『われらの時代に』(アーネスト・ヘミングウェイ著、宮本陽吉訳、福武文庫)

写真》ハートのエースが出てこない?

 数週間前、当欄がとりあげたソール・ベローの小説『宙ぶらりんの男』(太田稔訳、新潮文庫)では、主人公が冒頭でまず日記の効用を説いていた。第2次世界大戦のさなか、「非モラル化」の時代である。こんなときこそ、日記を綴って自分自身に語りかける行為が意味をもつのだという。ここで槍玉にあがるのが、そのころ勢いのよかった「ハードボイルド派」である(当欄2019年5月10日付「ソール・ベローのカッコよさは何か」)。

 

 その主人公によると、ハードボイルド派は人間の「内面生活」に興味を示さない。そんなものは「胸にしまっておけ」と言わんばかりだというのだ。ただ、この世の中に人の心に無関心な人々がいるというのは、ちょっと疑わしい。ハードボイルド派は、ほんとうに内面嫌いなのか。今回は、そのことを考えてみたい。過日の回で『宙ぶらりん…』の主人公に共感して、その辛辣な決めつけの尻馬に乗ったことに若干の負い目があるからだ。

 

 もともとハードボイルドとは、卵などの固ゆで状態を言う。それが、第1次大戦後の米国文学に現れた「簡潔な文体で現実をスピーディーに描く」手法を指すようになった(「デジタル大辞泉」)。ここで押さえておくべきは、あくまで文章作法の問題ということだ。

 

 「簡潔な文体」は、個々の文が短いこととほぼ同義だ。日本語ならば、主語→述語とか、主語→目的語→述語とか、主語なしで目的語→述語とか、そんな単純構造の文が連打される。そう言えば、僕の高校時代、国語の教師はハードボイルド文体の歯切れよさを称揚していた。ただそのころ、日本文学では軟派の野坂昭如、硬派の大江健三郎に代表されるような文を長々と続ける作家に人気があったから、僕もそっちの流派に魅力を感じていた。

 

 そうとばかり言っていられなくなったのは、新聞記者になってからだ。駆けだしのころから、記事は簡潔に、と叩き込まれた。だれが、いつ、どこで、なにをした、という骨格をまず書く。そこに、なぜ、どのように、という肉付けをする。whowhenwherewhatwhyhowの5だ。形容詞や副詞はできる限り削ぎ落とす。これが、記者の文章作法だ。原稿の書き方では、僕もすっかりハードボイルドに染まってしまった。

 

 ただ、俗にいうハードボイルドは文体論にとどまらない。行動様式や嗜好のありようを表すことがある。『宙ぶらりん…』の主人公が思い描くハードボイルド派のイメージは、こうだ。「飛行機を乗りまわし、猛牛と闘い、大魚(ターポン)を釣りあげる」。これは、どうみてもヘミングウェイを示唆している。前述のデジタル大辞泉にも、ハードボイルドの手法は「ヘミングウェイらに始まる」とあるから、この連想は当然か。

 

 で今週は、その文豪の短編小説集『われらの時代に』(アーネスト・ヘミングウェイ著、宮本陽吉訳、福武文庫)。ハードボイルドな行動様式の作家がハードボイルドな文章作法で書いた作品を精読して、そこに「内面」の片鱗がみてとれるか探ってみようと思う。

 

 まずは、本の成り立ちから。訳者あとがきによると、著者は1924年に戦場や闘牛場などの情景を断章風に素描する「スケッチ」集を本にした。25年にその一部を小説に改め、ほかの小説と併せて短編集にする。残ったスケッチは小説各編の間に挟み込んだ。30年の決定版は、序文代わりの小話と、小説14編、スケッチ16編を収めている。いくつかの作品の主人公は「ニック」で、同一人物のようにも読める。この邦訳文庫版は88年刊。

 

 著者(1899〜1961)の紹介欄をまず見ておこう。「狩猟好きな医者の父と音楽を愛する母の長男として、シカゴ郊外に生まれる」「幼少年時代は夏になるとミシガンのワルーン湖畔の別荘に行き、釣りや狩猟をしたり、インディアンにまじって遊んだりした」……。これらの記述は必読だ。この本は巻頭に「実在人物は存在しない」とあるから自伝として読むのは憚られるが、著者の軌跡を知っておかないと大変に読みづらい。

 

 たとえば、「インディアン村」という一編。ニックが父や叔父と湖岸にやって来ると、先住民二人が待ち構えている。「二そうのボートは暗闇の中で動き出した。ニックはずっと前の靄(もや)の中にオール受けの音を聞いた。このインディアンたちは素早く浅く水を切って漕いだ。水の上は寒かった」。これぞ、ハードボイルド。ただ、一行が対岸の村へ急な往診に出向く途上だという状況は、父が医師であるという予備知識がないとわからない。

 

 「あることの終わり」では、その著者紹介欄も助けにならない。この一編では、ニックがマージョリーという女性と船に乗って夜釣りに出る。マージョリーは湖岸の一角に目をやって言う。「製材所だったころを覚えてる?」。二人は、幼なじみなのだろう。だが、たどり着いた岬で交わす言葉はぎこちない。「なにもかもが、ぼくの中でめちゃめちゃになったような気がする」「恋愛もちっとも面白くないの?」「そう」。二人の間に何があったのか。

 

 答えは、次の一編「三日間のあらし」でようやく出てくる。ここでは、ニックが友人のビルとウィスキーを飲みながらひたすら語りあう。そのやりとりによれば、ニックとマージョリーは周囲が婚約中と見紛うほどの仲だったが、ニックのほうから「関係を切った」らしい。あの夜釣りは破綻の局面だったのだ。それなのに「あること…」は、「二人はたがいに体も触れあわずにすわって月がのぼるのを見つめていた」といった即物描写にとどめている。

 

 余計な説明をしない筆致。訳者あとがきは、これを「省略法」と呼ぶ。当時の文学者が印象派の画風から採り入れた手法で、著者は「氷山の原理」で説明していたという。氷山は、先端が見えるだけで大半は海面下に隠れている。小説もそれでいい、というわけだ。

 

 この短編集で、ハードボイルドの特徴がいっそう露わになるのは、小説よりもスケッチのほうだろう。前後の小説の筋とは直接関係のない場面が短く切りだされる。たとえば、戦争難民と思われる人々の行列。「水牛や家畜が泥濘をくぐって荷車をひいていた」「年をとった男たちや女たちはずぶ濡れになって、家畜を追いながら歩いていった」「女たちや子供たちは荷車の中で、マットレス、鏡、ミシン、包みといっしょにうずくまっていた」

 

 戦闘そのものもとりあげている。「おそろしく暑い日だった。おれたちは橋をいちぶのすきもないバリケードでふさいだ」。材料にしたのは、民家の玄関にあった鉄格子。唐草模様が施されたもので、そのすきまから銃撃もできる。「やつらがそれをのりこえようとすると、おれたちは四十ヤード手前からねらい撃ちにした」。戦争が殺傷行為によって成り立っていることが包み隠さず言語化されている。ここには、感情のかけらも混入していない。

 

 闘牛の描写はどうか。「マエラは腕に頭をのせ、顔を砂にうずめて動かなかった。出血のせいであたたかくねばつくのがわかった。いちいち角が刺さるのがわかった」で始まるスケッチ。闘牛士が闘いの末に命を落とす場面だ。「マエラ」には「『午後の死』に登場する実在のメキシコ人名闘牛士」との補足説明がカッコ書きで添えられている。訳注だろう。『午後の死』とは、同じ著者が後年に闘牛について考察したノンフィクション作品である。

 

 この描写でちょっと気になるのは、前述の引用部2番目と3番目の文が「わかった」で終わっていることだ。だれが「わかった」のか。「あたたかくねばつく」とあるのだから、闘牛士本人とみるのが妥当だ。英語の原文には、きっとheという主語があるのだろう。著者のハードボイルドは、ただ見たこと、聞いたことを書くだけで終わっていないのだ。瀕死状態にある男の内面に入り込んで、その皮膚感覚を照らしだしている。

 

 ここには「マエラはすべてのものがだんだん大きくなりつぎに小さくなっていくのがわかった」「すべてのものが映画のフィルムがはやくまわるときみたいに次第に速く走り始めた」との記述もある。著者は、瀕死の人の心模様まで外形事実のように叙述している。

 

 ハードボイルド派はぶっきらぼうだ。自分の心の内を冗舌に語ったりはしない。他人の心についてはなおさらだ。だが、人間の内面生活にまったく興味がないわけではなさそうだ。これはというときには内心にも踏み込む。「宙ぶらりんの男」にはそう言っておこう。

(執筆撮影・尾関章、通算475回、2019年6月7日公開、同日更新)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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