『ゴルフ場殺人事件』

(アガサ・クリスティー著、田村義進訳、ハヤカワ・クリスティー文庫)

写真》人気スポーツ(朝日新聞2017年8月14日朝刊)

 スポーツのどれが好きで、どれが嫌いということはないのだが、ことゴルフに限っては距離を置いて眺めてきた。僕たちが幼かったころ、それは今と違って富裕層の象徴だった。だからこそ羨望の的ともなったが、一方で疎遠感も呼び起こしたのである。

 

 思いだすのは、テレビ草創期の人気ドラマ『ママちょっと来て』だ。日曜夜に日本テレビ系で放映されていた。ママは乙羽信子、パパは千秋実。二女一男の子どもたちがいた。豊かな中流家庭を描いた米国製ホームドラマの和製版と言ってよい。ウィキペディア(日本語版、2017年8月18日時点)には、1959年から63年まで続いたとある。当欄でも2016年8月12日付「TVのあの頃を風化させないために」で触れた。

 

 録画が手もとにはないので記憶によって綴るしかないが、あのドラマで千秋パパがどんな日々を送っていたか、その光景は鮮明に脳裏に残っている。会社では中間管理職の立場にあり、オフィスに腰かけて書類が回ってくるたびにハンコを押している。日曜日の朝も、妻子を残して家を出る。「また今週も?」。非難がましい視線を背後に浴びながら……。このとき、パパの肩にあったのがずっしりと重たそうなゴルフクラブ一式だった。

 

 このドラマは、当時日本の都市近郊でふえつつあった中流上層(アッパーミドル)の生活様式を映していたと言えるだろう。それは、僕自身が見た光景とも合致する。父親が大手企業に勤める友だちの家に遊びにいくと、庭にゴルフ練習用のネットが置かれているということがよくあった。ホワイトカラーの接待アイテム兼贅沢な趣味という感じ。ゴルフは、戦後経済が復興から成長へ向かうとき、その担い手の嗜みとなっていたのである。

 

 それは高度成長が進むにつれて、利権や乱開発と密接に結びつく。ゴルフ場はレジャー開発の目玉商品となり、その会員権が売り買いされて投機欲をそそった。そして、造成のたびに山肌が削られる。そこにあるのは、金権政治と自然破壊のイメージだった。

 

 一方で、ゴルフは大衆化もしていく。前述「TVのあの頃を風化させないために」では、深夜番組「11PM」(日本テレビ系)でレジャー情報の一つにとりあげられていたことを書いた。テレビの試合中継もふえて、スター選手たちが次々に現れた。ひとことで言えば、人気スポーツとして野球や相撲に並んだのだ。だが、後に新聞社に入ってみると、ゴルフ好きの同僚は少なかった。僕ら世代の青臭い記者精神とはそりが合わなかったのだろう。

 

 今は、そんな負のイメージが一掃された、と言ってよい。ただ、一つの時代に一つのスポーツが一つの記号となったことは記憶にとどめておくべきだろう。で、今週は、ゴルフというスポーツがどんな文化を背負ってきたかを英国の長編ミステリーで考察してみる。

 

 とりあげるのは、『ゴルフ場殺人事件』(アガサ・クリスティー著、田村義進訳、ハヤカワ・クリスティー文庫)。原著は1923年に出ているので、著者(1890〜1976)にとっては初期の作品だ。早川書房は詩人として著名な田村隆一の訳も文庫化しているが、今回の本は2010年代に入ってからの新訳である。会話文の「でも、それって、あんまりじゃない」といった言葉遣いは現代風。新旧訳者は同姓だが、特段のつながりはないらしい。

 

 原題は、“Murder on the Links”。辞書で「リンクス」を調べると「海岸・河岸に造られた比較的平坦なゴルフ場」(デジタル大辞泉)とあるから、邦題はほぼ直訳と言ってよいだろう。英英の辞典には“linksland”という言葉もあり、それは海沿いにあってなだらかな地形をなし、砂っぽい土壌が雑草に覆われているようなところを指しているらしい。ゴルフの本場スコットランドの自然を生かしたコースが目に浮かんでくる。

 

 この小説に出てくるゴルフ場は、スコットランドにはない。フランスの「メルランヴィル」という、おそらくは架空の田舎町。探偵エルキュール・ポアロと相棒ヘイスティングズが英国から赴くとき、港からタクシーで乗りつけているからドーバー海峡からそう遠くはない。後段で二人が互いの推理を語りあう場面には「われわれは海が見おろせる草地に腰をおろした」という描写がある。一帯は潮の匂いがして、リンクスランド風なのだろう。

 

 事件の発端は、こうだ。富豪ポール・ルノーがメルランヴィルの自邸から身の危険を訴え、助けを求める手紙をポアロに送る。そこで海を渡って屋敷に駆けつけると「ムシュー・ルノーは亡くなりました。今朝、殺されたのです」と告げられる――その死体発見場所が、隣接するゴルフ場の敷地に掘られた穴だった。コースはまだ造成中で、翌月にオープンの予定。作業員が早朝に見つけたという。以下、例によってミステリーの筋は追わない。

 

 僕が興味をそそられるのは、ここから当時の欧州社会の様相がどう見えてくるか、ということだ。まずは、ルノーの民族的背景のあいまいさ。家政婦は捜査陣に対して「旦那さまはお金持ちのイギリス紳士」と言う。実際、ロンドン市内やその北郊ハートフォードシャーにも邸宅を構えている。ところが秘書は、雇い主は「フランス系カナダ人」であると証言する。要は、彼は英国人らしくも見え、フランス系のようでもあったということだろう。

 

 これは、富裕層に限った話ではない。この作品の見せ場の一つに、ロンドンが拠点のポアロとパリ警視庁刑事ジローとのさや当てがあるが、そこに英仏の対立構図はない。前者が「灰色の脳細胞」を働かせれば、後者はとことん「物証」にこだわる。英国文化は経験論を重んじるから、入れかわったほうが自然のようにも思える。そうならないのは、ポアロが英国に住んでいても母語がフランス語のベルギー人、即ち大陸の人だからではないか。

 

 この作品に登場する謎めいた女性も、同様のあいまいさに満ちている。若かったころ、周りに出生をめぐる噂が立った。「ロシアの大公の非嫡出子であるとか、オーストリアの皇太子の正式の子だが、母が平民であったため、皇位につけなかったとか」。こんな都市伝説が成り立つほど、欧州人は国境を超越して交ざりあっていた。それは今の話ではない。欧州列強が角突き合わせていたころ、欧州連合(EU)などなかった時代のことである。

 

 ひとつ言えるのは、そういう国際性が蓄財につながり、富豪を生みだしたことだ。ルノーも、自らの経済活動の主舞台は南米だった。「これまでの人生の大半をチリとアルゼンチンで過ごしてきた」「南アメリカ関連の株を大量に持ってるんじゃなかったかな」。そんな巷間情報をヘイスティングズがポアロに伝える。チリもアルゼンチンも19世紀にスペインから独立していたが、欧州列強にとっては依然、資源の供給元にほかならなかった。

 

 とりわけ、チリ硝石と呼ばれる鉱物は20世紀初めまで垂涎の的だった。天然の硝酸ナトリウムで、火薬や肥料の原料となる。1910年代にアンモニアの人工合成法が確立するまで、それは工業国が手に入れておきたい品目の一つだった。さらにチリには銅鉱山もあって、こちらの採掘も盛んになってくる。鉱脈に賭ける経済は投機を呼び起こしたに違いない。ルノーが買いあさったという株は、きっとそんな産業構造に関係していたのだろう。

 

 当時の欧州人の一つの典型は、ルノーの秘書に見てとれる。初対面のとき、ヘイスティングズが受けた印象はこうだ。「見あげるような長身、運動選手のようながっしりとした体軀、顔も首も日に焼けていて、威風あたりを払っている」。英国生まれ、アフリカで狩猟する、朝鮮に出かける、米国で農業も営む……まさに「世界を股にかけている」という言葉の通りだ。今とは違って、欧州が支配する側にだけ回るグローバル経済がそこにはあった。

 

 さて、再びゴルフの話。隣地のリンクス造成も「ムシュー・ルノーの寄付金によるところが大」(地元の警察署長)というから、このスポーツはやはり富裕層の地位を代弁するものだったのだろう。皮肉なことに、その一角が当人の墓場となったわけだが……。

 

 アガサ・クリスティーの小説世界は、欧州の権勢で歪んだ地球儀の表面にある。そのことを彼女は表だってどうこう書かないが、僕たちはその歪みに気づいておくべきだろう。

(執筆撮影・尾関章、通算382回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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