『宙ぶらりんの男』(ソール・ベロー著、太田稔訳、新潮文庫)

写真》振れて揺れて

 あれは、いつのことだったのか。いろいろ思い返してみても、それが何年だったかさえ朦朧としていることがある。そんな思い出の一つ。まだ学生のころだ。その日、僕は自分の学び舎ではなく東京大学本郷の階段教室にいた。米国人作家の講演を聴くために。

 

 その人は、ソール・ベロー。1976年にノーベル文学賞を受けた作家だ。70年代初めには小説邦訳の文庫版刊行が相次ぎ、日本でも知名度が高かった。講演会があったのは、そのころ。おそらくはノーベル賞の受賞より前だった。僕も米国文学を気どって読んでいたので、友人に誘われると二つ返事で応じた。英語は聴きとれまいと観念していたが……。席は教室の後方。教壇を見下ろすかたちだ。窓からは柔らかな陽ざしが射し込んでいた。

 

 その講演について今回、さまざまなネット検索をかけてみたが徒労に終わった。半世紀も前の催事情報がデジタル化されていることはめったにない。ベローの来日歴くらいは出てきそうなものだが、それも見つからなかった。いま頼れるのは僕の記憶だけだ。

 

 とはいえ、表題すら覚えていない。話の中身は案の定、ついていけなかった。すべてがおぼろだが、脳裏に鮮烈に焼きついていることが一つある。ベローがカッコよく見えたということだ。登壇すると、まずは上着を脱ぎ、シャツの袖をおもむろにまくってから話を始めた。シャツの色はブルー系で、襟元はボタンダウンだったように思う。当時は文学者といえば鬱屈した人という先入観が強かったから、その颯爽とした姿は意外だった。

 

 で、今週は『宙ぶらりんの男』(ソール・ベロー著、太田稔訳、新潮文庫)。この文庫本が刊行されたのは1971年。今回は、その初版を古書店で見つけた。本を開くと、紙は日に焼けている。正真正銘の70年代本に惹かれて、これを買うことにした。

 

 カバーには原題のDangling Manの表記がある。それを見たとき、この本は70年代にすでに読んだのではないか、と一瞬思った。僕が学生時代、どんな仕事に就くかの当てがなかったころ、この小説でdangling=ぶらぶらという言葉を知って「オレは今、danglingなんだな」と自嘲した記憶があるからだ。ところがページを繰っていても「読んだな」と感じる箇所に出会わない。本を買ってはみたものの中身は読まなかったのか。

 

 間違いなく聴いたが、何が語られたのかが皆目わからない講演。題名は原題までも脳に刻まれているのだが、読んだかどうか確定できない小説。1970年代は、すっかり遠くに追いやられてしまった。だがそう思うと、この古書文庫本はいっそう愛おしい。とにもかくにも、「宙ぶらりん」のひとことが一青年のモラトリアム状態に共振したのだ。だったら、小説主人公のdanglingがどんなものかを跡づけてみようではないか。

 

 作品に踏み込む前に、著者の略歴に触れておこう。巻末の訳者解説によると1915年、カナダに移民したユダヤ系ロシア人の家庭に生まれた。父は事業家だったが、失敗を重ねたようだ。一家は24年、米国シカゴへ移住する。家庭は裕福ではなかったが、本人は大学や大学院に進み、社会学や文化人類学を学んだ。大学で教職にも就いている。『宙ぶらりん…』は出世作。44年に発表された。第2次世界大戦末期のことである。

 

 この作品は、主人公の「ぼく」、ジョウゼフ27歳の暮らしぶりを日記形式で描く。最初の日付は大戦中の1942年12月15日。冒頭で、日記をつけること、即ち「自分自身への語りかけをくりかえし、内心の動きを記録に残す所業」が、昨今では「遊び、弱さ、悪趣味」と蔑まれるようになったことを嘆く。ハードボイルド派は「内面生活」を「胸にしまっておけ」と言うが、世界が「非モラル化」しているときにそれは当たらないと主張する。

 

 こんな対比もある。ハードボイルド派は「飛行機を乗りまわし、猛牛と闘い、大魚(ターポン)を釣りあげる」。これに対して「ぼく」は「日に十時間は、一室だけの部屋に一人でいる」。ヘミングウェイ流行動派台頭の時代に、それと逆張りの自己主張をしている。

 

 いわば、内省派宣言だ。当欄の書き手として、僕はこれに深く共感する。当欄は日記と違って公開こそしているが、拡散志向は強くない。たまたま目に触れた人に読んでいただければよい、くらいの気持ちでいる。それでも毎週書きつづけるのは、内省の舞台を確保したいからだ。1冊の本をテーブルに置いて、周りを自分や自分の分身たちが取り囲む。その雑談で視界が広がったりするのだ。これだって大魚を釣るほどの醍醐味がある。

 

 表題にある「宙ぶらりん」は、「ぼく」の境遇そのものだ。シカゴ在住で、徴兵に応じて勤め先を退職したのに、書類の不備やら審査の必要やら条項の改定やらを理由になかなか入隊できない。いわば「官僚主義」の犠牲ともいえる失業状態。友人が臨時雇いで選挙の世論調査員をやらないかと声をかけてくるが、それにも気乗り薄な返事をする。妻のアイヴァが働きに出て、その収入で生活する。住まいは、トイレも共用の下宿屋だ。

 

 「ぼく」は啓蒙時代の哲学者をめぐる論文を執筆中とあるから、文系知識人なのだろう。だが、今は読書が手につかない。代わりに朝食後、新聞を「一語も余さず」に読む。「窓をひらいて、天候を眺(なが)め、新聞紙をひろげて、世界を受入れる」「かくてぼくは、世界にみたされ、はっきりと目をさます」。主人公は自室滞在が長くても引きこもりではない。新聞の精読を通して世界とかかわっている。これも、社会派の一つのありようだ。

 

 この作品には戦時色が漂う。クリスマスの日、「ぼく」が兄の家に招かれたとき、夕食は「物資配給量の不足」の話題でもちきりだった。米国にも物不足があったのだ。兄は、軍隊では幹部候補生をめざせと忠告するが、「ぼく」は同意しない。「大多数の男が、市民生活における野心を、軍隊にまで持ちこんで、いわば、戦死者の背中を踏み台に、おのれの昇進を志す。ぼくはちがいますよ」。戦争がもたらす心理の歪みを冷静に見抜いている。

 

 日記に書き込まれた米国観は読ませる。米国民は「殺戮行為に関与しすぎている」が、その一方で、ペットの救命に飛行機が使われることもあるし、高齢者の延命看護に隣人たちが手を差しのべることもあるというのだ。博愛の理想を追い求めながら、それとは正反対の泥沼にはまり込む。これは、僕たちの世代がベトナム戦争のころに見せつけられた米国の矛盾そのものだ。その意味で、この作品は1960〜70年代の先取りとなっている。

 

 そう言えば、この作品にはベトナム戦争のころに流行ったアメリカン・ニューシネマを連想させる場面がいくつもある。たとえば、兄の家で繰り広げられる15歳の姪エッタとのいさかい。「ぼく」が好きなレコードをかけていたら、エッタが「あたしも、プレーヤーを使いたいのよ」と近づいてくる。それは口喧嘩で終わらず……。まるで幼稚園児のおもちゃ争いのような光景。そんな騒動をありのままに描くところは、ニューシネマそっくりだ。

 

 夫婦喧嘩もある。妻のアイヴァが本を捜していたときのことだ。見つからないのは、よりにもよって「ぼく」がこっそり女友だちのキティに貸していた小説だった。「ぼく」は別の本を読むように仕向けるが、それが怒りを買って外へ飛びだす。めざすはキティの家。雨のなか、「濡れた服、濡れた石炭、濡れた紙、濡れた大地のにおいを吸い、霧の流れに押しやられる格好で、ぼくは街角へ向った」。主人公のずぶ濡れも、ニューシネマ風だ。

 

 内省の記述では、戦争と死が縦横に語られる。ある箇所では、「戦争を支持」と断言する一方で「戦争の恩恵を受けるよりは、その犠牲者となるのを選ぶ」と書く。別の箇所では、「自己保存」を称えるスピノザの思想を引いて「われわれは自分自身を支配すべきだ」「ぼく自身がリスクを背負いこむ必要がある」と自らに言い聞かせる。ところが最終盤では、その自己決定権を放棄するような言葉にも出会う。これが戦時知識人の苦悩なのだろう。

 

 米国社会の価値はgreatばかりではない。自らの弱さを隠さず、理想と現実の乖離に悩む。これは、米国知識人が20世紀後半に見いだしたカッコよさだ。ソール・ベローはその先達だった。最近の米国社会は、この価値観を置き忘れてしまったようにも思う。

(執筆撮影・尾関章、通算471回、2019年5月10日公開、同日更新)

 

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