『土俵を走る殺意』(小杉健治著、光文社文庫)

写真》天井に垂れ幕

 相撲漬け、とでも言うのだろうか。この2カ月ほど、角界のもめごとがメディアを席巻してきた。世界ではもっと大変なことが起こっているというのに、それをガブッて寄り切る勢いだった。一業界のゴタゴタが、どうしてこんなに世間の耳目を集めたのか。

 

 理由としてピンとくるのは、現代相撲が新旧文化の相克をはらんでいることだ。古来の競技を近代の様式にはめ込もうとした無理がたたって、あちこちにひずみが生じているように思う。それが、いっぺんに露見したのが今回の騒ぎではなかったか。ここで、僕たちは複雑な思いにかられる。一連の報道で明らかになった角界事情の古くささにあきれつつ、もしかしたら僕たち自身も同様に古いのかもしれない、と自省してしまうのである。

 

 たとえば、一門制度。この騒動を増幅させた一因は、日本相撲協会が一枚岩ではなかったことにある。いわば、一門の寄り合い所帯。派閥全盛時代の政党そっくりだ。それは昨今のトップダウン型組織とまったく異なるが、だからこそ人間臭さが妙に懐かしい。

 

 日本社会の古さは、外国人力士の疎外感ももたらしている。大相撲は今や世界ブランドとなり、新弟子も海外から集まってくる。今回の騒動では、一つの国の出身力士が濃密に結びついている様子がはからずも見えてきた。その裏返しとして、相撲を国技ともちあげ、国内出身の横綱復活に沸く日本のファン感情がある。角界は国際化という近代仕様を受け入れたにもかかわらず、深層に民族の垣根を内在させているように見える。

 

 日本古来の民族文化という側面がもっとも強く感じられるのが、「横綱の品格」至上論ではないか。それは、私生活の立ち居振る舞いに対して言われるだけではない。相撲そのものの取り口にまで「らしさ」を求めている。「らしくない」の代表例は、立ちあいで変わる――身を左右にかわす――ことだ。これで勝ってもメディアからは総スカンを食う。横綱は横綱相撲をとらなければならない、というのが絶対の価値観なのである。

 

 ほかの競技と比べてみよう。野球では、4番打者に対してもスクイズのサインが出されることがある。その大打者がサインを拒んで長打を狙ったとすれば、結果オーライになったとしても「チームプレーに徹していない」と批判されるだろう。相撲は個人競技、野球は団体競技という違いもあるが、それだけではない。野球では、勝とうとする精神に最大の敬意が払われる。相撲も同様に勝利をめざすが、その前提として「品格」が求められる。

 

 もちろんどんなスポーツであれ、競技者はただ勝つのではなく、美しく勝ちたいと思っていることだろう。選手たちが美学を尊ぶのはよいことだ。相撲の「品格」も美学の一つだが、僕が違和感を抱くのは、それが力士自身のものではないことだ。「伝統」が個人のアイデンティティーや時代精神をないがしろにして、昔ながらの価値観を押しつけている。せっかく門戸を世界に開いたのだから、美学の幅をもっと広げてもよいのではないか。

 

 で、今週は長編推理小説『土俵を走る殺意 新装版』(小杉健治著、光文社文庫)。中古本ショップで目にとまり、すぐに買うことにした。相撲は旬の話題なのだ。著者は1947年生まれ。時代小説の分野で活躍する一方、現代ものでも法廷ミステリーの書き手で知られる。その人が相撲小説にも手を広げていたとは。この作品は、1989年に新潮社から単行本が刊行されたあと新潮文庫、光文社文庫に収められ、後者の新装版が2016年に出た。

 

 ミステリーの主舞台は、1960年代の大相撲。著者にはきっと、それに胸躍らせた記憶があるのだろう。「太鳳」「柏山」「佐多ノ山」……横綱のしこ名を往年の実在力士の名に似せるという趣向に思わず苦笑する。僕自身、柏鵬時代の映像が脳裏に浮かんでくる。

 

 思えば、あのころは相撲の生中継が生活の一部だった。それは、この作品からもうかがい知れる。1967年、東京・両国の回向院境内で男の絞殺死体が見つかった事件で、新聞記者が被害者の宿泊先に聞き込みにゆく。男は発見前日の夕、宿を引き払ったという。「何時ごろでしょうか」と尋ねると、女将は言う。「四時過ぎかしら。ちょうど、中入り後だったから」(引用部のルビは省略、以下も)。相撲の進行が時計代わりになっていたのである。

 

 ここでどうしても書きとめておきたいのは、あのころの相撲人気が戦後を引きずっていたことだ。夏場所で「赤や青の幟」が「五月の風にたなびいている」のは「蔵前国技館の前」。相撲の殿堂、両国国技館は太平洋戦争末期に東京大空襲に遭い、占領期は進駐軍の接収物件となった。日大講堂だった時期もある。あのころは、ボクシングの試合などに貸し出されていたものだ。急ごしらえのクラマエは敗戦をくぐり抜けたリョウゴクの陰画だった。

 

 この小説では、相撲界の異変と二つの殺人事件が並行して描かれる。異変とは、1967年夏場所で準優勝を果たした大関大龍が、横綱審議委員会から横綱昇進の推挙を受けたのにもかかわらず「辞退」したというものだ。この椿事と前述の回向院殺人事件がどうつながっていくのか、その謎に読み手はまず誘い込まれる。しかもここに、東京・山谷で手広く商いをする酒類業者が誘拐され、死体で見つかったという過去の事件も絡んでくる。

 

 推理小説なので、例によって話の筋は追わない。事件と異変をつなぐ1960年代の世相を見ていこう。1961年、秋田県の農村で催された秋祭りの奉納相撲で中3の篠田大輔が8人抜きの強豪を「呼び戻し」という大技で破り、翌春、相撲界に入る。東京は「アメ横には舶来品の店、魚屋、菓子屋などがぎっしり並んでいる」という戦後を残しながら、「東京オリンピックに備えて」「近代都市に移り変わろう」とする高度成長期にあった。

 

 同じ春、同学年の仲間も集団就職列車で上野に着く。農村の若者は「金の卵」だった。大輔の野球仲間本橋武男の就職先は、都内足立区の機械部品メーカー。大輔に恋心を抱く本荘由子は、埼玉県川口市の鋳物工場。ともに武骨な二次産業なのが時代を象徴している。

 

 その武男の行き着いた先が山谷だ。最初の就職先は、郷里を出るときに聞いていた話と大違いで野球部もなく夜学にも通えなかった。会社をやめて水商売の職場を転々とするが、それにも嫌気がさした。1966年、後楽園競輪で大負けして、帰る家もなく上野駅前の旅館に飛び込んだときのことだ。「あんた、安く泊まりたいなら山谷の簡易宿泊所に行ったほうがいいよ」と促される。金の卵は孵化することもなく、都会の片隅に追いやられた。

 

 山谷のくだりに「せんべい布団に横になり、目を閉じると頭の中にまたしても大輔の顔が浮かんだ」という一文がある。大輔はすでに幕内優勝も経験、「大龍」のしこ名で三役入りしていた。1960年代の大相撲人気は今の比ではない。子どもたちがあこがれるヒーローと言えば、プロ野球選手か人気力士。そこに自分の幼なじみがいる。行き場を失った「負け犬」と飛ぶ鳥を落とす勢いのスター。高度成長期の青春の明暗がここにある。

 

 その大輔は、順調に大関に進む。そして次は綱取りという段になって突然、自ら身を引こうとしたのだ。新聞に載った本人の弁にはこうある。「わたしは大酒飲みで、酔うと正体不明になり、これまでにも何度か暴れて相手に怪我をさせたこともあります」「横綱としての品位を保つ自信がありません」。これが、本心かどうかはわからない。ただ「横綱としての品位」はあのころも綱の必須要件であったらしい。それをもちだしての固辞だった。

 

 ただ、当時は世間が寛容だった。この小説では、暴力事件について運動部記者が「あんなこと問題にならんよ」「あれはからんできた酔っぱらいを大龍が押し退けただけなんだ。そのとき、酔っぱらいがよろけて足の骨を折ったんだ」と言っている。しごきも黙認同然。大輔も関取になる前、由子とデートして戻ってきたときに兄弟子たちから「竹刀」と「拳」でめった打ちにされた。「女といちゃつきやがって」という妬み半分のいじめだった。

 

 この一点でわかるのは、相撲はいつの世も「品位」を求めてきたが、その中身は世に連れて変わってきたことだ。昨今は法令順守や横綱相撲ばかりが声高に言われるが、尊重されるべきはそれだけではあるまい。力士一人ひとりの個性豊かな美学を見てみたい。

(執筆撮影・尾関章、通算403回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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