●「横山秀夫さんに聞く・物語の始まり」(聞き手・加藤修、朝日新聞デジタル)

写真》デジタルを印字して読んだ

 全盛期を過ぎた感が否めないテレビ番組に2時間ミステリー(2H)がある。かつて民放各局が競い合ったレギュラー枠は大半が消えた。それでも人気シリーズがスペシャル番組のかたちで放映されるのは、高齢層を中心に人々の心をとらえて放さないからだろう。

 

 2H党を自任する僕としてはうれしい限りだが、気になることもある。近年、警察ものが主流になっていることだ。もちろん、老舗のシリーズにも警察は出てくる。十津川警部ものは言うまでもなく、浅見光彦ものも主役のルポライター浅見が津々浦々の警察に出入りする。「温泉若おかみの殺人推理」でも「タクシードライバーの推理日誌」でも(ともにテレビ朝日系)、脇役の刑事がいい味を出してきた。だが、昨今は様子が違う。

 

 あえて言えば、警察という組織がギラギラしている作品がふえた。一例は、科学技術化された捜査体制だ。ドラマで事件解決のカギになるのは、監視カメラ、画像処理、音声分析、DNA型鑑定、プロファイリング……。解析結果が犯人を絞り込む。事件解決の一瞬がコンピューター画面に現れる「一致」のひと言で表現される味気なさ。警察は捜査権限があるので、大概の証拠物件を手に入れられる。監視社会の見本を見ているようだ。

 

 警察組織内の人間関係にも光があてられる。たとえば、本庁と所轄署の軋轢。警視庁・道府県警本部の捜査一課と地元警察署の刑事課との摩擦は定番だ。本庁人事で赴任してきたキャリア組エリートに対するたたきあげ刑事の意地もモチーフになる。同じ署内にあっても、生活安全課など地味な部署の警察官が活躍して花形の刑事課員に一泡吹かせるものもある。警察が体現する縦社会のありようは、ドラマの題材になりやすいのだろう。

 

 こうしてみると、科学技術化であれ人間関係であれ、近年の2Hはリアリズムを追求しているように見えるのだが、どうもピンと来ない。それはきっと、リアルの度合いが低いからだ。科学捜査も現実にはあのようにすんなりと犯人を特定できないだろう。どの解析にも誤差はつきものだし、二つの鑑定が矛盾する結論を導くこともある。人間関係だって複雑だ。雲の上の存在に対する妬みよりも仲間うちの競争意識のほうが強いことは、ままある。

 

 警察ものの2Hがリアルに思えないのは、僕自身が駆けだし記者のころ、ほんの数年ではあれ、警察署を回って取材した経験があるからだ。その後は科学報道畑に進んだのだから、社会部の事件記者のように警察の実相を語る資格はない。ただ、署内に漂う匂いのようなものは記憶の底に染みついている。残念なことに今、2Hドラマからそれは感じとれない。ごく少数の事例を除いては。その例外の筆頭格が横山秀夫原作のドラマだった。

 

 で今週は、「横山秀夫・物語の始まり」(聞き手・加藤修、朝日新聞デジタル)。作家横山秀夫の小説観に文芸記者が迫ったロングインタビューである。朝日新聞群馬県版に2017〜18年、計13回連載された記事が去年暮れに一挙デジタル公開された。群馬は、横山さんがかつて新聞記者生活を送った文筆活動の原点だ。先週に続いて「本」とは違う媒体をとりあげるが、「3万字を超える」とあるから薄い1冊を読むほどの量感がある。

 

 私的な話を付言すると、聞き手の加藤記者は僕の大恩人だ。当欄の前身「文理悠々」がブック・アサヒ・コムに開店していたころ、編集者として面倒をみてくれた。だが今回この記事をとりあげるのは、その恩義に報いるためではない。ただただ面白かったからだ。

 

 まずは、横山さんと加藤記者とのかかわりから。2003年1月に横山さん初の長編『半落ち』が直木賞候補作になるが、落選する。一つの医療手段が作品のカギになっているが、その制度解釈が現実的でないと異論が出たのだ。このとき、加藤記者は関係団体や官庁の見解をもとに、それが非現実的と断定できないことを記事にした。選に漏れた作品に対して丁寧な検証をしたことが、作家と記者の間に信頼関係を生んだのは間違いあるまい。

 

 インタビューは時系列で進む。横山さんが新聞社を辞めたのは、1991年のサントリー・ミステリー大賞で自作が候補作に残った時点。「記者が天職」と思いつつ、「何か違うなという違和感」が募っていたころだ。記事を通じて世にはびこる悪や不正を「断罪」「追及」する仕事を省みて「そんな資格が果たして自分にあるのか」と自問したという。賞の結果は「佳作」。大賞を獲って副賞の賞金で1年暮らすという思惑は潰えた。

 

 横山さんは大賞の当てが外れて、収入減を少年マンガの原作執筆に求める。出版社で原稿を渡すと、年下の編集者5人からてんでんばらばらのダメ出しが返ってくる。「悔しくてね、会議室のテーブルをばーんとひっくり返したい衝動と闘っていました」。このときに打ち砕かれたのは、「記者時代に着込んだ虚飾のプライド」だ。名刺を出せばだれにでも会えるという「万能感に近い自意識」が消え、「等身大の自分」に近づいたという。

 

 作家としての本格デビューは、1998年に松本清張賞を受けた「陰の季節」。警察組織の内情を警務課調査官の視点でとらえた。同名の短編集では、表題作を含む3編で管理部門に光が当たる。「より純度の高い葛藤劇を書くために探し当てた設定」だった。登場人物の心を占めるのは、警察幹部の天下り、県議会の爆弾質問……。裏方で奔走する人々には「事件を追う刑事以上に強烈な負荷がかかる」。横山さんは、それを見逃さなかった。

 

 ではなぜ、組織に焦点を当てたのか。そこには自身の気づきがある。新聞社を離れた直後は「解放感」に浸ったが、すぐに「手かせ足かせのないまったくの自由なんてものは幻想なのだ」と思い至る。会社を飛び出たら、社会という「組織体」の「しきたり」や「しがらみ」が待っていた。それを前提に「どう生きるか」「どう生きたいか」を考えるようになる。「もう組織が個人に及ぼす有形無形の影響を無視しては小説を書けなかった」と言う。

 

 警察組織の人間関係を扱っても、並の2Hドラマは本庁対所轄、キャリア対ノンキャリという図式を撫でるだけだ。これに比べて横山作品には葛藤の深さがあり、心模様は陰翳を帯びている。それもこれも、自身の体験を踏まえた内省があるからだろう。

 

 このインタビューでは、フィクション論も読みどころだ。横山さんは1985年の日航ジャンボ機墜落事故後しばらく、地元紙記者として御巣鷹山に通い詰めた。退社後の生活困窮時、出版社から「現場の惨状をノンフィクションで」と頼まれたが、「書こうとするたび嘔吐(おうと)して」執筆をやめた。自身の「あの事故を踏み台に」という姿に「押しつぶされた」のだ。「金に困っていない時に改めてあの事故と向き合おう」と心に決めた。

 

 それが結実したのが、長編小説『クライマーズ・ハイ』。未曽有の航空機事故を扱いながら「記録でも記憶でもない普遍的な物語」をめざした。思いついたのは「主人公に一度も現場を踏ませない」という筋立て。現場の凄絶さをもっともよく知る作者が、それを「封印」したのだ。描いたのは、新聞社内の「組織と個人のせめぎ合い」。事故の核心と距離を保つことで「メディアという生き物の精神性を炙(あぶ)り出せると考えた」のである。

 

 横山さんはインタビュー後段で、自身はジャーナリズムを離れ、川を渡って「フィクションの岸辺に立った」と宣言。記者と作家の違いを譬え話で語る。無言電話を受けたとき、「誰からの電話か突き止めようとする」のが記者。「誰からの電話か、かけてきた理由は何か、えんえんと考え続ける」のが作家というのだ。記者が手にする「一つの真実」と、作家が思い描く「10も20もの『ありえる理由』」は等価――という見方には思わずうなった。

 

 退社の経緯を語ったくだりに戻ると、こんな言葉もあった。新聞は「分析し、警鐘を鳴らし、提言をすること」に長けているが、「取材したことしか字にできない性質上、人間の気持ちのにじみやグラデーションを伝えるのは苦手」。そこにフィクションの出番がある。

 

 先週、当欄拙稿で書いたように、街を活写するには新聞の文体が力を発揮する(当欄2019年1月11日付「週刊誌を久しぶりに読んでみた」)。だが、人の内面に迫るには想像力が欠かせない。記者出身の横山さんは、それに気づいて対岸に渡ったのだろう。

(執筆撮影・尾関章、通算455回、2019年1月18日公開、同月23日更新)

 

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