『フランクフルト学派――ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ』
(細見和之著、中公新書)
写真》フランクフルトの味わい
 
 哲学と言えばコップが思い浮かぶ、という話は当欄やその前身で繰り返し書いてきた。コップをじっと見つめて、実在とは何か、それと向きあう自分とは何か、を考え抜く。哲学とはそういうものだと信じていた頃が僕の青春期にはある。世界は自我一人で完結しているものという思い込みに囚われていたのかもしれない。唯我論とまでは言えないにしても、どこか唯我志向があった。
 
 その裏返しが、社会から一歩退くという態度だった。数週間前の拙稿「2月の青春、日本社会の縮図」で1970年前後の学生運動について書いたとき、「僕自身は『政治で世界は変わらない』という信念から運動にも党派にもかかわらなかった」と打ち明けた通りだ。月並みな言い方をすれば、幸福は社会改革ではなく、自分自身のものの見方を変えることによって得られると考えていたのである。
 
 だから、サルトルも『嘔吐』まではぴったりくる。実存主義の核心を見せつけたマロニエの根っこは、テーブルのコップが代役となってもよかったからだ。だが、彼が1960年代に見せた左翼知識人としての姿、飢えた子の前に文学は無力だとする発言などに触れると、実存思想が安値で売られているような感じがしたものだ。そこでも、唯我志向が作用していたのだろう。
 
 ところが、この志向はいま、僕のなかで急速に弱まっている。人は老いれば知人が一人ふたりと世を去り、自らも死に近づく。物理的には、唯我世界に向かって押し流されていると言えなくはない。だが不思議なことに、そんな位相に身を置くと、かえって違う現実が見えてくる。人は死んでも生きている人との関係を存続させる。もしかして人は、他者との関係性そのものとして存在しているのではないか。そんな思いが強まってくる。
 
 ということで遅ればせながら、社会派とも言える人文系知識人のことを学びたくなった。今週は、そのとっかかりに『フランクフルト学派――ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ』(細見和之著、中公新書)。1923年、ドイツのフランクフルトに生まれた「社会研究所」に光をあて、そこに集った思想家群の系譜を今日に至るまで追っている。この人々が後に「フランクフルト学派」と呼ばれるようになった。
 
 著者は1962年生まれ。ドイツ思想の学究であり、詩人でもある。「はじめに」の章で、フランクフルト学派の思想が「左翼革命を煽(あお)り立てるたぐいのものとして捉えられた」のを「致命的な誤解」と断じているように、幅広い視点で学派に迫っている。
 
 ここではマックス・ホルクハイマー(1895〜1973)、テオドーア・W・アドルノ(1903〜1969)に絞って、その思想の核心を切りだしてみよう。
 
 ホルクハイマーは社会研究所ができてまもない1930年、所長となった。その就任講演から「フランクフルト学派のひとびとが向かう方向」が予感される。彼は「社会の経済的生活」「諸個人の心理的な発達」「狭義の文化の領域における変化」に目をとめ、その「三つの領域の結びつき」を探ろうと呼びかけたという。「経済」でマルクスに、「心理」でフロイトに、というように思想界の前線に網をかぶせていたと言えよう。
 
 これからほどなく、社会研究所はナチスの迫害を受ける。「裕福なユダヤ系の家庭出身」の知識人が多くいて、しかもマルクス主義者の集まりとみられたためらしい。1933年に閉鎖を余儀なくされ、ホルクハイマーもスイスを経て米国へと移住を強いられる。それを追うように研究の本拠も「フランクフルトからジュネーブへ、さらにはニューヨークへ」と避難するのである。発祥地に戻って活動を正式に再開したのは、51年のことだった。
 
 ホルクハイマーは、デカルト哲学に象徴される「伝統的」な理論に対置して、自らの思想を「批判理論」と名づける。「伝統的」な視点では「命題を矛盾なく整合的に提示すること」が「真理の証(あかし)」となるが、彼は命題に無矛盾を求めたりはしない。「むしろ、自らが矛盾に貫かれた社会のなかに置かれていること、さらには自らの理論自体がそういう矛盾に満ちた社会の産物であること」を「徹底的に意識化」しようとする。
 
 だから、それは「現状を観察したり記述したり」では終わらない。「社会が総体として抱えている矛盾の廃棄という実践的関心」をもって「変革の梃子(てこ)としての役割」を担うことになる。社会派の社会派たる所以はここにある。
 
 当然、ナチス体制も俎上にあがる。それを生みだした流れをはじめは「マルクス主義的な進歩史観」に立って批判していたが、やがてそこから離脱する。1940年代には、ファシズムとスターリニズムをひとくくりにして「権威主義的国家」という概念でとらえた。「マルクス主義的な革命も、それが世界史の進展を促進させるものであるかぎり、このような権威主義的国家に行き着くことはまぬがれない」。そんな結論を導きだしたという。
 
 著者は、彼の論文「権威主義的国家」に「搾取の終焉(しゅうえん)とは、進歩を加速させることではもはやなく、進歩から飛躍すること」とあるのをみて、「進歩という立場への批判」を感じとる。進歩が絶対善とされる今、心に刻みたい言葉だと僕は思う。
 
 ホルクハイマーが、当時やはり米国にいたアドルノと共同討議の末、1944年にまとめたのが『啓蒙の弁証法』だ。そこには「なぜ人類は真に人間的な状態に歩みゆく代わりに、一種の新しい野蛮状態に落ち込んでゆくのか」という問いがある、と著者は指摘する。「野蛮」とされたのは、欧州の「ファシズム」、ソ連の「独裁と体制順応主義」、そして米国で顕著な「『文化産業』の肥大ぶり」である。
 
 最後の一つは「どのような芸術作品であってもいっさいがその商品価値(売れるか、売れないか)を基準にして計られる社会」だ。文化の商業主義を「権威主義的国家」と同列に並べたのである。著者によれば、ホルクハイマーとアドルノは、三つの「野蛮」には「啓蒙あるいは文明化という『概念』そのもののうちに当初から胚胎(はいたい)していた事態」という共通点があるのではないか、とにらんだ。文明が野蛮を生むという逆説だ。

 『啓蒙の…』では、ホメロス『オデュッセイア』の主人公の自然支配志向に啓蒙や文明化の兆しをみる。「自己保存のために行なわれた自然支配は、保存するはずの当の自己(内的自然)を失う」。その結果、「保存すべきはずの自己そのものを喪失した、いわば空虚な自己」が現れる。著者は、この考察を読み解いたうえで、自らが「外的な自然と内的な自然の狭間(はざま)」にいるとの認識が「あるべき社会を私たちが構想する手始め」と言い切る。

 「アドルノとホルクハイマーは、外的・内的な自然支配の根底には、同一化の暴力が働いていると考えます」「自然の支配は、つねに支配しきれないもの、同一化しきれないものを生み出します」「同一化をはみ出す者を確認することによって、それ以外の者たちは同一であることを保証されるのだ、と言ったほうが正確でしょう」……こうした著者の叙述は、ナチスが学派の思想の反面教師となった現実を思い起こさせる。

 ほかの二つの「野蛮」も含めて考えれば、共通するのは人間疎外だ。人類の「自己喪失」と言うこともできる。さらに大きな枠組みでとらえれば、この洞察は科学技術と自然環境の緊張関係を考えるときのヒントももたらす。アドルノやホルクハイマーの没後、生命科学系の先端技術が急激に広まったことで、内なる自然の危機はフロイトにつながる心的なものだけでなく、身体的なものにも及んでいるとは言えないか。
 
 アドルノが残した至言は「アウシュヴィッツのあとで詩を書くことは野蛮である」という言葉だ。含蓄があり、字義通りにはとれないが、僕たちの周りに「新しい野蛮」と呼びたくなる現象が広まっているのは事実だ。それと対抗する内なる自然を守りたいと思う。
(執筆撮影・尾関章、通算306回)
 
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コメント
《介入というとき、人間と自然は対置されています。一方で人間も自然の一部にほかなりません》(虫さん)
おっしゃる通り、ここに難題があります。科学者も自然を突き放して完全に客体化できなくなった。「観測」という介入が自然を変えていく。それは単純に「見え方が変わる」と言い切れることではないらしい。
そこには、エコロジーから物理学までを貫く問題が潜んでいるように思われます。
  • by 尾関章
  • 2016/03/09 10:40 AM
<<人的介入の度合いを動的にとらえる(尾関さん)>>

どうもこの「人的介入」が曲者のような気がします。介入というとき、人間と自然は対置されています。一方で人間も自然の一部にほかなりません。ひとつの極論は人間を自然の外部者とし、その反対の極論は人間も自然の構成要素だから、その営みがもたらす公害も地球温暖化も自然現象と捉える。ビーバーが間違えてダムを決壊させてしまうことと公害に質的な違いはないと考える。この両極のどのあたりを落ち着き所とするべきか。自然にとって人間は「半内半外」的存在ですよね。分野は違いますが、社会を構想する上でも、実行できないことを構想できてしまう。どうもこの中途半端さが人間の悲喜劇を生んでいるように見えてきました。
  • by 虫
  • 2016/03/08 4:13 PM
《ただ、私にはどうも「自然」というものがよく分からない》(虫さん)
そうですね。僕も確定したイメージをつかめないでいます。
自分なりの理解を言えば、人的介入の度合いを動的にとらえるということ。僕たちは生まれた時点で、外的にも内的にも人的介入済みの「自然」(自然度の低い自然)をもらい受けた。たとえば、雑木林は人の手が入ったものであり、親も教師も近代教育を受けている、というように。
そうなると、その状況はとりあえず引き受けて、さらに人的介入を強めるかどうかが問われているのではないか、と思えるわけです。
もっとも、この解釈も万能ではなさそうだ。「自らの理論自体がそういう矛盾に満ちた社会の産物であること」を「意識化」せざるを得ませんね。
  • by 尾関章
  • 2016/03/06 9:59 AM
尾関さん

全体を読みながらも内なる自分の矛盾に思考が向くあたりに、私がまだコップのまわりを廻っている証拠がありそうです。
ただ、私にはどうも「自然」というものがよく分からない。例えば、現在の生物と生態系の多様性は自然にまかせていたからこその結果のように思えるのですが、この多様性保持のための人為的な規制は不自然な現状固定のように見えます。
加えて、物理的な外界としての「自然」と、人間の思考や営みの方向を意味する場合の「自然な」や「不自然な」。どうも整理がつきません。
  • by 虫
  • 2016/03/05 3:47 PM
《私なりに“矛盾を徹底的に意識化”するならば、“良き事を求める心”と“野蛮”とが共存している姿が“真に人間的な”姿であるように思えます》(虫さん)
二つのベクトルがせめぎ合っているのが「人間的」という見方には同感。ただホルクハイマーとアドルノは、それを理性対野蛮ではなく反自然対自然の構図でとらえたようです。反自然の度が過ぎると野蛮が現れるということなのでしょう。その着眼がおもしろい。なんとなくエコロジー思想を先取りしているようにも思えるのですが、どうでしょうか。
  • by 尾関章
  • 2016/03/04 10:55 PM
尾関さん

ホルクハイマーとアドルノの『啓蒙の弁証法』に「なぜ人類は真に人間的な状態に歩みゆく代わりに、一種の新しい野蛮状態に落ち込んでゆくのか」とあるそうですが、“真に人間的な”とはどのような姿を意味しているのでしょうか。私なりに“矛盾を徹底的に意識化”するならば、“良き事を求める心”と“野蛮”とが共存している姿が“真に人間的な”姿であるように思えます。外的自然に豊穣と旱魃があるように、内的自然にも矛盾が内在していると言い換えても良いかも知れません。
アメリカの大統領選挙戦から目が離せません。特にバーニー・サンダースの健闘に心が躍ります。
民主社会主義とはいっても、あのアメリカで“社会主義”という言葉が市民権を得ていることに驚きを禁じえません。
ふと夢想することがあります。東西冷戦での西側の勝利は共産主義の一時的な挫折であり、もっと長期的に見たときには、将来、世界はマルクスが構想してようになっているかも知れないなどと。但し、内なる野蛮がある限り、それは不可能かも知れません。
  • by 虫
  • 2016/03/04 1:41 PM
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