『神の子どもたちはみな踊る』(村上春樹著、新潮文庫)

 原子力規制委員会メンバーの一部交代が決まった。政権が代わったのだから、政府組織の顔ぶれが一新されることもあっていい。だが、中立性が要件となる規制機関の人事には軽々しく手をつけてほしくない。
 
 それにしても改めて思うのは、何事も忘れるのが早い日本社会の精神風土である。駅のエスカレーターが止まり、汗を拭きふき階段をのぼっていたのは、ほんの3年前のことだ。不思議なことに、あのときは不満を言う気にならなかった。利便をむさぼるばかりの都市生活者として、心のどこかに自らを恥じる気持ちがあったからだ。エネルギー大量生産の重荷を海辺の小さな町に負わせてきたことを悔いたのである。
 
 3年前の今ごろ、僕は朝日新聞の編集委員だったが、論説委員室に呼ばれて連日のように原発問題の議論をしていた。その結論が、7月13日付「原発ゼロ社説」だ。朝日新聞は1980年代半ばまで原子力利用を支持する社論を展開していた。その後、抑制論に軌道修正したものの「ゼロにしよう」とまでは言っていなかった。事故が起こってから主張を変えるのはつらい。だが、そうせざるを得ないほど3・11の衝撃は大きかった。
 
 当時を思い起こすと、それまで原子力を前向きにとらえていたのに、あの事故をきっかけに「原発はやめよう」と言いだした人が少なからずいた。手のひらを返したように、と冷やかす気にはならない。人生には、考えを改めなくてはならない出来事が一度や二度はある。
 
 で、今週の一冊は『神の子どもたちはみな踊る』(村上春樹著、新潮文庫)。これは「連作『地震のあとで』その一〜その六」と題された六つの作品から成る短編集だ。ここで「地震」は東日本大震災ではない。1995年1月17日の阪神・淡路大震災である。
 
 この本に惹かれた理由は、それが書かれた年にある。6編のうち、その一からその五は1999年に文芸誌『新潮』に連載された(8月号〜12月号)。最後の一編は書き下ろしで、その五までと併せて単行本になったのは2000年だ。作品の中身は震災直後の話だが、そこには数年を経て作者の胸に残る思いが投影されているとみるべきだろう。1・17を3・11に置き換えれば、そろそろ僕たちはその位相に入り込んでいる。
 
 冒頭の「UFOが釧路に降りる」は、「五日のあいだ彼女は、すべての時間をテレビの前で過ごした」で始まる。映っているのは被災地の光景。ビルが崩れ、商店街が燃え、鉄道や道路が寸断されている。「彼女」とは、東京に住むセールスマン小村の妻。結婚して5年になる。出身は山形で神戸には知人もいないはずなのに、どうして釘づけなのか。「五日後の日曜日、彼がいつもの時刻に仕事から帰ってきたとき、妻の姿は消えていた」
 
 書き置きが残されていた。二度と戻らない、とある。「問題は、あなたが私に何も与えてくれないことです」「あなたは優しくて親切でハンサムだけれど、あなたとの生活は、空気のかたまりと一緒に暮らしているみたいでした」。題名がどうして「UFOが釧路に……」なのかといえば、後段で小村が北海道を旅行中、釧路の人妻がUFOを見る体験をして1週間後に家を出た、という話を聞くからだ。
 
 関西に無縁の人の話といえば、表題作「神の子どもたちは……」もそうだ。主人公は25歳の出版社員善也。43歳、シングルマザーで新興宗教に凝る母が、ほかの信徒と被災地に入ってボランティア活動をしているというのが唯一、阪神地域とのつながりである。
 
 善也は子ども時代、「お父さんは『お方』」と教えられた。「お方」とは神様のことらしい。17歳になると、母が出生の秘密を明かしてくれた。10代のころに中絶を繰り返し、さらにその中絶医とも恋に落ちたという。この産婦人科医が父親らしいが、母はそうは言わない。「肉のまぐわいによってではなく、『お方』のご意志によって善也はこの世界に生まれたのよ」(「まぐわい」に傍点)
 
 善也は地下鉄の駅でたまたま、その産婦人科医ではないかと直感する人物を見つけ、後をつける。尾行の末に迷い込んだのが、どこかの町の野球場。マウンドに立って、ただ一人踊った。大地の底にあるものが意識されてくる。「そこには深い闇の不吉な底鳴りがあり、欲望を運ぶ人知れぬ暗流があり、ぬるぬるとした虫たちの蠢(うごめ)きがあり、都市を瓦礫(がれき)の山に変えてしまう地震の巣がある」
 
 踊りをやめると、「遠くの崩壊した街」にいる母のことが思い浮かんだ。今の自分が「魂がまだ深い闇の中にあった若い時代の母親に巡り会う」という状況を妄想して、こう思う。「僕のまわりでこそ都市は激しく崩れさるべきだったのだ」
 
 阪神・淡路大震災の死者数は6000人台。活断層の一瞬の震えがこれほどの生命を奪ったことは、被災地の人々の心に傷を残しただけではない。ふつうのことなら対岸の火事と感じて済ます立場の人にも動揺を与え、自らを省みる契機をもたらしたのだ。
 
 この短編集には、被災地に縁がありながら遠くで暮らす人々も登場する。絵描きの「三宅さん」は、茨城県の鹿島灘沿いの町で独り住まいだ。海辺での焚き火マニア。火を囲んで地元の青年啓介が聞く。「三宅さん、出身は神戸のほうだっていつか言ってましたよね」「先月の地震は大丈夫だったんですか? 神戸には家族とかいなかったんですか?」。その答えは「さあ、ようわからん。俺な、あっちとはもう関係ないねん。昔のことや」。
 
 啓介の恋人順子は、三宅さんと二人だけになったときに尋ねる。「三宅さんってさ、ひょっとしてどこかに奥さんがいるんじゃないの?」。啓介に地震のことを聞かれたときの表情から、そう読みとったという。「火を見ているときの人間の目って、わりに正直なんだよ。いつか三宅さんが私に言ったみたいにさ」――こう言われて三宅さんは、神戸の東灘区に家があり、妻子3人がいることを打ち明けるのだった。「アイロンのある風景」という作品だ。
 
 「タイランド」の主人公さつきは病理医。30年も憎しみを抱いてきた男が神戸にいた。それは、彼女や彼女の生まれるはずだった子らへの仕打ちに対する恨みだ。「地震のすぐあとでさつきは彼の自宅に電話をかけてみたが、もちろん電話は繋(つな)がらなかった。家がぺしゃんこにつぶれていればいいのにと彼女は思った」。その後、出張先のタイで、心の病を癒すという老女に「あなたの身体の中には石が入っている」と見抜かれる。
 
 老女は言う。「あなたはその石をどこかに捨てなくてはなりません」。その夜、さつきは思う。「ある意味では、あの地震を引き起こしたのは私だったのだ。あの男が私の心を石に変え、私の身体を石に変えたのだ」
 
 「蜂蜜パイ」の淳平は、独身の短編作家。東京在住だが、生まれ育ったのは阪神間の西宮だ。震災は、取材旅行先のバルセロナで知った。「夕方ホテルに戻ってテレビのニュースをつけると、崩壊した市街地と立ちのぼる黒煙が映し出されていた」。はじめは、どこの出来事か見当がつかなかった。やがて「見覚えのある風景」が見えてくる。ただ、実家に電話も入れず、帰国後はテレビや新聞の震災報道を避けた。両親との間に深い確執があったのだ。
 
 だが、旅先の宿で見た故郷の「荒廃」は「彼の内奥(ないおう)に隠されていた傷あとを生々しく露呈させた」「これまでにない深い孤絶を感じた。根というものがないのだ、と彼は思った」。淳平は、親友高槻の元妻小夜子と娘沙羅に家族のように接してきた。高槻、小夜子とは学生時代からの仲良し3人組で、それは二人の離婚後も続いている。高槻から小夜子との結婚を勧められ、ためらっていたのだが……。
 
 「かえるくん、東京を救う」は、かえるとみみずと信用金庫融資管理課員が出てくる寓話風の作品。とてもおもしろいが、ほかの5作とは毛色が異なるので今回は触れない。
 
 東日本大震災は被災地が広く、死者・行方不明者の数は阪神・淡路大震災の約3倍だ。そこに、原発事故が人々の故郷を奪ったという現実が加わる。僕たちは忘れやすい社会に生きているが、心のうちに耳を澄ませば3年後の今も聞こえてくる声がきっとあるはずだ。

写真》短編「アイロンのある風景」の題名は、登場人物の三宅さん(本文参照)が描いた絵の名前でもある。アイロンが部屋に置いてあるというだけの構図だが「それが実はアイロンではない」という。「何かの身代わりなのね?」と問われ「たぶんな」=尾関章撮影
(通算217回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
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コメント
たしかに東日本大震災は僕たちに、「最悪の事態」は起こりうるという感覚を植えつけたのかもしれません。それも自分では気づかないまま、ひそやかに根づいている。僕たちのものの感じ方、考え方の深層には震災や原発事故の影が残っているのでしょう。
  • by 尾関章
  • 2014/06/24 11:25 AM
大震災と言えば★「最悪の事態を考えておくのは重要」★という事を我々は考えさせられましたよね。受験時に第4志望まで受けて、どこかに受かったら入学する!でもこういう場合も。絶対にここに入ると信念をもち他は受けず最悪受からない時は浪人し受かるまでやる。★では今、大震災が来たらどうするか?大切な人と必ず落ち合える場所を決めておく。携帯使用不可な状態も想定しどちらかが来るまでその場所で待つ。ではでは…。★日本に限らず世界中で良くない事が起きた時は…?つまり「全人類に共通する最悪の時」はどうするか?そもそも、そういう状況とは?冗談ではない話です。★「最悪の事態を考えておくのは重要」と言うなら「そんな事ある訳ない」と思わず考えてみる★そうすると「あ!あの時だ」と、すぐに理解できるでしょう(大震災の話で、こういう話までに思いが至るのは飛躍しすぎと思うなかれ…と僕は思う次第です。
  • by コーセイ
  • 2014/06/23 9:19 PM
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  • by -
  • 2014/06/23 4:49 PM
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