『日の名残り』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)

写真》夕空

 当欄は、その前身のコラムと合わせていよいよ通算500回を迎えた。1回や2回の数え間違いはあるかもしれないが、おおむねその里程標にたどり着いたことになる。それを記念して、今回は、好きな作家の好きな小説をとりあげることにしよう。

 

 『日の名残り』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)。「好きな小説」と言ったが、これまでは映画を観ただけで、原作は読んでいなかった。映画そのものが出色の出来栄えだったので、それで満足してしまったのだ。1993年制作。監督はジェームズ・アイヴォリー。主役をアンソニー・ホプキンスが演じ、その相手役はエマ・トンプソン。この顔ぶれからもわかる通り、渋みがあってしっとりとした作品だった。

 

 もっとも印象深かったのは、結末に近い場面だ。英国イングランド南部と思われる海沿いの町。貴族社会をしのばせる由緒ある邸に仕えてきた老執事が休暇の自動車旅行で、この町を訪れる。映画を観たのはだいぶ昔なので細部は忘れてしまったが、脳裏に蘇るのは夕暮れどきの風景だ。浜辺から海へ突きだした桟橋は遊歩道になっていて、日が落ちると明かりがともり、人々が行き交う。夕闇の静まりと街路の賑わいが溶けあう様子が忘れられない。

 

 その桟橋の映像を見たとき、これはイースト・サセックス州のブライトンに違いないと僕は思った。ロンドン駐在時代、出張や家族旅行で一度ならず足を運んだことのある町だ。ブライトンの第一印象は「江の島」。東京っ子が手近な海水浴場として「江の島」を思い浮かべるようにロンドンっ子はこの海浜避暑地になじんでいるように思えたからだ。そこには、片瀬海岸と江の島を結ぶ弁天橋の代わりに桟橋が海に向かって延びていた――。

 

 今回、原作を読み通してはっきりしたのは、作品のどこにもブライトンが登場しないことだ。映画同様、終盤になって海辺の遊歩桟橋が出てくるのだが、それはウェイマスというドーセット州の町にある。同じイングランド南部にあるが、こちらのほうがロンドンからは遠い。映画制作者がウェイマスをブライトンに移しかえたのか、映画を観た僕がロンドン時代の思い出に引きずられてウェイマスをブライトンと取り違えたのか、それとも……。

 

 映画をもう一度、観返せば答えは出るかもしれない。だが、それはよそう。小説の夕暮れは映画の夕暮れとぴったり重なるものだった。大事なのは、英国南部の空気を漂わせていることだ。どの町でなければならないということはない。ならば匿名のままにしておこう。

 

 小説の話を始める。まずは著者の経歴から。1954年に長崎で生まれ、5歳で英国に渡った日系英国人作家。1982年、『遠い山なみの光』でデビュー、2017年にノーベル文学賞を受けた。当欄は受賞決定直後、その『遠い…』をとりあげている(2017年10月6日付「カズオ・イシグロ、余韻の作家」)。『日の…』は1989年刊。この邦訳は94年に中公文庫から出て、2001年にハヤカワepi文庫に収められた。

 

 本を開くと、プロローグの冒頭に「一九五六年七月/ダーリントン・ホールにて」(/は改行)という記載がある。時間軸で言えば、この小説の現在は第2次世界大戦が終わって10年ほどが過ぎ、世間が戦後の落ち着きを取り戻しはじめたころ、ということだ。ただ、主人公の老執事スティーブンスは折にふれては来し方に思いを馳せる。だから、作中では戦前、1920〜30年代の話が次々に活写される。その重層性が作品の魅力の一つだ。

 

 一方、空間軸の中心にあるのはダーリントン・ホール。ダーリントン卿の邸宅だったが、今は米国人ファラディの手に渡った。ただ、新しい当主の希望で雇人は居残ることになった――。この舞台設定が、前述の重層性を際立たせる。スティーブンスが、ダーリントン時代の邸内に充満していた英国貴族社会の空気を米国風の価値観が入り込んだ戦後の視点から眺め返すことで、旧体制の残像が陰翳を伴って浮かびあがるのだ。

 

 1956年夏、スティーブンスに息抜きの機会が巡って来る。ファラディが、自分が米国に里帰りしているあいだ愛車のフォードを貸すから「どこかへドライブでもしてきたら?」と言いだしたのだ。この気遣いも、合理的思考の産物とみれば米国流ではある。

 

 米国流は良いことばかりではない。邸の雇人は過去に28人もいたことがあるが、卿の親族が邸を売り払うときに大幅に減り、今は補充の新入りを加えても4人。だがファラディは、人をあまりふやさずにやりくりできないかと言う。この難題にスティーブンスは妙案を思いつく。かつて有能な「女中頭」だったミス・ケントンを呼び戻せないか。最近届いた手紙には「ダーリントン・ホールへの郷愁がにじみ」、脈がありそうだった。

 

 ミス・ケントンは、イングランド南西部のコーンウォール州にいる。スティーブンスが、ドライブついでにミス・ケントンに面談するつもりであることを仄めかすと、ファラディは「ガールフレンドに会いにいきたい?」と冷やかす。「決まり悪いことこの上ない瞬間でした。ダーリントン卿でしたら、絶対に雇人をこのような目にはお遭わせにならなかったでしょう」。この独白からも英国人が米国との対比で自国の流儀をどう見ていたかがわかる。

 

 実際、この小説には英国らしさが満載だ。フォードで通り抜ける沿道の様子はどうか。スティーブンスが1日目の旅程を終えて宿で思い返すのは、「丘の上で見たあのすばらしい光景、うねりながらどこまでもつづくイギリスの田園風景」だ。そこには「壮大な渓谷」「大瀑布」「峨々たる山脈」はない。だが、それらに望めない「品格がある」。そして彼は「偉大なるブリテン」の偉大さは「表面的なドラマやアクションのなさ」に宿ると断ずる。

 

 フォードがガス欠を起こして、スティーブンスが車の外へ出たときの描写にも英国らしさがある。夕暮れのなか、「私が立っておりましたのは、立ち木や生け垣で囲まれた急な上り坂の途中でした」。ここで懐かしいのは「生け垣」だ。英国では僕も幾度かドライブ旅行をしたが、走っていていつのまにか田舎道に迷い込むと、両側には生け垣が続いていることがあった。人の気配を感じさせる自然。これこそが英国の田園風景だ。

 

 このガス欠で、スティーブンスは一夜、農村の民家で部屋を借りることになる。そこに物見高い村人たちが集まってくる。なかには「政治談義」が好きな男もいるが、彼はどこか浮いている。翌朝、地元の医師がスティーブンスに解説してくれる。「あれも変えるべきだし、これも変えるべきだ」と議論を吹きかけられても、人々は「自分たちの静かな生活を乱さないでもらいたい」と思うばかりだ、と。ここにも米国流と異なる英国社会の風景がある。

 

 スティーブンスは、こうした戦後英国の描写に重ねるかたちで、戦前英国を執事として生き抜いた自身や彼の父――父も同業だった――の姿に思いをめぐらせていく。一貫しているのは、執事としての矜持。執事のあるべき姿に対する深い思い入れだ。

 

 たとえば、晩餐に用いる銀器を入念に磨くこと。邸に大物の政府要人が訪れ、駐英ドイツ大使と密談した夜のことだ。要人は当初、会談に気が進まない様子だったが、銀器を見て「すごいよ」「じつに見事だ」と声をあげる。ダーリントン卿によれば、それで「気分がすっかり変わった」らしい。話しあいは順調に進んだ。スティーブンスは「銀器の磨きぐあい」が会談に影響して、外交に「小さいながら無視できない貢献をした」と自負する。

 

 ダーリントン卿はナチスに宥和的だが、スティーブンスは諫めない。「執事の任務は、ご主人様によいサービスを提供すること」「自分の領分に属する事柄に全力を集中すること」という信念があるからだ。「卿の一生とそのお仕事が、今日、壮大な愚行としかみなされなくなったとしても、それを私の落ち度と呼ぶことは誰にもできますまい」。主人にとことん尽すが突き放してもいる。階級社会ならではの割り切りか。ここに強烈な自我がある。

 

 映画「日の名残り」では、名優二人の演技が織りなす心模様ばかりに目を奪われた。だが小説『日の名残り』では、英国の風土とそこに住む人々の気風が時代模様を背景に浮かびあがってくる。通算500回通過の節目に、これからも本を読み続けていこうと思う。

(執筆撮影・尾関章、通算500回、2019年11月29日公開、同日更新)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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