『ブラックホール・膨張宇宙・重力波――一般相対性理論の100年と展開』
(真貝寿明著、光文社新書)
写真》純粋科学の1面トップ(朝日新聞2016年2月12日朝刊)
 
 新聞の1面に「重力波」という大見出しを見て、なにこれ、と思った人も大勢いただろう。身過ぎ世過ぎには縁がない。不正追及でも醜聞暴露でもない。そんな事情があるのだろう。時空のさざなみと呼ばれるこの新種の波を、米国の観測装置LIGO(ライゴ)が初めて捕らえたという話は、一般紙やテレビニュースでは大きく扱われたものの、軟派系の情報番組では国会議員不倫騒動の煽りを食って影が薄かった。
 
 だがこれは、僕のように新聞社で科学取材を続けてきた者にとっては、生きているうちにあるかどうかと疑っていたほどの大発見だった。その証文は10年前、科学医療部長を退くときに執筆したコラム記事。「『新聞の一面トップになるかもしれない科学ニュース』の候補を、部内で募ったことがある。私のイチオシは、『重力波の検出』だった」(朝日新聞2006年11月28日夕刊科学面「記者席」)。今回、それが現実になった。
 
 このコラムで光をあてたのは、重力波があるという予想がアルバート・アインシュタインという一人の物理学者の思考に拠っていることである。「重力波が実際にあれば、物理学者が数式で考えた通りに宇宙がふるまい、波立ったことになる。たかだか20センチほどの頭脳が、億光年規模の世界をつかみとったことに等しい」「やるもんだね、人間て。その驚きを科学記者が一面トップで伝える日は、そう遠くないのだろうか」と書いていた。
 
 LIGOの快挙は、日本科学界の立場でみれば、飛騨市神岡の地下でまもなく動きはじめる東大の観測装置KAGRAが出鼻をくじかれてしまったことを意味する。ただ僕は、この発見競争は1位でなくてもいい、と論じてきた。今回も改めてWEBRONZAに寄稿したので、ここでは繰り返さない。ただ一つ言っておきたいのは、重力波観測が盛んになることで宇宙の見え方が変わるだろうという予感があることだ。
 
 LIGOの発表によれば、見つかった重力波の発生源はブラックホールの合体だった。ブラックホールは名前通りに真っ黒で、可視光ではまったく見えない。その重力は猛烈なので、周りの物質をどんどん吸い込む。このときに出るX線が捕らえられた結果、実在することは確実視されている。今回は、この奇妙な天体二つが近づいて一つになる現象を、可視光やX線のような電磁波ではなく、まったく別種の波によって「観測」したことになる。
 
 重力波観測は数年後、日米欧の高感度装置がすべて第一線に出揃う。これらは人類の新しい「眼」となって、ふだん見慣れた夜空からは想像もつかない天空の動静を教えてくれるだろう。僕たちは、宇宙観一新の節目に立っている。
 
 で、今週の一冊は『ブラックホール・膨張宇宙・重力波――一般相対性理論の100年と展開』(真貝寿明著・光文社新書)。著者は1966年生まれの物理学者。一般相対論の根幹にある重力場のアインシュタイン方程式と向きあい、数値シミュレーションによる理論研究(数値相対論)に取り組んできた。重力波が現実空間に姿を現わすよりも早く、仮想空間のなかでそれと格闘してきた人である。
 
 この本は特殊相対論、一般相対論、ブラックホール、宇宙論、重力波の五つの柱を立て、それぞれに一つの章を充てて研究史を概説している。とりあげたい話には事欠かないが、ここでは「重力波」の章に焦点を当てる。
 
 章の冒頭には「2015年、いよいよ世界で(第二世代の)重力波レーザー干渉計が稼働を始める」とあり、初観測は「研究者の予測どおりであれば」「数年以内」と予想している。この本の刊行日は去年9月20日。LIGOの正式稼働は9月18日だったので、抜群のタイミングだ。ところが重力波の感知は、装置を試し運転中の9月15日。本が出たときには、すでに過去の出来事になっていた。探究の急展開に出し抜かれたかたちだ。
 
 ここで「重力波レーザー干渉計」は、レーザー光を「く」の字形に置いた2本の光路で往復させて、それらの位相のずれから空間の伸び縮みを見いだす装置。「第二世代」は現時点で最新鋭のものを指している。LIGOも改良工事をして感度を高めたばかりだった。
 
 重力波の概念は1910年代半ば、一般相対論という重力理論がアインシュタインによって生みだされたとき、その副産物としてこぼれ出てきた。それは「理論の完成後、数ヶ月後」のことで、「重力の情報は波として光速で伝わることを方程式中に発見したのだ」という。著者は「電磁放射(電磁波)のアナロジーとしての重力波の考えは、ごく自然に帰結される現象だった」とみる。
 
 「電磁放射(電磁波)のアナロジー」は一つの要点だ。物理学者は、物事の背後に普遍のしくみを求めたがる。統一志向と言ってもよいだろう。電磁気学は19世紀にまとめあげられた理論体系で、電磁波の概念が生まれ、その一つが光であることがわかった。20世紀に入るとアインシュタインの特殊相対論で「あらゆるものの速度の上限は光の速さ」ということになり、それなら重力作用も「光速で伝わる」のが「自然」となったのだ。
 
 この本の魅力は、重力波が時空を震わす様子がなんとなくわかることだ。助けとなるのは、重力波の波形。「連星中性子星の合体」で出る波の予想図が載っている。中性子星は星の最期の姿の一つで、密度が高く重力が強い。連星系では、この天体二つがダンスのペアのように回りながら近づき、衝突して一つのブラックホールになる。重力波の振幅をたどると、接近時にしだいに大きくなり、合体で最高値をとり、その後、急速に減衰する。
 
 図の説明文で見落とせないのが「この減衰部分が観測されれば、ブラックホールを直接観測したことになる」という一文だ。本文に目を転じれば「時空のゆがみはすぐにブラックホールに飲み込まれて、重力波は突然止まることになるだろう」とある。なるほど。ブラックホールは、光どころか重力波をも吸い込むことがあるのか。そのさざなみの消滅によって、X線観測よりも確かな実在の証拠が手に入るというのだ。
 
 では、今回はどうだったのか。観測した現象は中性子星ではなくブラックホールの合体とされるが、連星系は同様に振る舞い、衝突後は一つのブラックホールが残ると予測されてきた。発表論文を見ると、観測波形は中性子星合体の予想図に似ていて、最後にしぼむところも見てとれる。LIGOチームは本文で、一般相対論の予測にぴったり合う波形が得られ、合体ブラックホールの減衰重力波もとらえた、との見方を示している。
 
 そうか、LIGOは、重力波をじかに見たと主張できるだけではない。ブラックホールを「直接観測」したと言ってもよいのである。超弩級の科学成果は、一つの発見だけでなく、付随していくつものことを新たに見せてくれるものなのかもしれない。
 
 この本を読んで痛感するのは、重力波探究は精密な装置さえあればよい、というものではないことだ。データから浮かびあがった波形から何を見たかを判定する鑑識眼が必要になってくる。そこでは、コンピューターを駆使した数値シミュレーションが力を発揮する。著者自身も1990年代半ば、米国の大学で研究中に連星ブラックホール合体の波形を計算するための土台づくりに貢献したことが、本文の記述からうかがえる。
 
 2005年には陰の大ニュースがあった。カリフォルニア工科大学の研究者フランス・プレトリアス(現プリンストン大学教授)が「連星ブラックホールの合体計算に成功した、と報告した」のである。その後、「世界のあちこち」で同様の計算が続いたという。それら仮想空間に生まれた重力波が、実在の波の発生源を見定める下敷きになった。プレトリアスの仕事は今回の論文でも言及され、「数値相対論の突破口」と位置づけられている。
 
 重力波の発見は、人間の頭脳のみならず、それが生みだした人工の頭脳の可能性までも見せつけることになった。僕はそう思うのだが、どうだろうか。
(執筆撮影・尾関章、通算304回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
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コメント
《私の舌と唇にも質量がある》(虫さん)
なかなか「通」の連想ですね。
今回のテレビ報道でも、重力波研究者が「腕をぶるんぶるん回せば重力波が出るんですよ」というようなことを言っていました。
ただし、どうもそれには膨大な回数を回す必要があるらしい。
この本には、こんなくだりがあります。
「重さ10kgのダンベルを1mの半径で毎秒降り回したとしても、重力波としての最小単位のエネルギー(重力子のエネルギー)を放出するのに500万年かかってしまう計算になる」
もうちょっと冗舌にならなければ、重力波は送信されませんね。
  • by 尾関章
  • 2016/02/19 7:51 PM
尾関さん

「重力波初観測」の報に接して私の心に浮かんだのは、壮大な宇宙のブラックホールではなく、なぜか、自分の舌と唇。
私の舌と唇にも質量がある。そして、私が喋るときに運動を行う。であるとすれば、微弱という言葉では到底表現できないほどにわずかであっても、私の口から重力波が宇宙に放たれていることになるのか?それも光速でどこまでも進んでいくのか?
宇宙のどこかにこの重力波を意味として解析できる文明があるとすれば、私の発言は全て聴かれていることになる。これからは少し口数を少なくしようか、などとも考えさせてくれたニュースでした。
  • by 虫
  • 2016/02/19 3:37 PM
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