『異邦人』(アルベール・カミュ著、窪田啓作訳、新潮文庫)

写真》光る地中海

 「きょう、ママンが死んだ」。この書きだしは鮮烈だった。フランスの作家アルベール・カミュの代表作『異邦人』。10代の終わりだったと思うが、僕も読んで、最初の一文を心に刻んだ。だが、そのママンがどこでどのように暮らしていて、どんな死に方をしたのかは、すっかり忘れていた。あのころの僕たちにとって、この小説は読みものではなかったのだ。筋の展開を味わおうなどという気がなかったから、作品世界の記憶は風化する。

 

 この本は、僕たちの世代には実存主義を学ぶための必読書とみなされていた。ある思想の何たるかを知りたければ、哲学書を読めばよいと言われるかもしれない。だが、実存は目的に先立つ、といきなり言われても、なかなかピンと来ない。実存の生きた姿を見られないものか。そんな需要に応える文学が、ジャン=ポール・サルトルの『嘔吐』であり、カミュの『異邦人』だった。これらは、小説であっても哲学先ありきの読まれ方をしたのである。

 

 ただ、『異邦人』に限れば、その読み方は浅はかだったと言える。カミュ自身が、実存主義に距離を置いていたからだ。彼はあくまで文学者であり、哲学者ではなかった。実際、この作品に哲学を語ろうという気配はなく、文中に実存のジの字も出てこなかった。

 

 カミュの文学で鍵となる言葉は、むしろ「不条理」だ。世界の無意味さと言いかえてもよい。それは、人間から目的を剥ぎ落とそうとする実存主義につながってはいる。だから『異邦人』で実存を感じとろうとしたことが、まったく見当はずれだったわけではない。

 

 筋書きを忘れていても、一つの光景は脳裏に焼きついている。地中海に太陽光線が容赦なく降りそそぎ、浜辺に男が突っ立っている。これこそが、不条理のイメージに重なった。同じ効果は別の場所でもかなえられたかもしれない。ただカミュは、たまたまアルジェリアの住人だったから、まぶしいほどの陽光と照りかえす海、焼けつく砂の3点セットを選んだのだろう。それが強烈な映像美をもたらし、不条理な世界を印象づけたのである。

 

 一方、「ママン」はどうか。冒頭の1行に出てきただけで、あとは印象に残っていない。主人公ムルソーは、母にどんな感情を抱いていたのか。彼女の死をどう受けとめたのか。そのことが小説の主題にどんな影響をもたらしたのか。それらが一切思いだせない。

 

 で、今週は、その『異邦人』(アルベール・カミュ著、窪田啓作訳、新潮文庫)。原著は1942年刊。この邦訳文庫版は初版が1954年に出た。以降、版を重ねた堂々のロングセラー。今回手にとったのは2014年改版、今年5月印刷の第132刷で、表紙カバーには太陽、海、砂浜という例の3点セットに男のシルエットを噛ませた画像をあしらっている。背表紙の色は僕が1970年前後に馴染んだものと同じで、シルバーグレー。

 

 では、さっそく「きょう、ママンが死んだ」の後を読んでみよう。「もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない」とある。養老院から電報を受けたばかりのことなので、詳細がわからないということなのだが、投げ槍感が漂っているのは間違いない。

 

 ここで、主人公ムルソーのことを素描しておこう。独身の男性。ママンの年齢を聞かれたとき、「六十ぐらい」と答えているから、年齢はたぶん30代か、その前後だろう。アルジェの場末のアパルトマンに住んでいて、船荷を扱う業者の事務所に勤めている。

 

 ムルソーは、ママンの死を受けて息子としてなすべきことをきちんとしている。アルジェから80km離れた養老院で予定される通夜、埋葬に出るため、勤め先から2日間の休暇をとりつけ、同僚から黒ネクタイなどを借り、バス乗り場へ走る。車中では眠りこけるが、「私がまどろんだのは、きっと、こんなにいそいだり、走ったりしたためだった」。この世間並みの律義さは、僕が半世紀ほど頭の片隅にとどめていたムルソー像とは違う。

 

 ムルソーの内面も世間並みだ。養老院に着いて院長に面会したとき、彼がママンの唯一の身寄りであることを念押されると「私をとがめているのだ」と猜疑したりするからだ。院長が3年前の入所のいきさつを振り返って、ママンには「看護婦」が必要だったこと、だがムルソーの収入ではその余裕がなかったことを述べ、「ここにおられた方(ほう)が、お母さんにもお幸せでしたろう」と慰めると、「その通りです、院長さん」と答えている。

 

 ママンは、養老院に入るまで「黙って私を見守ることに、時を過ごした」。だから、入所して「最初の頃(ころ)にはよく泣いた」。それは「習慣のせいだった」。だから、慣れてから帰宅させていたら、今度はそれで泣いただろうと、ムルソーは自分に言い聞かせる。ここにあるのは、老親を抱えて在宅かホームか、在宅か病院かで悩む家族の姿だ。『異邦人』は、いま僕たちにのしかかる高齢社会の重圧も取り込んでいる。これは、今回の発見だった。

 

 さらに言えば、著者はその苦悩を肉付けすることにも長けている。ムルソーは、同じアパルトマンに住む老人と雑談していて、こんなことを言われる。「この界隈(かいわい)では、母を養老院へ入れたために、あんたの評判がよくないことを知っているが、しかし、私はあんたをよく知っており、大へんママンを愛していたことを知っている」。西欧社会にあっても世間体というものがあるらしい。ムルソーも間違いなく、他人の眼差しのなかにいる。

 

 この老人のことでは、もう一つ、ここにどうしても書きとめておきたい一節がある。彼は病を患う老犬を飼っていたが、ある日、その犬が姿を消した。老人が自室で泣くのを壁越しに聞いたときのことだ。「なぜだか知らないが、私はママンのことを考えた」とある。

 

 養老院の場面で、僕がムルソーらしいな――それは、記憶のなかに固定されていたムルソー像だ――と思ったのは、彼がママンの死に顔を見ようとしなかったことだ。院内の一室に置かれた柩では「申しわけばかり打ちこんだネジが、きらきら光り、くるみ塗りの板からとびでている」。通夜の前、門衛が「あんたが御覧になれるように、ネジを抜こう」ともちかけるが、引きとめる。「御覧にならないですか」「ええ」「なぜ」「理由はありません」

 

 夜が明けて、埋葬当日。院長が「柩をしめさせようと思いますが。その前にお母さんにお別れをなさいますか」と問いかけたときも、これを断る。遺体は物に過ぎない。そのことは厳然たる事実だろう。それを生きているかのようにみて儀礼を尽くす虚構へのノン。

 

 これが、小説後半で大きな意味をもってくる。ムルソーは、太陽と海と砂浜を背景に一つの事件を起こす。偶然が重なった「太陽のせい」かもしれない犯罪。裁判で、院長は被告人が母の埋葬にあたって「いかにも冷静だったのには驚いた」と証言する。具体例には「私がママンの顔を見ようとはしなかった」ことが含まれる。それが、母に養老院暮らしをさせた選択や服喪すべきときに恋人と遊んだ行状などともに、悪い情状をかたちづくっていく。

 

 後半部では、僕が前半部を読んでいたときに感じとったことの多くが捨象されている。ムルソーも、母の死を知ると忌引きの休暇をとり喪主の務めを果たそうとしたこと、母を養老院へ入所させたときは内心に迷いがあったらしいこと、愛犬の失踪を嘆く老人の嗚咽で母の記憶が呼び覚まされたこと――そうした心情の機微をどこかへ押しやって、世間は物事を図式的に片づける。これこそが、世界の不条理が露わになる瞬間と言えないか。

 

 さて私事だが、この夏、僕のママンが死んだ。89歳。在宅で診療と看護、介護を受けていたが、老衰でゆっくりと息を引きとった。最期に2回ほど大きく口を開けたのは、人生の閉幕を自ら告げたのか。僕は泣かなかった。こみあげてきたのは静かな敬意に近い。

 

 死をこんなふうに感じることがあるとは。生と同様、死も、その看とりもさまざまだ。

 

 半世紀後の再読で思うのは、『異邦人』が哲学の副読本ではなかったということだ。そこにあるのが実存だとしても、それは人間っぽい。とりわけムルソーが、法廷に聞こえてくる「アイスクリーム売りのラッパの音」で実生活の感触を思い返す場面は、心に痛い。

(執筆撮影・尾関章、通算433回、2018年8月10日公開)

 

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