」に封印されてしまった。「括弧」を取り払えば、それを追体験できるのかもしれない。著者自身は超現実主義者として、夢と現実は「一種の絶対的現実、言うなれば超現実(この3文字に傍点)のなかで溶け合う日がいつか訪れる」との信念を披歴している。

 

 1924年の「宣言」には、超現実主義を辞典風に定義づけた一節もある。おもに言語芸術を前提にしているように思えるが、引用しよう。「心の純粋な自動現象で、それを通じて口頭、記述、その他あらゆる方法を用いて思考の真の働きを表現する方向を目指す。理性による一切の統御を取り除き、審美的また道徳的な一切の配慮の埒外でおこなわれる思考の口述筆記」。つまりは覚醒時ならではの辻褄合わせや取り繕いを排除するということか。

 

 「超現実主義的魔術の秘訣」と題するくだりでは、心の自動現象をそのまま記述するための微に入り細を穿った指南がある。「できるだけ受け身の、つまり受容的な状態に自分を置くこと」「あらかじめ主題を考えずに、記憶したり読み返したりする気がおこらないほど速く書くこと」……。句読点が言葉の流れを邪魔することも指摘して「気が向くかぎり続けなさい。呟(つぶや)きの尽きせぬ性格に委せなさい」と言い添える。

 

 ミシンとこうもり傘を暗示する論及もある。とりあげられるのは、ピエール・ルヴェルディという人の論考だ(1918年)。「多少とも相隔たった二つの実在を近づけること」をイメージの発生源ととらえていた。著者はこれを受け入れつつ、ルヴェルディは「二つの実在」を「思い通りに接近させることが可能であるとは思えない」と書く。期待できるのは「偶然の接近」。超現実主義のイメージは人間が意図して呼び起こすものではないという。

 

 ここで興味を引くのが、この宣言の執筆が1920年代半ばということだ。まさに量子力学の建設期。原子世界の決定論が揺らぎ、どちらに転ぶか偶然が支配する確率論が取って代わろうとしていたころだ。超現実主義と量子論。そこに響きあう何かがあったのか。

 

 この宣言は、超現実主義の試みが幼いころの精神生活の「再体験」をもたらすことも強調している。「幼少期の想い出」からは「〈常軌を逸した〉印象が浮かび上がる」が、著者はそれを「この世の中で最も実り多い感情」とみる。幼少期こそが「『真の人生』に最も近づいている」というのだ。常軌逸脱の具体例は「人間の女の顔をした象」「空飛ぶライオン」……これらにも女性と大型哺乳類、天空と陸上生物という隔たりの接近がある。

 

 「第二宣言」によれば、夢や自動記述の産物は「われわれが送っていると思っている生活とは別にもう一つの生活が存在する」ことを証拠づけるという。毎夜見る夢の括弧を外して対岸の世界をのぞいてみれば、足もとの些事に煩わされずに済むということか。

 

*サバトの漢字表記は、サが「奢」、トが「都」、バはさんずいに雨冠、その下に革と月。

(執筆撮影・尾関章、通算474回、2019年5月31日公開)

 

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『ユリイカ』(復刊第1巻第1号、1969年7月1日発行、青土社)

写真》「折々のうた」再掲(朝日新聞朝刊2017年4月6日)

 心にズシンとくる訃報が多い春である。3月には、ミュージシャンのムッシュかまやつさんが逝った。俳優の渡瀬恒彦さんも旅立った。そのたびに、当欄はゆかりの本をとりあげて故人をめぐる記憶を紡いだ(2017年3月10日付「どうにかなるか、ムッシュに聞こう」、2017年3月24日付「渡瀬恒彦、2Hとともに去りぬ」。そして4月に入り、詩人の大岡信さんである。切ないが、同じ行為をもう一度繰り返すことにする。

 

 訃報に触れてなにかを語るというのは決して後ろ向きのことではない。いやむしろ、死者との間に新しい関係を結ぶ前向きの企てとは言えないか。ただそれは、死の直後に限るべきではないだろう。本という、時の猶予を与えてくれるものがあるからだ。僕たちは読書によって、生物としては去った人を精神世界に呼び戻して語りあうことができる。古典を読むとは、そういうことだ。訃報は新たな古典の誕生を告げる知らせでもある、と僕は思う。

 

 大岡さん逝去を伝える報道では、新聞連載の「折々のうた」に触れたものが多かった。掲載元の朝日新聞のみならず、ほかのメディアも触れていたから、国民的なコラムだったと言えよう。1日1編、古代から現在までさまざまな詩歌を選びだし、その魅力を約200字ですくいとるという宝石箱のような記事。1979年に始まって2007年まで続いた。計6762回。万葉集の収録歌数を超える、と朝日新聞の記事にはあった。

 

 この連載は、僕が朝日新聞社に在籍した36年間にすっぽりと収まる。最初のころ、大岡信という筆者名を見て幾分の違和感があったことを覚えている。現代詩畑の難解な文章が新聞という媒体に耐えるだろうか、と訝しんだのだ。だが読んでみると、その書きぶりは簡潔にして平易で理と情を兼ね備えていた。それは、その後に社内で見かけたご本人の姿と重なる。どちらかと言えば、詩人というよりは折り目正しい知識人という感じだった。

 

 ことわっておくと僕の先入観は、現代詩は難しいから嫌い、というのではなかった。むしろその逆で、難しいからこそ畏れ敬うという類いのものだ。学生時代を振り返ると、二つの雑誌が思い浮かぶ。『現代詩手帖』(思潮社)と『ユリイカ』(青土社)。ともに今も健在だが、1970年前後には言語芸術の枠を超えて若者の心をとらえていた。そこには、言葉の解放が社会の呪縛から解き放たれることにつながる、という確信のようなものがあった。

 

 僕が大岡信の名を初めて目にしたのは、両誌のうちのいずれかだったと思う。天沢退二郎、吉増剛造といった名前といっしょに目に飛び込んできた。彼らの作品を読みまくったという記憶はないのだが、言語空間を自ら構築している様子がうらやましく思えたものだ。

 

 で、今週は『ユリイカ』(復刊第1巻第1号、1969年7月1日発行、青土社)。当欄が雑誌をとりあげるのは、前身のコラム時代を通じて初めてだが、今回はそれが許されるだろう。この号が「復刊」と銘打たれた理由は、1956〜61年の第1期があるからだ。創刊した伊達得夫の早世とともにいったん途絶えた。彼を慕う清水康雄が青土社を起こして蘇らせたのが、この1冊だ。編集後記には「復刊は私の夢であった」とある。

 

 当欄で触れようと思うのは当然、そこに掲載された大岡作品だ。ただ、それに先立って復刊第1号を素描しておきたい。なによりも驚かされるのは、詩の世界にとどまっていないことだ。綺羅星のような書き手の一群がいる。広義の文化の横溢がある。

 

 巻頭は、種村季弘「アナクロニズム」の第1回。人類の宇宙観は球殻宇宙→無限宇宙→膨張宇宙と変遷してきたが、近代になっても球殻にこだわる「地球空洞説」があったという話だ。「球体の内壁に沿って海や大陸がへばりついている」という珍説である。水平線から船が現れる様子も、もっともらしく理屈づけたらしい。「中世にはこれに似た宇宙模型図の構想がいくつもあったのではないか」と問い、「人間のあくなき母胎還帰願望」を顧みる。

 

 次は、植草甚一「コミック・ワールドの異端者と人気者をたずねて」第1回。登場するのは、19世紀末〜20世紀初めに活躍した英国の挿絵画家ヒース・ロビンソンだ。機械仕掛けを笑いのタネにした絵が多い。画集の解説文を「訳してみよう」との記述もあり、どこまでが植草本人の弁かがわかりにくいが、巨大な土木工事などを描いた後期作品群について「人間がコントロールできなくなった世界の一部分のように見えてくる」と評している。

 

 2編からわかるのは、この雑誌が理系の話題を好んで取り込んでいたことだ。地球空洞説は、今日の宇宙物理学から見れば検証に耐えない奇説に過ぎない。だが、人間の想像力がへんてこな宇宙も思い描けると知ることは科学者の思考の柔軟体操にはなるだろう。「へばりついている」の連想で言えば、最近話題のホログラフィック宇宙論――3次元世界は2次元の面に記された情報から立ち現われるという理論――に、そんな柔らかな発想を見る。

 

 ヒース・ロビンソン論も、技術社会史として読める。これが執筆されたころはコンピューターの台頭期で、それから20年ほどして情報技術(IT)全盛期に突入する。この一文が「最近の『パンチ』や『ニューヨーカー』に見られるコンピュターをつかった皮肉なユーモア」(原文のママ)をロビンソンの系譜と位置づけているように、すでに情報社会を斜めから見る批評の先行例もあった。『ユリイカ』は、その匂いを感じとっていたわけだ。

 

 目次を見ると執筆陣には、英文学者にして元宰相の息子吉田健一がいる。哲学者で実存主義の紹介者として知られる松浪信三郎もいる。ドイツの巨匠ギュンター・グラスの詩抄も載っている。ひと色に染まらない、目くるめくような文化世界がそこにはあった。

 

 では、大岡信はこの号に何を書いたのか。それは、全7ページの「断章〔1〕」だ(1は原著ではローマ数字)。書きだしは「動きというものがどういうものであるかを知るためには、超高速の宇宙空間ロケットを思い浮かべる必要はないし、競走馬の疾走を思い浮かべる必要もない」。パリの画廊の一室では、「パネルにとりつけられたボールや針金、あるいは鋼鉄片や木片が、じつにゆっくりした速度で、少しずつ前後左右に動いている」。

 

 モーター仕掛けのオブジェで、「私」は「ありありと、『ものが動く』ということの異様さを思い知らされた」とある。「超高速」ではなく、「停止状態に無限に接近しつつ、なおかつ動きつづけているもの」。その姿がもたらす「深い嘔吐感」は「たぶん、生命というものを対象化して眺めるときに感じるであろう嘔吐感と同質のものなのだ」という。自分はきのうの自分と同じだが、きのうとはかすかに違う。そのことを見事に言いあててはいまいか。

 

 僕は、ここで準静的という熱力学用語を思いだした。物質系の状態が熱平衡からほとんど踏みはずすことなくおそるおそる変化していく過程を言う。可逆的であって、完全には実現できない。人生は非可逆なので準静的ではないが、それに限りなく近いのだろう。

 

 この1編の主役は、「言葉」だ。夢はもともと平板だが、それを語るときに「深さ」や「奥行き」が出てくることを指摘して、その源泉は「語り手の意識の中にあるのか?」「言葉の中にあるのか?」「意識は言葉ではなかったか?」と畳みかける。言葉に魔力を感じているのだろう。一方で、その弱点にも言及する。「類として同一視」することだ。電柱は1本ずつ異なるのに、「電柱」という言葉で括ったとたん「類概念として単一化されてしまう」。

 

 最大の読みどころは、詩人の役目を要約した箇所だろう。それは「異質な諸要素を結び合わせる」ことよりも、「言語宇宙という、かれの内面にあり、同時にかれをその内面に包みこんでいるところの、この豊饒な組織的活性体を、何かしら不思議な力の助けによって、一瞬切り裂き、解体させる」ことにあるという。詩は「ある大きな全体」から突き出た部分の「断面」が集まってできており、「断面からしか、全体は始まらない」とも言い切る。

 

 まとめあげるのではなく切る――。あの温厚な知識人がそんなことを……と一瞬たじろぐ。だが「折々のうた」6762編は、そうした断面を掻き集める作業の果実だったのかもしれないと思って納得する。断面の向こうに、詩人大岡信の全体が見えてくるようだ。

(執筆撮影・尾関章、通算364回)

 

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『通勤電車でよむ詩集』(小池昌代編著、NHK出版生活人新書)

 本を読むことと会社に勤めることには、とりたてて相関がない。あえて言えば、退役して時間がたっぷりできたので長く遠ざかっていた本の世界に戻ったという人はいるだろう。だとするなら、本読みと会社勤めは互いに阻害する関係にある。ところが僕は、そうではない。1年前に会社生活に終止符を打ってから読書時間をどうつくりだすかが大問題になった。通勤という読書時間枠が消えてしまったからだ。
 
 僕の通勤は、電車を乗り継いで片道1時間弱の行程だった。うち正味の乗車時間は約30分。ホームでも本を読んでいることが多いので、それを加えれば行き帰りで1時間強の読書枠になる。朝の車中はあまりの混雑で本を開くどころではないことがあった。夜は半醒半睡で本を開いても字面を追うのが精いっぱいのこともあった。だが、往復1時間強は貴重な時間資源だったと言える。
 
 しかも、なぜか電車は本読みと相性がよい。そもそも、歩き読書は歩きスマホと同じでNGだ。バス読書は、揺れ動きが大きすぎるせいか乗り物酔いする人が少なくない。ところが電車には、読むリズムと共鳴するなにかがある。
 
 それは、車体の揺れだけではない。駅に停まる、ドアが開く、人が乗り込む、ドアが閉まる、発車する、車内放送がある、加速モードが減速に変わる、そしてまた停まる――その繰り返しが一つのリズムをかたちづくっている。さらに、車中心理の妙もある。次の駅までにもう1ページ、とついつい思ってしまうのだ。急き立てられている気はしないが、背中を軽く押されている感じはある。
 
 電車は、どれほどの読書速度をもたらすのか。人それぞれ、本によりけりだろうが、遅読では引けをとらない僕の経験では、会社への行き帰りに片道で30〜40ページということが多かった。乗車時間で割り込めば、分速1ページほどになる。各駅停車なら1駅あたり2ページか。だらだら読めば1駅1ページ半だったのを、車中心理の効果が2ページに押しあげてくれていたのかもしれない。
 
 電車の車内は、これほどまでに出来すぎた読書空間だ。最近は乗客の本ばなれが進んでいるように見えるが、僕はそうは思わない。本を開いている人はたしかに減った。だが、自分の前に立っている人の目がスマホ画面にくぎづけだからと言って、ゲームやソーシャルメディアに没頭していると決めつけてはいけない。視線の先にあるのが電子書籍であることも十分考えられるのである。
 
 で、今週の一冊は、『通勤電車でよむ詩集』(小池昌代編著、NHK出版生活人新書)。編著者は詩人、小説家であるだけでなく、朗読イベントや絵本の翻訳なども手がけている。略歴欄には「大学卒業後、出版社に勤務」とあるから通勤体験もある。
 
 冒頭の「次の駅まで――はしがきにかえて」では、会社帰りの電車で詩集をむさぼり読んだ日々を振り返っている。「詩の言葉は砂にしみ込む水のように、疲れたからだにしみ込んできた。思いがけない行につまずいては、涙がとまらなくなった経験が幾度もある。人目があるから恥ずかしかったが、詩の働きはポンプに等しく、感情を地下から汲み上げる」「我知らず泣いた。自分ひとりでなく、誰かと共に泣いているような感覚があった」
 
 そうか、電車読書では同乗者の存在も見落とせないのか。「はしがきにかえて」には、編著者の電車論も出てくる。「移動あるいは途上の時間は、目的地に着いてしまえば、消えてなくなる。それはこの世のどこにも根を下ろさない、不思議な間(ま)としか言えない時間である」。このひととき、「乗り合わせた人々」と「運命を共にする」のだから「どこか人間の生涯を、圧縮したような感覚がある」と言う。
 
 この本は、国内外の詩41編を「朝の電車」「午後の電車」「夜の電車」の3部に収めたアンソロジー。以下、作品のいくつかに触れるにあたって、おことわりしておきたいことある。詩は作者が磨き込んだ言葉の結晶なので、一部を引くだけで作品の真価を伝えるのは難しい。とはいえ全体を紹介するわけにはいかないので、僕はここで詩そのものよりも、そこに漂う空気感に目を向けたいと思う。
 
 所収作品は、書名に因んでか鉄道に想を得た詩が多い。印象的なのは、四元康祐「言語ジャック 1 新幹線・車内案内」だ。「今日も新幹線をご利用くださいまして、/どうも感情面をご理解いただけなくて、」で始まり、読み進むと「この電車は、のぞみ号・東京行きです。/このままでは、わたしたち絶望的です。」「つづいて車内のご案内をいたします。/鬱にて家内もたまんないと申します。」といった詩句に出会う。(/は改行、以下も)
 
 音韻は似ているが意味は別系統の1対2行の連なりだ。編著者の寸評に「二つの世界は平行線をたどる。決して和解することはない。怖いよ、この詩」とあるが、同感。とはいえ僕たちも、車内放送を聞きながら同じリズムで別のことを考えているのかもしれない。
 
 藤井貞和「雪、nobody」に登場するのは、東京近郊の私鉄電車だ。書きだしは「さて、ここで視点を変えて、哲学の、/いわゆる『存在』論における、/『存在』と対立する『無』という、/ことばをめぐって考えてみよう。」と難しい。次いで一転、米国の小学校に通う日本人の子どものエピソードになる。友だちを探して見つけられなかったとき、「nobodyがいたよ」と言ったという――以上はすべて、本に書かれていた話。
 
 「ここまで読んで、眼を挙げたとき、きみの乗る池袋線は、/練馬を過ぎ、富士見台を過ぎ、/降る雪のなか、難渋していた。/この大雪になろうとしている東京が見え、/しばらくきみは『nobody』を想った。」。東京が雪で「白い広場」と化しつつある日のひとこまだ。作者は「きみ」に問いかける。「この広場でnobodyに出会うのだとしたら、帰って来ることができるかい。」。書物の存在論と車窓の雪景色の化学反応がおもしろい。
 
 エドワード・トマス「アドルストロップ」(沢崎順之助訳)は鉄道の詩でありながら静的で、微かな音を際立たせる。「しゅっと蒸気の音。だれかが咳ばらいをした。/がらんとしたプラットフォームは/来る人も去る人もなかった。」。アドルストロップは、英国グロスター州にかつてあった駅の名。急行が停まる1分の間に1羽の鳥が鳴き、「その周りを/遠くへ遠くへ霞んで、オクスフォード州、/グロスター州のすべての小鳥が鳴いていた。」
 
 鉄道を離れるが、若者のコトバ事情を詩にしたのはトーマ・ヒロコ「ひとつでいい」。朝の学校で同級生が「お疲れ」。起きて朝食をとり、バスに乗ってお化粧をしただけなのに。初デートの後、送ってくれた彼氏も「お疲れ」。慣れないスカート姿、目力(めぢから)を入れ、鈴の音のような声で笑っていただけなのに。「この世を生き抜くためには/挨拶はひとつでいい/『お疲れ』だけで事足りる」。編著者によれば「これは時代の疲労なのだ」。
 
 「記憶」は編著者自身の作。「十年以上前に錦糸町で買った」というオーバーコートの詩だ。「わたしよりもさらに孤独に/さらに疲れ果てて/袖口には毛玉/すそにはほころび」というほど着古されている。「それにしても/かなしみのおかしな形状を/オーバーはいつ記憶したのか」。自らの過去をかたどる形状記憶体か。編著者は寸評欄で打ち明ける。「いよいよだめになって捨てるとき、古い自分を捨てるようにすっきりした」
 
 そして、鈴木志郎康「終電車の風景」。夜の電車で、床に散らばった新聞を乗客たちが足で蹴って退けているという話だ。「きたないから誰も手で拾わない/それを立って見ている人もいる/車内の床一面汚れた新聞紙だ/こんな眺めはいいなァと思った/これは素直な光景だ」。元新聞記者としては、ちょっとムッとする。だが裏を返せば、この作品が世に出た昭和40年代は、電車でも大勢の人が新聞を読んでいたということだ。うらやましい。
 
 この本を読んでわかったのは、電車は詩を生みだすのにも最適な場所だということ。読書空間であるだけではなかった。詩的空間でもあるのだ。きっと、「人間の生涯を、圧縮したような感覚」が詩心を醸してくれるのだろう。
 
写真》ICカードは詩的空間の乗車券=尾関章撮影
(通算240回)
 
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