『ペンタゴン・ペーパーズ――「キャサリン・グラハム わが人生」より』

(キャサリン・グラハム著、小野善邦訳、CCCメディアハウス)

写真》プレス

 メディアの世界にいると、ほかの人なら聞き流してしまう言葉も気になることがある。その一つが「一部報道」だ。「一部報道によると……」とか、「一部報道では……」とか、そんな言い回しで口にされることが多い。「一部の報道」ときちんと言えばよいものを、なぜか「の」を抜く。「の抜き」ひとつで、どことなく冷たい空気が漂うから不思議だ。当方は報道の中身を真に受けていないぞ、という懐疑の匂いが嗅ぎとれる。

 

 「一部報道」は近年、メディアのすっぱ抜きで世間の非難を一身に浴びる人々のコメントによく見かけるようになった。だが、もともとは記者の業界用語だったような気がする。競争相手が報じたことについて記者会見で尋ねるとき、この言葉がよく用いられたものだ。

 

 記者は、抜いた抜かれたの競争に日々明け暮れている。他社に抜かれれば、その報道の真偽を情報源にあたって確かめ、本当らしいとなれば一から聞き直して後追い記事を書く。ただ、情報源がわからなかったり、わかっても接触を拒まれたりして自前の取材ができないことがある。そうなれば出稿を見送るのが原則だが、他社報道を無視してばかりはいられない。そんなときも「一部報道」の出番だ。だから、この言葉には妬みと悔しさがにじむ。

 

 僕は現役時代から、この表現を記事から追放できないか、と思ってきた。「○○新聞によれば……」と、はっきり書けばよいではないか。現に海外駐在の記者は「米紙ニューヨーク・タイムズによれば……」「英紙ガーディアンによると……」というように転電記事を書く。国内メディアについてそれをしないのは、面子が先に立つということなのか。自社の取材が難しいとき、他社の報道内容を引くことはあってよい。僕は、そう思う。

 

 こんな話題をとりあげたのも、このところ国内の疑惑報道に「○○新聞によれば……」形式が散見されるようになったからだ。もしかして、そこには「これは、どうせ○○新聞の言うことだから」という色眼鏡の心理が働いているのかもしれない。だが、それだけではあるまい。メディアが役所などの発表に出てこない事実を独自取材で掘り起こす調査報道が広まったため、競争相手がすぐに自力で追いかけられないニュースがふえたのだろう。

 

 僕が理想として思い描くメディア状況では、「○○新聞によれば……」が日常的にある。そのことによって、各紙各局は競争相手の報道を批判的に吟味しつつ、補いあって事象の全体像をあぶり出せる。巨大な権力に対抗するには、こうした連帯が欠かせない。

 

 で、今週の1冊は『ペンタゴン・ペーパーズ――「キャサリン・グラハム わが人生」より』(キャサリン・グラハム著、小野善邦訳、CCCメディアハウス)。日本で今春、『ペンタゴン・ペーパーズ――最高機密文書』(原題は“The Post”、監督スティーヴン・スピルバーグ)が公開されたが、その原作ではない。『キャサリン・グラハム わが人生』という本が別にあって、それを映画に合わせて再構成したものだ。今年4月に刊行された。

 

 『…わが人生』は、米紙ワシントン・ポスト(以下、ポスト)の社主兼経営者キャサリン(ケイ)・グラハムの自伝だ。1997年刊。大著であり、翌98年にピュリツァー賞を受けた名著でもある。本来ならこの原著をこそとりあげるべきなのだが、今回は近道を許してほしい。というのも映画『ペンタゴン・ペーパーズ』を観て、それを急いでとりあげたいと思ったからだ。映画を自伝の一部に重ねあわせながら、拙稿を書き進めようと思う。

 

 映画が焦点をあてるのは、1970年代初頭のワシントン・ポスト紙。メリル・ストリープ演じるケイ・グラハム社主の下、トム・ハンクス演じるベン・ブラッドレー編集主幹が指揮をとっている。編集局の大部屋には、まだパソコンの類いはない。机上に置かれたダイヤル式の黒電話。原稿やゲラを運ぶ気送管。僕が若いころにいた職場とそっくりではないか。彼我の違いは、米国ではタイプライターの打鍵音が鳴り響いていたことくらいだ。

 

 筋書きも記者OBの心に響く。ベトナム戦争をめぐる国防総省(ペンタゴン)の機密文書をニューヨーク・タイムズ(以下、タイムズ)が入手、特報する。ポストは抜かれた側だ。文書を手に入れるべく画策するが、追いつけるかと思ったとたん、また先行される。ようやく情報源にたどり着いて記事を大展開しようとすると、政府が文書公表の差し止めを求めて法廷で争おうとする……。ポスト幹部の深い内省と勇気ある決断が見どころだ。

 

 一方、今回の本は原著『…わが人生』の全28章から七つを切りだしている。「ベン・ブラッドレーの起用」「ベトナム戦争とポストの立場」「ペンタゴン機密文書事件」などの章題が並ぶ。この機密文書事件が起こるのは、ニクソン政権下の1971年6月のことだ。

 

 そのいきさつは、映画と本で微妙に異なる。たとえば、ケイが機密文書報道でタイムズに抜かれそうだと気づくくだり。映画の筋では、会食の席で前政権の国防長官ロバート・マクナマラから耳打ちされたことになっている。だが本によると、驚くべきことにタイムズ幹部ジェームズ・レストンの息子の結婚式で、レストン本人から直接聞いたという。たぶん、後者が本当なのだろう。タイムズには、すぐに追いつかれまいという自信があったのか。

 

 実際、ケイは文書がベトナム政策の「意志決定の過程」を記したものとは知らされるが、「一体どのような代物であるのか、見当もつかなかった」。編集陣に伝えると「彼らはすぐ、さまざまな所に連絡を取り始めた」。記者たちの胃が痛むような思いが身につまされる。

 

 本では、ベンが「スクープされたことに激怒した」とある。その様子は、映画でもトム・ハンクスが見事に再現していた。トムのベンはメリルのケイの情報を受けて、編集局にいるインターンの若者を呼びつけ、ニューヨークに行ってタイムズ社内を偵察してくるよう命じる。若者は敵陣に巧妙に紛れ込んで、紙面の割付用紙に空欄があり、特ダネ記者の名前だけが書き込まれていたことを現認してくる。この話は、さすがに本には出てこない。

 

 映画では、その業務命令に若者が「これは、合法的か」と聞きかえす。これに対するトム・ハンクスの台詞を僕は正確に聴きとれなかったが、「おれたちの仕事が何か、わかっているだろう」という趣旨のことを言い放つ。コンプライアンス(法令順守)第一の昨今の日本社会では、絶対に聞かれない言葉だ。だが、あのころのジャーナリズムには、情報をとるためなら腹をくくってなんでもやる、という向こう見ずな精神があったように思う。

 

 本は、ベンの怒った後の英断にさらっと触れている。文書の自力入手をめざす一方、「プライドを捨て、タイムズのクレジットをつけて記事を書き替えてポストに掲載し、タイムズに対抗する道も確保した」というのだ。「クレジットをつけて」とは、前述の「○○新聞によれば……」方式だろう。後段に「タイムズから再録された」記事云々のくだりもあるので、これは実行に移されたらしい。そうなら、競争紙を通信社のように使ったことになる。

 

 映画も本も、ヤマ場はポストが自前で文書を手にしてからだ。文書の束はベンの自宅へ運び込まれ、集まった記者たちが早業で原稿にする。そこにケイからのゴーサイン。情報源がタイムズと同一なので弁護士は共謀を理由に訴追されないか心配するが、それでも紙面化に踏み切る。政府がタイムズ、ポスト両紙を相手に法廷闘争に臨んだのに対し、連邦最高裁が下した判断は「報道の自由」の優先。1社でなく2社で闘った意義は大きい。

 

 小さな連帯もある。ホワイトハウスが、ニクソン大統領の娘の結婚式報道でポストに干渉したという話。辛口記者の取材を断ってきたのだ。だが、映画ではベンが、それなら他紙の力を借りればよい、と動じない。この本にも「他社の記者たちがホワイトハウスに抗議する意味を込めて」「彼らの取材ノートを渡してくれた」とある。その結果、「ワシントン中で最も豊富な情報」を集めた記事が「ポストの第一面に、署名なしで掲載された」という。

 

 メディアに競争と相互批判は欠かせない。だが大きな圧力の影が見えたら、互いに腕を組んで抵抗しないと押し潰される。今の日本のメディアは、そのことを忘れてはいないか。

(執筆撮影・尾関章、通算420回、2018年5月12日更新)

 

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