『ハロウィーン・パーティ』

(アガサ・クリスティー著、中村能三訳、ハヤカワ文庫〈クリスティー文庫31〉)

写真》カボチャ

 なぜか知らないが、街がうきうきしている。八百屋にあるはずのカボチャが花屋にもあって、どうしてなのかと思ったらハロウィーンが近づいてきたのだ。今の子どもたちは、心の歳時記に10月末の仮装遊びをしっかりと刷り込んでいる。

 

 僕たちの暮らしにとけ込んだ片仮名表記の行事と言えば、昔は12月25日のクリスマスくらいしかなかった。ところがいつのまにか、2月14日のバレンタインデーが広まった。いつからかについては諸説あるようだが、僕の記憶では1960年代後半からではなかったか。背景には、チョコレートをつくって売る食品流通業界が格好の商機ととらえたということがある。似たような流れで、10月31日のハロウィーンが近年急速に広まった。

 

 ハロウィーンは、ケルトの民俗文化に由来するらしい。クリスマスやバレンタインデーと比べると、キリスト教との縁は薄い。英国にはケルト系の血を引く人が大勢いるのでさぞ盛んだろうと思えるが、僕のロンドン在住経験ではそれほどではなかった。11月5日にガイ・フォークス・デイがあり、むしろそちらの花火が町に響いていた。これは、17世紀初めにプロテスタント系王権の転覆計画が発覚、事前に封じ込まれたという故事に因む。

 

 では、現代版ハロウィーン再興の地はどこか。1年前の朝日新聞「天声人語」には、アイルランドなどに伝わる「死者が帰って来ると言われる収穫期、幽霊に変装して仲間のふりをし、食べ物を供えた」という風習が「19世紀に移民を通じて米国に伝わり、盛んになった」とある(朝日新聞2015年11月1日付朝刊)。英国のケルト文化はアングロ・サクソンやノルマンの文化に追われるようにして米国へ渡った、と言えないことはない。

 

 それにしても今の世の中、どうしてこうもたやすく異文化の催しを受け入れてしまうのか。日本社会だけではない。米国でも、ケルトという一民族の年中行事が多民族コミュニティーに浸透したのである。ひとつ言えるのは、現代人がハレの日中毒になっているのではないか、ということだ。夏休み気分が薄れてクリスマスまで間がある時季に、もう一つヤマ場を設けよう。そんな思惑が商戦を仕掛ける側にも、それに乗っかる側にも見てとれる。

 

 で、今週の一冊は長編ミステリー『ハロウィーン・パーティ』(アガサ・クリスティー著、中村能三訳、ハヤカワ文庫〈クリスティー文庫31〉)。地域の少年少女を集めてひらくパーティーの最中に起こった殺人事件の謎を、会に居合わせた探偵作家アリアドニ・オリヴァや、彼女の依頼を受けた私立探偵エルキュール・ポアロが解いていくという物語だ。発表は1969年。著者(1890〜1976)にとっては晩年の作品ということになる。

 

 事件が起こった「ウドリー・コモン」という町は架空の地名らしいが、ロンドンから30〜40マイルの距離にあるとされている。イングランドの大都市郊外なので、ケルト文化の痕跡はあまり残っていないと思われる。それなのに、やはりハロウィーンなのか。

 

 そう思っていたら、本文の2ページ目にヒントがあった。ミセス・オリヴァが、こんな言葉を口にする。「わたし、昔からカボチャとハロウィーンを結びつけて考えるんだけど、あれは十月の晦日(みそか)だったわね」。ハロウィーンのことはよく知っているが、それが何日かはすぐには確信がもてない。距離感のある口ぶりだ。米国に滞在していたとき、感謝祭のパーティーで「家じゅうカボチャだらけ」の光景を見た、という思い出話もする。

 

 1969年と言えば、第2次大戦後の国際社会で米英の力関係の逆転がほぼ確定した頃とみてよいだろう。そのころまでに米国から英国へ、ハロウィーンが逆輸入され、カボチャを飾りものにする習慣ももち込まれていた。そう考えると妙に納得がいく。

 

 さて、そのパーティーは、地元有力者ミセス・ドレイクの邸「リンゴの木荘」で開かれる。「箒の柄競争」「小麦粉切り」「リンゴ食い競争」といった余興が続く。おひらきが近づいて13歳の少女が姿を消し、閉会後、リンゴを浮かべたバケツの水で溺死しているのが見つかる。その子は「あたし、前に人殺しを見たことがあるのよ」と語っていた――そんな話なのだが、当欄は例によって筋には立ち入らない。別の視点で読みどころを探そう。

 

 なんと言ってもおもしろいのは、著者が「おばあさん」の目でとらえた1960年代末の世相だ。皮肉あり風刺ありで、機知にも富んでいる。老境定番の「いまどきの……」が飛びだすのは、ポアロの旧友である元警視の言葉。「いまどきの娘さんは、わたしの若いころよりも、ろくでなしの亭主と結婚してるような気がしますがね」。母親は娘のデート相手がどんな男なのか「知らないし」、父親もそれを「知らされていない」と嘆くのである。

 

 少年少女の早熟ぶりも、ちょっと意地悪く描かれている。ミセス・オリヴァがリンゴの木荘でトイレを探しあてたときのことだ。「彼女は階段をあがり、踊り場の角をまがると、男の子と女の子のカップルにあやうく突きあたりそうになった」。男子15歳前後、女子は12歳よりやや上か。濃密なキスの真最中だ。「ちょっとごめんなさい」を繰り返し、「すみませんけど、通してくださらない? このドアからはいりたいんですから」と畳みかける。

 

 ファッションにもうるさい。パーティーで魔女役を務めたミセス・グドボディはポアロを相手に、ハイティーン男子の服装を腐してこう言う。「着ているものなんか、とても旦那(だんな)はほんとと思やなさりませんよ。バラ色の上衣に、黄色のズボンですよ」。メンズウェアのカラフル化がピーコック革命と言われたりもした頃だ。返す刀で「女の子が考えつくのは、スカートを上へ上へあげることだけ」と、ミニスカートブームにもあきれている。

 

 女性を惹きつける男性の魅力が変わったことも、ポアロの心理描写を通して書き綴られている。彼は、若い男に対する褒め言葉が「美しい」から「セクシー」に代わりつつあることに思いをめぐらす。「セクシーな女はリュートを手にしたオルフェウスを求めはしない。彼女らが求めるのは、しゃがれ声の、色目使いの、ぼさぼさのむさくるしい髪をした流行歌手なのである」。もしかして、著者の頭にあったのはボブ・ディランの顔だろうか。

 

 ここで注目すべきは、著者の批評精神が風俗、流行の表層にとどまっていないことだ。それは、ミセス・オリヴァがポアロに投げかける言葉に託されている。「あなたのお話がなにに似ているか、わかってらっしゃる? コンピューターですわ」。情報を自らの頭脳に「供給(フィード)しておいて」「なにがでてくるか、見ようとしてらっしゃる」というのだ。ポアロがそれを認めて、コンピューターの無謬性を盾に開き直ると猛然と反論する。

 

 間違えないことにはなっている、だが現実はそうじゃない、それは自分に届いた前月分の電気代の請求書をみればわかる、という話をしてからこう言う。「人間の過ちなんて、コンピューターがその気になって犯す過ちにくらべれば、ものの数じゃありませんよ」

 

 当時、コンピューターが颯爽と現れ、なにごともインプット→アウトプットの図式でとらえられるようになった。今日では、社会の大部分がその管理下にあると言っても過言ではない。ただときに、脆さを見せつけられることもある。交通機関のシステム障害が一つ起これば影響が全国のダイヤに及ぶ、というようなことだ。人間の機転で問題を1カ所に抑え込めない。さらに人工知能(AI)が発達して「その気になって」の心配も出てきた。

 

 ミセス・オリヴァは著者の分身とも言える。そう考えると著者は、自らが生みだしたポアロという人物に違和感を抱きはじめていたのかもしれない。別のところでは彼女の言葉を借りて、彼が田舎でもエナメル革の靴を脱がないことを諫め、「あなたの困るところは、なにがなんでもスマートでいようとなさること」とたしなめる。あるいはポアロの部屋を「超モダンで、非常なアブストラクトで、なにもかもが四角と立体ばかり」と皮肉っている。

 

 アガサはモダニズムの翳りをみて、ポアロを置き去りにポストモダンへ乗り換えようとしていたのだろうか。だとしたら、その鋭敏で柔軟な時代感覚には驚くばかりだ。

(執筆撮影・尾関章、通算340回)

 

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