『ジャーナリズムに生きて――ジグザグの自分史85年』(原寿雄著、岩波現代文庫)

写真》肩書どうする?(名刺を拡大コピー)

 この夏、僕の胸中にしばしば去来した言葉は「ジャーナリスト」だった。ひとり風呂に浸かって、あれこれ思いをめぐらせていたときがそうだ。友人知人と歓談していたときもそうだ。考えごとのタネとして、あるいは世間話の話題として、真っ先に思い浮かぶのはこの職種のことだった。自身も看板に掲げてきたのだから、もちろん他人事ではない。だが今、このカタカナ語7文字と向きあうとき、愛着や郷愁よりも、どこか突き放した感じがある。

 

 一つには、東京都知事選に大物ジャーナリストが出馬したときの違和感だ。いくつもの政党がそこに結集したのだから、政界の常識では勝算があったのだろう。だが、どうかな、と僕は思った。結果は報道の通りだ。ジャーナリストに、もはや吸引力はない。

 

 思いだすのは、TBSの元キャスター田英夫が1971年、参議院選全国区に出馬したときのことだ。謳い文句は「ジャーナリストとして政治に参加します」「We Want Den」だった。そして、堂々のトップ当選。有権者はジャーナリストを欲した、ということだろう。田さんはキャスター時代、ベトナム戦争を北側から取材して政権与党から嫌われた気骨の人。今と違うのは、その権力批判の姿勢を人々が応援したということである。

 

 もう一つ、今夏にNHKが放映した「NHKスペシャル〈未解決事件〉ロッキード事件」(7月23日から2夜連続)も印象に残る。圧巻は、ドラマ部分で松重豊演じる検事が記者の一人を部屋に引き込んで襟首をつかむ場面。元首相の強制捜査に踏み切る前、「世の中はどう思っている?」と問いただしたのである。ジャーナリストの背後に世論をみていた。ドラマだから脚色もあろう。だがあのころなら、そんなことがあっても不思議でなかった。

 

 今、ジャーナリストが一目置かれなくなったことは実感している。いや、それどころではない。当欄定番の話題である2時間ミステリーをもちだせば、このところ、胡散臭い役柄の代表格は「元新聞記者のフリージャーナリスト」だ。たいていは、ゆすり行為がたたって殺されてしまう。敏腕記者が悪をあばくというのは今は昔。僕は名刺に「科学ジャーナリスト」と書いているが、最近はそれを初対面の人に差しだすのがためらわれるようになった。

 

 ジャーナリストが世論を代弁して、権力と対峙するという模式図が通用しなくなったのだ。そもそも、世論が一つにまとまりにくい。それなのに大手メディアは、ばらばらの主張の当たり障りのない平均値を求めて、そこに世論の幻影を見ようとしている。こんなことをしていては、この職種の存続はありえない。ジャーナリスト全盛期を振り返って今の目で再吟味することが、ジャーナリズムを組み立て直す第一歩となるのではないか。

 

 で、今週は『ジャーナリズムに生きて――ジグザグの自分史85年』(原寿雄著、岩波現代文庫)。著者は1925年生まれ。戦後、共同通信社に入り、社会部記者、編集局長、編集主幹などを務めた。つい先日101歳で逝ったジャーナリスト、むのたけじさんのように戦前の記者体験はないが、終戦まもない日本社会のジャーナリズムを体感した証言者ではある。この本は、奇しくも東日本大震災直前の2011年2月に書き下ろされている。

 

 副題に自分史とあるように、少年期を起点に話を始めている。実家は、神奈川県平塚郊外の小作農。小学生のころは「教科書以外の本や雑誌類を買ってもらった記憶はない」。手本は同郷の先達二宮尊徳で、農学校に進むと「登下校時に歩きながら本を読む習慣もついた」。太平洋戦争の開戦後、「総動員体制の労働力補充」で卒業が早まり、国鉄に就職して品川駅の改札掛となった。これだけならば、戦前世代の成功者からよく聞く苦学談である。

 

 だが、この本が秀でたところは、嫌な話も包み隠さず打ち明けていることだ。たとえば、戦争末期に入った海軍経理学校の体罰について。鉄拳を上級生らから受けた回数は、在籍11カ月で「同期最多のおよそ二千発」とある。それだけではない。自分自身も、同期の一人が夕食のご飯の量をめぐってずるい行為に及んだのに気づいて「呼び出し殴りつけた」。場所は校舎屋上。相手が飛び降り自殺を口にしたので、あわてて思いとどまらせたという。

 

 自身の行為も、それに対する過剰な反応も「食べ物のこと」に起因していた。著者は、その顛末を思い返して「みじめさ、恐ろしさを考えさせられた」と告白する。暴力が日常茶飯のことであり、生死の境も間近にあった。そういう思いだしたくもないはずの体験談を織り込むことで、当時の世間標準がどんなだったかが示される。そのことで読み手は、今昔のものさしの違いを認識して過去に向きあえる。これは大事なことだと思う。

 

 ジャーナリストとなってからの章でも、メディアの裏面史が赤裸々に明かされている。自ら目撃したこともあるが、伝え聞いた旧悪もある。後者は裏がとれない面があるので、本来は軽々に語るべきではない。だがそれを開示することで、昔のものさしが浮かびあがる。

 

 一例は、著者が「入社後先輩から聞いた話」。1951年、サンフランシスコ講和条約が調印されたときのことだ。現地入りした先輩記者の一人は「本社から現地の歓迎ムードを書けと言われて何の動きもないのに困り、大きな日の丸の旗を注文して休日のオペラハウスの前に飾った」という。やらせの極致、今なら完全にアウトだ。ことの真偽はもう確かめようがない。ただ、この話がさほどの屈託なく語られていたらしいことには注目したい。

 

 そう言えば、ということで思いだすのだが、僕くらいの世代の記者経験者は、若いころに先輩から、今ならアウトの話を聞く機会が少なからずあった。それらは、多かれ少なかれ武勇伝の色を帯びていたように思う。確証がないので記して事実化することはためらわれる。だが、なかったことにしてよいわけではない。ジャーナリズムに対する行動基準のものさしが緩い時代があったことは記憶にとどめるべきだ。この本はその助けとなる。

 

 この本には、正真正銘の武勇伝が出てくる。1952年に大分県菅生村(当時)であった駐在所爆破の真相に迫る調査報道だ。菅生事件という。一審で共産党員5人が有罪となるが、二審が始まってから警察官の関与が疑われる。その人物は事件後、雲隠れしていた。共同通信社会部は「特捜班」をつくって警官の行方を追い、57年に東京で隠れ家を突きとめて独占会見を成功させる。著者は班立ちあげの提案者であり、自身もその一員となった。

 

 ただこの快挙は、会見記事の中身で価値が半減する。警官が自ら名乗りでて爆破を否認したという内容。逃避行には当局の影が見えたが、「警察組織に匿われていたことにも触れていない」。上層部が手を入れたという。上司の一人が、「不法監禁」などを理由とする記者逮捕を恐れて警察幹部に相談、「落とし所」を見いだしたらしい。「記事の書き方で、そこまで事実から離れることを承諾したのは、どう考えても弱腰すぎる」と、著者は批判する。

 

 ともあれ、この報道で裁判の流れは変わり、二審で5被告に無罪判決が出た。自作自演の疑いが濃い事件だったのだ。当時は権力対民衆の構図がはっきりしていて、双方はあからさまに角突きあわせていた。こうしたなかでジャーナリストは、あくまで民衆側に立とうとした。そのために警察を向こうに回して、警官の身柄を自力で確保するという危ない橋も渡った。その大胆さは、記者活動に対するものさしの緩さに支えられた面もあっただろう。

 

 この本は、事件当時、世の中に暴力革命に対する警戒感があったことにも触れている。世論の視点は当初、それを取り締まる警察の側にあったが、その行き過ぎを記者たちがあばいたことで逆に振れたようだ。ここに、ジャーナリズムと世論の共鳴がある。著者は「世論を無視してジャーナリズムは成り立たない。世論に埋没してはジャーナリズムにならない」と総括する。ただ、この含蓄に満ちた教訓も、世論の担い手である民衆の存在が前提となる。

 

 今、民衆という概念は消え去ったかのように見える。生命倫理、プライバシーといった今日的な問題は個人個人の利害を錯綜させ、単一の世論ではなく多様な個論を生みだしている。その一方で、世論もどきの風評や袋叩きだけはある。ジャーナリストは、そんな言論の混迷を交通整理して、実りある論争を引きだすことが仕事なのかもしれない。民衆の先頭に立とうなどとは、ゆめゆめ考えないほうがよい。雑踏のなかにいれば、それでいい。

(執筆撮影・尾関章、通算331回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
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コメント
《『知識人』の影響力が衰退しています》(虫さん)
もう一歩踏み込んで言えば、知識人の「知識」に対してというよりも、その論理に対してリスペクトが著しく弱まっていることが怖いように思いますね。
  • by 尾関章
  • 2016/08/29 9:54 PM
尾関さん

「田さんも筑紫さんも『知識人』」

ジャーナリストが吸引力を持っていた頃を振り返ってみると、私にはこんな思いがあったような気がします。無論、後世に名を残したこの二人のみならず、ジャーナリズムの世界に籍を置いた無名の人々もまた『知識人』の一翼を担っているという思いもありました。
現在、『知識人』の影響力が衰退しています。今昔のモノサシの違いを意識しつつ、ジャーナリストの吸引力低下について『知識人の影響力の低下』という大きな枠組みのなかで考えてみる必要もありそうです。
  • by 虫
  • 2016/08/29 2:49 PM
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