『ニーチェ』(ジル・ドゥルーズ著、湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫)

写真》主義の変遷

 哲学という言葉を知ったのは、小学校高学年のころだったと思う。自宅に大学生が下宿していて、学問には国語算数理科社会だけでなくテツガクというものがあると聞いたのだ。テツガクシャは、人はなぜ生きるのか、どう生きるべきかを考えているとのことだった。

 

 それで思うのは、そのころに哲学書を読みあさっていればよかったのに、ということだ。子どもたちの未来は開かれている。人生の設計図は真っ白。親から引き継いだ遺伝要因、家庭の経済状態といった環境要因はあるにしても自由度は大きい。だから、その時点で哲学に触れていれば効果抜群となるはずなのだが、あいにくそうはならない。人は、差し迫った悩みに直面して初めて、なぜ生きるのか、どう生きるべきかという問いを抱く。

 

 僕自身も10代になってから、そういうことを考えるようになった。その問いは当初、なぜどう生きるかということよりも、死の恐怖のほうが強かったように思う。死は身体が無に帰するものと認めたうえで、その不安を抱えながらどうやったら生きていけるのかと悩んだ。だから、中学生時代に読んだ哲学関係の本は哲学書ではなく『仏教』(渡辺照宏著、岩波新書)だった。そこに輪廻思想を見いだして、ちょっと安心したことを覚えている。

 

 高校に入ると、僕の思考も方向転換した。死後の世界は幻であり、それを思い描いても気休めに過ぎない、と割り切ることにしたのだ。そのころ気になりだしたのが、実存主義の「投企」という哲学用語だった。マルティン・ハイデッガーやジャン=ポール・サルトルが何を指してそう言ったのかを正しく理解していたわけではない。ただ、自らのありようを絶え間なく投げかけていくような生のイメージが、心に響いたのである。

 

 考えてみれば、僕が少年期に経験した〈仏教の輪廻→実存主義の投企〉という転回は、近現代の欧州思想に起こった変化をなぞっているのかもしれない。標準的な死生観は、欧州ではキリスト教によってもたらされた。そこでも死後が想定されており、中近世の人々はその存在を素朴に信じたのだろう。ところが19世紀以降、それは揺らぐ。一つには、自然科学の進展で唯物論が強まったことがあるだろう。このときに現れたのが実存主義だった。

 

 実存主義には、人はたまたま世界に抛り込まれた存在という見方がある。そこには、創造主の形跡がない。この潮流の先駆者として、欧州の文化を縛ってきたキリスト教の世界観を断ち切ったのがフリードリヒ=ヴィルヘルム・ニーチェ(1844〜1900)だった。

 

 で、今週は『ニーチェ』(ジル・ドゥルーズ著、湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫)。ニーチェその人の著書ではない。著者(1925〜1995)はフランスの哲学者で、1960〜70年代に脚光を浴びたポスト構造主義の旗手の一人として知られる。

 

 ここで気になるのは、ポスト構造主義とニーチェ思想との折り合いだ。前者は、それに先立つ構造主義を受け継いで、主体や主観に重きを置く欧州思想に批判的と言われる。そこでは「差異」がキーワードとなり、関係性が重んじられる。だから、主体の営みとしての「投企」を促す実存主義とは相性が悪いはずだ。ところが著者は、実存主義はともかく、ニーチェには深い敬愛の念を抱いているらしい。それはなぜか。そこが、ぜひとも知りたい。

 

 目次をみると、本文は4部から成る。ニーチェの足跡を素描した「生涯」、その思想の核心に迫る「哲学」、著作に出てくる顔ぶれを並べた「ニーチェ的世界の主要登場人物辞典」――ただ「鷲」、「蛇」、「驢馬」、「駱駝」や「蜘蛛」などもいるから、正しくは「人物」ではない――、そして、著作の一部を抜き書きした「ニーチェ選集」の四つだ。巻末には訳者執筆の「ドゥルーズとニーチェ」があって、難解な本文の理解を助けてくれる。

 

 今回は、最初の2部に焦点を当てよう。「生涯」は、ニーチェの代表作『ツァラトゥストラはこう語った』に出てくる「三つの変身」の話から入る。精神→駱駝、駱駝→ライオン、ライオン→小児の移行である。駱駝は「既成の諸価値の重圧」を担い、ライオンは「既成の価値の批判を断行する」。そして小児は「新しい価値および新しい価値評価の原理の創造者」を意味する。これらの変身は、ニーチェ自身の著作や生涯にも見てとれるという。

 

 著者は、こうも言う。「ニーチェは一個の〈自我〉の統一性を信じておらず、またそういう統一性を感受することもない。さまざまな〈自我〉のあいだにある諸関係、つまりお互いに隠されており、ある異なった性質の諸力を、たとえば生の諸力、思考の諸力を表わしている多様な〈自我〉のあいだでの、〈力(ピュイッサンス)〉と価値評価の微妙な諸関係――このようなものがニーチェの抱いた概念であり、彼の生の様式なのである」

 

 これは、ポスト構造主義の人ならではのニーチェ観だろう。欧州思想にしっかりと根づいた自我の概念を信用せず、そこにあるいくつもの側面を別々の自我としてとらえ直す。その間に働きあう相互作用こそが一人の人間の生として立ち現われる、ということだろう。

 

 「哲学」の部は、ニーチェが哲学の表現方法にアフォリズム(警句)と詩をもち込んでいることから説きおこされる。これは、「認識へと至るという理想」や「真なるものを発見するという目的」よりも「解釈」と「価値評価」を重んじるからだと著者は言う。「アフォリズムは解釈する技法であり、かつまた同時に解釈すべきものでもある。詩とは価値評価する技法であり、評価すべきものでもある」――ちょっと難しい理屈だ。

 

 だが、ここから始まるソクラテス批判によって、著者が言いたいことが少しだけわかってくる。「哲学の退化は、ソクラテスとともに明確に現われる」と断じて、この先哲の仕事は「生を裁かれるべきなにものか、節制すべき、限界づけられるべきなにものかとする」ことだったと見てとる。そこには、「神性」「真」「美」「善」を高位に置く物差しがあるという。興味深いのは、この枠組みが欧州思想に脈々と受け継がれているとみていることだ。

 

 著者によれば、近世以降は人間が神に取って代わり、「真なるもの、善、神聖さなどの代わりに、進歩、幸福、有用性などがその場を占める」ようになった。物差しは別物になったが、服従を促される点は変わらないということか。だから「哲学の歴史は、ソクラテス学派からヘーゲル主義者に至るまで、人間の長い服従の歴史であり、その服従を正当化するために人間が自分に与える数々の理由の歴史なのである」と言って憚らない。

 

 ここで著者は、我々は「高位の諸価値」を担わずとも「『あるがままの〈実在〉』を背負うように勧められる」と書く。実存主義にも駱駝を見るわけだ。「実在」も高位の諸価値の産物と言って同列の扱いをするからだが、これでは実存主義者がかわいそうな気もする。

 

 著者がニーチェ思想の象徴とみるのは、ソクラテスの対極にあるディオニュソス。このギリシャ神話の酒神は「生とは裁かれるべきものではないということ、生はそれ自身で充分正しく、充分聖なるものであることを予感していた」。服従することのない全肯定だ。

 

 ニーチェ思想の核心には「力」と「意志」がある。前述「自我」のくだりにも「生の諸力」「思考の諸力」などが出てくる。この本によれば、「力の、力との関係」が「意志」と定義される。「〈力〉への意志」は、「相互の差異」によってもたらされ、そこからまた力が生まれてくるので、「動性」があり、「軽やか」で「多元論的」だ。ここにディオニュソスが宿る。著者は「肯定することはそれ自身複数的で、多元論的」と言い切る。

 

 この読み解きで見逃せないのが「差異」という言葉だ。さすが、ポスト構造主義者である。欧州思想史を振り返ると、ギリシャ哲学もキリスト教も一方向を仰いでいる。その先に戴くのは、理想だったり神だったりする。これに対して、ニーチェは多元の要素を重んじる。その差異が力学作用を及ぼすという動的なイメージ。そこには、ポスト構造主義だけではなく20世紀に台頭したエコロジー思想やネットワーク論との共鳴もあるように僕は思う。

 

 ドゥルーズ経由のニーチェは、20世紀を経て21世紀にもビンビンと響いてくる。

(執筆撮影・尾関章、通算415回、最終更新2018年4月10日)

 

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