the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』

(スコット・ギャロウェイ著、渡会圭子訳、東洋経済新報社)

写真》古書店で見つけた本、通販で買った本

 商店街で、店先の張り紙に「閉店」の2文字を見つける。その頻度が昔よりも高まったように思う。それがフランチャイズの飲食店やコンビニなら、早めの撤退だな、と納得する。だが、その店が数十年も前から見慣れた老舗だとずしんと身にこたえる。

 

 今春は、そんな衝撃が相次いだ。一つめは、最寄りの商店街にある和菓子店。男子スイーツ部員をもって任じる僕にとっては近隣の最重要店の一つだったが、3月半ばに店を閉じた。家人が告知の張り紙に気づいたのが閉店日の直前。当日、僕も様子を見に出かけてみると、店の周りに行列ができていた。和菓子の賞味期限はそんなに長くない。それでも大量に買い求める人がいる。地元の「味」にこだわる人がこれほど多いとは。

 

 そうこうするうち、次の衝撃に見舞われた。4月末、隣駅の商店街にある古書店が店じまいしたのだ。僕が育った家のすぐそばにあり、学生時代はよく店をのぞいた。最近も、ときどき本を漁りに自転車を走らせていた。昨今の中古本ショップと違うのは、品ぞろえに店主の思いが感じとれたことだ。閉店の知らせに僕は幾度か店に赴き、新刊書店では手に入らない本をいくつも買い込んだ。先々週とりあげた乱歩本はその1冊である。

 

 和菓子店と古書店。どちらも生活必需品を供給する店ではない。だが、その存在によって、街にはゆったりとした空気が漂う。僕たちは、それに誘われてぶらぶら歩きしようという気持ちになる。そういう店が一つ、また一つと消えていくことが残念でならない。

 

 日本列島を見渡せば、今、商店街はズタズタだ。地方都市では、駅を降りたとたんシャッター通りに出くわすことが少なくない。大都市はさすがに人口が集中しているので、店じまいしたままの店舗がそんなに多くない。その代わり、そこに飲食店やコンビニ、スマホショップ、整体院などが割り込んでくるところが目立つ。これらは、店構えが全国一律のものが多い。個人商店ならではの佇まいは雲散霧消してしまったようにも思う。

 

 で、今週は『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(スコット・ギャロウェイ著、渡会圭子訳、東洋経済新報社)。GAFAGoogle(グーグル)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Amazon(アマゾン)の4大IT企業を指す。2018年8月刊。僕が苦手なビジネス書の趣もあるが、あえて選んだのは、商店街衰亡の背後にはIT(情報技術)による産業の変容があり、それが世界そのものも変えつつあると思うからだ。

 

 著者は、巻末の横顔紹介によるとニューヨーク大学スターン経営大学院教授。MBAコースの教壇に立っており、YouTubeでは毎週、Winners & Losersという動画を公開している。経営学の語り部としてカリスマの域にあるらしい。だが、この人にはもう一つ、実業家の顔がある。これまでに企業9社を興した「連続起業家(シリアル・アントレプレナー)」。さらに新聞界の最高峰ニューヨーク・タイムズの役員を務めたこともあるという。

 

 著者は学究肌ではない。本文に綴られた自分史によれば「生まれたのは中流の下の上といった世帯」で「一家で高校を卒業したのすら私が初めてだった」が、大学へ進学(ニューヨーク大学の公式サイトには、カリフォルニア大学ロサンゼルス校を卒業、同バークレー校で経営学修士号を取得したとある)。そのことが「この上なく平凡な私に、世界でも一流の教育を授けて出世できる道筋を開いてくれた」。アメリカンドリーム風の回顧だ。

 

 自分史には、大学の学部を出て大学院の修士課程に入るまでの間、いったん就職したことも書かれている。「大学卒業後、成功して女性にモテたいという不純な目的のために、モルガン・スタンレーで2年間働いた」。この一文は、心にとめておいたほうがよい。「女性にモテたい」は、ただの軽口ではない。この本は一貫して、ビジネス戦略を人間の欲求とのつながりでとらえている。その大らかさには、ちょっと退いてしまうほどだ。

 

 この本の流れに沿って、四騎士めいめいについての記述を追っていこう。まずは、アマゾン。これこそが、世界中の商店街を窮地に追い込んだ「コマース」の巨人だ。その成功のカギは、最初の標的を本に絞ったことにあるらしい。「見つけやすく、すぐ捕まえられて、洞穴に持ち帰っても価値が下がらず、またうっかり毒を群れに持ち込むリスクのないもの」。消費者を狩猟で暮らす原始人に見立てれば、書物はそんな獲物に相当するという。

 

 アマゾンは、その特長を増幅する仕掛けを配備した。一つは「なか見!検索」の試し読み。本屋の立ち読みと同じことが画面上でできる。もう一つはブックレビューの書き込み。ネット世界とつながることで、玉石混交の書評をいちどきに読める。「見つけやすく、すぐ捕まえられて」を一歩進めて「どの本が食べる(読む)価値があるかを認定する」ことの手助けまでしてくれるのだ。これでは、僕が郷愁を感じるあの古書店はかなわない。

 

 アマゾンは、あらゆる物品販売に手を広げた。ただそれは、店舗販売を否定するものではない。通販は商品の保管や配送が欠かせないので、モノばなれができない。ただ、ヒトばなれはある。倉庫では無人化が進む。レジなしのコンビニ「アマゾン・ゴー」も生まれた。著者は、創業者ジェフ・ベゾスが最低限所得保障制度の必要を口にしたことをとりあげ、この商法が「破壊される雇用に代わるだけの仕事を新たに生み出すことはない」とにらむ。

 

 ここで注目すべきは、著者が、こうした起業がもたらす雇用破壊によって「おそらく私たちの社会は、中産階級を維持する方法を見つけなければならないという重荷を背負うことをやめてしまった」とみていることだ。ここで言う中産階級は、ロボットやAI(人工知能)に代替されうる部門の労働者を含む中間層のことだろう。大多数が所得保障に助けられ、ごく少数が富裕層をかたちづくる。そんな究極の格差社会の影がちらついて見える。

 

 アップルは、この話の延長線上にある。著者は、アップル製品には1970年代から「ぜいたくなムード」が漂っていたと書く。アップルは、使い手に「自分たちは社会の画一的な歯車の1つではない(“ではない”に傍点)」「他人とは発想が違う(シンク・ディファレント)」という自尊心をもたらした。その製品はやがて、より小さく、より美しく、より多機能になってセクシーさを帯び、「異性へのアピール度」を高めることにもなったという。

 

 著者は、アップルを「高級ブランド」の一つに分類する。それは、自分はただの中間層ではないと思う人の心をくすぐって、今までにない価値を生みだしたのである。「感情」まで売りものにするのだから「現在の事業はテクノロジーではない」。その結果、テクノロジー企業が直面する後続企業の追撃にそれほど脅えないで済むのは強みだ。アップルが「ぜいたく品ブランドとしての地位によって生きながらえる可能性は高い」という。

 

 残る2社はどうか。フェイスブックには「何十億」の人々の「個人情報」が登録される。グーグルには人々の「人目につかない」検索行為を通じて「世界中のすべての情報」が集まってくる。どちらも、それらを広告につなげて莫大な収入を得ることができるのだ。

 

 著者の「気がかり」は、両社が自らを「プラットフォーム」(情報交流の舞台)の提供者と位置づけていることだ。その裏返しで「メディア」としての「社会的責任」が置き忘れられているという。たとえば「真実と嘘を判別する義務」からは逃げ腰だ。あるいは、既存メディアのデジタル戦略に影響を与え、クリック数本位のコンテンツづくりに向かわせることもある。ネット情報はただで行き渡る強みがあるが、歪みかねない弱みもある。

 

 結語の章で著者は、四騎士がめざすのは「つまるところ金儲け」と言い切る。そしてもう一度、雇用破壊の側面を強調して「この調子だとアメリカは300万人の領主と3億人の農奴の国となる」と見通す。自分が「領主」になれる確率はきわめて小さい。

 

 翻ってみれば、商店街はそれと正反対だ。買う側と売る側が対等目線で言葉を交わす。噂話も交じるが無闇には拡散しない。そんな理想郷が失われるのを座視していてよいのか。

(執筆撮影・尾関章、通算472回、2019年5月17日公開、同日更新)

 

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