『駅路――傑作短編集(六)』(松本清張著、新潮文庫)

写真》駅名

 私事だが、スマートフォンの保存フォルダーに、これぞ昭和という画像がある。ひなびた駅のプラットホームで写した集合写真。男女総勢10人ほどが並んでいる。働き盛りの20〜40代とみられる人々だ。背広姿で髪は七三分け、ネクタイを締めた男性たちがいる。スーツ姿でスカートをはいた女性たちがいる。画像に撮影年月日のデータはないが、この装いからみて昭和の高度成長期かその余韻が残るころに撮られたとみてよいだろう。

 

 職場の懇親旅行であることは、ほぼ間違いない。服装がカジュアルでないのは、推察するに週末1泊2日の旅程だったからではないか。あのころはまだ、週休2日制が日本社会に広まっていなかった。勤め人は、土曜日も出勤して昼まで働いた。この人たちもおそらく、土曜の昼過ぎにようやく仕事から解放され、通勤服のまま行楽地に赴いたのだ。だから、職場をそっくり切りだしたような雰囲気を旅先まで引きずっている。

 

 この画像は最近、親類の葬儀で披露された故人のスナップ写真をスマホの内蔵カメラで写し取ったもの。故人は1960年代から硬派の法人で働いていた。その堅実な職業人ぶりが偲ばれる1ショットを僕自身の記憶にもとどめておこう、と思ったのだ。

 

 で、その集合写真を見ているうちに故人の懇親旅行にもう一歩踏み込みたくなった。これはいったい何線の何駅なのか。そんな問いが頭をもたげたのだ。画像には、いくつかのヒントがある。背後の駅名表示板は大半が人々の陰に隠れているが、冒頭の1文字だけは見てとれる。ひらがな表記では「し」、漢字では「下」、ローマ字では「S」。ローマ字の2文字目上部が縦棒2本のこともわかる。「SH」? 「した」か「しも」で始まる駅名らしい。

 

 ヒントは、もう一つ。隣駅の名が、ひらがな表記で2文字見えるのだ。「はだ」である。そのローマ字表記も「HADA」の4文字がはっきりしている。5文字目は微妙で、左側に縦棒が1本あり、そこから右に横方向の枝が出ている。「F」とか「K」とか「P」とか「R」とか、そんな文字が思い浮かぶ。日本の鉄道で「下…」という駅が「はだ…」という駅と隣りあっているところはないか――こうして僕の探索が始まった。

 

 これは、まるでミステリーだな。不謹慎なことだが、2時間ミステリー(2H)ファンの好奇心がうずいた。今の時代はネットという最強の味方がある。なんとかなるかもしれない。そう思っていろいろ検索すると、最後は正解と思われる駅名にたどり着いた。そこは、東京のオフィス街で働く人々が1泊2日で気分を一新するのに手ごろな温泉地だったが、ここで種明かしするのは控えておこう。みなさんご自身の手でぜひ謎解きを。

 

 で、今週は『駅路――傑作短編集(六)』(松本清張著、新潮文庫)。表題作を含む短編10作品が収められている。奥付によれば、初版は1965年、そのあと改版されてはいるが、おおむね60年代半ばまでに発表されたものを集めているとみてよいだろう。

 

 ページを繰っていくと、むかし読んだことに気づく作品がある。著者の短編集は複数の版元から多様な組み合わせで出ているから、別の本で出会っていたのかもしれない。読んではいないが、ぼんやり筋を思いだせるものもある。テレビでも著者の作品を原作とするドラマが量産されているのだ。ミステリーが既読既視というのは謎解きの醍醐味を激減させるが、それでも読みたい気になるのは作品に筋書きとは別の魅力があるからだろう。

 

 その一つが旅情だ。著者の作品では、代表作『点と線』のように列車のダイヤが事件の謎を解くカギとなっていることがあるが、そうでなくとも鉄道が欠かせない。理由は、作品の主人公が東京の住人であっても事件は都内で完結せず、「地方」での出来事を伴うからだ。両者を結ぶ仕掛けとして鉄道がある。著者は、中央と地方を対比させる作家だった。そのモチーフが、旅情を呼び起こして読み手の心をつかむことにもなったのである。

 

 短編集『駅路』にも、表題作の題名に暗示されているように旅の話が多く出てくる。執筆年代は前述の通りなので、新幹線はまだない。だからこそ、東京からみると地方は途方もなく遠い。そのことで主人公には、東京とは別の座標系が用意されていることになる。

 

 新幹線の不在を痛感させられるのは、「ある小官僚の抹殺」という作品。「昭和二十×年」の話だ。このなかで、中央官庁の課長が岡山県内へ視察に出るときの旅程を見てみよう。東京駅20時45分発の下り急行「安芸」で旅立ち、翌朝10時37分に岡山到着。それから4日間をかけて県内6カ所の食品工場を見て回ることになっていた。今なら日帰りで済む出張がほぼ1週間がかり。この距離感は、僕が幼いころには間違いなくあった。

 

 この小説では、課長が予定を大幅に変える。岡山に着くなり、出迎えた工場関係者に「今日はどうしても東京に帰らねばならぬ」と言いだして、切符を用意させるのだ。その列車は岡山16時37分発の上り急行「さつま」。今日帰るとは、今夜の夜行で帰途に就くことを意味した。ちなみに急な予定変更の理由は、往きの夜行列車が姫路駅に着いたときに買った朝刊の記事にあったらしい。駅売りの新聞が最速の情報源という時代だった。

 

 新幹線は大都市間の瞬間移動装置に近いが、在来線には移動の途中がある。それを感じさせるのが「誤差」と題する一編。「宿は六軒ぐらいだった」の一文で始まり、「東海道線から私線で二時間ばかり山奥に入る湯治場である」と続く。そう言えば、在来線で旅行していると、停車駅に私鉄電車のホームが併設されているのを見かけることがある。地方都市はただの通過点ではない。そこから先にまた別の世界が控えていることに気づかされる光景だ。

 

 その「湯治場」は「H鉱泉」だ。近くは「仏法僧の棲息地(せいそくち)」。秋が深まれば「渓谷が紅葉に彩(いどろ)られる」という。こんな記述に触れると、読者はそれがどこだか知りたくなる。ただ、「H鉱泉」「仏法僧」を手がかりにネット検索をかけてみても、「下…」「はだ…」で駅を特定したようにはぴったりの地名が出てこない。もしかしたら架空の設定なのか。だが怒るまい。小説には虚実の空間をとり交ぜてもよい特権があるからだ。

 

 「捜査圏外の条件」という一編は、昭和20年代半ばに東京で銀行員だった男の話。事情があって山口県のセメント会社に転職する。「東京と本州の果ての海沿いの小さな町。銀行とセメント会社、環境の隔絶はまず申し分がなかった」。これこそが、著者がこだわる中央と地方の対比だ。興味深いのは、男が出発する日、東京駅で同僚たちに見送られることだ。当時、長距離列車のホームは人生の転機にある人に対する激励の場だった。

 

 「万葉翡翠」には昭和の駅の別の顔がある。登山客が夜行列車に群がる新宿駅。「乗客たちはホームから地下道の入口まで一列に坐(すわ)り込んで乗車を待った。ほとんどが若い人ばかりで、リュックの上に腰掛けたり、新聞を下に敷いて本を読んだりしていた」

 

 表題作「駅路」からも、あの時代の中央と地方の関係が浮かびあがる。失踪の物語。冒頭まもなく「この年の春、小塚貞一は、某銀行営業部長を停年で退職した。その骨休みというか、しばらく東京を離れて遊んで来る、と家人に言い遺(のこ)している」とある。

 

 捜索願が出されると、刑事たちが家にやって来る。そこで探りだされるのが、中央の銀行員の地方都市とのかかわり方だ。小塚は本社の部長職に就く前、広島と名古屋で支店長をそれぞれ2年間務めていた。出世の階段となる転勤によって地方を知ったのだ。そして、趣味は旅をして写真を撮ること。妻の説明によれば「独り旅で、勝手に出かけるのを好んでいた」という。果たして「骨休み」「遊んで来る」は漂泊願望の表れだったのか。

 

 アルバムを見せてもらうと、玄人はだしの写真がぎっしりと並んでいる。北陸の東尋坊、永平寺、中部の下呂温泉、犬山、木曽福島、蒲郡、関西の京都、奈良、串本……。この旅先を見て、刑事はあることに思い至る。ここが、このミステリーの読みどころだ。

 

 清張の旅情からは、中央と地方の昭和戦後的な結びつきがよく見えてくる。

(執筆撮影・尾関章、通算480回、2019年7月12日公開、同日更新)

 

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