『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン著、上遠恵子訳、新潮社)

写真》「緑」

 「環境」という言葉が今のような意味合いで使われるようになったのは、そんなに遠い昔ではない。半世紀ほどにしかならないのではないか。ふと思いだすのが、小学生のころの床屋体験だ。椅子に座ると目の前に大きな鏡がある。その周りに目を転じると、壁の掲示に「環境衛生」の文字があった――そう、理髪業は東京都環境衛生協会会員の主要業種だ。「環境」の2文字は、理髪店の店内から子どもの意識に入り込んできたのである。

 

 ちなみに東京都環境衛生協会の公式サイトを開くと、協会は1954年に生まれた。「加入会員の業種」に挙げられているのは、理容のほか美容、クリーニング、公衆浴場、ホテルなど。ここで読みとれるのは、どれも衛生管理が求められるが、飲食店ではないということだ。食べもの、飲みものは特別扱いなのだろう。現に東京には食品衛生で同様の団体がある。裏を返せば、「環境」は特別なものを除く身の回りの一切を指していたことになる。

 

 語感が変わったのは、1960年代後半だ。日本列島のあちこちで、高度経済成長の副作用として公害が多発する。「環境保護」が反公害の訴えの一つとして口にされるようになった。1971年には、のちに環境省となる環境庁が設けられる。このころから、「環境」と言えば「自然環境」、すなわち山や川、海や空のことという受けとめ方が強まったように思う。そして今は、それを地球全体に広げてとらえるようになっている。

 

 環境保護の気運が反公害とともに高まった背後には、生態学すなわちエコロジーの思想があった。四大公害病の一つである水俣病では、工場から出る有害なメチル水銀がまず小さな海洋生物に摂取され、それがより大きな生物に次々食べられるうちに濃縮されていくという現象が起こっていた。食物連鎖による生体濃縮だ。その鎖の終着点が人間だった。人間もまた生態系(エコシステム)の一員であることがはっきりしたのである。

 

 「環境」はドイツ語で“umwelt”という。“welt”は「世界」であり、“um”には「周り」の意味があるので「環世界」とも訳される。当欄の前身でとりあげた『生物から見た世界』(ユクスキュル/クリサート著、日高敏隆、羽田節子訳、岩波文庫)は、後者の訳語を採っている。この本には「動物はそれぞれの種ごとにそれぞれの『環世界』をもっている」という見方があった(文理悠々2010年6月3日付「日高敏隆『敬称は要らぬ』」)。

 

 これは、人間とほかの生物を対等に置くという点で今日のエコロジー思想に通じる。環世界は生物種ごとに違う。ただ、それらをかたちづくるものはたった一つの自然界の生態系だ。だから、人間の環世界を守ることは生物それぞれの環世界を守ることであり、即ち生態系を持続させることにほかならない。身の回りにあって種の存続を保障する最重要なものが自然ということだ。「環境」で「自然環境」を思うようになった流れもうなずける。

 

 で、今週の1冊は『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン著、上遠恵子訳、新潮社)。著者は、1962年に名著『沈黙の春』を著したことで知られる。『沈黙…』は、農薬などの化学物質が生態系を壊していくさまを事例やデータによってあぶり出した。ちょうど、第2次大戦後に戦勝国も敗戦国も工業化に突っ走っていたころのことだ。人類には経済成長とは次元の異なる価値があることを教えてくれる警告の書となった。

 

 著者は米国で1907年に生まれ、64年に没した。大学院で生物学を修めたが、そのまま大学に残って研究生活に入った人ではない。連邦政府の魚類野生生物局に専門官として勤め、かたわら海や海辺の生き物をめぐる著述活動を続けた。連想されるのは、都市問題の論客ジェイン・ジェイコブズだ(当欄2016年12月2日付「トランプに備えてJ・ジェイコブズ」)。ともに象牙の塔から離れ、自力で強いメッセージを発信した女性である。

 

 『センス…』は『沈黙…』とは異なり、社会派書籍の色彩が薄い。むしろ、人間の環世界を繊細な感覚で描きだした詩的作品と言うべきだろう。訳者あとがきによれば、1956年に雑誌へ寄稿した文章をもとにしており、題名は「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」だった。著者は『沈黙…』刊行後、自らの死期が迫っていることを知って加筆をはじめ、それを仕遂げる前に生命が尽きたという。邦訳で本文40ページ足らずの小品だ。

 

 書きだしは「ある秋の嵐の夜、わたしは一歳八か月になったばかりの甥のロジャーを毛布にくるんで、雨の降る暗闇のなかを海岸へおりていきました」。舞台は、米東海岸メイン州にある著者の別荘周辺。それにしても、闇夜に雨風のなか幼子を抱いて海を見にいくのは危ない。だが、彼女は毅然として書く。「幼いロジャーにとっては、それが大洋の神(オケアノス)の感情のほとばしりにふれる最初の機会でした」。ここに、彼女の自然観がある。

 

 この本の中心にいるのは、幼年時代のロジャーだ。別荘に来ると、著者は森へ連れだした。なにかを教えようとしたのではない。「わたしはなにかおもしろいものを見つけるたびに、無意識のうちによろこびの声をあげる」。そうこうしている間に「彼の頭のなかに、これまでに見た動物や植物の名前がしっかりときざみこまれているのを知って驚いた」。たとえば「あっ、あれはレイチェルおばちゃんの好きなゴゼンタチバナだよ」というように。

 

 メインでは、とりわけ雨の日の森が美しいという。その描写は秀逸だ。「針葉樹の葉は銀色のさやをまとい、シダ類はまるで熱帯ジャングルのように青々と茂り、そのとがった一枚一枚の葉先からは水晶のようなしずくをしたたらせます」「カラシ色やアンズ色、深紅色などの不思議ないろどりをしたキノコのなかまが腐葉土の下から顔をだし、地衣類や苔類は、水を含んで生きかえり、鮮やかな緑色や銀色を取りもどします」

 

 別荘の窓には雨が打ちつけ、湾も霧に覆われている。「海に沈めてあるロブスターとりの籠(かご)を見まわる漁師やカモメの姿も見えず、リスさえも顔を見せてはくれません」。ここで気づくのは、漁師とカモメとリスが横並びにあることだ。著者は、人類も鳥類も齧歯類も一つに溶けあう世界を生きている。雨天も気にせず、「森へいってみましょう。キツネかシカが見られるかもしれないよ」。ロジャーとともに防水着をまとって出かけるのだ。

 

 著者によれば、子どもを連れての自然探検は「しばらくつかっていなかった感覚の回路をひらく」という。それは視覚にとどまらない。嗅覚を例にとろう。早朝に家を出れば「別荘の煙突から流れてくる薪を燃やす煙の、目にしみるようなツンとくる透明なにおい」に出あう。引き潮の海岸に近づけば「いろいろなにおいが混じりあった海辺の空気」を吸うことができる。ここでも感じとれるのは、人の営みを自然界のそれと並べる世界観である。

 

 聴覚をめぐっては「風のないおだやかな十月の夜」のくだりが印象的だ。耳をそばだてれば、上方から「鋭いチッチッという音」「シュッシュッというすれ合うような音」が鳥の鳴き声に交ざって聞こえてくる。渡り鳥が仲間同士で交信しているのだという。著者は「彼らの長い旅路の孤独」に思いをめぐらせる。そして「自分の意志ではどうにもならない大きな力に支配され導かれている鳥たちに、たまらないいとおしさを感じます」と書く。

 

 この本は、大自然の讃歌に終わってはいない。都会人の生き方にもヒントを授けてくれる。「子どもといっしょに風の音をきく」のなら「森を吹き渡るごうごうという声」であっても「家のひさしや、アパートの角でヒューヒューという風のコーラス」であっても同じだ、と説く。町なかの公園で鳥の渡りを眺めても「季節の移ろい」を感じとれるし、窓辺の植木鉢を観察することでも「芽をだし成長していく植物の神秘」を見てとれる、という。

 

 あとがきによれば、ロジャーは「甥」ではなく実は「姪の息子」のようだ。著者を慕い、のちに母を亡くしてからは彼女のもとで育ったらしい。訳者が1980年に会ったときは音楽関係の仕事をしていたというが、この邦訳が出た96年時点の消息は「コンピュータ関連のビジネスマン」とある。今は60歳代なのだろう。自然と触れあう原体験が米国のIT社会を生きる人にどんな影響を与えたのか。本人にちょっと聞いてみたくなる。

 

 感覚を澄ませば、自分も生態系の一部とわかる。レイチェルはそう言い遺したのだ。

(執筆撮影・尾関章、通算356回、2017年2月17日公開、2019年8月11日更新)

 

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