『ホセ・ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領』

(アンドレス・ダンサ、エルネスト・トゥルボヴィッツ著、大橋美帆訳、角川文庫)

写真》地球の反対側

 この正月の新聞で僕がもっとも心を動かされたのは、元日紙面にあった「柄谷行人さん×横尾忠則さん 書評委員対談」(朝日新聞2018年1月1日朝刊)だった。見出しは「何のため 本を読むのか」。読書面で書評を続ける二人が本読みの醍醐味を語っていた。

 

 さすがだなと感じたのは、対談完結間際。司会の依田彰記者の「現代をどんなふうにとらえていますか」という問いに、横尾さんは「終末時計が音を刻んでいるという感じ」と答え、柄谷さんが「同感です」と受ける。これに対する横尾さんの結語がよかった。「僕は先のことを考えません」「未来は僕が決めるんじゃなくて時代が決める」「時代に対して受動的になることで、逆に時代を読むことができ、現実にも対応できる」と、たたみかけている。

 

 本好きならではの発想だろう。読書をしていると書き手と対話している感覚に陥ることがあるが、それは幻想に過ぎない。読むという行為は、受け身一方だ。時代を読むのも同様。いくら読んでも時代は応えてくれない。ただ、そうではあっても時代への対応力が生まれてくるというのである。新年紙面は祝儀ごころも手伝って、能動を促す言葉の羅列となりがちだ。そんな予定調和に流されず、あえて受動に価値を見いだす言辞に僕はしびれた。

 

 ご両人とは、朝日新聞の社内書評委員だったころ、2週に1度の会議に同席した。今から10年近く前のことである。二人に共通するのは、僕が若かったころにもう、カリスマとして名声を轟かせていたということだ。一人は気鋭の文芸批評家として。もう一人は過激なグラフィックデザイナーとして。だから憧れがあり、緊張もしたのだが、会議では肩透かしを食らう。柄谷さんも横尾さんも、飄々とした語り口で談論を笑いに包んでくれた。

 

 この対談記事にもあるとおり、二人には転身の経験がある。柄谷さんは、文芸から離れて哲学者になった。横尾さんは、デザイナーというより画家として活動するようになった。ともに、不断に新しい世界を切りひらいてきた感がある。さらに失礼を顧みずに言えば、その言葉は年齢相応の円みを帯びている。だがそれでも言えるのは、青春期の志が絶えていないことだ。柄谷青年と横尾青年は、今の二人にきちんと接続されているように見える。

 

 で今週は、お二人同様、若いころの志がどこかで接続されている人の話。

 

 『ホセ・ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領』(アンドレス・ダンサ、エルネスト・トゥルボヴィッツ著、大橋美帆訳、角川文庫)。ムヒカは、南米のウルグアイ東方共和国(ウルグアイ)の政治家。1935年生まれ、2010〜15年に大統領を務めた。本人のつつましやかな暮らしぶりから、書名のように呼ばれた。古くさい日本語に置き換えれば「井戸塀政治家」か。だが彼が注目されたのは、清貧ということばかりではない。

 

 この本では、艸場(くさば)よしみさんという人が序文を寄せている。絵本『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(絵・中川学、汐文社)の編者だ。それによると、ムヒカは2012年、国連「持続可能な開発会議」で「私たちは発展するためにこの世にやってきたわけではありません」と訴えたという。「貧しい」は清潔の代名詞であるだけではない。経済成長よりも持続可能を重んずる社会を構想するときのキーワードとなったのである。

 

 ただムヒカ自身は、持続可能のために貧しくなれ、と呼びかけてはいない。むしろ、「貧乏」を嫌っているらしい。この序文によれば、同じスピーチにこんなひとことがある。「貧乏とは少ししか持っていないことではなく、無限に多くを必要とし、もっともっとと欲しがること」。物欲を際限なく募らせることが貧しさをつくりだすのだ。限度をわきまえれば「少ししか持っていない」としても豊かでいられる。そんな逆説が込められている。

 

 この本は、そのムヒカの半生記。ウルグアイのジャーナリスト二人が「十九年にわたり氏を密着取材して」(序文)まとめたという。原著は2015年刊。同年、邦訳『悪役 世界でいちばん貧しい大統領の本音』が汐文社から出て、翌年、加筆改訂改題されたのがこの文庫版だ。本文には、ムヒカ本人の肉声がふんだんに盛り込まれている。「どこであろうと、私は好きなように生きているだけだ。自分は貧しくなんかない」という言葉もある。

 

 ムヒカは7歳で父を失い、母の手で育てられた。「政治と読書に対する情熱、人生にささやかな楽しみを見つけること、大地とそれを耕すことに対する愛情」を育まれるが、生活は豊かでなかったらしい。投獄歴4回。最初は一般刑法犯として、2回目からは左派非合法組織の政治犯として。後者では脱獄を2回繰り返し、最後は1972年から85年まで塀の中に閉じ込められた。青壮年期はずっと、筋金入りのゲリラだったことになる。

 

 その百戦錬磨の闘士が言う。「最悪なのは、政党のイデオロギーのせいで、現実を現実として受け止められなくなってしまうこと」「私は随分前にそういう思想は捨てて、白か黒かというよりも、現実の微妙なニュアンスが重要だということに気がついた」。いまや化石となった言葉をもちだせば、ヒヨッたようにも聞こえる。だがムヒカは、それでも若いころの志を忘れてはいない。大統領任期中の立ち居振る舞いからも、それが感じとれる。

 

 たとえば、著者たちが自宅を訪れると「ムヒカは玄関先の井戸の上に腰かけて私たちを待っていた」。服装はカジュアル、ウイスキーのグラスを井戸のへりに置いたまま会話に熱中する。「話を終え再びグラスを手に取ったとき、カタツムリが琥珀色(こはくいろ)の液体と氷の間に浮かんでいるのに気づいたが、殻をつまんでかなり遠くまで放り投げ、まるで何ごともなかったかのようにまた飲み続けた」。これこそが、本当の井戸塀政治家だ。

 

 着ているものがラフなのは、「薄汚い格子柄の上着」を「就任してから三年間ずっと使っている」という記述があることからもわかる。ベルギーの王宮で「大統領はネクタイをお使いになられないと伺っていますが」と、タイを提供する旨の申し出があったときも拒否感を露わにしたという。ただ著者は、ここにも計算があるとみる。「前任者や他国の同僚たちと違えば違うほど都合が良かった。彼はそれを巧みに利用する術を知っていたのだ」

 

 これらのエピソードは政治思想と無縁ではない。ムヒカは言う。「共和制の定義は、誰も人の上に立たないということだ。それなのに、大統領たちは今も、君主制を起源とする封建制を受け入れるよう飼い慣らされてしまっている。だから、彼らの周りにつくられたお飾りを全部受け入れていられたんだ」。質素な生活様式は、貧しさの演出ではない。封建時代の統治者とは違う政治家像を身をもって示そうという決意が、そこにはある。

 

 志を反映させた政策の一つが、200ha以上の大地主に対する増税だ。ムヒカはこの必要を説くとき、自身も地価上昇の恩恵に浴したことを正直に打ち明ける。1980年代に刑務所を出て安い農地を手に入れた。買い足しもして今は25ha、それが値上がりで50万ドルにはなるという。「購入金額と現在の価格が釣り合っていない」「何百万ドルもの不動産を持っているのに一ペソたりとも払いたくないなんて、そんな馬鹿なことがあるかい」

 

 一方で、農作物のトマトを瓶に詰めて売りだした起業家や食用油の製造で名を成した工場主など、仕事に励む実業家には敬意を表する。ブルジョワの美点として「経営能力」「管理能力」「雇用を生み出す力」を挙げ、「左派の連中」にはそれが見えていないと言う。

 

 今のムヒカは左派か中道か、そんな問いをもって読み進むと「本質的に、信念を持った無政府主義者(アナーキスト)」という答えに出会う。「罪悪感のようなものを感じながら権力を生き、そのメカニズムの一部を疑問視しつつ、権力を行使することにも強い関心を持っている大統領」と、著者は分析する。権力者になっても統治を懐疑するのは、非合法活動をしていたころ「法律よりも人間の方が力を持っていると気づいていた」からか。

 

 志を保ちつつも現実的であるための条件は懐の深さだ。ムヒカの懐は、アナーキーな葛藤に満ちている。そんな心のありようこそが「貧しくなんかない」ということだろう。

(執筆撮影・尾関章、通算404回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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