『超現実主義宣言』(アンドレ・ブルトン著、生田耕作訳、中公文庫)

写真》ミシンと傘

 朝のうちに書いてしまおう。というのも、これが夢の話だからだ。最近は毎日のように夢を見る。その余韻は目が醒めた直後には残っているのだが、たいてい急速に消えていく。ところが、けさ――正しくは過日の執筆時点――はどうしたことか、数時間を経てもなお、筋書きの輪郭が脳裏にとどまっている。せっかくだから、そのあらすじを記録しておこう。内面を人目に曝すことには躊躇するが、夢とは何かを考える素材にはなるだろう。

 

 それは、どうも会社の会議室のようだ。スーツでバシッと決めた若い男女が研修かなにかを受けている。僕は、受講者からみると先輩格のようで、世話係のような役目に就いている。そこに講師役とおぼしき会社幹部の紳士がやってきて女子の一人に声をかける。名札の氏名を読みあげて「君の名前は、すばらしいね」。そんなことを言っている。言われたほうは顔を赤らめ、戸惑いをみせて、つぶやく。「わたしがつけたわけではないのですが」

 

 で、僕はハッとする。やばいっ、これはセクハラではないか。幹部にそれとなく注意を促そうか。いや、待てっ、それほどではないかもしれない。身体の特徴をあげつらったのならアウトだが、今回は名前だ。しかも苗字を含めてほめているのだから性的要素は少ない。いやいや待てよ、この幹部は同じことを男子にも言うだろうか。言わないのならイエローカードか。いやいやいや、男子に向かって言ったとしても「余計なお世話」感がある……。

 

 僕は、こんなことをとめどなく考えつづける。夢のなかで、ぐだぐだと思い悩むのだ。会社から離れて6年近くたったというのに、早暁に脳空間を占める世界は、ここまで企業人の心理に囚われている。この夢は、間違いなく現実の地続きであるように思える。

 

 だが、夢にはもっとぶっ飛んだものだってあるはずだ。たとえば、空間が2次元の夢、そこでは地面を這う虫のような気分になるだろう。反対に、5次元空間にいる夢、写真を撮ったら立体像が現れるかもしれない。あるいは、時間が反転する夢、どんどん若くなるのは結構なことだが、このとき意識はどんな流れ方をするのか。時空の1次元プラス3次元という構造、時間の非可逆性といった約束事が壊れただけでも僕たちの世界は一気に広がる。

 

 残念なことに僕はそんな夢を見た記憶がない。ただ、もしかしたらそれは記憶がないだけで、実は夜な夜な荒唐無稽な世界に浸っているのかもしれない。なべて夢は忘れやすいのだ。覚醒時の現実と波長の近いものだけが日が昇っても生き残っているのではないか。

 

 で、今週は『超現実主義宣言』(アンドレ・ブルトン著、生田耕作訳、中公文庫)。著者がシュールレアリスム(超現実主義)運動の旗手として20世紀前半に発表した論考3編を収めている。「超現実主義宣言」(1924年)、「超現実主義第二宣言」(30年)、そして「超現実主義第三宣言か否かのための序論」(42年)だ。この本は、反骨のフランス文学者として知られる訳者の邦訳(94年、サバト館刊*)を99年に文庫化したものだ。

 

 略歴欄によると、著者(1896〜1966)は、フランス北西部ノルマンディ地方出身の詩人。パリでは医学教育を受けたらしい。実験研究にも馴染んでいたのか、この本の口絵に載ったフォトモンタージュの自画像では、手もとに顕微鏡が置かれている。

 

 さて、シュールレアリスムと言うと、すぐに思い浮かぶのが「ミシンとこうもり傘が解剖台で偶然出会う」情景だ。異質なものが思いがけなく交錯する、そこにリアリズムを超えた世界が立ち現れる、という感じか。この文言は、著者の「宣言」に盛り込まれた惹句のようにも思えるが、そうではない。19世紀の詩人ロートレアモンが作品のなかに織り込んだものだ。超現実主義が運動となる前から、シュールな人はいたことになる。

 

 本文に入ろう。1924年の「宣言」でまず目を引くのは、小説をとことん腐している箇所だ。出版や新聞の文化は「現実主義的態度」によって「愚かさと紙一重のわかり易さ」に堕しているとして、一例に「小説の氾濫」を挙げる。「誰も彼もがこまごました〈観察〉にかかりきっている」「味も素っけもない報告書の文体が小説のなかでもっぱら通用している」。新聞記者ならほめられることが、ここでは批判の的になっている。

 

 たとえば、こんな文章もこきおろされる。「青年が通された小部屋は黄色い壁紙が張られていた。窓ぎわにはゼラニウムの鉢植えとモスリンのカーテンが見られた。夕日がすべての上に強烈な光線を投げかけ……」。これは、ドストエフスキー『罪と罰』の一節である。

 

 これに対して、著者が目を向けるのが夢だ。世間では、夢が過小評価されているという。人間は目覚めると「己れの記憶に翻弄され」「記憶は夢の中の諸事件をわざとぼんやりとしか思い出させず」「夢は括弧のなかに閉じ込められる」。自己は覚醒状態をつないで継続感を保っているということか。だが著者は、醒めた精神状態を「深い闇から発する暗示に従っているだけ」とみる。もしそうなら、夢と覚醒の地位は図地反転のように逆転する。

 

 そうか。僕が「現実主義的」な夢しか見ないと思うのも、たぶんこんな事情からだ。ほんとうは羽目を外した夢をたくさん見ているのに、それらは早々と「括弧のなか」に封印されてしまった。「括弧」を取り払えば、それを追体験できるのかもしれない。著者自身は超現実主義者として、夢と現実は「一種の絶対的現実、言うなれば超現実(この3文字に傍点)のなかで溶け合う日がいつか訪れる」との信念を披歴している。

 

 1924年の「宣言」には、超現実主義を辞典風に定義づけた一節もある。おもに言語芸術を前提にしているように思えるが、引用しよう。「心の純粋な自動現象で、それを通じて口頭、記述、その他あらゆる方法を用いて思考の真の働きを表現する方向を目指す。理性による一切の統御を取り除き、審美的また道徳的な一切の配慮の埒外でおこなわれる思考の口述筆記」。つまりは覚醒時ならではの辻褄合わせや取り繕いを排除するということか。

 

 「超現実主義的魔術の秘訣」と題するくだりでは、心の自動現象をそのまま記述するための微に入り細を穿った指南がある。「できるだけ受け身の、つまり受容的な状態に自分を置くこと」「あらかじめ主題を考えずに、記憶したり読み返したりする気がおこらないほど速く書くこと」……。句読点が言葉の流れを邪魔することも指摘して「気が向くかぎり続けなさい。呟(つぶや)きの尽きせぬ性格に委せなさい」と言い添える。

 

 ミシンとこうもり傘を暗示する論及もある。とりあげられるのは、ピエール・ルヴェルディという人の論考だ(1918年)。「多少とも相隔たった二つの実在を近づけること」をイメージの発生源ととらえていた。著者はこれを受け入れつつ、ルヴェルディは「二つの実在」を「思い通りに接近させることが可能であるとは思えない」と書く。期待できるのは「偶然の接近」。超現実主義のイメージは人間が意図して呼び起こすものではないという。

 

 ここで興味を引くのが、この宣言の執筆が1920年代半ばということだ。まさに量子力学の建設期。原子世界の決定論が揺らぎ、どちらに転ぶか偶然が支配する確率論が取って代わろうとしていたころだ。超現実主義と量子論。そこに響きあう何かがあったのか。

 

 この宣言は、超現実主義の試みが幼いころの精神生活の「再体験」をもたらすことも強調している。「幼少期の想い出」からは「〈常軌を逸した〉印象が浮かび上がる」が、著者はそれを「この世の中で最も実り多い感情」とみる。幼少期こそが「『真の人生』に最も近づいている」というのだ。常軌逸脱の具体例は「人間の女の顔をした象」「空飛ぶライオン」……これらにも女性と大型哺乳類、天空と陸上生物という隔たりの接近がある。

 

 「第二宣言」によれば、夢や自動記述の産物は「われわれが送っていると思っている生活とは別にもう一つの生活が存在する」ことを証拠づけるという。毎夜見る夢の括弧を外して対岸の世界をのぞいてみれば、足もとの些事に煩わされずに済むということか。

 

*サバトの漢字表記は、サが「奢」、トが「都」、バはさんずいに雨冠、その下に革と月。

(執筆撮影・尾関章、通算474回、2019年5月31日公開)

 

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