『原子核の世界(第二版)』(菊池正士著、岩波新書)

写真》土台(本の背表紙は薄紙越し)

 「核」という言葉は、いつから嫌われ者になったのだろうか。

 

 「核廃絶」「核なき世界」は世の大勢が望んでいると言ってよい。「反核」を掲げる運動に共感する人も多い。このときの「核」とは何か。狭義には「核兵器」の省略形だが、広義では原子力利用全般を指す。最近では後者が強まっているように思う。

 

 僕たちは子どものころ、「放射能の雨」にさらされた。1954年、米国の水爆実験がまき散らした核分裂生成物を日本の漁船乗組員が浴びて、一人が亡くなる。第五福竜丸事件である。日本人は広島、長崎の被「爆」で原子爆弾の凶悪さをまざまざと見せつけられていたが、今度は核分裂生成物が放つ放射線に被「曝」して核の怖さを実感したのだ。小学校では、雨の日には必ず傘をさし、濡れたときは髪をよく洗うように先生から言われた。

 

 たぶん、こうして「核」が核兵器を意味するようになったのだろう。では、「核」=原子力平和利用の使われ方はどうか。これは、決して反原発運動に特有の用法ではない。推進側も「核燃料サイクル」などと言ってきたからだ。ところが1979年に米国スリーマイル島原発事故、86年に旧ソ連チェルノブイリ原発事故が起こる。そのころから、環境保護派のNo Nukes(「核は要らない」)というスローガンが目立ってきたように思う。

 

 「核」にはもともと、ものごとの中心や軸といった語義がある。だから、「事件の核心」「核家族」のように幅広く使われる。その一つとして、原子の真ん中にある塊を「原子核」と呼ぶようになった。だから、物理学者が「核」と言うとき、それが原子核を指すのはよくわかる。ところが今では、遍く世間の人々が「核」と耳にしただけで人類が原子核からとり出す莫大なエネルギー現象を思い浮かべるようになってしまった。

 

 どちらにしても今、「核」のイメージには怖さがつきまとう。ただ強調しておきたいのは、原爆投下も原発災害もすべて人間の営為の結果としてあった、ということだ。人間が手を出さなくとも原子核はそこにある。このことは心にとめておいたほうがよい。

 

 ここからは理科の話になる。20世紀に入って、物質が原子から成り立っていることが確実視されるようになっても、それがどんなつくりになっているかははっきりしなかった。1911年、原子が実は原子核とその周りにある電子からできていることがわかる。当初、原子核の主成分は陽子と呼ばれる電荷プラスの粒子と思われたが、32年、電荷ゼロの中性子も混ざっていることが突きとめられる。原子核は、陽子と中性子の塊だった。

 

 ここで押さえておくべきは、僕たちの物質世界が、その原子核を土台としていることだ。自然界には原子核の崩壊という現象があるが、それを起こす放射性物質は僕たちの身の回りにそんなに多くはない。この本も、テーブルも、パソコンも、コーヒーマグも、小分けにしていけばすべて原子核に行き着く。しかし、それらはほとんど崩壊しない。ここに安定があるのだ。僕たちの世界の安定は、土台をなす原子核の安定に拠っている。

 

 だとしたら、その核の安定について僕たちはもっとよく知っておく必要がある。で、今週は『原子核の世界(第二版)』(菊池正士著、岩波新書)。著者(1902〜1974)は、日本を代表する実験物理学者。電子線回折という結晶解析法の研究で知られるが、原子核物理の実験にも打ち込んだ。大阪帝国大学教授時代の1934年、講師だった理論物理学者湯川秀樹がノーベル賞に結実する中間子論の着想を得たとき、それを見守った指導者だ。

 

 この本は、1973年刊。初版は57年に出たが、原子核研究をめぐる状況の変化――素粒子物理学の進展、他分野への影響――を反映させるべく改版された。著者が亡くなる前年のことである。僕には若いころに読んだ記憶があるのだが、それが57年版だったか73年版だったか思いだせない。今回は古書店の書棚で見つけて思わず引っぱりだした。当時の岩波新書を覆っていた薄紙までそのままだ。懐かしさが込みあげてきた。

 

 この本では、物質の最小単位探しが陽子や中性子、電子などを扱う素粒子物理学の領域に及んでいることを概説した後、本題である原子核の話に入る。そこでとりあげられるのが、原子核をかたちづくる陽子や中性子がどんなしくみで結びついているかという難題だ。

 

 「真空中に離れて浮んでいる二物体間にはたらく力で、われわれが今まで知っているのは重力による力か、電気あるいは磁気的な力である」。厳密に言えば、「今まで」は「1930年ごろまで」だろう。当時、物理の力はどれも重力か電磁力に帰せられると考えられていた。ところが、重力は陽子や中性子の間では「非常に小さく、原子核の結合力にはなりえない」。電磁力は「中性子のような電気をもたぬ粒子に作用することはできない」。

 

 そこで著者は、原子核内の陽子や中性子――これを核子という――の間に働いて、それらを束ねる力が「従来知られていたものとは全く別種のものであることは疑う余地がない」と結論づける。これが核力だ。「核力は核子と核子の距離が非常に接近したときだけ作用する」。その近さは10兆分の1センチほどだという。既知の重力や電磁力も距離の逆二乗で弱まるが、遠方への作用を無視はできない。ここが大きく違うところだ。

 

 この人類未知の力を提案したのが、湯川中間子論だ。著者も序章で、湯川が「陽子や中性子の間の力の作用の問題を研究するのには、それだけを考えていては不十分で、まだまだよく知られていない他の粒子があるはず」とみて「今日中間子と呼ばれているもの」の存在を予言したことに触れている。原子核という物質世界の土台は、重力や電磁力ではなく、未知の粒子を媒介とする未知の力によって固められていることに気づいたのである。

 

 この本を読んでいくと、僕たち人類が生きる環境で、その物質の土台がとてつもなく安定している理由がわかってくる。読みどころは、第江蓮峺胸匈砲髪宙」だ。この地球で見つかる天然の放射性物質は、幾種類かの放射性核種が核崩壊を繰り返す過程で生まれている。大もとの核種は、たとえばウラン238、ウラン235、トリウム232。寿命の目安となる半減期は、それぞれ45億年、7.1億年、140億年だ(本書第25図から)。

 

 このことから著者は、さまざまなことを読みとる。まず、地球の年齢は「大ざっぱにいって数十億年を越えない」と推理する。もし数十億歳よりも年寄りならば、半減期7億年余のウラン235など消えてしまっているだろう。ここには、地球の「地殻」は「新しく元素の転換などは起りえないような状態」にあるとの前提がある。地球上の「核崩壊」は、大昔に撒かれたタネを起点として今も細々と続いているということだ。

 

 次に続く文章が見落とせない。「数十億年まえには、どういう状態であったかはわからないが、いま地球を形づくっている物質も原子核反応が盛んに起って、新しく放射性原子がどんどんつくり出されるような場所におかれていたことも明らかである」。そのころは、やがて地球という塊になる物質がまだ「太陽系全体」か「宇宙全体」のどこかにあり、原子核反応を頻発させていたということらしい。そこにあるのは不安定な宇宙像である。

 

 裏を返せば、地球は例外ということだろう。天然の核反応は、太陽を例に挙げるまでもなく宇宙の星々でふつうに起こっているが、地球では大昔の名残があるだけだ。ただ、このことでは今年のノーベル物理学賞で注目を浴びている太陽系外惑星のことが気になる。地球のように生命が持続可能な天体があるとしたら、そこにもまた地球と同様の安定があるのではないか。(当欄2019年10月11日付「ノーベル賞がETを視野に入れた日」)

 

 この本では、原子力の「平和利用」も語られる。著者は放射能について「人体に及ぼす影響は遺伝的影響を含めてその限度が十分にわかっているから、管理が正しく行なわれれば少しも問題はない」と書く。そこにあるのは、戦後しばらく科学界で優勢だった推進論だ。だが著者の没後、人類は米国、旧ソ連、日本で原発の大事故を体験して「核」の技術が地球の安定に背くものであることを痛感した。たとえ、それが「平和利用」であったとしても。

(執筆撮影・尾関章、通算496回、2019年11月1日公開)

 

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