『砂冥宮』(内田康夫著、実業之日本社文庫)

写真》たぶん、ニセアカシア(拙宅の庭から)

 浅見光彦の知名度はなかなかのものだ。これは、テレビの2時間ミステリー(2H)が世間にそこそこ受け入れられている現実を映している。2Hは、放映枠が減る一方のようだが、まだ捨てたものじゃない。作家内田康夫さんの訃報に接して、そう思った。

 

 たとえば、朝日新聞の死亡記事。第2社会面の右肩に「内田康夫さん死去」とあり、脇には「83歳 作家、浅見光彦シリーズ」と添えられている(2018年3月19日朝刊、東京本社最終版)。本文第3段落で「名探偵・浅見」に触れ、「警察庁刑事局長の兄を持つ、ハンサムなルポライターが事件を解決するシリーズとして人気を集め、辰巳琢郎、中村俊介らが演じて映像化されてきた」と素描している。2Hに焦点を当てた記述である。

 

 ここで言えるのは、「浅見光彦」はなにはともあれ訃報の脇見出しに掲げられるほど知られた人物だということ。そして、その「名探偵」が俳優の辰巳や中村、あるいは沢村一樹らによって血肉化されていることだ。光彦は、テレビと切り離せなくなっている。

 

 たしかに、浅見光彦ものにはテレビ向きの一面がある。なによりも人物設定が2Hシリーズにぴったりくる。光彦は聡明ではあるが風来坊。官僚一家のはみだし者だ。ただ放蕩に走ることはなく、素直でお坊ちゃま然としている。だから、住み込みのお手伝いさんも淡い恋心を抱く。視聴者はホームドラマの延長線上でミステリーを楽しめる、というわけだ(当欄2016年11月18日付「浅見光彦といっしょに温泉へ行こう」参照)。

 

 このホームドラマ性は、あのお決まりのギャグにもつながってくる。光彦は旅先で事件に首を突っ込み、地元警察に疎ましがられる。たたきあげの刑事からは冷たくあしらわれるが、身元照会によって「浅見刑事局長ドノの弟君」であることが発覚すると事態は一変する。「それならそうと、最初からおっしゃっていただければよいものを」と手のひらを返したような厚遇を受ける、というあのやりとりだ。これは、役者が演じるからこそ痛快になる。

 

 だが浅見光彦シリーズは、本で読んでも読みごたえがある。それはきっと、作者の心が光彦とともに旅していて、読み手の旅情をかきたててくれるからだ。どの1編をとっても、内田さんが作品の舞台となる土地の歴史を深く取材していることは想像がつく。だからページを繰るにつれて、その風土の地層が1枚、2枚とはがされて古層が見えてくる。光彦という同時代人を通して旅先の過去までのぞき見ることができるのである。

 

 で、今週の1冊は長編ミステリー『砂冥宮』(内田康夫著、実業之日本社文庫)。探偵役の主人公は、やはり浅見光彦。巻頭に三浦半島と北陸・金沢一帯の地図が載っていて、それだけで僕は心惹かれた。片方には突き抜けるような明るさがある。もう一方にはしっとりとした翳りがある。その対比だけで、読み手は読む前から旅の気分を予感する。単行本は、実業之日本社が2009年に出した。文庫版は2011年刊。わりと最近の作品だ。

 

 表題がまず目を引く。ミステリーの題名と言えば『○○殺人事件』の類いがすぐに思い浮かぶ。松本清張『点と線』『ゼロの焦点』のように鋭角的な言葉が際立つものもある。ところが、『砂冥宮』はひと味違う。命名の理由を知りたくて本を開いたら、プロローグ冒頭に答えがあった。光彦の「頭にこびりついている」という泉鏡花『草迷宮』の引用で始まっていたからだ。三浦半島の旧家をめぐる鏡花の怪奇小説から着想されたのだろう。

 

 実際、巻末に収められた著者の「自作解説」によると、この作品は「当初、三浦半島を主たる舞台に設定するつもりでした」とある。それで鏡花の出身地、石川県へ旅に出たのだが、取材しているうちに「鏡花をテーマに仮想の物語を創り出すというだけでは、ひどく陳腐な作品しか生まれない」という気がしてくる。ここで一つちょっとした偶然の出来事があり、構想が一気に膨らむのだが、それについては当欄末尾で触れることにしよう。

 

 作品の導入部は、まだ鏡花の領域にとどまっている。光彦は「旅と歴史」誌で『草迷宮』をとりあげることになり、鏡花が創作のヒントを得たとされる三浦半島西岸の邸を訪ねる。この作品では「須賀(すか)家」ということになっている。取材相手は当主の智文、77歳。接待するのは孫娘の大学院生、絢香だ。「掛け値なしの美人だが、本人はそれを意識していないのか、化粧っ気がまるでない」。浅見シリーズヒロインの一典型だ。

 

 智文は光彦が気に入ったようで、打ち解けてくると「奥さんは?」と尋ね、独身と知ると「それはいい。いかがかな、この絢香などは?」と水を向けたりする。こんなやりとり、今ならアウトだ。浅見光彦的な世界は、どこまでも昭和の雰囲気を漂わせている。

 

 この面談には伏線もある。智文が昔話で学生時代を「何かにつけ親父に反抗して、家に寄りつかない時期もありました」と振り返り、今は近隣のゴルフ場建設計画に「わずかばかり残っている森や山を潰してしまおうという暴挙ですな」と憤っていることだ。

 

 ミステリーは、その智文の刺殺体が石川県小松市の海岸で見つかったことから始まる。「勧進帳」で知られる安宅の関跡の近く。地元では「お旅まつり」が催される日の朝だった。事件を知った光彦は遺族に会って、自分が解明に乗りだすことを納得してもらう。こうして石川県へ飛ぶという筋書きだ。小松署には轟栄巡査部長という刑事がいて、この人と手を携えていくことになる。ちなみに、今回は「刑事局長ドノの弟君」のギャグはない。

 

 事件の核心がほんのりと見えてくるのは、光彦が金沢駅で探偵活動の方針を思案するくだりにある。「構内の真ん中で腕組みをして、十分ほども動かなかった」が、「最後に視線をグルッと一回転させた時、視野の中を小さな表示板が通過した」。表示されていたのは「三ツ屋・内灘方面」。案内に沿って歩いていくと、北陸鉄道浅野川線の改札口があった。内灘の2文字に、読んでいた僕はピンときた。ああ、あのウチナダではないか!

 

 光彦は、その電車に乗る。空いていてのどかだ。老人の世間話を聞いていると、ハッとする言葉が耳に飛び込んでくる。「安宅の関で殺されたじいさんやけど、おれは見たがや」。会話に割って入って問いただすと、その「じいさん」は事件当日、同じ浅野川線に乗っていて終着駅内灘で降りたという。光彦も終点で下車すると、地元の人が「鉄板道路」と呼ぶ道があった。名前の由来は、かつて米軍が「砂丘に鉄板を敷いて」道にしたからだという。

 

 内灘海岸は朝鮮戦争(1950〜1953)当時、米軍の砲弾試射場が計画され、1952年に反基地闘争が盛りあがった場所だ。五木寛之『内灘夫人』の題材ともなっている。僕は闘争直前に生まれた世代だが、それでもウチナダの響きに活動家の青春を感じる。新聞記者になって隣の福井県に住んでいたころ、休みの日のドライブでわざわざ訪れたことがある。ニセアカシアが生い茂る砂丘の風景が脳裏にしっかり焼きついている。

 

 こうしてミステリーは半世紀の時間を遡って迷宮に入り込む。そこにいるのは、須賀老人だけではない。轟刑事の義父で浅野川線の元運転士大脇忠暉、光彦に内灘の歴史を解説してくれた図書館学芸員中島由利子の母峰子……といった人物が内灘という一点でつながってくる。どうやら由利子の実の父で、闘争のさなかに病死したという水城信昭という人物が事件のカギを握っているらしいが、ここから先に立ち入るのはやめよう。

 

 興味深いのは、光彦が由利子に砂丘の着弾地観測所を案内されたとき、「こんなものがあったのですか」と驚くくだり。「ルポライターをなさっているなら、当然、ご存じかと思ってたけど、浅見さんくらいの年代の人だと、もう、内灘闘争のことなんか、ぜんぜん知らないってことなのねえ」。浅見光彦シリーズ第1作の1982年、彼は僕とほぼ同世代だったが、今は昭和をほとんど知らない世代になった。光彦には万年青年の視点がある。

 

 自作解説によると、作品の主題を鏡花から内灘に切りかえたのは、取材旅行中にタクシー運転手との雑談でその地名が出てきたからだという。ウチナダの響きが戦後の一断面を呼び起こした。内田さんはそこに若い光彦を介在させて、近過去を歴史に変えたのである。

(執筆撮影・尾関章、通算416回、現時点で更新なし)

 

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