『アリバイの唄――夜明日出夫の事件簿』(笹沢左保著、日文文庫)

写真》TAXI

 どうでもいいことだと冷笑されそうだが、あえて言う。2H、即ち2時間ミステリーが今、存亡の危機にある。報道によれば、老舗のテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」(土ワイ)がまもなく終わる。テレビ東京系「水曜ミステリー9」も消えるようだ。テレ朝は土ワイ枠を日曜午前に移すらしいが、どうもピンとこない。あのまったり感は、夕食後のほろ酔い気分にこそなじむ。こうなれば朝に録画して、その冷凍ものを夜に解凍するしかない。

 

 ただ一つ、ゴールデンタイムで気を吐くのはTBS系「月曜名作劇場」だ。こちらは、開始時刻を午後9時から8時に早めるなど工夫が感じとれる。たしかに9時スタートは、コア視聴者の高齢層には遅すぎた。眠くなって、結末の大団円――海辺の断崖やビルの屋上などの場面――まで完走できないという人もいるからだ。ただ残念なことに、これは毎週ではなく、バラエティなどが放映される週も多い。がんばれ、ドラマのTBS!

 

 月曜はTBS系、水曜はテレ東系、土曜はテレ朝系。さらにかつては日本テレビ系「火曜サスペンス劇場」(火サス)の大看板があり、フジテレビ系も金曜に枠をもっていた。そんな2H漬けの1週間はもはや夢のまた夢だ。今春、一つの時代が幕を閉じるのである。

 

 それに追い討ちをかけたのが。渡瀬恒彦さんの訃報だ。映画俳優としての実績は数えきれない。だが、同時にテレビの2H文化の支え手でもあった。代表作はTBS系の十津川警部ものだろうが、僕が惹かれるのはテレ朝系の「タクシードライバーの推理日誌」シリーズ。理由は、もっとも彼らしい役柄だったからだろう。そこには、美学がある。しかも、肩に力が入ったものではない。さらっとしていて一陣の風のようなダンディズムだ。

 

 主人公は、タクシー運転手の夜明日出夫(よあけ・ひでお)。警視庁捜査一課の刑事だったが、事件捜査でかかわった女性との間柄を疑われて職を辞したのである。事実無根なのに週刊誌に書きたてられた。妻とはこのあと別れたが、一人娘のあゆみを通じて心を通わせている。夜遅くまでハンドルを握るシフト勤務。帰ってくるのは外階段式のアパート。飄々としていて過去の敏腕ぶりなど微塵も感じさせない男を、渡瀬さんは好演した。

 

 このシリーズが好評を博したのは、誰が犯人かの謎ときに主眼を置くフーダニット(whodunit)にしなかったからだろう。どの回も、犯人は最初から目星がついていた。これは、テレビドラマの宿命を熟知しているからこその選択ではなかったか。制作陣は、犯人役にA級の役者をあてがうのが常だ。だから、視聴者は番組表の出演者名列を見ただけで見当がついてしまう。そもそも、テレビで犯人当てを売りにするのは無理がある。

 

 シリーズ最近作では、犯人はドラマ冒頭、夜明のタクシーに2番目に乗る女性客というのが一つのパターンになっていたように思う。訳ありらしいが悪い人ではない。ところが、元同僚の刑事が担当する殺人事件で容疑者に浮かびあがる。夜明は、彼らしいやさしさから彼女をかばうが、最後は元刑事の習性のほうが勝って本人に告白を促す――という流れだ。余談だが、最初の客は奇妙ないでたちでわがままを言うオバちゃんというのも定番だった。

 

 ケーブルテレビなどで観ることができるチャンネル銀河では、今年2月から3月にかけてシリーズ前期の作品群が流れた。全39編は1992〜2016年に新作として世に出たが、うち2002年までの16編が再放映されたのだ。その期間中に主演者の生命が尽きたことになる。僕がこのうち数本を観て驚いたのは、初期にはまだパターンが固まっていなかったことだ。シリーズは四半世紀の歴史を重ねて、一つの型を練りあげたのだろう。

 

 このシリーズの見どころは、犯行がどうなされたかというハウダニット(howdunit)だ。そこでは、タクシーが道具立てになる。夜明は、営業所の仲間から「ロングの夜明」とうらやまれるほど、しばしば途方もなく遠い行き先を告げられる。疑わしい乗客は、乗車時間が被害者の死亡推定時刻と重なって鉄壁のアリバイを得るというわけだ。しかも視聴者にはうれしいことに、この仕掛けが旅情ミステリーの味わいも添えてくれるのである。

 

 で、今週は『アリバイの唄――夜明日出夫の事件簿』(笹沢左保著、日文文庫)という長編小説。副題にある「…事件簿」のシリーズが「…推理日誌」の原作という理解でよいようだ。ネットで調べると『アリバイの…』は1990年に講談社から単行本となった作品で、それが93年に講談社文庫に収められ、さらに99年に日本文芸社の文庫本として再刊行されたようだ。この本を読みながら、ドラマのおもしろさを再吟味してみる。

 

 まず、夜明が原作でどう描かれているかをみてみよう。38歳でバツイチ独身、子どもが一人いるというところまでは同じだ。事件被疑者の妹と不倫関係にあるという事実無根の話が広まって退職した点も変わらない。だが違いがいくつかある。

 

 一つには外見。勤務中の様子を後部席の乗客の視点で素描したくだりには「坊主頭(ぼうずあたま)のように髪を短く刈り込んでいる運転手が、大きな身体(からだ)のいかつい肩を揺すった」とある。すらりとしていて優男の趣もある渡瀬恒彦さんのイメージからは、だいぶずれる。どちらかと言えば、渡辺哲さんだろうか。頑健型の渡辺夜明もコミカルな魅力があって見てみたい気がするが、僕たちはもはや渡瀬夜明にすっかりなじんでいる。

 

 もう一つ、大きく異なるのは住環境だ。小説『アリバイの…』の夜明は、アパートではなく東京・目黒本町の一戸建てに暮らしている。「むかしはよく見かけた、という木造の家」で「構造も建築様式もアカ抜けがしない」。東京の古い住宅街に建て込んだモルタル塗りの家屋という感じだろうか。そこにはなんと、母タカ子という同居人もいる。ドラマで娘のあゆみが訪ねてきて家事を手伝うというのとは大違い。どこか、マザコンの匂いもする。

 

 この小説によれば、夜明は自由が丘で生まれた。今をときめくおしゃれな街である。目黒本町へ転居した後、父が急死したために大学を中退して警察官になったという。あの力みのない生き方は都会っ子の洒脱さがもたらしたものかもしれない、と納得した。

 

 では、この『アリバイの…』もドラマ化されたのだろうか。今回、チャンネル銀河で観た第6編「再会した女 湘南―松本500キロの殺人!?」(1995年)が、それに相当するらしい。ノーブルでセレブなヒロインを、ただの深窓の令嬢から、DJで人気の大学教授に移しかえるなど改変点も多いのだが、トリックの核心はなぞっている。その女性は、偶然にも夜明の幼なじみだった。演じたのは阿木燿子。ぴったりな配役である。

 

 小説では、この二人の関係性を時間軸の上に置く。夜明の生家は、富豪大町家の邸宅近くにあったが、「掘立小屋のようにみすぼらしかった」。それでも大町家の娘千紗は幼いころ、6歳年上の日出夫の家に遊びに来ては狭い庭で遊んだものだ。20代のころ、街でばったり会ってひととき談笑したことはあるが、それっきり。「所詮は、別世界に住む男と女であった」。戦後日本社会に生じた階層の平均化と、その再分岐を映したような思い出だ。

 

 この小説でタクシーがドラマ同様にトリックに使われているかどうかは、ここでは触れない。ただ著者が、この乗りものの特質を知り抜いていて、その運転手をミステリーの主人公にしようと思い立った理由は、書きだしの数ページを読んだだけでよくわかる。

 

 そこで乗り込んできた男女は、けんかの真っ最中。「夫婦か、それに準ずる関係」とみてとるが、聞こえてくる会話を聞いているうちに男は県議、女は女将かママだろうとわかってくる――運転手は客にとって黒衣(くろご)であり、無視される存在だ。だが、その黒衣もまた人間であり、耳とバックミラー経由の視線で後部空間の気配を感じとっている。作家笹沢左保はそこから物語を生みだし、俳優渡瀬恒彦はそれを見事に演じたのである。

 

 夜明が旅先のホテルを退室するときの描写で「もう、戻ってはこない部屋であった」とあるのを見て、はっとする。戻ってこないつもりで、いつも街を流している。それが彼の生き方なのだろう。今も手をあげれば、渡瀬夜明のタクシーがとまってくれそうな気がする。

(執筆撮影・尾関章、通算361回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
■原則として毎週金曜日に更新、通算回数は前身のブログ/コラムを含みます。
■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバーはこちらへ

コメント
コメントする