『考証要集――秘伝! NHK時代考証資料』(大森洋平著、文春文庫)

写真》電柱という時代のしるし

 今週は、デンチュウでござる。殿中はよいが電柱はダメ――時代考証の話である。

 

 時代考証とは、ある時代の物語をテレビドラマや映画、芝居にするとき、その時代にあってはならないモノやコトを排して適切な事物に置き換える作業を指す。たとえば、江戸時代には電力網がなかったのだから、電柱などあるはずもない。僕は子どものころからへそ曲がりで、時代劇の侍たちが田舎道でチャンバラを繰り広げていても視線の向く先は殺陣ではなく、背後の風景だった。電柱があったら見逃すまいと目を凝らしていたのだ。

 

 もう一つ気になったのは、メガネだ。小学生時代、大村崑の「とんま天狗」(日本テレビ系列)が鼻メガネをかけて画面に現れると違和感を覚えたものだ。子ども心に、メガネなどのガラス製品は江戸時代まで欧州伝来の秘蔵品でしかありえない、と思い込んでいた。

 

 ところが今回、「東京メガネ」という眼鏡店のウェブサイトで意外な史実を知った。江戸時代でも17世紀末になると京、大坂や江戸にメガネを売る店があったという。とんま天狗のメガネも理屈のうえでは「あってはならないモノ」ではないらしい。

 

 これらはみな、江戸が東京になる前の話だ。明治の近代化は、理系風に言えば「相転移」とも呼べる不連続変化を日本社会にもたらした。だから、明治よりも前の時代考証はさぞかし難しいことだろう。そこには海外事情から切り離され、科学技術がほとんどない世界がある。にもかかわらず、人々はそれなりに洗練されていたから、生活の細部には文化が宿っている。そのありようを再構築するには、残存資料を調べ尽くさなくてはならない。

 

 と、ここまで書いてきてふと思うのは、20世紀半ばに生まれた僕たちの世代も江戸期の人々と同様、後世になって考証に手を焼く時代を生きてきたのではないか、ということだ。幼いころにテレビはなかった。電話も一家に1台あるかないかで、市外通話は大贅沢だった。それが今は、スマートフォン一つでエンタメ映像も見られるし、海外の相手とも顔を見ながら談笑できる。この激変は、江戸末期と明治初期を分かつ不連続に似ている。

 

 きっと僕たちにも、22世紀を生きる人々のために現代の資料をしっかり残しておくことが求められているのだろう。幸い、今は多くの記録がある。新聞、雑誌、写真、映画……そして最近はデジタルデータも保存されるようになった。たぶん2119年の時代考証は今よりもずっと楽だろう。逆に言えば、現代の考証家はマスメディア、映像技術、IT(情報技術)の助けを借りずに過去を再構築していることになる。

 

 で、今週の1冊は『考証要集――秘伝! NHK時代考証資料』(大森洋平著、文春文庫)。著者は1959年生まれ、大学で西洋史を学んだ後、NHKに入った。局内では長く、時代考証を担当。大河ドラマなどをつぶさにチェックしてきた。この本の巻末には「NHK職員向け資料を底本とした、オリジナル文庫」とある。2013年刊。同じ文春文庫から続編ともいえる『考証要集2――蔵出し NHK時代考証資料』も出ている。

 

 著者は序文で、19世紀フランスの作家アレクサンドル・デュマの言葉を引く。歴史を「一本の釘」にたとえ、「私はそこに、私の小説を引っ掛けるのだ」と言ったという。著者によれば、時代考証とは「その釘をしっかり打ち込む作業」だ。なるほど、と思う。

 

 派手な仕事ではない。映画の宣伝などでは「○○の完全な再現に成功しました!」という惹句が躍りがちだが、「時代考証においてはるかに大事なのは『××を出さずに済みました……』という消極的成功」と、著者は言う。まさに、あってはならない事物の排除だ。

 

 では、さっそく本文に入ろう……と思ったら、本文らしい文章はない。この本では、考証すべきことがらが辞書形式で五十音順に並んでいる。したがって、ページを順にめくるという禁欲的な読書がなかなか難しい。本を手にとって、たまたま開けたページの記述に目をとめ、コレがそういうことならアレはどうなのかと興味を広げて別のページへすっ飛ぶ、というような拾い読みをついしてしまう。今回は、それを許してもらおう。

 

 こうやって、あちこちのページを漁っていてすぐに気づくのは、時代考証の対象はモノばかりではなく、結構、コトが多いということだ。なかでも、言葉の使い方がらみの話がたくさん出てくる。当欄は、そこに焦点を絞ろう。たとえば、「空気」は「幕末明治以降の科学用語」なので、時代劇では使えない。戦国時代ものの大河ドラマの台詞に「部屋の空気を入れ替えなさい」とあったときは「お部屋に風を入れなさい」に正したという。

 

 「青年」も、「明治時代の造語」「和製漢語」とされる。この説明では、著者の蘊蓄がフルに発揮される。この言葉は、東京YMCA初代会長の小崎弘道が1880(明治13)年に「ヤング・メン」の訳語として考案したという。著者は『日本YMCA史』(奈良常五郎著、日本YMCA同盟出版部)を参照して、「青年」は後に中国へ伝わり、中国語にとり込まれたことも書き添えている。ともあれ、「青年藩士」はNGなわけだ。

 

 「問題」も問題。この単語は17世紀初めの『日葡辞書』(日本語のポルトガル語訳を収録)に出てこないから、時代劇に使うのは黄信号だ。著者は、現代調を避けるための言い換えを例示する。「それが問題だ」なら「そこが難題じゃ」とするのも一案。「難題」は『日葡辞書』に載っているというからおもしろい。ちなみに「解決する」にも、時代劇用に「埒(らち)を明ける」などの代案が示されている。「問題解決」は一筋縄ではいかない。

 

 「〜です という語尾」という項目もある。参照文献として『話し言葉の日本史』(野村剛史著、吉川弘文館)を挙げ、「口語としての頻用は明治になってから。時代劇台詞ではあまり用いない方がよい」と助言する。ただ、「です」は近代の産物ではないらしい。狂言に「閻魔大王でっす!」という台詞が出てくるからだ。「ですます」の「です」は今では空気のような日常表現だが、明治期にどんな経緯でそうなったのだろうか。

 

 固有名詞の考証もある。一例は「細川ガラシャ」。著者は戦国ドラマに「私は細川ガラシャでございます」という台詞があるのを直させたという。「ガラシャ」は洗礼名なので、ふつうの自己紹介では本名「たま」のほうがよさそう、とは僕も思う。だが、それだけではない。「細川」もダメなのだ。「当時は女性が嫁ぎ先の姓を名乗ることはまずない」とある。時代考証を究めるには、現代の習わしをいったん忘れることが肝要らしい。

 

 その意味で、現代の価値観が詰め込まれた言葉は要注意だ。たとえば「自由」。この熟語は昔から存在したらしいが、「『フリーダム』の訳として口語で使われるようになるのは明治以降」のこと。時代劇では「勝手」「随意」「自在」などに置き換えたほうが「自然に聞こえる」と、著者は言う。ただ、これらの代替案では、気ままに、支障なく、といった意味合いは出せても、束縛に対置される「自由」の語感をもたせられないように僕は思う。

 

 苦笑したのは「不条理」。著者は「カミュじゃないから、時代劇では『非道』『理不尽』『没義道(もぎどう)』等とする」と指南するが、これだと『異邦人』(アルベール・カミュ著)の主人公ムルソーが、陽光のまぶしさや砂浜の焦熱のなかで囚われた感覚は表現しきれないだろう(当欄2018年8月10日付「異邦人ムルソーのママンとは何か」)。そもそも、近現代人の概念を中近世の人々の口から語らせることに無理があるのだ。

 

 「感動をありがとう・感動をもらった」と「勇気をもらった」も批判の的になる。著者によれば、それぞれ「九〇年代以降に出てきた言い方」「最近はやりだした表現」。無闇に使ってはならない。「感動」や「勇気」は「他人とやり取りするものではない」とも断ずる。

 

 痛快な小言幸兵衛ぶりだ。そんな著者に尋ねたいことがある。テレビドラマで気になるのは、昔の人に今の倫理を押しつけているように感じられることだ。野蛮な時代もあった。緩い時代もあった。その空気感をありのまま伝えることは放送倫理に反するのだろうか。

(執筆撮影・尾関章、通算499回、2019年11月22日公開)

 

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