『ゲノム編集の光と闇――人類の未来に何をもたらすか』(青野由利著、ちくま新書)

写真》DNAのハサミ

 元新聞記者は、現役を退いてから年数がたつほど日々の報道に不満感が募ってくるらしい。それは、こういうことだ。新しいニュースが飛び込んでくる。たしかに大変なことだ。大々的にとりあげていい。だが、どこか物足りない。昔の話がすっぽり抜け落ちている。

 

 たとえば去年秋、本庶佑さんのノーベル医学生理学賞受賞が発表されたときのことだ。多くの報道では、本庶さんの業績ががん治療薬オプジーボの開発に絞って描きだされていた。原点は本庶グループが1990年代初めに謎の分子PD−1を見いだし、それに免疫を抑えるブレーキ機能があることを突きとめたことにある。基礎の発見が応用の果実を生むのは一朝一夕にはいかない。20年余の歳月がかかった――。そんな論調が感じとれた。

 

 で、元記者は思ったものだ。オプジーボの登場は応用・開発の根っこに基礎研究があることを見せつけた格好の例だ。だから、直近の20年余について詳述することは必須だろう。だが、それでは「どこか物足りない」。もっと昔の話を置き忘れてはいないか。

 

 これは、年寄りの愚痴に類するものかもしれない。だが、それが年寄りにしか言えないことなら、言っておいたほうがよいだろう。そう思って先日、拙稿をウェブに出してみた。「Yahoo!個人」欄の「本庶劇場には第一幕があった」(2019年1月18日付)。オプジーボ開発史は本庶劇場の第二幕にほかならない、第一幕には基礎のまた基礎とも言ってよい研究段階があり、そこでも本庶さんは輝いていた、と書いたのである。

 

 いま読み返すと、愚痴と言えないまでも自慢話のようではある。若い記者諸君は知らないだろうが自分はあの時代を見てきたのだ、という奢りを感じとる人がおられるかもしれない。そんなリスクをのみ込んでも「言っておいたほうがよい」と判断したのは、科学は科学史とともに理解しなければならないと考えるからだ。科学の展開は数年間ではとらえきれない。ときに数十年でも短すぎる。だから、昔話が大切なのだ。

 

 ゲノム編集に対しても同様の思いがある。ゲノムとは生物の全遺伝情報のこと。その一部をワープロソフトのように書き換える技術がゲノム編集だ。去年秋には、中国の科学者が受精卵の遺伝子を操作してエイズウイルス(HIV)に感染しにくい赤ちゃんを誕生させた、と主張した。本当なら大変なことだと大騒ぎになった。だが、遺伝子の組み換え技術は数十年前からあり、それについて人々が議論を重ねてきたことも忘れてはならない。

 

 で、今週の1冊は、今年2月に出た『ゲノム編集の光と闇――人類の未来に何をもたらすか』(青野由利著、ちくま新書)。当欄はすでに、『ゲノム編集とは何か――「DNAのメス」クリスパーの衝撃』(小林雅一著、講談社現代新書)という本を読み込んでいる(2017年5月19日付「ゲノム編集で思う人体という自然」)。同じテーマを改めてとりあげるのは、著者が毎日新聞の科学記者であり、僕と同時代の空気を吸ってきた人だからだ。

 

 最近、ゲノム編集のニュースが爆発的にふえたきっかけは、2010年代に入って「クリスパー・キャス9」というDNAの切断法が開発されたことにある。上記「ゲノム編集で思う…」では、『…とは何か』からその技術の要点を紡ぎだした。そこには、従来の遺伝子組み換えとどこがどう違うのかという疑問に対する答えがあった。今回の『…の光と闇』も従来型との違いを詳述しているが、僕の心に響いたのはそれと別のところにある。

 

 『…の光と闇』の長所は、ゲノム編集という一つの技術から数十年の生命科学史を浮かびあがらせていることだ。著者も巻頭で、ゲノム編集には既視感があるとして「30年近くフォローしてきた生命科学をめぐるさまざまな技術、あらゆる論争がそこにある」という感慨を披歴している。個人的な話だが、僕にとって著者は同じ取材対象を追いかける競争相手だった。今回、科学の変遷をいっしょに見つめてきたのだという連帯感を呼び起こされた。

 

 たとえば、「遺伝子組み換えの夜明け」と題する序章。「時は1974年に遡る」の一文で始まる。著者が科学記者になる前の話だ。分子生物学者松原謙一さんが米国の生化学者から国際電話を受け、カリフォルニア州アシロマで開かれる国際会議に誘われたという。アシロマ会議は、1972〜73年に考案され急進展した遺伝子組み換え技術について科学者たち自身が討議を重ね、「自主規制」に踏みだした場として知られる。

 

 これは1980年代前半、僕が科学記者になったのころの部内談議を思いださせる。アシロマ会議の話は、それを取材した先輩からよく聞かされたものだ。そこで僕の脳裏に刻まれたのは、生命科学界はアクセルだけでなくブレーキも具えているということだった。ブレーキには安全面の心配もある。倫理面からの異議もある。同じことは、当時国内で大議論になっていた脳死・臓器移植や体外受精についても言えたのである。

 

 興味深いのは、「アシロマ」がゲノム編集に対しても再現されたことだ。第4章「ヒト受精卵を編集する」を読むと、2015年には「クリスパー…」の開発者の一人、米国のジェニファー・ダウドナが呼びかけて、カリフォルニア州ナパバレーで「ヒトの受精卵操作の倫理問題」を話しあう会議を開いた。その討論結果は「たとえ法的に禁止されていなくても、人の生殖細胞の改変の臨床応用の自粛を強く訴える」というものだった、という。

 

 アシロマ会議の議論を牽引したのは、遺伝子組み換えの先鞭をつけた生化学者ポール・バーグだった。ナパ会議の中心には、ゲノム編集の応用を加速させたダウドナがいる。その場にはバーグの姿もあったらしい。アクセルがブレーキも併せもつ伝統が、ここにはある。

 

 ちょっと横道にそれるが、アシロマは生命科学を超えても大きな意義があった。英国生まれの米国の物理学者フリーマン・ダイソンは『叛逆としての科学――本を語り、文化を読む22章』(柴田裕之訳、みすず書房)で、生命科学研究の自律性をたたえ、原子核物理の分野でも「アシロマ」がありえたのではないか、と悔いている。逆を言えば、20世紀後半の生命科学は、科学者の「核」をめぐる後悔を背景に歩みはじめたとも言えるのである。

 

 この本は1990年、国際医学団体協議会(CIOMS)が愛知県犬山市で発表した「犬山宣言」にも触れている。これも学界の自律性を示す動きで、体細胞に対する遺伝子治療を認めつつ、生殖細胞に対する遺伝子改変には待ったをかけた。子孫への影響を懸念したのだ。受精卵もノーということだろう。著者は、この宣言も踏まえて「『受精卵を遺伝子改変して人間を生み出すことは禁止』の原則が世界の人々の共通認識となっていった」と書く。

 

 では、この共通認識は不動なのか。そうではないという。2017年には全米科学アカデミーと全米医学アカデミーが、人の受精卵や生殖細胞のゲノム編集も、重い遺伝性の病気や障害の治療や予防に別の選択肢がないとき「認められる場合がある」との見解を打ちだした。18年には英国の独立機関ナフィールド生命倫理評議会の報告書が、生殖細胞のゲノム編集を「一定の条件のもとで」「認めうる」とした。一歩踏みだす気配はあるのだ。

 

 これは、生命倫理には二つの価値観の対立がある、という僕の持論に照らすと納得がいく。一つは、人体という人間の内なる自然に対するエコロジー。もう一つは、弱者支援と自己決定のリベラリズム。後者を重んじれば、遺伝性の病気や障害に苦しむ人々に最新技術が救いの手を差しのべるのは、もっともなことだ。それを裏づけるように、ナフィールド生命倫理評議会は前述の「一定の条件」に「子どもの福祉」や「社会正義と連帯」を挙げている。

 

 だが著者は、受精卵や生殖細胞のゲノム編集に対する慎重な姿勢を崩さない。「生まれてくる子ども、それに続く次世代にとって、安全である保証はない」「人類全体の遺伝子プールに与える影響もわからない」「いったんゲノム編集した子どもが生まれてくれば、しまったと思っても、元に戻すことはできない」――。これらに僕が一つ付けくわえれば、この医療は親の自己決定権は尊重しても、真の当事者である子孫の意思を聞いていないのだ。

 

 答えがなかなか出ない問題を僕たちはずっと追いかけてきたんですね、青野さん。

(執筆撮影・尾関章、通算463回、2019年3月15日公開)

 

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