『9・11――アメリカに報復する資格はない!』

(ノーム・チョムスキー著、山崎淳訳、文春文庫)

写真》グラウンド・ゼロ探訪

 「・11」という字面で僕たちがまず思い浮かべるのは、東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故だ。2011年春のことである。あの日、世界観が変わったのは間違いない。自然界には1000年に1度しか起こらない災厄があること、自分たちの世代がたまたまその瞬間に居合わせたこと、よりにもよって直撃を受けたその場所に人類が手にしてまもない巨大技術の拠点があったこと――これは間違いなく、史的事件と言ってよいだろう。

 

 ただ、目を海外に転じれば、もう一つ忘れてはならない「・11」がある。2001年9月11日、米国で起こって世界を震撼させた同時多発テロだ。こちらは自然現象に起因しない。科学技術と直接関係があるわけでもない。理系色は皆無で、国際政治の文脈に位置づけられる。だが、史上例を見ない惨事だったのは3・11と同じだ。ちょうど10年を隔て、ぴったり半年ずれた月日に史的事件が相次ぐとは……。不気味な符合ではある。

 

 で今週は、世紀初頭の衝撃9・11について。このテロは、航空機の突入で瓦解した世界貿易センタービルに少なからぬ邦人がいたのだから、日本社会と無縁ではない。ただ、背景に目を向けると、遠い世界の出来事にも感じられる。米ソ対立の構造が崩れたこと、それにともなって地域紛争の火があちこちで噴きだしたこと、とりわけ中東は火種に事欠かず、そこに反米感情を生む培地があったこと。そんな国際情勢の辺縁に僕たちはいた。

 

 日本では戦後、外交・安全保障問題がもっぱら冷戦の図式で論じられてきた。理由は、敗戦国として戦勝超大国の傘に入り、東西対立の見本のような朝鮮戦争やベトナム戦争を間近に見てきたからなのだろう。その結果、国際社会の読み解き方がやせ細ってしまったとは言えないか。だから、9・11が対岸の火事のように見えてしまった。そして、米国政府が世論を味方につけてとった過剰な対応も、批判意識なく見過ごしてしまった。

 

 後になって気づかされたことはある。新聞読書面の書評委員をしていて『マドンナ――永遠の偶像(アイコン)』という本をとりあげたときのことだ。米国の人気歌手マドンナは、ツアーの舞台で「『暴力は暴力を生むだけよ』と訴え、『U―S―A!』と叫ぶ聴衆を『もちろん、USAは大事よ――でも、全世界に目を向けてみて』とたしなめた」(朝日新聞2008年7月27日朝刊拙稿)という。米国内にも冷静な人はいたのである。

 

 マドンナの言葉から汲みとるべきは、二つのことだ。一つは、暴力に対して暴力で報復すればまた暴力が返ってくるかもしれない、だからその連鎖を断つべきだ、ということ。もう一つは、反暴力の訴えを安易にナショナリズムに結びつけるな、ということだ。

 

 手にとった1冊は『9・11――アメリカに報復する資格はない!』(ノーム・チョムスキー著、山崎淳訳、文春文庫)。著者は1928年、米国生まれの言語学者。さまざまな言語には普遍の文法があって、それは人間が生まれながらに具えているものとする生得説を唱えた。ただ、この人を1分野の専門家とみてはいけない。米国きっての反体制思想家として論陣を張ってきた。本書は、原著も邦訳も2001年刊、この文庫版は02年刊。

 

 発刊年からもわかるように、刊行は文字通り9・11同時多発テロを受けての緊急出版だった。グレッグ・ルジェロという人が書いた巻頭の「編者ノート」によると、この本はテロ直後、世界各地のメディア、ジャーナリストが著者から聞いた話をまとめあげたインタビュー集。インタビューとはいえ「おおむねEメールを通じて行われた」とあるので今日的。編集期限が10月5日だったというから、地球規模で超早業を成し遂げたことになる。

 

 そんな事情があるから、本としては読みにくいことこのうえない。話題が次々に飛んでいく。同じような話が繰り返し出てくる。こうした難点は、著者の主張を一刻も早く伝えるために整理・構成の工程を節減したのだろうと斟酌すれば納得できる。さらに言えば、読みにくさの一因はこちらの予備知識が足りないことにもある。僕たちは、米国について知らなすぎる。そのことに気づかされただけでも、この本には一読の価値があった。

 

 以下、本文に入って読みどころを切りだすつもりだが、当該の発言がどのメディア、どの聞き手に対してなされたかは表記しない。一つには、複数のインタビューをまとめた章があること、もう一つは、複数のインタビューで同じ趣旨のことが語られているからだ。

 

 えっと思わされるのは、著者が米国は「テロ国家の親玉」と言って憚らないことだ。僕たちは、米政権が国際社会の脅威とみなす国々を「ならずもの国家」と呼ぶのをしばしば耳にしてきた。その「ならずもの」を封じるために度を越えた手段をとっていると批判するのなら、うなずける。だが、まったく逆に米国を「テロ国家」と決めつけるのはどうだろうか。僕のように「米帝国主義」というレッテルになじんだ世代にも、ピンとは来ない。

 

 著者が「最も明白」な例として挙げるのは、米政権がかつて中米ニカラグアでとった行動だ。「一九八〇年代のニカラグアは米国による暴力的な攻撃を蒙った。何万という人々が死んだ。国は実質的に破壊され、回復することはもうないかもしれない」と述べている。あのころの中南米では、冷戦構造を背景に反米、親米両勢力のごたごたが相次いだ。だが、この一件の詳細な報道は、日本のメディアではほとんど見かけなかったように思う。

 

 当時、ニカラグア政府が反米色を強めたため、米政権は反政府勢力に肩入れしたのである。反政府勢力は「軟らかな標的」、すなわち非軍事施設を攻撃したが、それを遂行できたのは「完全な制空権」や「高性能通信機器」など米国の寄与があったからこそだという。

 

 このとき、ニカラグア政府がとった対抗手段は「ワシントンで爆弾を破裂させること」ではなかった。代わりに選択したのは、国際司法裁判所への提訴。司法裁は「米国に行動を中止し、相当な賠償金を支払うよう命じた」が、米国は応じなかった。国連安全保障理事会にももちこまれて国際法遵守の決議が議論されたが、米国は拒否権を行使した。これで「テロ国家」と呼べるかどうかは微妙だが、国際社会のしくみを軽んじているのは間違いない。

 

 著者は、9・11直後盛んに言われた「文明の衝突」論にも異議を唱える。このテロを欧米の価値観対イスラム文明の対立構図でとらえる見方へのノーである。引きあいに出されるのは、米国がイスラム国家群と手を結んできたこと。インドネシアでは1960年代半ば、軍部が貧農層に暴虐を加えるのを手助けしたと指摘する。サウジアラビアも「イスラム原理主義国家」とみなされているが、「米国の顧客国家(クライアント)」でもあるという。

 

 実は9・11の根っこも米国とイスラム国家との連携にある、と著者はみている。米国は1980年代、「アフガニスタンにいたソ連に最大限の被害を与える」ねらいで「見つけられる限りの最も過激なイスラム原理主義者を募り、武器を与え、訓練を施した」。このときに協力したのがパキスタンの情報機関であり、力を貸してくれた国のなかにはサウジアラビアが含まれるという。ここに、イスラム対欧米あるいは西側陣営の構図はない。

 

 米国には、一つの宗教を応援して別の宗教と敵対するという節操があるわけではないようだ。1980年代に「米国の主要な敵はカトリック教会だった」と著者が指摘していることは興味深い。中南米の教会で「貧者の優遇権」を主張する動きが強まっていたためらしい。「西側は敵の選び方において極めて普遍的、世界的」「判定基準は、服従しているか否かであり、権力へ奉仕しているか否かであって、宗教の如何ではない」。なるほど。

 

 この本を読んでも、テロに対する特効薬は得られない。ただ9・11直後、米国内に沸きあがった「『U・S・A』の大合唱」(訳者「文庫版のためのあとがき」の引用)は的外れだったと気づかされる。テロの犠牲となってきたのは、第三世界の人々も同様だからだ。

 

 チョムスキーは、一つの言語に囚われない言語学者だ。そして、一つの視点に囚われない思想家でもある。座標を換えて物事を見直す賢明さがあれば、大合唱の愚は犯さない。

(執筆撮影・尾関章、通算437回、2018年9月7日公開)

 

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