『建築をめざして』(ル・コルビュジエ著、吉阪隆正訳、鹿島出版会SD選書)
写真》直方体の街
 
 近現代が歴史の1ページとなる。東京・上野の国立西洋美術館本館が「世界文化遺産」になりそうだとのニュースを聞いて、そう思った。モダニズムの巨星、フランスのル・コルビュジエ(1887〜1965)が設計して1959(昭和34)年に建てられたもの。日本が高度成長のエンジンをふかし始めたころだ。僕はもう小学生になっていた。同時代文化の一部が切り離され、レガシーの域に入ろうとしている。
 
 今回の報道で気になったことが一つある。テレビのアナウンサーがコルビュジエのことを「コ・ル・ビュ・ジ・エ」と言っていたことだ。辞典類の字面通りでまったく正しい。ただ僕は若いころ、建築志望の友人から「コ・ル・ビ・ジェ」と聞いていた気がする。そんなことを思い返していたら、フジテレビ「とくダネ!」の司会者、菊川怜の発音だけは「ジェ」に聞こえた。東大で建築を学んでいたとき、その呼び方に馴染んでいたのだろう。
 
 フランス語で綴れば“Le Corbusier”。あえて片仮名にすれば「ズィエ」だろうが、日本語表記に落とし込むには無理があるのかもしれない。かつて建築界の人々は、公式には「ジエ」と書きつつ、話し言葉としては言いやすい「ジェ」で済ましていた。ところが今は「ジェ」で語りあう場が減り、文字表記のみが残った――といったようなことではないか。彼はやはり、同時代から遠ざかったのだ。
 
 コルビュジエは1970年前後から、批判の的になることが多かった。鉄とコンクリートと箱型ビル、そして広くまっすぐな道……どれもが人間疎外を感じさせる。当欄で紹介した宇沢弘文著『社会的共通資本』(岩波新書)も、その都市構想をジェイン・ジェイコブズの思想と対比させ、街路は狭く曲がっているほうがよいという後者の立場に共感を寄せている(2014年10月17日付「今こそ宇沢経済学ではないか」)。
 
 そのコルビュジエの直方体建築が世界遺産になる。一つの時代を画した建築家の作品が、作風に対する批判も含めて人類史に記録されるということなのか。で、今週は『建築をめざして』(ル・コルビュジエ著、吉阪隆正訳、鹿島出版会SD選書)。著者の本名は、実はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ。原著は1920年代前半、雑誌に連載された論考をまとめたものだ。邦訳は1967年に出た。
 
 この一冊は、まずは当時の建築人の頑迷固陋さに対する批判として読める。槍玉にあがるのが「様式」だ。随所に旧弊の代名詞のように「何々様式」という言葉が現れる。著者は「建築は『何々様式』とは何の関係もない」と断じて、それを髪飾りの羽毛にたとえた。
 
 と同時に、この本は新しい建築をめざす宣言でもある。それを端的に言い表したのが「一つの家屋は一つの住むための機械である」の名文句だ。20世紀に入って機械文明が一斉に花開き、人々の暮らしを激変させたのに、建築は変化に対応しようとしていない。立ちはだかるのが「何々様式」だ。それらを一掃して建築そのものを機械にしたらどうか。そんな問題提起と言えよう。著者は、その見本として乗り物をもちだす。
 
 一つめは大型船舶。客船の外観や船内を写した写真が何枚も並べられ、キャプションに「新しい建築の形態。巨大で親しみがある」「純粋で、鮮明で、明快で、清潔で、健康的な建築だ」といった賛辞を書き込んでいる。翻って住まいの現実に目を向け、「絨緞、クッション、天蓋、模様紙、彫り物つき金ピカ金具」などが「西欧のバザーの悲しい淋しさ」を醸していると皮肉る。
 
 飛行機のくだりで目を引くのは、発明の核心がかたちの模倣ではないとしていることだ。「飛行機の中に鳥だとか蜻蛉を連想しないで、飛ぶ機械という見方を覚えなければならない」「飛行機の教訓は、論理の中にある」。人は動物をまねて航空技術を手にした、とよく言われる。自然に学べ、答えはそこにある、というわけだ。だが著者は、そんな常套の発想を一蹴して、むしろ理論計算の大切さを説く。
 
 そして自動車をめぐって語られるのは標準だ。クルマづくりでは、設計面でも製造面でも小さな労力で大きな効果を生みだすために「ある型を引き出すこと」が望まれる。「最初の自動車は旧い馬車のようにつくられた。それは移動、しかも物体の速い進行のあり方とは相反していた。この速進の法則の研究が標準を決めた」「自動車はすべて基本的には同じ配列がなされている」。ここで推奨されるのも「合理的」な思考だ。
 
 この本が書かれたころは、T型フォードが売れていた時代だ。大西洋にも太平洋にも豪華客船が行き交っていた。第一次世界大戦に戦闘機が登場したことも人々の記憶に焼きついている。著者は、陸海空のモダニズムに乗っかって建築論を展開したのである。
 
 ここで早とちりしてはいけないことがある。著者は決して、単純に便益のみを追求する機能主義者ではなかった、ということだ。それは、「建築」を「建設」と峻別した次のような言葉からうかがうことができる。「石材を、木材を、セメントを工事にうつして、家屋や宮殿をつくる。これは建設である」「突然、私の心をとらえ、私によいことをしてくれ、私は幸福となり、これは美しいといったとしたら、これは建築である」
 
 著者の審美眼は「比例」「軸」という数学用語とともにある。「ある顔が美しい」とはどういうことか。このときに求められるのは「肉づけの正確さ、線のあり様」が「〈調和を感じさせる〉比例」を体現していることで、それが心の深部で共鳴を起こさせるのだという。「人間という有機体」は「自然と全く合致した軸線上にある」とも論ずる。そこには、宇宙の根底に数理をみたギリシャ的な世界観がある。


 著者によれば、「調和」は「気まぐれの効果ではなく、合理的な構築と周囲の世界との適合からつくられる」。その結果、それは「〈経済〉によって規制された仕事と物理の宿命に条件づけられたものの函数として」(本文の「函」は異体字表記)表されるという。
 
 最終章「建築か革命か」では、こんな文章に出会う。「至る所に何かを生産する機械が見られ、しかも立派に、純粋につくり出している。われわれの住む機械は、結核菌だらけの古くさいかくれ場所だ。日々の活動、工場で、事務所で、銀行で、健全な有用な生産的なそれと、家庭のどれもこれもおくれた生活との間に橋をかけていない」。住宅事情を見るにつけ、建築家としてもどかしい。そんな隔靴掻痒感が伝わってくる。
 
 近代資本主義のもたらす労働や生活の様相が、住まいの現実と大きく食い違ってきている。その「齟齬」をどう乗り越えていくか。著者は結語のようにして「建築か、革命か」と問いかけ、「革命は避けられる」と言い添える。革命によって世の中のありようを変えるのではなく、住まいのほうを世の中の流れに合わせる、ということだ。もしかすると、この選択が後世の批判のタネになったのかもしれない。
 
 たしかに読んでいると、大きな違和感を禁じ得ない論述がある。たとえば、「量産家屋」と題した章では「自然の材料を人工材料といれかえること」を提唱して「均質な、実験室で試験済みの、一定の要素で作製されたもの」を推奨する。これなどは、自然素材の質感に心惹かれる僕たちの心情には合わない。20世紀後半に環境保護思想(エコロジー)が台頭して地産地消が見直される時代の感覚とはずれているのだ。
 
 モダニズム全盛のころには「住む機械」という言葉が人々の胸にすんなりと落ちた。ここで「住む」に込められた意味は、目を覚ます、顔を洗う、食べる、トイレにいく、シャワーを浴びる、床に就く、眠る、といった動詞中心の箇条書きで完結する。だが、「住む」はそれでは終わらない。家々には町や村の空気が流れ込む。暮らしには昔ながらの習わしがついてまわる。それを含めての「住む」は機械のデザインとしくみでは応じきれない。
 
 コルビュジエもまた、一つの時代の子だった。だからこそ作品が「遺産」となるのだろう。
(執筆撮影・尾関章、通算320回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
■原則として毎週金曜日に更新、通算回数は前身のブログ/コラムを含みます。
■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバーはこちらへ

関連する記事
    コメント
    コメントする