『松本清張ジャンル別作品集5――犯罪小説』(松本清張著、双葉文庫)

写真》古紙結わく

 2週続きで拙句から入る、というのは大いに気が引ける。だが、今の心境をそのまま言い表すなら、これしかないと思って暮れの句会に出した句をあえて載せる。

 年惜しむ気にもなれずに古紙結わく(寛太無)

 

 今回の句会では、一つの句に季語「年惜しむ」を用いよ、という縛りがあった。だが、惜しむ気にはどうしてもなれない。それがこんな苦肉の句となった。読み返したくもないニュースが詰まった古新聞を年の終わりに紐で束ねる。そんなイメージだ。

 

 そう言えば、と思いだすのは、英国のエリザベス女王が1992年11月の即位40年式典で口にしたひと言だ。「アヌス・ホリビリス」――1年を振り返り、ラテン語で「ひどい年」「怖い年」と嘆いたのである。英王室はゴタゴタ続きで、チャールズ皇太子とダイアナ妃の不仲は深刻になっていた。追い討ちをかけたのが、式典直前にあったウィンザー城の火事。気持ちは痛いほどわかる。僕はロンドンに赴任したその月に、この言葉に触れた。

 

 ことし2016年にアヌス・ホリビリスを感じている人は、きっと大勢いることと思う。僕も、その一人だ。だが、「ひどい」「怖い」をいちいち拾いあげるのはやめよう。それこそ、古紙を結わいて葬ったつもりになったことばかりだ。ただ、特記したい出来事が二つだけある。一つは、英国が欧州連合(EU)からの離脱を決めたという話。もう一つは、米国で「暴言王」とも言われたドナルド・トランプ氏が次期大統領に選ばれたことだ。

 

 どちらも、よその国の有権者の選択だ。結果は尊重しなくてはなるまい。しかも、これらには経済のグローバル化に抵抗するという共通項があって、ローカルな経済や文化を守る視点からみれば悪いことばかりではない。では、どうして「ひどい」「怖い」なのか。あえて言えば、人々が第2次大戦後、これこそが人間社会の進化だと考えてきた方向性をいともあっさり一蹴してしまったことか。戦後の価値が幻に見えるという怖さ。

 

 日本社会では、戦後民主主義の風化ということが言われて久しい。だが、今年を振り返ると、それよりもずっと大きな変化がずっと広い範囲で起こっているように思われる。日本ローカルではなく、万国グローバルの現象。そこには、異質なものを嫌う不寛容の方向性がある。あるいは、論理と議論を忘れた行動様式もある。それが国境なしに広がった背景には、20世紀末から21世紀にかけて人類が体験したなにものかが潜んでいるように思う。

 

 で、今週の一冊は『松本清張ジャンル別作品集5――犯罪小説』(松本清張著、双葉文庫)。なぜ清張かと言えば、戦後社会を生活の次元で切りだした断面が彼の作品から見えてくるからだ。当欄でかつてとりあげた『死の発送』という長編では、鉄道が融通の利くダイヤで運行されていた時代を垣間見るができた(2015年12月25日付「清張の鉄路、緩すぎるダイヤの妙」)。そこには、コンピューター以前ののどかさが確実に存在していた。

 

 今回の本には、小説6編が収められている。初出誌の号でみれば1958〜67年に発表された作品群だ。戦後とはいっても高度成長期に入ってからの日本社会が舞台となっている。とりあえず世は太平であり、人々の暮らしぶりもそこそこに豊かになっているから、現在につながる連続感があってもよさそうだ。だが、読み進むと断絶感のほうが強まってくる。ああ、そんな時代もあったなあ。2016年には通用しない物事に出会ってそう思う。

 

 所収作品は書名の通り、犯罪もしくはそれに準ずるものを描いている。それらの筋立てには今、成立しないものが少なくない。そこに断絶感がある。これは、公序良俗にとっては大変喜ばしいことだ。ただ、ここで書名を「善行小説」に改め、登場人物の振る舞いを悪行から善行へ逆転させたときのことを考えてみる。そうすると、善行もまた昔と比べてやりにくくなっているのではないか、と思えてくる。善すらも管理社会のもとに置かれている。

 

 どっちを向いても閉塞感がある。だから逃げ道が見つかると、みんなが一斉にそちらへ雪崩れ込む。「ひどい」「怖い」の根っこには、そんな社会心理があるのではないか。

 

 その閉塞感の裏返しで成り立っているのが、冒頭の「断線」。1964年に週刊誌に連載された中編だ。当欄は、この一編を中心に書く。都内の証券会社に勤める光夫が銀行の窓口で働く英子と結婚するが、クラブホステスの乃理子とも関係を絶てずに出奔する。彼女との同棲中に、こんどは自称貿易商の妻という関西在住の左恵子とも愛人関係になる――というとんでもない男の話。殺人含みではあるが、それよりも光夫の逃避行が読みどころだ。

 

 今では考えられないのは出奔の経緯。光夫は九州へ出張に行くと言い残し、トランク二つを提げて家を出る。1週間くらいとのことだったが、旅先からは「葉書一枚こなかった」。10日ほどたって勤め先に電話で問い合わせると、返ってきた答えは「一週間前に辞めましたよ」。妻は、新婚なのに10日間の音信不通でやっと夫の異変を悟ったのだ。今ならば、メールやラインの交信が途絶えればすぐ怪しむ。九州出張も日帰りが多いことだろう。

 

 光夫は本名と偽名を使い分ける。旧姓は「田島」だったが、結婚後は戸籍名を英子の姓の「滝村」に改める。だが乃理子の前では「友永」を名乗った。ところが左恵子に誘われて関西生活を始めてからは、「滝村」で通したのである。これが逃避行を続けるうえで大きな助けとなるのだが、今日ではこんな工作も難しい。名前の嘘は「運転免許証かパスポートを」「なければ保険証などの文書2点を」と本人確認を求められたとたんにばれるだろう。

 

 実際に光夫は、出奔後に幾度か就職で履歴書を出すことがあるのだが、いずれも本人確認は緩かった。乃理子と同棲していたころ、クラブのボーイの職を得たときは戸籍謄本が不要だったので、友永のままでいられた。大阪で中小の広告会社に本名で入ったときも、やはり謄本なしで済んだ。このあと在阪大手の製薬会社に転職したときは戸籍の写しが必要となったが、興信所員を巧妙に篭絡して身元調査による過去の詮索を避けることができた。

 

 身元のあいまいさは、光夫に何をもたらしたのか。大阪に移り住んでから、新聞記事で自らが犯した事件で警察が「友永」という男を指名手配したことに気づくが、自分は「滝村」なので別人のように思えた。一方、「滝村」を名乗っても身元確認が緩かったために、捨て去った家庭へ引き戻されることもなかった。これらのことそのものは法治や倫理に反していて許しがたい。だがそれを、当時の社会にあった開放感の副作用とみることもできる。

 

 犯罪や蒸発と直接にはかかわらないところでも、時代の緩さがのぞいて見える。乃理子の留守宅に預金先の銀行から電話がかかってくる場面。光夫が電話口で彼女の通帳の中身を尋ねると、先方はためらうことなく金額を教えてくれる。このとき銀行員が身元を質すために口にしたのは「失礼ですが、同居人の方ですか?」のひと言だけ。「そうです、同居人です」と答えると「内縁の関係と察した」ようで無警戒になった。今は、こうもいくまい。

 

 あのころは、身元のあいまいさが死者にもあった。この本に収められた「小さな旅館」という作品では、犯人が一組の男女を殺した後、死体を床下に埋めてこう述懐する。「初め大へんな仕事だと思っていたが、いざ終ってみると、嘘のように楽だった」。楽観の背後には「あと一年もすれば」「完全に白骨になってしまう」という見通しがあり、それで誰の骨だか突きとめられまいと高を括ったのだ。ここでも今ならば、DNA型鑑定がある。

 

 当欄で僕は、ノーベル賞作家パトリック・モディアノの『失われた時のカフェで』(平中悠一訳、作品社)をとりあげ、「モディアノで憂うマイナンバー時代」という一文を書いた(2015年7月17日付)。この小説には、パリのカフェにあだ名で通う女性が登場する。人はだれも、番号を付されるような特定から逃れたいと思うものだ。あのときに書いたように「ふつうに市井に生きるふつうの人々にも逃げ場は欠かせない」のである。

 

 ふと思うのは、「ひどい」「怖い」の元凶は科学技術かもしれないということだ。それは悪を封じる一方で人々の逃げ場を奪っている。今こそ緩やかさを尊ぶ知性がほしいと思う。

(執筆撮影・尾関章、通算347回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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