『水木しげるの雨月物語』(水木しげる著、河出文庫)

写真》人の数式

 新聞の読書面で美術家の横尾忠則さんが『化物蝋燭』(木内昇著、朝日新聞出版)という本を片仮名書きで書評していた(朝日新聞2019年8月3日朝刊)。「サトウハルオガ ゼンブン、カタカナデ カイイショーセツヲ カイタ」ことに倣い、「ワタシモ コノホンガ カイダンナノデ、ショヒョーヲ コワクスルタメニ、カタカナデ カク」と宣言している。おもしろい趣向だった。だが、疑問もある。片仮名には「コワクスル」効果があるのか。

 

 僕には、横尾さんと真反対の感性がある。「幽霊が出てくる怪談は怖い」の字面は、見るからにおどろおどろしい。そこで怖くしないために「ユーレイが出てくるカイダンはコワイ」と書きたくなるのだ。とりわけ「霊」の1文字は、見ないで済むなら見たくない。

 

 なぜか。最大の理由は、「霊」が死と不可分のものとみられているからだろう。「霊」は人の心身を「心」と「身」に分けて考えたときの「心」の実体を指す。だから、「身」が死によって失われれば「心」が残る。それを「霊」と呼ぶのだ。数式で表せばこうなる。

 人=身+心、したがって、人−身=心=霊。

 そこで人は、死によって「身」を失うと「霊」として立ち現われる、という理屈だ。

 

 だが、これには唯物論者からの反撃が予想される。モノがすべてという立場で言えば、「心」も「身」が起こす現象にほかならない。死とともに「身」が朽ちれば「心」も消える――。たとえ唯物論に立たなくとも、幽霊の存在を受け入れない人は多い。「心」が「身」と別物ならば、それは「身」の死によっても消滅しない。ただ、このときに「心」は「身」とは別の空間で持続する。未練がましく、この空間にのこのこ現れるとは思えない――。

 

 そうだ、そもそも「心」の実体を言い表すならば「心」の一語で事足りるのだ。「霊」という言葉は要らない。幼いころの無邪気な「心」も、青春時代の恋多き「心」も、実社会に出てからの損得勘定まみれの「心」も、どれもこれも「霊」とは言わない。ならば、没後の「心」だけを「霊」と呼ぶのは一貫性を欠く。不祝儀袋にも「御霊前」ではなく、「御心前」と書けばよいではないか。この世界にユーレイなんているはずもないのだから。

 

 と、威勢よく啖呵を切ってみたものの、やはりなんとなくユーレイが気になる。で、今週は、江戸期半ばの文人上田秋成の筆になる『雨月物語』をとりあげてみよう。ただ僕は、古文を読むのが苦手だ。幸い、恰好の助け舟を見つけた。『水木しげるの雨月物語』(水木しげる著、河出文庫)。『雨月…』原著にある9話のうち3話を現代文の物語にして、それに合わせた挿絵をふんだんに盛り込んだ本だ。初版は1985年に出ている。

 

 著者・水木しげるは、言うまでもなく『ゲゲゲの鬼太郎』の漫画家。1922年に鳥取県境港市で生まれた。「著者あとがき」には、上田秋成を知ったのが少年時代の国語の教科書を通してであったことが書かれている。それから、『雨月…』や『春雨物語』を読むようになる。これらの作品はドロドロ感が希薄で、「美しさみたいなもの」(「美しさ」に傍点)を宿しているので虜になったという。妖怪ものの大家はドロドロが嫌いだったのだ。

 

 著者は秋成の伝記も読んだ。「本居宣長の説に反対してみたり、煎茶道なるものを始めてみたり、大切な春雨物語の原稿を井戸の中に捨ててみたり、はなはだ変り者で、逆に尊敬の念を深くした」(引用部のルビは省く、以下も)。型破りなところは著者自身にも通じる。

 

 当欄では、この本に収められた3話のうち「夢応の鯉魚」に焦点を当てよう。主人公は、近江の名刹三井寺の興義という老僧。絵心があり、「寺務の暇がある日には、琵琶湖に舟を浮かべ、漁師から買いとった魚を湖水に放し、その魚の泳ぎ回るさまを見てはそれを絵に描いた」。魚を静物とは見ず、動的にとらえようとする。眠れば夢で水中の魚とざれあい、覚めればそれを一幅の絵に仕上げる。その魚を「夢応の鯉魚」と呼んだという。

 

 興義があるとき、生死の境をさまよう。息が止まったので、周囲の人々はいったんは死んだものと思ったが、体が温かい。三日ほどして突然、目を覚ます。老僧は「何日くらい経ったのかな」と尋ね、一つ頼みごとをした。檀家である「平の助の殿」に使者を送り、進行中の宴会を打ち切って寺に来るよう伝えてくれ、というのだ。使者が殿の館に着くと、たしかに宴たけなわだった。老僧の意識は混沌としていたのに、なぜそれがわかったのか。

 

 ここで「助」とは、長官を補佐する次官を指す。寺にやって来た次官に老僧は問う。「漁師の文四に魚を注文なさいませんでしたか」。その通りだ。次官が驚くのを尻目に、さらに話を続ける。漁師が大魚を館に運び込んだこと、そのとき次官は碁を打っていたこと……これも、その通り。そして「料理人は、得意そうに魚を籠から取り出し、それをなますにしました」。見てきたような描写だ。ほんとうに見ていたのではないか。

 

 ここで老僧興義は一転、自分の体験を語り始める。発病後のことだ。「あまりの苦痛に耐えかねて、気絶してしまったのも知らず、熱気をさまそうと、杖をたよりに寺の門を出ました」。まもなくたどり着いたのは、琵琶湖畔。裸になって水に入ると「幼少の頃から、特に泳ぎが達者だった訳でもないのに、思うように泳ぎ回れました」。このとき彼は床に臥せっていたのだから、歩いたり泳いだりできるわけがない。これは間違いなく、夢だ。

 

 話はなおも続く。ひとりの老人が大魚に乗って近づいてきて、「水の神」の言葉を伝える。「老僧はかねてから放生の功徳が大きい」、そこで「金色の鯉の服を授けよう」というのだ。そのとたん、興義は自分が「金色の鱗で覆われた鯉」に一変したことに気づく。

 

 ここからがおもしろい。興義の鯉は「長等山の山おろしを受けて逆まく浪に身を浮かべ、志賀の入江の汀あたりを遊泳してみる」。あるいは「比良の高山の山影が映っている湖水の底深く潜ってみた」。でも、隠れてばかりはいられない。「堅田の漁火にしぜんと引き寄せられる」。竹生島の周りでは神社を彩る朱色の玉垣にはっとさせられたりもしたらしい。秋成は、作品のなかに読み手が喜びそうな観光スポットの情報までしのび込ませているのだ。

 

 このあとどうなったかは、ネタばらしになるので明かすのを控える。ただ、興味を覚えるのは、秋成がこの話にユーレイを登場させていないことだ。興義は臨死状態になって幽体離脱したともいえるが、離れたはずの「霊」はどこにも現れない。レイらしきものが鯉の姿で湖水を遊泳したという奇談を彼本人に語らせながらも、その確証はない。漁師が捕まえた魚はただの鯉だったかもしれないのだ。話はすべて、夢という「心」の現象に帰される。

 

 夢はなんでもありだから、人が魚になっても不思議はない。僕はここで、『超現実主義宣言』(アンドレ・ブルトン著、生田耕作訳、中公文庫)が、「夢」を「もう一つの生活」ととらえて重視していたことを思いだした(当欄2019年5月31日付「夢の話から入るブルトンのシュール」)。興義は、夢が目覚めとともに「括弧のなかに閉じ込められる」(ブルトン)という性向に抗い、その括弧を取り払って物語を解放している。

 

 こうしてみると、上田秋成は18世紀に『雨月…』を書いたが、20世紀のシュールレアリスムを先取りしていた。しかも、「夢応の鯉魚」を夢想の枠にとどめることで、唯物論とも折り合いをつけている。そこには、近代精神の芽があるように思う。

 

 ことわっておくと、この本に収められた他の2編「吉備津の釜」「蛇性の婬」はちょっと趣が違う。前者では怨霊が人の言葉を発する場面がある。後者では妖怪が人の姿となって立ち現れ、人間世界を騒がせる。作者は「霊」=「心」に「身」の肉づけをして、僕たちがいるこの実空間に出現させているのだ。考えてみれば、これこそが古来、怪談奇談の主流だったのだろう。秋成は近世の人だから、そういう作品も書いていたことになる。

 

 最後にもう一つ、「夢応の鯉魚」に残された謎を。老僧興義は、檀家の館で繰り広げられる宴の様子をなぜ言いあてられたのか。勘がよい? 偶然? でもこういうことは現実にある。現代人にとってユーレイよりも怖いのは、むしろこうした奇妙な符合ではないか。

(執筆撮影・尾関章、通算484回、2019年8月9日公開)

 

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