●第198回通常国会の安倍晋三首相「施政方針演説」

写真》朝日新聞2019年1月29日朝刊

 おいおい、ついにそこまで手を広げるのか。そんな声が聞こえてきそうだ。当欄は1週1冊を標榜しているが、例外として雑誌記事やデジタル記事も話題にしてきた。読むことの愉悦を分かちあえるなら、本というかたちにこだわる必要はない、と思ったからだ。この考え方に徹すれば、どんな文書をとりあげてよいことになる。ということで今週は、第198回通常国会の安倍晋三首相「施政方針演説」(2019年1月28日)を熟読吟味する。

 

 こんな選択をするのは、ずっと首相演説「全文」のファンだからだ。テレビのニュースは、演説から当面の政治課題にかかわる部分だけを切りだすことが多いが、首相官邸の公式サイトや新聞紙面で隅から隅まで読めば、さまざまな現実が見えてくる。

 

 とくに僕が目をとめるのは、科学技術に言及した箇所。科学報道畑を歩んできたわけだから、身についた習性と言えるかもしれない。そこから感じとれるのは、永田町や霞が関が科学技術をどうとらえているかだ。科学技術は、とりあえずはもちあげられる。日本人科学者のノーベル賞受賞がたたえられ、先端技術の社会貢献に対する期待が表明される。だが、なにかが足りない。あえて言えば科学技術に伴う悩みごとが見えてこないのである。

 

 今回の演説にも、その傾向はある。科学技術をめぐる記述で目についたものを拾ってみよう。「全世代型社会保障」と題する節には、介護現場の負担軽減のために「ロボットを活用する」とある。「世界の中の日本外交」の節では、温暖化対策として「水素社会の実現など革新的なイノベーション」、プラスチック海洋汚染対策として「海で分解される新素材の開発」が書き込まれている。困ったときの次世代技術頼みという感は拭えない。

 

 科学礼讃は結語の章にある。1970年の大阪万博を振り返り、あのときに「会場で心震わせた8歳の少年」が、後にiPS細胞を開発してノーベル賞を受け、難病の人々に「希望の光」を与えた、と言う。山中伸弥さんの話だとすぐわかる。このあと、憲法に触れて「各党の議論が深められること」に期待を示し、「平成の、その先の時代に向かって、日本の明日を切り拓く」決意を披歴する。科学を政治に引っぱり込んでいる感は否めない。

 

 「安全保障政策の再構築」という節には、科学技術に対する的確な現状認識もみてとれる。「テクノロジーの進化は、安全保障の在り方を根本的に変えようとしています」として、サイバー空間や宇宙空間の活動に「各国がしのぎを削る時代」の到来を指摘する。ただ、それを批判するのではなく「サイバーや宇宙といった領域で我が国が優位性を保つことができるよう」促す意向を鮮明にする。このくだりで、専守に徹することは強調していない。

 

 そして、科学技術がもっとも前面に押しだされるのは、「成長戦略」の章の「第4次産業革命」と題した節。「人工知能、ビッグデータ、IoT、ロボットといったイノベーションが、経済社会の有り様を一変させようとしています」とうたいあげる。

 

 第4次産業革命とは、ざっくり言えば蒸気→電気→デジタルの次にくる産業の大激変。情報技術が実空間にまで広がって、モノとモノをつなぎ、クルマを動かし、社会そのものの運営まで一変させるという展望があるようだ。同じ節にはSociety 5.0という言葉も出てくるが、それは「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム」(内閣府公式サイト)が活躍する社会を指しているらしい。

 

 この第4次革命の新技術を、首相演説はどう位置づけているのか。なによりも、この項目が「成長戦略」の章の一節であることからわかるように、経済成長の牽引車とみているのは明白だ。だが、それだけではない。「自動運転は、高齢者の皆さんに安全・安心な移動手段をもたらします」「体温や血圧といった日々の情報を医療ビッグデータで分析すれば、病気の早期発見も可能となります」と述べて、市民生活が受ける恩恵を筆頭例に挙げる。

 

 先端技術を、福祉や医療に前向きに取り込んでいくというのは、本来、弱者支援を旗印とするリベラル派が掲げる施策だ。たとえば2004年の米国大統領選挙では、胚性幹(ES)細胞の研究に抑制策をとる共和党現職のジョージ・W・ブッシュ大統領に対して、民主党のジョン・ケリー候補が難病の治療に役立つとの立場から推進を訴えた。日本の現政権は右寄り保守と言われるが、科学技術に対してはリベラル色も打ちだしているのだ。

 

 ただ、そこから先が心もとない。第4次革命の新技術に備えて「時代遅れの規制や制度を大胆に改革いたします」とあっさり言い切っているが、これはそう簡単ではないだろう。法令を整え、その抜け穴を埋めればよいというものではないからだ。

 

 たとえば、自動運転では「交通に関わる規制」の全面見直しをうたう。事故に対する責任の所在を、こういう場合は自動車メーカーに、こういう場合はクルマの持ち主に……というように区分していくのだろうが、先端技術には想定外の事象がつきまとう。この区分になじまない事例も出てくるだろう。最近は過失事故についても加害者に対する厳罰適用を求める機運がある。この社会感情にどう向きあっていくかも考えなくてはならない。

 

 自動運転は、人間社会の営みに機械が能動的にかかわってくる技術だ。状況判断や意思決定に人間以外の存在が主体的にかかわる状況も想定される。同様のことは、ロボットについても人工知能(AI)全般についても言えるだろう。これらの新技術に対して「規制や制度を大胆に改革」するには相当に広くて深い熟慮が必要になる。事と次第によっては、近代人の罪と罰の概念を根底から問い直さなくてはならないかもしれないのである。

 

 「第4次産業革命」の節の後段では、「我が国がリードして、人間中心のAI倫理原則を打ち立ててまいります」との表明もある。AIは「人間のため」のものであり、「結果には人間が責任を負わなければならない」とみる立場を前提とするものだという。だとしたら、この課題は法令を時代に合わせる作業だけでは完結しない。哲学、倫理学、心理学、社会学、経済学など人文社会系の全領域の議論が関与する難題ではないか。

 

 ところが、この節で約束されるのは「人工知能などのイノベーションを使いこなすリテラシー」を高める小学校のプログラミング教育必修化だったり、「新たなイノベーションを次々と生み出すため」の大学支援だったりする。理工系ばかりに目が向いているようだ。

 

 科学技術の進展に乗っかっていこう。首相演説からは、そんな姿勢が見えてくる。それは防衛技術やAIについて、とくに顕著だ。この前のめりは一見、科学者や技術者にとって追い風のようではある。だが、科学研究の成果が無批判に実用技術に結びつけられたとき、どんな禍が起こるかを人類は前世紀に目の当たりにしてきた。いま待望されるのは、科学技術の恩恵を認めつつ、それがもたらす重荷からも目をそらさない政治家ではないか。

*引用箇所のテキストは、朝日新聞2019年1月29日朝刊の全文掲載による。

(執筆撮影・尾関章、通算458回、2019年2月8日公開、同日更新)

 

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