『砂冥宮』(内田康夫著、実業之日本社文庫)

写真》たぶん、ニセアカシア(拙宅の庭から)

 浅見光彦の知名度はなかなかのものだ。これは、テレビの2時間ミステリー(2H)が世間にそこそこ受け入れられている現実を映している。2Hは、放映枠が減る一方のようだが、まだ捨てたものじゃない。作家内田康夫さんの訃報に接して、そう思った。

 

 たとえば、朝日新聞の死亡記事。第2社会面の右肩に「内田康夫さん死去」とあり、脇には「83歳 作家、浅見光彦シリーズ」と添えられている(2018年3月19日朝刊、東京本社最終版)。本文第3段落で「名探偵・浅見」に触れ、「警察庁刑事局長の兄を持つ、ハンサムなルポライターが事件を解決するシリーズとして人気を集め、辰巳琢郎、中村俊介らが演じて映像化されてきた」と素描している。2Hに焦点を当てた記述である。

 

 ここで言えるのは、「浅見光彦」はなにはともあれ訃報の脇見出しに掲げられるほど知られた人物だということ。そして、その「名探偵」が俳優の辰巳や中村、あるいは沢村一樹らによって血肉化されていることだ。光彦は、テレビと切り離せなくなっている。

 

 たしかに、浅見光彦ものにはテレビ向きの一面がある。なによりも人物設定が2Hシリーズにぴったりくる。光彦は聡明ではあるが風来坊。官僚一家のはみだし者だ。ただ放蕩に走ることはなく、素直でお坊ちゃま然としている。だから、住み込みのお手伝いさんも淡い恋心を抱く。視聴者はホームドラマの延長線上でミステリーを楽しめる、というわけだ(当欄2016年11月18日付「浅見光彦といっしょに温泉へ行こう」参照)。

 

 このホームドラマ性は、あのお決まりのギャグにもつながってくる。光彦は旅先で事件に首を突っ込み、地元警察に疎ましがられる。たたきあげの刑事からは冷たくあしらわれるが、身元照会によって「浅見刑事局長ドノの弟君」であることが発覚すると事態は一変する。「それならそうと、最初からおっしゃっていただければよいものを」と手のひらを返したような厚遇を受ける、というあのやりとりだ。これは、役者が演じるからこそ痛快になる。

 

 だが浅見光彦シリーズは、本で読んでも読みごたえがある。それはきっと、作者の心が光彦とともに旅していて、読み手の旅情をかきたててくれるからだ。どの1編をとっても、内田さんが作品の舞台となる土地の歴史を深く取材していることは想像がつく。だからページを繰るにつれて、その風土の地層が1枚、2枚とはがされて古層が見えてくる。光彦という同時代人を通して旅先の過去までのぞき見ることができるのである。

 

 で、今週の1冊は長編ミステリー『砂冥宮』(内田康夫著、実業之日本社文庫)。探偵役の主人公は、やはり浅見光彦。巻頭に三浦半島と北陸・金沢一帯の地図が載っていて、それだけで僕は心惹かれた。片方には突き抜けるような明るさがある。もう一方にはしっとりとした翳りがある。その対比だけで、読み手は読む前から旅の気分を予感する。単行本は、実業之日本社が2009年に出した。文庫版は2011年刊。わりと最近の作品だ。

 

 表題がまず目を引く。ミステリーの題名と言えば『○○殺人事件』の類いがすぐに思い浮かぶ。松本清張『点と線』『ゼロの焦点』のように鋭角的な言葉が際立つものもある。ところが、『砂冥宮』はひと味違う。命名の理由を知りたくて本を開いたら、プロローグ冒頭に答えがあった。光彦の「頭にこびりついている」という泉鏡花『草迷宮』の引用で始まっていたからだ。三浦半島の旧家をめぐる鏡花の怪奇小説から着想されたのだろう。

 

 実際、巻末に収められた著者の「自作解説」によると、この作品は「当初、三浦半島を主たる舞台に設定するつもりでした」とある。それで鏡花の出身地、石川県へ旅に出たのだが、取材しているうちに「鏡花をテーマに仮想の物語を創り出すというだけでは、ひどく陳腐な作品しか生まれない」という気がしてくる。ここで一つちょっとした偶然の出来事があり、構想が一気に膨らむのだが、それについては当欄末尾で触れることにしよう。

 

 作品の導入部は、まだ鏡花の領域にとどまっている。光彦は「旅と歴史」誌で『草迷宮』をとりあげることになり、鏡花が創作のヒントを得たとされる三浦半島西岸の邸を訪ねる。この作品では「須賀(すか)家」ということになっている。取材相手は当主の智文、77歳。接待するのは孫娘の大学院生、絢香だ。「掛け値なしの美人だが、本人はそれを意識していないのか、化粧っ気がまるでない」。浅見シリーズヒロインの一典型だ。

 

 智文は光彦が気に入ったようで、打ち解けてくると「奥さんは?」と尋ね、独身と知ると「それはいい。いかがかな、この絢香などは?」と水を向けたりする。こんなやりとり、今ならアウトだ。浅見光彦的な世界は、どこまでも昭和の雰囲気を漂わせている。

 

 この面談には伏線もある。智文が昔話で学生時代を「何かにつけ親父に反抗して、家に寄りつかない時期もありました」と振り返り、今は近隣のゴルフ場建設計画に「わずかばかり残っている森や山を潰してしまおうという暴挙ですな」と憤っていることだ。

 

 ミステリーは、その智文の刺殺体が石川県小松市の海岸で見つかったことから始まる。「勧進帳」で知られる安宅の関跡の近く。地元では「お旅まつり」が催される日の朝だった。事件を知った光彦は遺族に会って、自分が解明に乗りだすことを納得してもらう。こうして石川県へ飛ぶという筋書きだ。小松署には轟栄巡査部長という刑事がいて、この人と手を携えていくことになる。ちなみに、今回は「刑事局長ドノの弟君」のギャグはない。

 

 事件の核心がほんのりと見えてくるのは、光彦が金沢駅で探偵活動の方針を思案するくだりにある。「構内の真ん中で腕組みをして、十分ほども動かなかった」が、「最後に視線をグルッと一回転させた時、視野の中を小さな表示板が通過した」。表示されていたのは「三ツ屋・内灘方面」。案内に沿って歩いていくと、北陸鉄道浅野川線の改札口があった。内灘の2文字に、読んでいた僕はピンときた。ああ、あのウチナダではないか!

 

 光彦は、その電車に乗る。空いていてのどかだ。老人の世間話を聞いていると、ハッとする言葉が耳に飛び込んでくる。「安宅の関で殺されたじいさんやけど、おれは見たがや」。会話に割って入って問いただすと、その「じいさん」は事件当日、同じ浅野川線に乗っていて終着駅内灘で降りたという。光彦も終点で下車すると、地元の人が「鉄板道路」と呼ぶ道があった。名前の由来は、かつて米軍が「砂丘に鉄板を敷いて」道にしたからだという。

 

 内灘海岸は朝鮮戦争(1950〜1953)当時、米軍の砲弾試射場が計画され、1952年に反基地闘争が盛りあがった場所だ。五木寛之『内灘夫人』の題材ともなっている。僕は闘争直前に生まれた世代だが、それでもウチナダの響きに活動家の青春を感じる。新聞記者になって隣の福井県に住んでいたころ、休みの日のドライブでわざわざ訪れたことがある。ニセアカシアが生い茂る砂丘の風景が脳裏にしっかり焼きついている。

 

 こうしてミステリーは半世紀の時間を遡って迷宮に入り込む。そこにいるのは、須賀老人だけではない。轟刑事の義父で浅野川線の元運転士大脇忠暉、光彦に内灘の歴史を解説してくれた図書館学芸員中島由利子の母峰子……といった人物が内灘という一点でつながってくる。どうやら由利子の実の父で、闘争のさなかに病死したという水城信昭という人物が事件のカギを握っているらしいが、ここから先に立ち入るのはやめよう。

 

 興味深いのは、光彦が由利子に砂丘の着弾地観測所を案内されたとき、「こんなものがあったのですか」と驚くくだり。「ルポライターをなさっているなら、当然、ご存じかと思ってたけど、浅見さんくらいの年代の人だと、もう、内灘闘争のことなんか、ぜんぜん知らないってことなのねえ」。浅見光彦シリーズ第1作の1982年、彼は僕とほぼ同世代だったが、今は昭和をほとんど知らない世代になった。光彦には万年青年の視点がある。

 

 自作解説によると、作品の主題を鏡花から内灘に切りかえたのは、取材旅行中にタクシー運転手との雑談でその地名が出てきたからだという。ウチナダの響きが戦後の一断面を呼び起こした。内田さんはそこに若い光彦を介在させて、近過去を歴史に変えたのである。

(執筆撮影・尾関章、通算416回、現時点で更新なし)

 

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『十津川警部 ロマンの死、銀山温泉』(西村京太郎著、文春文庫)

写真》山形といえば紅花

 テレビ界を席巻していた2時間ミステリー(2H、Hはhourの頭文字)が存亡の危機にあることは、当欄ですでに嘆いた(2017年3月24日付「渡瀬恒彦、2Hとともに去りぬ」)。それを蒸しかえすつもりはないが、このまま座視してもいられない。世の2H党は、それをなぜ求めるのかを、ああでもない、こうでもないと語ってほしい。飲み会の格好の話題にはなる。そこから再興の可能性も見えてくるだろう。今週は、その糸口となる一文。

 

 そのまえに、事情に通じていない方のための予習講座。そもそも2Hとは何か。テレビ番組表には、かつて一世を風靡した火曜サスペンス劇場(日本テレビ系)や今春幕を閉じた土曜ワイド劇場(テレビ朝日系)のような2時間ドラマ枠があって、この枠で放映されるものはすべてその範疇に入る。ただ、そこにも「2Hらしさ」のあるものとないものがある。「らしさ」の真髄は、あのまったり感。僕がここで語りたいのは、そんな2Hらしい2Hだ。

 

 まったり感は、渾身の一作からはなかなか出てこない。定番のシリーズものにこそ、それは宿る。たとえば、西村京太郎原作の十津川警部シリーズ、内田康夫原作の浅見光彦シリーズがそうだ。どちらも複数局が競作してきたのだから、2Hのど真ん中にあると言ってよい。ほかに笹沢左保原作の「タクシードライバーの推理日誌」や原作のない「温泉若おかみの殺人推理」(ともにテレ朝系)も、とくに挙げておきたいシリーズではある。

 

 一つのシリーズは年に2回ほどのペースで放映されてきた。これは1960年代、邦画全盛期に封切られていたシリーズものの頻度に近い。回を重ねても俳優陣やその役柄がほぼ固定されているので、観ていると行きつけの店で和んでいる気になる。2Hでは、事件の謎を解く人々――刑事やルポライター、タクシー運転手やおかみ――が常連。毎回、お約束のギャグを飛ばすキャラも顔を出す。ここが、まったり感の源泉だろう。

 

 マンネリには違いない。だからこそまったり感があるのだが、それも度が過ぎれば娯楽作品として失格だ。そこで、スパイス役を果たすのが旅情。作品の舞台に観光地を選んで、回ごとに場所を代えるという趣向が目立つ。刑事やタクシー運転手が管内や営業域にこだわらず津々浦々へ足を延ばすだけではない。同じおかみが次の回ではまったく違う温泉郷の旅館を仕切っていたり、警察署長や捜査検事が転勤を繰り返したりという形式もある。

 

 ここで、ちょっとディープな2H視聴法を伝授しよう。テレビを観ながら、ネットを駆使して旅行気分を味わうというものだ。地元の観光協会サイトに入って、ロケ地となった名所旧跡をたどる。旅館やホテルは実名で出てくることが多いので、その公式サイトを開いて露天風呂の画像にエア入湯する。これは再放送ものではうまくいくのだが、初放映ではアクセスが殺到して画面がすぐに出てこないことがしばしばだ。世に2H党は多いのである。

 

 で、今週は長編ミステリー『十津川警部 ロマンの死、銀山温泉』(西村京太郎著、文春文庫)。なぜ「十津川警部」なのか、そして「ロマンの死」なのか、とは聞かないでほしい。実は先日、1泊2日の東北旅行に出て山形県銀山温泉に宿をとった。梅雨どきなので名所巡りは難しそうだ、ならば温泉街そのものを楽しもう、と選んだのである。そのご当地ものが、この1冊。カッパ・ノベルスから2002年に出た。文春文庫版は11年刊。

 

 十津川警部ものというと鉄道ダイヤを駆使したアリバイ工作などが思い浮かぶが、この一編にはトリックらしいトリックが出てこない。どちらかと言えば、社会派の風合い。だが、リアリズムで権力権威の深部に切り込むという緊迫感はない。では、どこに読みどころがあるのか。ページを繰るうちに感じとれたのは、2000年前後の世相がそのまま映しだされていることだ。それは、登場人物のなんとなく盛りあがらない様子にみてとれる。

 

 小説は「十月一日の昼ごろ、京成(けいせい)電鉄江戸川(えどがわ)駅前の雑居ビルの五階にあるN金融の支店に、目出し帽をかぶった若い男が押し入った」という描写で始まる。消費者金融を襲った強盗事件だ。支店長は「危険なときは、現金を渡せ」という本店の方針通り、そんなときのために準備していた100万円の束三つを渡そうとした。男は「札束を二つ、ジャンパーのポケットにねじ込んだ」。不思議なことに束一つを残したのである。

 

 それからしばらく東京都内で奇妙な出来事が続く。1単位200万円の犯罪だ。子どもの誘拐事件では身代金が400万円、社長愛人宅での現金強奪事件でも被害額は同じ。ともに男女2人組の犯行だったので1人200万円の分け前になる。さらに大手企業幹部が電車内で罠にかかったように痴漢事件を起こして、ここでも1単位が動く。被害女性が要求して手にした示談金が200万円だったのだ。定額しかとらない企ての続発である。

 

 強盗をしても人命は奪わない。誘拐では子どもを傷つけずに返す。罪を犯して富を再分配する義賊の匂いもするが、それならもっと大金のあるところからもっと高額を手に入れそうなものだ。なぜ200万円なのか。そこにも、なんとなく盛りあがらない世相がある。

 

 この小説では、一連の出来事を起こした実行グループがすぐに明かされる。ロストジェネレーションの若者7人。「自分が勤めると、すぐその会社が倒産してしまう」という元ホームレスの男子がいる。「高校の二年のときだったかな、どうしても、家にいたくなくて、飛び出しちゃったんだ」という元暴走族の女子もいる……みんなで東京を離れ、銀山温泉で旅館を営もうとする。計1400万円は、老舗旅館を買い取る資金だった。

 

 ミステリーとしては、7人がひとりふたりと殺されてゆき、その謎解きが焦点になっていくのだが、例によって筋は追わない。むしろ、若者たちが銀山温泉に求めたものは何だったのか、あの温泉町にはそれが具わっているのかを、旅の記憶が薄れないうちに考えたい。 

 

 本文によれば「銀山温泉は、十軒あまりの旅館そのものが売り物」。渓流銀山川を挟む旅館街は「木造の三階建、四階建の建物」が並び「大正ロマンの世界がそのまま、現在に生きている」。若者たちはそこに惹かれたようで、自ら「ロマンの残党」を名乗る。

 

 ここで僕が引っかかるのは、ロマンは2Hのまったり感と同じだろうかということだ。デジタル大辞泉によれば、「ロマン」は「夢や冒険などへの強いあこがれをもつこと」という意味を含むのに対し、「まったり」には「ゆったりしている」「だらだらしている」の意がある。どちらにも現実から逃げるという側面はあるものの、片方は羽ばたこうとする野心が満々、もう一方は羽を休めよういう方向にある。似て非なるものと言えよう。

 

 僕が銀山温泉に感じた魅力は、ロマンとはちょっと違う。小雨が降るなか、渓流沿いの山道を登ると銀山の跡があり、その坑道に入ってみた。蒸し暑さを一瞬忘れる冷気。ここはその名の通り、江戸前期まで銀採掘の鉱山町だったのだ。元禄期に廃山されると、今度は湯治場に。ところが大正初めに水害で流され、そのあと現れたのが木造中層の建築群だ。そこには切実な地域史がある。その移ろいを愛おしみながら湯に浸かる。これがまったりだ。

 

 この小説でロスジェネの男女は温泉郷にロマンを求めたが、それをつかみとれたとは言い難い。現地では高級旅館に対抗するため、夕食メニューをラーメンやカレーなどB級グルメにして宿代を安くするという奇策をとる。ロマンをうたう湯の町にも東京同様、競争があったのだ。そこで生き抜こうとすればロマンから離れなければならないという皮肉。1人200万円の切符を不正入手してたどり着いたのは結局、しがない現実の世界だった。

 

 最近感じるのは、ロマンという言葉が安易に使われ過ぎてはいないかということだ。たとえば、天体観測の話になると「夢とロマン」が常套句のように言われるが、宇宙探究はこの世界のしくみを知ろうという作業にほかならない。まして地上生活で生き延びる話なら、夢見心地ではいられないはずだ。現実を冷静沈着に分析しなければならない。そんな厳しい日々が続くからこそ、ときに弛緩がほしくなる。ここにこそ、2Hの存在理由がある。

 

 最後にもう一度、念を押したい。2Hの醍醐味はロマンではない。まったりだ。

(執筆撮影・尾関章、通算377回)

 

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『アリバイの唄――夜明日出夫の事件簿』(笹沢左保著、日文文庫)

写真》TAXI

 どうでもいいことだと冷笑されそうだが、あえて言う。2H、即ち2時間ミステリーが今、存亡の危機にある。報道によれば、老舗のテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」(土ワイ)がまもなく終わる。テレビ東京系「水曜ミステリー9」も消えるようだ。テレ朝は土ワイ枠を日曜午前に移すらしいが、どうもピンとこない。あのまったり感は、夕食後のほろ酔い気分にこそなじむ。こうなれば朝に録画して、その冷凍ものを夜に解凍するしかない。

 

 ただ一つ、ゴールデンタイムで気を吐くのはTBS系「月曜名作劇場」だ。こちらは、開始時刻を午後9時から8時に早めるなど工夫が感じとれる。たしかに9時スタートは、コア視聴者の高齢層には遅すぎた。眠くなって、結末の大団円――海辺の断崖やビルの屋上などの場面――まで完走できないという人もいるからだ。ただ残念なことに、これは毎週ではなく、バラエティなどが放映される週も多い。がんばれ、ドラマのTBS!

 

 月曜はTBS系、水曜はテレ東系、土曜はテレ朝系。さらにかつては日本テレビ系「火曜サスペンス劇場」(火サス)の大看板があり、フジテレビ系も金曜に枠をもっていた。そんな2H漬けの1週間はもはや夢のまた夢だ。今春、一つの時代が幕を閉じるのである。

 

 それに追い討ちをかけたのが。渡瀬恒彦さんの訃報だ。映画俳優としての実績は数えきれない。だが、同時にテレビの2H文化の支え手でもあった。代表作はTBS系の十津川警部ものだろうが、僕が惹かれるのはテレ朝系の「タクシードライバーの推理日誌」シリーズ。理由は、もっとも彼らしい役柄だったからだろう。そこには、美学がある。しかも、肩に力が入ったものではない。さらっとしていて一陣の風のようなダンディズムだ。

 

 主人公は、タクシー運転手の夜明日出夫(よあけ・ひでお)。警視庁捜査一課の刑事だったが、事件捜査でかかわった女性との間柄を疑われて職を辞したのである。事実無根なのに週刊誌に書きたてられた。妻とはこのあと別れたが、一人娘のあゆみを通じて心を通わせている。夜遅くまでハンドルを握るシフト勤務。帰ってくるのは外階段式のアパート。飄々としていて過去の敏腕ぶりなど微塵も感じさせない男を、渡瀬さんは好演した。

 

 このシリーズが好評を博したのは、誰が犯人かの謎ときに主眼を置くフーダニット(whodunit)にしなかったからだろう。どの回も、犯人は最初から目星がついていた。これは、テレビドラマの宿命を熟知しているからこその選択ではなかったか。制作陣は、犯人役にA級の役者をあてがうのが常だ。だから、視聴者は番組表の出演者名列を見ただけで見当がついてしまう。そもそも、テレビで犯人当てを売りにするのは無理がある。

 

 シリーズ最近作では、犯人はドラマ冒頭、夜明のタクシーに2番目に乗る女性客というのが一つのパターンになっていたように思う。訳ありらしいが悪い人ではない。ところが、元同僚の刑事が担当する殺人事件で容疑者に浮かびあがる。夜明は、彼らしいやさしさから彼女をかばうが、最後は元刑事の習性のほうが勝って本人に告白を促す――という流れだ。余談だが、最初の客は奇妙ないでたちでわがままを言うオバちゃんというのも定番だった。

 

 ケーブルテレビなどで観ることができるチャンネル銀河では、今年2月から3月にかけてシリーズ前期の作品群が流れた。全39編は1992〜2016年に新作として世に出たが、うち2002年までの16編が再放映されたのだ。その期間中に主演者の生命が尽きたことになる。僕がこのうち数本を観て驚いたのは、初期にはまだパターンが固まっていなかったことだ。シリーズは四半世紀の歴史を重ねて、一つの型を練りあげたのだろう。

 

 このシリーズの見どころは、犯行がどうなされたかというハウダニット(howdunit)だ。そこでは、タクシーが道具立てになる。夜明は、営業所の仲間から「ロングの夜明」とうらやまれるほど、しばしば途方もなく遠い行き先を告げられる。疑わしい乗客は、乗車時間が被害者の死亡推定時刻と重なって鉄壁のアリバイを得るというわけだ。しかも視聴者にはうれしいことに、この仕掛けが旅情ミステリーの味わいも添えてくれるのである。

 

 で、今週は『アリバイの唄――夜明日出夫の事件簿』(笹沢左保著、日文文庫)という長編小説。副題にある「…事件簿」のシリーズが「…推理日誌」の原作という理解でよいようだ。ネットで調べると『アリバイの…』は1990年に講談社から単行本となった作品で、それが93年に講談社文庫に収められ、さらに99年に日本文芸社の文庫本として再刊行されたようだ。この本を読みながら、ドラマのおもしろさを再吟味してみる。

 

 まず、夜明が原作でどう描かれているかをみてみよう。38歳でバツイチ独身、子どもが一人いるというところまでは同じだ。事件被疑者の妹と不倫関係にあるという事実無根の話が広まって退職した点も変わらない。だが違いがいくつかある。

 

 一つには外見。勤務中の様子を後部席の乗客の視点で素描したくだりには「坊主頭(ぼうずあたま)のように髪を短く刈り込んでいる運転手が、大きな身体(からだ)のいかつい肩を揺すった」とある。すらりとしていて優男の趣もある渡瀬恒彦さんのイメージからは、だいぶずれる。どちらかと言えば、渡辺哲さんだろうか。頑健型の渡辺夜明もコミカルな魅力があって見てみたい気がするが、僕たちはもはや渡瀬夜明にすっかりなじんでいる。

 

 もう一つ、大きく異なるのは住環境だ。小説『アリバイの…』の夜明は、アパートではなく東京・目黒本町の一戸建てに暮らしている。「むかしはよく見かけた、という木造の家」で「構造も建築様式もアカ抜けがしない」。東京の古い住宅街に建て込んだモルタル塗りの家屋という感じだろうか。そこにはなんと、母タカ子という同居人もいる。ドラマで娘のあゆみが訪ねてきて家事を手伝うというのとは大違い。どこか、マザコンの匂いもする。

 

 この小説によれば、夜明は自由が丘で生まれた。今をときめくおしゃれな街である。目黒本町へ転居した後、父が急死したために大学を中退して警察官になったという。あの力みのない生き方は都会っ子の洒脱さがもたらしたものかもしれない、と納得した。

 

 では、この『アリバイの…』もドラマ化されたのだろうか。今回、チャンネル銀河で観た第6編「再会した女 湘南―松本500キロの殺人!?」(1995年)が、それに相当するらしい。ノーブルでセレブなヒロインを、ただの深窓の令嬢から、DJで人気の大学教授に移しかえるなど改変点も多いのだが、トリックの核心はなぞっている。その女性は、偶然にも夜明の幼なじみだった。演じたのは阿木燿子。ぴったりな配役である。

 

 小説では、この二人の関係性を時間軸の上に置く。夜明の生家は、富豪大町家の邸宅近くにあったが、「掘立小屋のようにみすぼらしかった」。それでも大町家の娘千紗は幼いころ、6歳年上の日出夫の家に遊びに来ては狭い庭で遊んだものだ。20代のころ、街でばったり会ってひととき談笑したことはあるが、それっきり。「所詮は、別世界に住む男と女であった」。戦後日本社会に生じた階層の平均化と、その再分岐を映したような思い出だ。

 

 この小説でタクシーがドラマ同様にトリックに使われているかどうかは、ここでは触れない。ただ著者が、この乗りものの特質を知り抜いていて、その運転手をミステリーの主人公にしようと思い立った理由は、書きだしの数ページを読んだだけでよくわかる。

 

 そこで乗り込んできた男女は、けんかの真っ最中。「夫婦か、それに準ずる関係」とみてとるが、聞こえてくる会話を聞いているうちに男は県議、女は女将かママだろうとわかってくる――運転手は客にとって黒衣(くろご)であり、無視される存在だ。だが、その黒衣もまた人間であり、耳とバックミラー経由の視線で後部空間の気配を感じとっている。作家笹沢左保はそこから物語を生みだし、俳優渡瀬恒彦はそれを見事に演じたのである。

 

 夜明が旅先のホテルを退室するときの描写で「もう、戻ってはこない部屋であった」とあるのを見て、はっとする。戻ってこないつもりで、いつも街を流している。それが彼の生き方なのだろう。今も手をあげれば、渡瀬夜明のタクシーがとまってくれそうな気がする。

(執筆撮影・尾関章、通算361回)

 

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『伊香保殺人事件』(内田康夫著、講談社文庫)

写真》温泉まんじゅう

 今回は、湯けむりの話から。先週、一泊二日で北関東の温泉へ出かけたからだ。宿の滞在時間は20時間弱だったが、今回もよく湯に浸かった。大浴場へは夕食前に1回、夜更けに1回、朝食前にもう1回。部屋の窓際に置かれた内風呂は温泉水を含んでいないとのことだったが、そこにも入って眼前の紅葉に見惚れた。湯に身を沈め、体を伸ばして極楽気分――そんな快楽をもたらすのは湯の温みと成分のせいばかりではない。町の雰囲気もある。

 

 湯の町はかつて歓楽の地だった。夢千代のような芸妓が大勢いて艶っぽい空気を漂わせていたところも多い。高度成長期にはサラリーマンの懇親旅行先となって、雀卓の音が深夜まで鳴り響いた。そしてバブル期、レジャースポットの一つとして認識されたように思う。

 

 僕は最近、ケーブルテレビ経由で年代ものの2時間ミステリー(2H)を観ていて、思わぬ発見をした。地上波キー局で1980年代に混浴シーンを売りものにする2Hシリーズが始まったという史実だ。定番は、露天風呂でグループ旅行の「女子大生」や「OL」が上半身を曝し、じゃれあうように湯をぱちゃぱちゃと掛けあう、という場面。ロケ先は名湯の地ばかりなのに、旅の情緒は感じられない。まさにバブリーなバカ騒ぎ。

 

 ところが温泉地は今ふたたび、湯そのものの恩恵に自らの存在理由を見いだしつつある。僕がここ数年、会社勤めを離れた身軽さで平日の小旅行を重ねて感じるのは、バカ騒ぎの気配が消えたということだ。そういう宿を選り好みしているということもあるかもしれないが、同宿の人々には年配の夫婦、家族連れ、友人仲間が多い。考えてみれば、湯の町は歓楽地であると同時に保養地でもあったのだ。古来、湯治場という言葉もあるではないか。

 

 さて、この秋に僕が夫婦で小旅行したのは上州伊香保。山の北斜面に目抜き通りの石段街が延びていて、階段沿いにあるのぞき窓からは地中の温泉水も見てとれる。文字通りの湯の町。その湯治場としての自負を実感したのは、宿に入る前に町歩きをしていて徳冨蘆花記念文学館にふらりと入ったときのことだ。明治大正期の作家蘆花は1927(昭和2)年に病で没したが、その終焉の場所となった旅館の離れの様子が建物ごと再現されている。

 

 館の見学で思い知ったのは、蘆花が伊香保をどれだけ愛していたかということだ。定宿を決めて生涯に10回も逗留した。なかでも劇的なのは最後の1回だ。館内放映のビデオに収録された旅館関係者の証言によると、主治医が病状を診て止めたのに、言うことを聞かず看護陣を引き連れてやって来た。しかも、どうしてもひと風呂浴びたいと言い張る。周りの人々は彼を籐椅子に座らせたまま湯船に入れたという。その入浴の写真が残っている。

 

 僕の温泉小旅行も、蘆花と同様に歓楽でなく保養志向だ。ただ蘆花にあって僕にないのは、ゆったり感だ。彼の逗留記録では1〜2カ月の滞在は当たり前。こちらは20時間で数回、浴場に出たり入ったりする慌ただしさだ。温泉客の滞在様式も変わってしまった。

 

 もうひとつ言い添えたいのは、重病の蘆花を迎え入れ、わがままな求めにまで応じた旅館主人の寛容だ。もちろん、大作家に対する敬意や、定宿に選ばれたことへの誇りもあったのだろう。だが、それだけではあるまい。あのころ、温泉地の老舗旅館には自らが文化人を応援しているという自覚があったのではないか。それは、近年の町おこしにも通じるが、ただの観光振興とは異なる。経済効果抜きの社会参加の視野をもっていたように思う。

 

 で、今週は『伊香保殺人事件』(内田康夫著、講談社文庫)。浅見光彦ミステリーの一冊で、1990年の作品。浅見ものは2Hドラマの旅情シリーズとしては、西村京太郎の十津川警部と並ぶ人気企画で、複数の民放局が手がけ、それぞれ回を重ねている。当欄では僕が一昨年に鬼怒川温泉郷の湯西川温泉へ出かけたとき、十津川に登場してもらった(2014年10月31日「2時間ドラマの旅で考える鉄道論」)。だから、今回は浅見の番だ。

 

 はじめにことわっておくと、今回はこの本を読みながら列車に揺られ、旅を続けた。その結果、いつになく作品世界にどっぷり浸ることができた。おもしろかったのは、新幹線を高崎で降りて上越線に乗り換えたころ、作中の浅見が地元刑事とともに高崎市内へ聞き込みに入ったことだ。車窓を飛び去る町の景色の一点に、ミステリーの主役が立ち現れたかのよう。その一瞬、リアルな時間軸とフィクショナルな時間軸が交差したのである。

 

 目的地に着くころには半分ほどを読み終えていたので、この本は観光ガイドブックの役割も果たしてくれた。たとえば、石段街の描写は「町を見下ろす伊香保神社下からまっすぐ御関所(おせきしょ)まで、三百六十段、およそ三百メートル」とデータ入り。前述ののぞき窓についても「石段の三ヵ所に『こ満口=まぐち(小間口)』とよばれる分湯口があって、その一つはガラス張りで中が見られるようになっている」と書き込まれている。

 

 ミステリーの筋も、今回の旅で歩きまわったところと重なりあっている。小説では、伊香保の街区と物聞山を結ぶロープウェイの山上の駅近く、北関東の山並みをひと目で見わたせる見晴らし台のそばで第二の事件が発覚する。転落死亡事故だが、犯罪の匂いが漂っていた。僕自身もロープウェイで山へあがり、眺めを楽しんだ後、色づいた木々を愛でながら下りてくるという散策をしたので、現場はあのあたりだな、と思い浮かべることができる。

 

 浅見ものには、旅先に必ずヒロインがいる。この作品では、土産物店の娘で日本舞踊が得意な三之宮由佳だ。東京の学校で美術を学んだ後、地元へ戻って竹久夢二の記念館に勤めているという設定になっている。僕も今回、竹久夢二伊香保記念館を見学した。オルゴールの演奏が売りもの。作中にもその場面が出てくるから、ここをモデルとしているのだろう。由佳は館内でどんな仕事に就いていたのか……また、現実と虚構とが絡まった。

 

 浅見2Hの定番は「浅見刑事局長ドノの弟君」。地元刑事は当初、ルポライターが本職の光彦にいたって冷淡だが、兄の陽一郎が警察庁の幹部と知って態度を一変させるというギャグだ。この小説でも、それに相当するくだりがある。署長が部下をたしなめて言う。「きみねえ、気がつきそうなもんじゃないか、浅見さんといったら、警察庁刑事局長の名前だってことぐらいさ」。職位上下の違いでオロオロする官僚社会への皮肉にはなっている。

 

 例によって、小説の筋を追うことは控える。ただ、冒頭の一文は引用しておこう。「新潟(にいがた)の郷里で、一年ぶりの休暇を楽しんでいた須美子(すみこ)が、『これから出発しますので、遅くとも午後四時ごろまでには戻ります』という電話をかけて寄越(よこ)したのは、二月十六日――衆議院議員選挙戦の真っ最中――の朝のことである」。須美子は、賢くてはきはきした浅見家のお手伝いさん。光彦にほのかに心を寄せるキャラである。

 

 その須美子が帰省先から車で戻る途中、トラブルに巻き込まれて地元警察へ連行されることで、ミステリーの歯車が動きだす。それにしても痛感するのは、浅見家の優雅な暮らしぶりだ。光彦の兄だけではなく、この作品には出てこない亡父も高級官僚。母や長兄夫婦ら一族が同居していて、家事は地方出身で住み込みの未婚女性が手伝っている。もはや化石と言えそうな官僚エリートの貴族的な生活様式が、ここには生き残っているのである。

 

 唐突だが、僕の発見をもう一つ書いておこう。この作品を因数分解すると、松本清張と山村美紗が見えてくるということだ。一つの事件の背後では、新興のクレジット金融業者や開発志向の建設業者がうごめいていて政治家につながっている。もう一つの事件には、日本舞踊の流派がかかわっていて次期家元の座をめぐる争いが見え隠れする。ちなみに由佳に目をかけているのが現家元だ。前者は清張世界、後者は美紗世界に近いと言えよう。

 

 これは、浅見光彦シリーズ全般の強みと言えるかもしれない。浅見家は、山村美紗ミステリーの主舞台とは異なって東京にあり、一家の大黒柱は官庁街に通っている。松本清張ミステリーが好んでとりあげる権力欲と金銭欲の時空はすぐそばだ。その一方で、光彦は風来坊のように漂流して全国津々浦々の風土や伝説に触れ、情念の時空に足を突っ込んでいる。リアリズムとロマンティシズムの共住。恐るべし、浅見ファミリー。

(執筆撮影・尾関章、通算343回)

 

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『ハムレット――シェイクスピア全集1』
(ウィリアム・シェイクスピア著、松岡和子訳、ちくま文庫)
写真》王族とその側近
 
 この夏も2H漬けだった。2Hとは、テレビ民放の2時間(hour)ミステリーである。マンネリとは、この手のドラマのためにあるのだろう。始まって20分、出演の顔ぶれが出そろい、登場人物の相関図がわかれば、おおよその筋書きは読める。このとき、一見ワルが善人で、善人そうなのが実はワル、というひっくり返しを勘定に入れれば、すべては想定内に収まる。それが、実生活で想定外をくぐり抜けてきた60歳超の心を癒やしてくれる。
 
 もっとも最近の作品には、そのマンネリから脱しようという苦心の跡が見てとれる。ドラマの見せ方を今日風にしようとして、カット割りを小刻みにしたり、機械音や電子音を鳴らしたり、映像を青っぽくしてみたりする。筋もわかりにくいものがふえてきた。事件の鍵を握る人物を後段で新規参入させて不自然な展開になることもある。そのせいで、あのまったり感が失われつつあるのが残念だ。

 ということで僕のお薦めは、古典2H。地上波を離れ、BS、CSのチャンネルをのぞいてみると、1990年代から2000年代の旧作再放映を見ることができる。ときには、1980年代の蔵出しもある。
 
 旧作系にみられるパターンの一つは、家元ものだ。ほとんどは、跡目相続をめぐる争いで血族高弟の間にゴタゴタが起こるという流れになっている。舞台は京都のことが多いが、小京都と呼ばれる地方都市も定石に含まれる。ときに、伝統技芸の流派を同族企業に置き換える亜種もある。そこで繰り広げられるのは、情愛、憎悪、嫉妬、忠誠、裏切りといった人間関係のありようが渦巻く世界だ。


 これぞ、2Hの王道と言えるだろう。もちろん、ミステリーには現金強奪や猟奇犯罪や経済事犯を扱ったものもある。ただそれでは、あのまったり感が出てこない。あまりにも生々しく、現実社会を思いださせてしまうからだ。

 そもそも、2Hの本質は犯罪にはない。凶器は刃物や石塊のことが多いが、そこで演じられる凶行場面は様式化されている。犯行後の凶器に残る血痕は、どんなに嘘っぽくても赤ペンキのようなものがよい。リアルにしないところに意味がある。僕たちがそこに見たいと思っているのは、日々の生活で自身の内心に芽生えながら、あからさまに口にすることを控え、なんとか宥めすかしている思い――情愛、憎悪、嫉妬、忠誠、裏切りなのである。
 
 で、今週はTo be, or not to be. 『ハムレット――シェイクスピア全集1』(ウィリアム・シェイクスピア著、松岡和子訳、ちくま文庫)。そこには、欧州王政時代の王族、支配層の骨肉の愛憎が詰まっている。2H家元ものの原型と言ってもよいだろう。この邦訳は1995年に蜷川幸雄の演出で舞台化され、翌年、すぐに文庫本となった。あまたある先行本と比べると最近になってからの訳なので、現代語感覚で読むことができる。
 
 余談になるが、僕がこの本を中古本ショップで手にとり、思わず買ってしまったのは、中ほどのページに鉛筆の書き込みを見つけたからだ。宰相の娘オフィーリアが、恋人であるハムレットの正気を失った様子に「あらゆる人の注目の的でいらしたのに、みんな、みんなおしまい!」とあるところで、「おしまい」を「おしめーい」に直している。欄外には、ト書きのような「かぶき風」といった言葉もある。
 
 演出家や俳優をめざす青年男女が、この本を手にしながら新機軸のシェイクスピア劇を構想していたのだろうか。志の一端を垣間見た気がした。中古本を読む楽しみは、そんなところにもある。
 
 閑話休題。この戯曲の登場人物とその人間関係を素描しておこう。主人公はデンマークの王子ハムレット。父であった先王が亡くなり、叔父クローディアスが後継者として即位する。母ガートルードは時をおかず、義弟にあたる新しい王の妃となる。側近たちも、先王が尊敬を集めていたことを忘れたかのように新しい王になびく。オフィーリアの父、ポローニアスもその一人だ。そんななかで王子の苛立ちは募る。
 
 最初のヤマ場は、ハムレットが父の亡霊と出会う場面だ。亡霊は言う。「私の死因については、庭園で眠るうち/毒蛇(どくじゃ)に噛まれたと公表され/デンマークじゅうの耳に/その作り話の毒が流し込まれている――だが、いいか、/お前の父を噛み殺した蛇は/いま王冠を戴いている」「ああ、悪辣な知恵と才能は/誘惑の力を持つ!――己の恥ずべき情欲を満たすため、/貞淑の鑑と見えた妃の心を惑わしたのだ」
 
 「命も、王冠も、妃までも、いちどきに実の弟に奪われた」という亡霊は、ハムレットに報復を促す。「極悪非道な殺人に復讐せよ」「お前に親を思う心があるなら、奮い立て」
  
 ここでハムレットが立派なのは、それをすぐさま真に受けて軽挙妄動に走らないことだ。たまたま城下にやってきた旅回りの一座に芝居をさせることで、ことの真偽を確かめようとする。「あの役者たちに言いつけて、/父上の殺害に似た場面を/叔父の目の前で演じさせよう。その顔つきをじっと窺い、/痛いところを探ってやる。少しでもひるんだら/ただではおかない」。こうして劇中劇につなげるところは、さすがシェイクスピア。
 
 この企てを心に決めた後、ハムレットの口をついて出るのがTo be, or not to beで始まる名台詞だ。この松岡訳では「生きてとどまるか、消えてなくなるか、それが問題だ」となる。「やみくもな運命の矢弾(やだま)を心の内でひたすら堪え忍ぶか、/艱難(かんなん)の海に刃(やいば)を向け/それにとどめを刺すか。死ぬ、眠る――/それだけのことだ」。これに続く独白に映された彼の死生観に、僕は興味をもった。
 
 「眠れば/心の痛みにも、肉体が受け継ぐ/無数の苦しみにもけりがつく。それこそ願ってもない/結末だ」「眠ればきっと夢を見る――そう、厄介なのはそこだ」「死という眠りのなかでどんな夢を見るか分からない」。ハムレットは、生か死かということだけで心迷いしているのではない。死は無の世界か、それとも夢の世界なのかをめぐっても判断がつきかねているように見える。


 その懐疑は、亡霊に対する態度にも見てとれる。彼が、亡霊との遭遇に居合わせた親友らに「今夜見たこと、決して他言してはならない」「誓ってくれ」と迫ると、奈落からも「誓え」という声が聞こえてくる。亡霊だ。しかも、あちこち動く。これに対して「ほほう、小僧、貴様もそう言うのか?」「いいぞ、モグラ先生。地下でも素早く動けるんだな?」。とても、尊敬する父への言葉とは思えない。死後の世界を素朴には信じていないようだ。
 
 亡霊の言い分を芝居によって試そうかと思案するときも、「俺が見た亡霊は/悪魔かもしれない。悪魔には変化(へんげ)の力があり/人の喜ぶ姿を取るという」と、ひねくれた見方をする。亡霊は悪魔が父になりすました姿ではないかと疑っているのである。
 
 舞台に墓場の作業現場が現れるところでは、唯物論に近づいていく。墓掘り人が頭蓋骨を穴から放りなげると「あの頭蓋骨にも舌があった、昔は歌も歌えたんだ。それがあんなふうに地面に叩き付けられて」と感慨に耽る。そして、ハムレットの思いは歴史に名を残す人物にも及ぶ。「皇帝シーザーも死して土と化せば/隙間風を防ぐ穴ふさぎ」「世界を恐れおののかせた土も/木枯らしを締め出す壁の繕い」
 
 シェイクスピアは愛憎劇を描きつつ、人は物なのか心なのか、という問題提起もしているように思える。英語にすればTo be material, or notか。そこには、近代世界観の芽生えもある。ハムレットを2Hの家元ものに脚色したら、さぞ奥の深いドラマになるだろう。
おことわり 台詞を引用する際、改行は/で表しました。
(執筆撮影・尾関章、通算281回)
 
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『声』(松本清張著、光文社文庫『松本清張短編全集05 声』所収)

 年末年始、僕はミステリー漬けになった。本ではなく映像作品だ。うれしいことに正月休みに合わせて、CS放送のTBSチャンネルは朝から晩まで2時間ミステリー(2H)をほとんど切れ目なしに流してくれた。十津川警部ものや浅見光彦ものなどである。舞台となる町は北海道から本州、四国、九州へと、だんだん南下してくる。これらを拾い観ていると、なんだか自分まで旅歩きをしているような気分になった。
 
 それでも飽き足らず、レンタル店で借りてきた松本清張もののDVDも観まくった。「黒の奔流」「危険な斜面」「眼の壁」「内海の輪」。劇場ものもあったし、テレビの放映作品もあった。「十津川」や「浅見」が列島縦断の空間の旅なら、こちらは時間の旅だ。
 
 年代ものの映画やテレビを観る楽しみは、そこに出てくる大道具、小道具類にある。家の間取り、家具調度、そして登場人物がどんなものを着て、どんなものを食べ、どんな乗り物に乗っているか。それらのすべてから、時代の匂いを嗅ぎ分けられる。

 なかでも見落とせないのは電話だ。ざっくり色分けすれば、2010年代はスマートフォン、00年代なら折り畳み式携帯、それも最初のころはアンテナ付き、1990年代後半は畳めない細長携帯、それ以前は固定電話が優勢でプッシュフォン、1980年代半ばより前はダイヤル式も多かった。85年に世に出た「恋におちて―Fall in love
」(湯川れい子作詞)にも「ダイヤル回して手を止めた」とある。
 
 だから、週末昼下がりのBSなどで蔵出しともいえる昔の2Hを見ていると、最初の放映が80年代か90年代か、それとも2000年代に入ってからかをおおよそ突きとめることができる。これも、2H鑑賞法の一つである。
 
 さて、このめまぐるしい電話史は映画やドラマの制作者にとっては悩みのタネだろう。たとえば1960年代の小説を今に置き換えてドラマ化するとき、登場人物同士のコミュニケーションをどう描くかが難題になるからだ。原作に、家族や同僚の耳を気にしながら電話口でひそひそ話をする場面があったとしても、それが今は成立しない。スマホの電話やメールでなんなく密談できるからだ。きっと脚本づくりで苦心しているに違いない。
 
 で今週は、そんな置き換えが難しい清張作品。ダイヤル式の黒電話がどんと居座る1950年代半ばに執筆された『声』(松本清張著、光文社文庫『松本清張短編全集05 声』所収)という小説だ。筋立ては、あの時代の電話の使われ方に深く組み込まれている。
 
 この短編集の刊行は1964年。光文社カッパ・ノベルスの一冊だった。そのときに添えられた著者自身のあとがきで、所収作品の多くが「十八年勤めていた朝日新聞社を正式に辞めた」ころのものであることが明らかにされている。著者は、新聞社で長く広告意匠の仕事をしていた。退社は、すでに芥川賞作家となっていた1956年。今回、当欄でとりあげる表題作は「新聞社時代にベテランの交換手がいたことから思いついた」とある。
 
 小説は、主人公の高橋朝子(たかはし・ともこ)が「ある新聞社の電話交換手であった」という1行で始まる。この社では、交換手たちが24時間態勢でシフト勤務に就いている。「三日に一度は泊まりが回ってきた」というから、かなりハードだ。3人がチームを組んで泊まる夜は午後11時以降、順番で一人が1時間ずつ交換台に向かい、この間、残る二人は三畳部屋で仮眠をとるという。
 
 交換業務に1分たりとも空白を許さない。それは、かつて新聞社の常識だった。交換手が夜を徹して社外からかかる電話を受け、社内の当該部署につなぐという態勢は、最近まで多くの社がとっていたと思われる。事件事故発生の知らせが、いつどこから舞い込んでくるかもわからないからだ。ときに不愉快ないたずら電話もあるだろうが、それを大人の対応でかわしながら、新聞が外に向けて開く「窓」の役割を担ってきたのである。
 
 やがて部署ごとに直通電話が置かれるようになり、記者に携帯電話が行き渡った。日常の取材相手が代表番号に電話してくる機会はめっきり減った。そんなこともあって僕のいた新聞社でも交換手の深夜勤務はなくなり、それを警備スタッフが代行するようになった。
 
 この小説は、新聞社で夜勤の交換手がバリバリ活躍していたころの話だ。その忙しさは、僕が知っている1970〜90年代の比ではない。50年代は電話を受けるだけでなく、かける仕事まで押しつけられていたようなのだ。
 
 午前零時すぎ、朝子の前で受信の赤ランプが灯った。相手は社内。いきなり、「赤星牧雄さんの家にかけてくれ」という命令口調が聞こえてくる。社会部の石川デスクだ。「赤星牧雄さん」は東大の学者。僕は、これだけで「コメントがほしいんだな」とピンと来た。石川が深夜の架電について朝子に言い訳するくだりまで読み進むと、「えらい学者」死去の報を受けて「赤星さんの談話」が急に必要になったという事情がわかる。
 
 記者をしていると、こういう状況はままある。著名人の訃報だけではない。欧米のニュースは、日本が夜更けでも遠慮なく飛び込んでくる。なかには、識者談話が欠かせないものがある。科学関係などの外電では、ニュースの価値判断に専門家の助けを借りたくなることもある。だから真夜中に学者の家へ電話して、恐縮しながら話を聞かせてもらうことは珍しくない。だが僕たちの時代、ダイヤルを回す手間まで交換手任せにすることはなかった。
 
 しかも、石川の「かけてくれ」はダイヤル回しだけではない。番号探しまで背負わされる。「朝子は、いま、石川の言いつけで厚い電話帳を調べた。アの部、アカ、アカと指先で滑りながら、素早く赤星牧雄の活字を当てた」。相手が世帯主で氏名がわかっていれば、電話帳から番号に行き着ける。ほんの20年前まで、僕たちはそんな世の中にいた。隔世の感を覚える場面だ。それにしても昔の新聞記者は、社内でここまでえらそうにしていたのか。
 
 ただ、これを記者の傲慢とばかりは決めつけられない。締め切りが迫るなか、記者のわがままを交換手が聞き入れるということもあっただろう。新聞社には、速報のためなら職種を超えて力を合わせる気風がある。組織系統の上下とは無関係の連帯感だ。それは、石川の「おい、まだ出ないか?」「ずっと鳴らしてみてくれ」という督促に、朝子が「夜中だから寝てるんでしょう」「何よ? こんなに遅く」とタメグチで応じる様子からもうかがえる。
 
 このミステリーの鍵は、交換手たちの声の識別能力だ。「朝子は、社内の三百人くらいの声はたいてい知っていた」「二三度聞けば、その声を覚えてしまった」とある。識別範囲は、ときに社員に電話をかけてくる恋人や酒場の女性にまで及ぶというから怖い。「声の持主の微妙な癖、抑揚(よくよう)、音階など」を聞き分けるのだという。交換手の脳内には、受話器越しに大勢の声たちが個性をもって存在していた。
 
 小説の筋は、朝子が電話帳の検索ミスで間違い電話をかけてしまったところから思いも寄らぬ展開を見せる。すぐに正しい番号にかけ直したので仕事に影響はなかったが、間違った先の「赤星真造」宅がその時刻、殺人の犯行現場だったために火の粉が降りかかってくる。電話口に出た男はどんな声だったのか、参考までに社内300人の誰の声に近いかを教えてほしい。捜査官にそう促されて、かえって記憶がぼやけてくる――。
 
 この小説を読み終えて思いだされるのは、黒電話があったころ、世間には電話の声を仲立ちとする濃淡さまざまな人と人のつながりがあったことだ。電子メールがないので、なんであれ電話で事を進めた。携帯電話と違って相手の名前も番号もわからない。未知の人なら、どんな人物かを声の様子、息づかい、話しぶりから絞り込んだ。交換手ほどではないにしても、あのころの僕たちには受話器の向こうにニュアンス豊かな声の群像があった。
 
 そう言えば最近、僕がもっともよく電話で話す相手はITサポート窓口の人々だ。「お客さま」に対する丁寧な言葉づかいは見あげたものだが、返ってくるのはマニュアル通りの乾いた答えばかり。黒電話から聞こえた声の湿度が妙に懐かしい。
 
写真》家じゅう探しても黒電話はない。固定電話はファクス兼用。
(文と写真・尾関章/通算247回)
 
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『会津高原殺人事件』(西村京太郎著、徳間文庫)

 秋が深まった、さあ旅に出よう。そう思って次の週、木々の葉が色づく山あいの温泉町に出かける、なんてことは勤め人時代にはとんでもない話だった。宿を予約しようにも、多くのサラリーマンにとっては土日に限られる。ハイシーズンの週末となれば大方の部屋は埋まっている。予約がとりやすい平日になんのためらいもなく温泉宿に泊まれるというのは、60歳超リタイア組の特権と言ってよいだろう。
 
 その特権を行使すべく、リタイア2年目の僕は今秋、平日・紅葉・温泉の夫婦旅行を決行した。基本コンセプトは「2H(にい・えいち)」だ。この欄でも、くり返しとりあげてきた2時間ミステリーのことである。殺人という許しがたい罪悪をとことん無毒化して、人畜無害のエンタメに発酵させたテレビドラマだ。事件の筋と謎解きはあくまで口実にすぎない。お楽しみは別のところにある。
 
 その目玉が旅情と伝説だ。前者で言えば、乗り物はなんと言っても鉄道である。駅のホーム、発車のベル、車窓の風景、そして駅弁。視覚と聴覚、味覚に訴えるものが揃っている。これに時刻表のトリックを一枚かませると、路線図が脳裏に広がって旅気分に浸れる。宿は、もちろん温泉旅館。泊まり客が事件に巻き込まれても、大女将や若女将は快活でまったくめげない。それが、不祥事の多発で委縮気味の世情を一瞬忘れさせてくれる。
 
 後者は、観光名所につきものの怨念含みの言い伝えだ。その筋書きをなぞるような不可解な出来事が起こるが、ほとんどは超常の一歩手前で踏みとどまってタネが明かされる。ドラマの後半で見えてくるのは、僕たちの常識を超えない予定調和の物語である。
 
 2Hは、途中に流れるCMに入れ歯関連商品などが居並ぶことからもわかるように、視聴者層の中心が中高年世代だ。だから好まれるのは、まったり感。勧善懲悪という建前を踏まえつつ、老後の緩いハピネスを醸しだせればそれでいい。
 
 で、僕たちの旅行の話。最初に決めたのは、野岩鉄道に乗ろうということだった。この鉄道は、栃木県の鬼怒川温泉郷と福島県の会津地方を結ぶ第三セクター線。「やがん」というワイルドな響きをかつて観た2Hで耳にして以来、一度は乗ってみたいと思っていた。今回、事前にいろいろ調べて、この路線名が栃木県と福島県会津地方のそれぞれの旧国名「下野」と「岩代」に因むことをはじめて知った。
 
 行く先は、湯西川温泉。源平の合戦後、源氏の追っ手から逃れた平家の人々が住みついたことに始まるという温泉場だ。落人伝説が観光地としての売りにもなっていて「平家の里」という施設もできている。東武特急から野岩鉄道に乗り換えて西村京太郎の十津川警部シリーズに思いを馳せ、平家ゆかりの露天風呂に浸かりながら内田康夫の浅見光彦シリーズ的雰囲気を味わう。なんと豪勢な2H旅行ではないか。
 
 この旅の友に僕が選んだ一冊は、『会津高原殺人事件』(西村京太郎著、徳間文庫)。十津川警部シリーズの一編であり、野岩鉄道が出てくる話なので、本格鉄道ミステリーのトリックを期待しながら往路の車中で読み進んだ。だが途中で、時刻表で勝負する作品ではなさそうだな、と気づいた。とはいえ、本文のところどころにトリビアルな鉄道話が織り込まれている。今回は、それを拾いあげて2H的な鉄道論を妄想してみたい。
 
 作品の冒頭、東京下町の隅田川沿いの公園で、衣服を血に染めた若い男が見つかる。記憶喪失の状態。背広のポケットには、野岩鉄道会津鬼怒川線の開業記念バッジが入っていた。その終点、会津高原駅に近い福島県内のスキー場では3日前に若い女性の他殺体が見つかったばかり。警視庁捜査一課の十津川警部は相棒の亀井刑事とともに東武浅草駅に駆け込み、会津方面に向かう。
 
 「快速と特急があるが、特急は、鬼怒川までしか行かないので、乗りかえなければならない」「十津川は、面倒(めんどう)なので、会津高原まで直通の快速に乗ることにした」「真新しい白い車体に、赤とオレンジの線が入っている」
 
 野岩鉄道の開業は1986年。この小説の単行本刊行が88年。執筆の背景には、新線誕生の昂揚感があったのかもしれない。会津高原駅(現・会津高原尾瀬口駅)は一応の終点だが、ここで会津鉄道(旧国鉄会津線)に接続する。さらにJR只見線に乗り入れれば会津若松にもたどり着ける。野岩開通は東京と会津が山間の鉄路でつながったことを意味した。十津川もこれまでは会津若松へ行くのに東北新幹線から磐越西線に乗り継いでいた、とある。
 
 国鉄が民営化されたのは87年。そう考えると、この東京・会津直行ルートは日本列島の鉄道網が赤字ローカル線を切り捨てようとしているとき、その流れに逆行するように切りひらかれたことになる。野岩鉄道のウェブサイトによると、栃木県から会津地方へ直に入る鉄道は大正時代に敷設予定路線となり、66年に日本鉄道建設公団による工事が始まった。地元の悲願が、国鉄末期にあたかも駆け込み乗車のようにして叶えられたのである。
 
 そこに、利権を漁る思惑がなかったとは言えまい。だが、町同士が山を越えて互いに結ばれたい、という熱い思いは確実に見てとれる。たとえば、この小説にある「湯西川温泉は地下駅で、初めてこの線に乗ったらしい人たちは、おやっという顔になっている」という一文。僕自身も「まるで地下鉄だな」と感じた。それは、この鉄道が山を突き抜けるだけの路線ではないということだ。トンネルの上に広がる地元観光産業を大事にしているのである。
 
 ここでどうしても対比したくなるのが、リニア新幹線だ。大都市と大都市の直結を優先させ、あとは県ごとに一つずつ駅を置けばよいという発想は、通り過ぎる地域の事情をほとんど顧みていない。「地方創生」という耳触りのよい政策が政府によって掲げられる一方で、それとは逆方向のベクトルをもつ鉄道網の未来図がお祭り騒ぎのように世間を賑わしている現実は悲しい。
 
 実を言うと、今回僕たちはJR新宿駅から東武乗り入れの特急に乗った。JR線から東武鉄道の線路に入るのは栗橋駅。ここで、十津川警部と亀井刑事がとった浅草発のルートと合流したわけだ。電車は、この駅を出てまもなく鉄橋を渡る。「利根川(とねがわ)を越えてから、車窓(しゃそう)には、田畠(たはた)が広がってくる」「栃木(とちぎ)県に入ると、遠くに山脈が見えてくる。赤城(あかぎ)山系だろう」
 
 たぶん僕たちが窓外に見た景色は、警部や亀さんが見たものと同じではないだろう。この四半世紀で北関東の都市化が進んだからだ。だが、途中駅の閑散としたたたずまいは今も牧歌的で、旅情をそそる。
 
 僕たちは鬼怒川温泉で特急を降り、野岩鉄道乗り入れの列車に乗り換えて湯西川温泉に着いた。翌日は、会津鉄道経由で寄り道をしながら会津若松に出て、そこから磐越西線で喜多方まで足を延ばした。帰りは磐越西線、東北新幹線、埼京線で新宿へ。新宿・会津若松間は、正味の乗車時間を足し合わせると往路の野岩ルートが約4時間40分、復路の新幹線ルートは約2時間40分。効率では新幹線の圧勝だが、それに勝るものが野岩にはある。
 
 なによりも圧巻だったのは、野岩鉄道から会津鉄道にかけて、列車が左右から迫る紅葉の壁の間をすり抜けるように走り過ぎたときの窓景の流れだ。山あいに敷かれた単線ならではの醍醐味がそこにはあった。
 
 それにしても、自分の乗った列車がJRから東武鉄道へ、東武から野岩鉄道へ、野岩から会津鉄道へ、会津からJRへと自在に踏み込むダイナミズムはたまらない。これは、2Hのトリックにはもってこいだ。そんなミステリードラマをもっと観たい、と思う。
 
写真》湯西川温泉で拾った落ち葉=尾関章撮影
(通算236回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
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