『島とクジラと女をめぐる断片』(アントニオ・タブッキ著、須賀敦子訳、河出文庫)

写真》大西洋の島

 今週はクジラの話。科学記者がかかわる国際問題の一つに捕鯨がある。日本の水産関係者が官民あげて捕鯨に前向きなのに対して、欧米やオセアニアの大勢は反捕鯨という構図があって、その確執をとりあげてきたのだ。論争の舞台は国際捕鯨委員会(IWC)。僕も欧州に駐在していた1995年、アイルランド・ダブリンで開かれたIWC総会を取材した。あのときも日本の調査捕鯨が非難の的となっていたことが思いだされる。

 

 捕鯨問題は、環境保護運動と密接にかかわっている。この分野の国際NGOは反原発を掲げ、脱温暖化を唱え、そして捕鯨反対を訴える。日本国内にも最初の二つに共感する人は多いが、最後の一つには引っかかるという向きがあるだろう。僕もその一人だ。

 

 理由としては、南紀・太地などのクジラ漁文化をないがしろにしたくないという思いもある。だがそれより、反捕鯨の論理そのものに矛盾があるように思えるのだ。環境保護思想、すなわちエコロジーの視点に立てば、エコシステム=生態系こそが守られるべきものであり、そこに組み込まれた食物連鎖は避けて通れない。同じ哺乳類のウシ、ブタ、ヒツジは食用に供しながら、なぜクジラだけを特別視するのか――この理屈がすっきりしない。

 

 クジラは野生、だから家畜とは違うと言う人もいる。だが、この論法には無理がある。飼育されたウシやブタやヒツジも、祖先は野生だった。それがヒトによって囲い込まれ、都合よく育種されたのだ。こちらのほうが生態系への介入度は高いようにも思える。

 

 ところが日本の捕鯨存続派は、この論点を素通りして水産資源保護の土俵で争おうとする。獲り過ぎはいけない、生息数を見極めながら獲ればよいという立場だ。だから、議論はすれ違いになる。欧米の反捕鯨論は、もはや乱獲云々の次元にはなく、エコロジーとそこから派生する動物の権利擁護論に立脚している。ヒトもクジラも生態系の一員であり、それぞれ固有の権利があるというわけだ。論破するなら、その思想と向きあう必要がある。

 

 エコロジーは、1960〜70年代に台頭した。まだ成熟していないから、議論の余地が大いにある。なかでも、食文化と動物の権利擁護論の関係は最大の論点だろう。そこに踏み込んで意見をたたかわせようという論客が現れてもよいのだが、あまり見かけない。

 

 エコロジーのなかでも反捕鯨は歴史が浅い。IWCは戦後まもなく「クジラ資源の適切な保護」と「捕鯨産業の秩序ある発展」を目的に設立された。そのころは、世界の趨勢が捕鯨を資源問題ととらえていたことになる。それで思いだすのは、僕が子どものころに見たニュース映画が「捕鯨オリンピック」をとりあげていたことだ。頭数の総枠を決めておいて各国が捕獲を競いあう方式がこう呼ばれた。今の反捕鯨論との落差はあまりに大きい。

 

 捕鯨は、ハーマン・メルヴィルの名作『白鯨』をもちだすまでもなく、欧米の海洋文化の一つだった。それが20世紀半ばに反転して反捕鯨の文化を生む。僕は、ここにエコロジー思想の衝撃の大きさをみる。と同時に、欧米人とクジラの関係をもっと知りたくなる。

 

 で、今週は『島とクジラと女をめぐる断片』(アントニオ・タブッキ著、須賀敦子訳、河出文庫)。著者(1943〜2012)はイタリアの作家。原著は1983年刊で、原題は「ピム港の女」。著者自身がまえがきで、主題は「主としてクジラ」「隠喩(いんゆ)としてのクジラ」と表明しているので邦題にはうなずける。訳者(1929〜1998)も随筆家として名高い人。この邦訳は95年に青土社から出た。河出文庫版は2018年刊。

 

 まえがきによれば、作品の中身は虚実交々だ。著者は、そこに幻想が含まれるとしながらも「まったくの虚構と称してしまうのも、なにやらうさんくさい」として「基本的には僕自身がアソーレス諸島で過した日々に存在を負っている」と打ち明けている。

 

 アソーレス(アゾレス)諸島は、大西洋の中ほどにあるポルトガル領の九つの火山島。巻末の補注によれば、群がるトビをハイタカ(アソーレス)と見間違えたのが島名の由来。噴火と地震にたびたび襲われてきたが、暖かで雨が多く、植物や鳥や蝶の顔ぶれは多彩という。そして、最高峰ピコ山(2345m)が聳えるピコ島など二つの島で「原始的な捕鯨」が営まれている、と記されている。執筆時点では、捕鯨が続いていたことになる。

 

 作品の構成は変化に富む。冒頭、アソーレス諸島が夢見心地の紀行文風に素描される。次いで、島を舞台とする諸々の話が断章風に綴られる。このあと差し挟まれるのが、島出身の詩人アンテール・デ・ケンタル(1842〜1891)の伝記風小編。そして、クジラの話が前面に出てくる。捕鯨をめぐるポルトガルの法規条文がある。船の同乗記のようにも読めるルポ風の「捕鯨行」もある。最後が「ピム港の女」。捕鯨手が主人公の短編だ。

 

 訳者はあとがきで、この寄せ集め方式を「まるで海面に散らばった難破船の破片をあつめるよう」と形容している。人生には「一見無関係にみえるエピソードのつぎはぎ」という側面があるが、それをまねるように「さまざまなジャンルの散文をつぎはぎにして、深いところで響きあうメタフォリックな作品を編みあげている」という。「こんなふうにも、本を作ることができるのだ」と気づいて「うれしかった」。僕も、まったく同感だ。

 

 当欄では、捕鯨に焦点を当てよう。まずは法規の引用から。海事省は「種の保存および、捕獲の効率を増加するため」に禁漁期間や捕獲枠などを定める責任がある、と明記している。作品が世に出たころは、ポルトガル当局もクジラを水産資源とみていたことがわかる。

 

 「捕鯨行」の一編は生々しい。「死の道具は、僕が想像していたように上から投げ下ろされるのではなくて、投げ槍のように下から上に向かってほうりあげる」「たいへんな鉄の重量に落下時の速度が加わって、銛を必殺の武器に変えるのだ」。このあと、「僕」の乗る汽艇(ランチ)が手負いのクジラを追いかける。艇は銛綱とつながっているから、クジラが海に潜れば自分たちも引き込まれる。いざとなれば綱を切るしかない緊迫の追跡劇だ。

 

 やがてクジラは止まる。呼吸に伴う「ひゅうひゅう」という音。「空中に立ちのぼる噴水は赤く血に染まり、海面には朱色の水溜りが広がっていくのだが、赤い雫が僕たちのところまで微風に運ばれてきて、顔や着衣を汚す」。とどめに、槍投げ手が「矛槍」のようなものを打ち込む。巨体はいったん沈み、また水面に現れ出る。このとき、「笛のように長くひびく、喘ぐような、胸に突き刺さるような、たまらない音」が聞こえる。「死の咆哮」だ。

 

 帰途、船長でもある捕鯨親方が聞いてくる。「おまえさん、いったいどういうわけで、こんなふうに一日を過ごそうと考えついたのかねえ」。適切な答えが見つからず、親方がうとうとしたころになって「僕」はつぶやく。「あなたもクジラも、まもなく消えてしまう種族だからじゃないでしょうか」――著者は、この作品で反捕鯨の動きを正面切ってとりあげてはいない。だが、意識はしていたのだろう。クジラはすでに「隠喩」となりつつあった。

 

 今、ポルトガル観光局のサイト“visit Portugal”に入り、アソーレス諸島のページを開くと「現在、捕鯨の伝統は、非常に人気のある観光客向けの活動に形を変えました」という記述に出会う。捕鯨からホウェール・ウォッチングへという世界の潮流はここにもある。

 

 末尾「あとがき」は「一頭のクジラが人間を眺めて」の感慨だ。ヒトは「どうしていつも、あんなにせわしないのだろう」とあきれ、「ながいこと黙っているかと思うと、突然、いきりたって叫び合い、ほとんど変化のない、もつれた雑音を出すのだが、それには、われわれの出す、呼びかけ、愛、哀惜の嘆声などのように本質的な音にみられる完成度がない」と断じる。「ピム港の女」でヒトの切ない恋と愚かな罪に触れた後なので妙に説得力がある。

 

 捕鯨とは、悠然として気高い動物との闘争だ。真剣勝負の格闘技だから、相手への尊敬の念が芽生える。それが、生物種はみな同じ生態系の仲間という思想と結びついて反捕鯨論が強まったのだ。捕鯨存続論も、この一点は理解しておかなければならない。

(執筆撮影・尾関章、通算418回、現時点で更新なし)

 

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