『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著、ポプラポケット文庫)

写真》りんごの普遍

 いよいよ、暮れもどん詰まり。今回は、2017年を締めくくる意味合いがある。この1年で気になったことを書きとめておきたい。真っ先に思い浮かぶのはリベラリズムだ。

 

 秋の解散総選挙で痛感したのは、日本政界の「リベラル」離れ。少なくとも永田町には、「リベラル」派を名乗る政治家がきわめて少ないことがわかった。新党の立憲民主党がリベラルな政策を掲げても、惹句は「ボトムアップ」であり「リベラル」ではなかった。

 

 どうしてここまで、「リベラル」という言葉が嫌われるのか。リベラリズムは文字通り、自由を尊ぶ思想のことだが、米国ではそれを広くとらえて弱者擁護をめざす立場を指すようになった。日本でも今は、こちらの定義が浸透している。弱者の自由を守るためには富の再配分が必要になる。だから、経済の自由放任は認めない。この点で欧州の社会民主主義と重なる部分が大きい。日本の政治家には、ここに引っかかる人が多いのだろう。

 

 これには、日本特有の事情がありそうだ。1990年代初めまで、政界には保守対革新の構図があり、革新の柱は社会主義勢力だった。だがそれは旧ソ連の崩壊後、急速に色あせて退潮する。その跡地に新興勢力が入り込み、保守対「リベラル」と言われるようになった。ただ後者は、どちらかと言えば「改革派」。出発点がリベラリズムと異なるので、バブル崩壊で切り捨てられた人たちを支持基盤にとり込むことすらできなかった。

 

 政界の現実は、知識人の動向を映している。明治以降、日本の学究は欧米の思想を解読することに熱心だった。翻訳して読み解く、という作業である。おそらくは、それが忙しすぎたためだろう。外来思想を日本社会の状況に合わせてつくりかえる気迫には欠けていたように思う。だから、バブル崩壊という転換点が訪れたとき、それに対応して社会民主主義やリベラリズムを日本仕様に仕立て直そうとする動きが強まらなかったのである。

 

 で今週は、少年少女向けに物語風に書かれた『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著、ポプラポケット文庫)。著者(1899〜1981)は、岩波書店が戦後まもなく創刊した月刊総合誌「世界」の初代編集長を20年間ほど務めた。左派知識人にとってはホームグラウンドの守り人。自身も戦前、治安維持法がらみで逮捕された経験がある。この本は、日本のリベラル、とりわけ左派リベラルの思考様式を知るには好適の書だろう。

 

 この本を選んだ動機は、それが今、静かなブームとなっているらしいと知ったからだ。朝日新聞では、コラム「天声人語」(2017年12月2日朝刊)や「ニュースQ3」欄(同月6日朝刊)などがこぞってとりあげている。後者には、8月に『君たちはどう…』のマンガ版がマガジンハウスから出て「100万部に迫る勢い」とある。リベラルを嫌う政治の潮流を尻目に売れに売れているというわけだ。その吸引力を知りたくなった。

 

 『君たちはどう…』は、1937年に「日本少国民文庫」(新潮社)の1冊として刊行された。盧溝橋事件の年だ。著者執筆の解説によれば、この「文庫」は山本有三が編纂にあたり、著者も「編集主任」だった。「偏狭な国粋主義や反動的な思想を越えた、自由で豊かな文化のあること」を次世代に伝えようとの思いがあったという。この志に文庫名の「少国民」はなじまないが、それも時代の制約だったのだろう。(引用箇所のルビは省く、以下も)

 

 戦後も、この作品の出版は続いた。このポプラポケット文庫版は『ジュニア版 吉野源三郎全集1』(ポプラ社)をもとにした新装改訂版で、2011年刊。驚いたのは、途中でセ・リーグの覇者巨人とパ・リーグを制した南海という話が出てくることだ。プロ野球の2リーグ制は戦後になってから。1930年代の話のつもりで読んでいたから当惑した。著者解説によれば、戦後も2回、本文を手直ししたという。思い入れの強い作品だとわかる。

 

 物語の主人公は愛称コペル君。中学2年生で、2年ほど前に銀行役員の父が亡くなった後、郊外の小さな家に母やお手伝いさんたちと住んでいる。勉強はできるが、いたずらっ子だ。愛称の名付け親は、近くに住む母方の叔父さん。法学部卒のインテリで、コペル君の話し相手となり、手紙のやりとりもする。この作品のもう一人の主役と言ってよい。コペルの由来は、もちろんコペルニクス。だから、自然科学の話があちこちに詰め込まれている。

 

 たとえば、万有引力について。叔父さんはコペル君や彼の友だちに、ニュートンが「りんごの落ちるのを見て、万有引力を思いついた」という言い伝えについて語る。理学部の友だちから聞いた解釈だ。ニュートンの思考では、りんごが木の枝からぶら下がっている位置を何十、何百、何千、何万メートル……と高くしていって「とうとう月の高さまでいったと考える」。このときにどんなことが起こるかを考察したのではないか、というのである。

 

 月にも木の枝のりんごと同様、地球の引力が働いている。それでも月が「落ちてこない」のは、地球の周りを回ることで受ける遠心力と「ちょうどつりあっているから」ではないか――。「ニュートンの発見というのはなにかというと、地球上の物体にはたらく重力と、天体のあいだにはたらく引力と、この二つをむすびつけて、それが同じ性質のものだということを実証したところにある」。まさに、普遍のしくみを探る物理学の核心を突く洞察だ。

 

 この作品で僕がもっともおもしろいと感じたのは、コペル君が叔父さんと一緒に銀座へ出かけたときの思い出話だ。デパートの屋上から眼下に目をやると、めまいに似た感覚に陥る。「びっしりと大地をうずめつくしてつづいている小さな屋根、そのかぞえきれない屋根の下に、みんな、何人かの人間が生きている!」。地上に膨大な数の人々がいるという現実を見せつけられて「人間て、まあ水の分子みたいなもの」という感慨を口にする。

 

 人間=分子論か。これだけでもコペル君の賢さは見てとれる。だが、彼の思考はそこにとどまらない。しばらくたって、人間=分子論をさらに発展させるくだりがある。叔父さんに「ぼくは一つの発見をしました」と手紙に書いて、こう宣言する。「ぼくは、こんどの発見に、『人間分子の関係、あみ目の法則』という名をつけました」。分子間の関係を「あみ目」ととらえる発想に僕は驚く。今流なら、ネットワーク論と呼んでもよいからだ。

 

 コペル君は、この「発見」のいきさつを手紙に綴っていく。夜中に目をさましたとき、「どうしたんだか、ぼくは粉ミルクのかんのことを考えていました」(「かん」に傍点)。赤ちゃんのころに愛飲した粉ミルクの容器だ。輸入品で、かんにはオーストラリアの地図が描かれていた。そこから、頭の中にはさまざまな人が思い浮かぶ。「牛の世話をする人、乳をしぼる人、それを工場にはこぶ人、工場で粉ミルクにする人、かんにつめる人」……。

 

 この連なりの終点は、家の台所だ。コペル君は「粉ミルクが、オーストラリアから、赤んぼうのぼくのところまで、とてもとても長いリレーをやってきた」ことや「何千人だか、何万人だかしれない、たくさんの人が、ぼくにつながっている」ことに気づく。これは、粉ミルクに限らない。着るものだって履くものだってそうだ。「人間分子は、みんな、見たことも会ったこともないおおぜいの人と、知らないうちに、あみのようにつながっている」

 

 興味深いのは、これに対する叔父さんの反応だ。「君が気がついた『人間分子の関係』というのは、学者たちが『生産関係』と呼んでいるものなんだよ」。ここから、分業体制や交換経済が発展していく話が始まる。そこはかとなく感じとれるのは、下部構造にこだわる唯物史観だ。せっかくコペル君が、ITで見ず知らずの人とつながるネットワーク社会をぼんやりと見通していたのに、それを当時の知識人の世界観に引きとめている感がある。

 

 いま大切なのは、コペル君のように自分自身の頭でものを考えることだろう。それは、受け売りの思想をなぞるよりもずっと果実が多い。自前の着想は熟していないからこそ柔らかで、時代に適応させやすい。日本のリベラリズムの弱さは、その柔軟さの欠如にある。

 

 叔父さんよりもコペル君に学べ。著者の意図とは違うかもしれないが、僕はそう思う。とにもかくにも、「あみ目の法則」からネット社会のリベラリズムを導きだせないものか。

(執筆撮影・尾関章、通算401回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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