「災害報道の日米比較(1)〜危険地への記者派遣と経験の受け継ぎ〜」

(五十嵐浩司著、『コミュニケーション文化論集』第16号抜刷、大妻女子大学コミュニケーション文化学会2018年3月発行)

写真》新聞という「判断」の束

 ロンドン駐在時代、BBCテレビのニュースを見ていてギクッとしたことがあった。画面では、自局記者の殉死が伝えられていた。四半世紀も前のことなので、すでに記憶はあやしいが、旧ユーゴスラビアの紛争地帯で一命を落としたのではなかったか。大ニュースの扱いではなかった。印象に残るのは、キャスターが記者の経歴を淡々と振り返り、敬意と弔意を表していたことだ。それを見て、こんなことは日本ではまずないな、と僕は思った。

 

 理由は二つある。一つには、日本の大手メディアは自社の記者を戦闘地帯にめったに送り込まない。もう一つ、もしも自社の記者が危険な場所に足を踏み入れて不慮の死を遂げたなら、これほど素直に敬意を表すことはないだろうということだった。

 

 この違いはどこからくるのか。あえて言えば、そこには戦後の日本社会に根を張った死生観があるように思う。僕たちの世代は小中学校で、どんな死であれ、死は避けるべきもの、とたたき込まれた。特定の死を美しい死、気高い死ととらえる思想は徹底的に排除されたのだ。これを、戦後民主主義がもたらした偏向教育だとは思わない。人命がとことん軽んじられた時代をくぐり抜けてきた人々の痛切な思いの発露とみるべきだろう。

 

 こう考えるのも、1990年前後に脳死・臓器移植論争を取材したからだ。そのころ、欧米では脳死体からの臓器移植が広まっていたが、それは脳死を人の死とみる認識が定着していたからではないようだった。むしろ脳死移植を、死にゆく人が目前に迫る自己の死と引き換えに他者の生命を救う尊い行為ととらえているように思えた。だが日本社会では、脳死が人の死でない限りは脳死体からの臓器移植を容認しないとの見方が強かった。

 

 変化の兆しは、1992年に政府の臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)が出した答申だ。臨調委員の少数派は、脳死は人の死でないとの立場だったが、脳死の人が「脳死になれば臓器を譲る」と望んでいたのなら臓器提供者になれるという一線まで譲歩した。死の確定よりも他者への善意を優先する選択肢を受け入れたのだ。少数派の一人、哲学者の梅原猛さんは、これを仏教の「菩薩行」にたとえた。この答申が脳死移植再開に道を開いた。

 

 最近では、死生観が末期患者の延命をめぐっても問われている。死をどこまでも避けようという姿勢は正しい。ただ、死は必ず訪れる。なによりも「末期」の2文字が、そのリアリズムを映している。死を先延ばしにできる技術は次々に現れているが、なかには本人が望まぬもの、苦痛を強いるものもある。そういう患者に延命技術をどこまでどのように用いるのか。そこでは、日本社会の戦後死生観だけでは割り切れない倫理も求められている。

 

 で、話をジャーナリズムに戻そう。記者の危険地報道を扱った論考が僕の手もとにある。「災害報道の日米比較(1)〜危険地への記者派遣と経験の受け継ぎ〜」(五十嵐浩司著、『コミュニケーション文化論集』第16号抜刷、大妻女子大学コミュニケーション文化学会編、2018年3月発行)。著者は、朝日新聞の元国際記者。テレビ朝日系「報道ステーション」にも出ていた人だ。この論考は、元同僚の僕に送ってくれた著作の一つである。

 

 表題に「(1)」とあるのは、災害報道(Disaster Reporting)をめぐる日米比較論の「序論」という位置づけかららしい。著者は、米国の特派員歴が長い。この論考でも現地に赴いて、ニューヨーク・タイムズやAP通信の幹部ら5人に聴き取り調査をしている。

 

 論考はまず、2011年の東京電力福島第一原発事故で日本の大手メディアが取材陣の安全確保を最優先させた結果、批判を浴びたことに触れる。近隣自治体の首長の一人も、日本外国特派員協会の記者会見で「日本のメディアは人々に寄り添っていない」と発言したという。この経緯を踏まえて「『ジャーナリストの安全確保』と『メディアとしての使命』の相克に、米国のマス・メディアはどのように対処しているのだろうか」と問いかける。

 

 聴き取りによると、ニューヨーク・タイムズもAP通信も事故、テロを含む災害報道で取材マニュアルを用意していないという。ニューヨーク・タイムズでは報道倫理をめぐる綱領やマニュアルが充実しているが、それでも原子力災害時に放射線量のような数値を示して取材の可否判断に役立てるといったことはないらしい。日本メディアが「取材のテーマごとに細分化されたマニュアルや『手引き』」をつくる傾向にあるのとは正反対だ。

 

 では、現場取材は記者任せなのか。ここで興味深いのは、米メディア内にも考え方の違いがあることだ。日本のメディアに近いのはAP通信だ。国際報道担当副社長のジョン・ダニスゼウスキ氏は「記者個人には決して判断させない」と断言する。氏の説明によれば、記者を送るかどうかは通信社幹部の会議で決める。9・11同時多発テロ級の大事件なら、副社長2人に編集局長、写真局長、テレビ局長を加えた5人が呼びだされるという。

 

 その会議の中身も押さえておこう。記者を送ることが決まると、「派遣の規模や期間」「何をどこまで取材するか」といったことだけでなく、派遣される要員の「精神状態」や「家族のケア」まで話し合われるという。管理職としてのリスク管理にも怠りないわけだ。

 

 これとは対照的に、ニューヨーク・タイムズは記者の自主性を重んじる。現場に赴くかどうかは記者が部長や局次長ら上司と話しあって決めるが、このとき「一方的」なトップダウン方式はとらないという。国際報道担当編集局長のマイケル・スラックマン氏は「記者が自分自身で担当したいと手を挙げるのが大原則」と強調、災害は個々に性格も衝撃度も違うので「ジャーナリストたちがその都度対応を考えるのが妥当」と結論づけている。

 

 これは、記者教育のあり方にもつながる。この論考によると、AP通信の記者は戦地取材を想定する研修に定期的に参加しなくてはならない。一方、ニューヨーク・タイムズの場合は、戦地に赴く記者が出発前に専門機関で訓練を受けるくらいの対応らしい。

 

 両社に違いがあるのはなぜか。この問いに対する著者の分析は鋭い。「社風の違い」で片づけるのではなく、メディアの構造に踏み込む。AP通信は、世界中に記者や映像記者、通信員を4000人ほど擁し、熟練度のばらつきが避けられないので、現場判断に委ねるには心配がある。これに対して、ニューヨーク・タイムズは取材記者の人数が少なく、しかも経験豊かな腕っこきぞろいなので、めいめいの判断を尊重できるというのだ。

 

 この論考で喚起されるのは、僕たちは事実に即して物事を決める能力を鈍らせてしまったのではないか、という反省だ。著者は、聴き取りの相手から「『日本メディアのマニュアル依拠』ぶり」を「しばしば指摘された」。その目には、判断放棄にも映るのだろう。

 

 著者は、AP通信のトップダウン方式が「マニュアル依拠」とはほど遠いことに注目する。「危険地への記者の派遣や撤退などはマニュアルに記載された数値によって決めるのではなく、組織のトップを占める管理職ジャーナリストたちがその都度、合議で判断する」。合議では、頼るべき基準がないのだから自ら情報を集めて専門家に助言を求め、熟慮の末に決断することになろう。ジャーナリスト精神とは、そういうことではないか。

 

 この熟慮の段階で、本稿のまくらで書いた戦後日本社会の死生観が考慮されてもよいはずだ。その結果として欧米メディアと異なる判断に至るのなら、それはそれで納得がいく。そこには、責任を基準の数値に押しつけるのとは一線を画する自律的な姿勢がある。

 

 なんでもかんでもマニュアルをつくり、それを金科玉条にして思考停止に陥る。そんな行動様式が今の日本社会に蔓延している。ジャーナリズムこそがしなやかな思考の力を見せつけなくてはならないのに、世間に調子を合わせるばかりだとしたらなさけない。

*登場する米国メディア幹部の肩書きは、いずれも著者の五十嵐氏がインタビューした2016年2月時点のものです。

(執筆撮影・尾関章、通算469回、2019年4月26日公開)

 

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