『晩年の思想』(アンリ・ポアンカレ著、河野伊三郎訳、岩波文庫)

写真》一つ、二つ、三つ

 学校には、人生を決める科目がある。小学生のころ、図工が得意だったから画家になったという人がいるだろう。中学校に入って数学は苦手とわかったから作家になったという人も。その伝で言えば、僕は理系学生として量子力学につまずいて、将来、科学者にはなれないと思い知った。科学者になっても、その核心部を理解できないのではないか。だとしたら、それは針のむしろに座らされるようなものだ。そんなことに耐えられるわけがない!

 

 同様の学友は多かったように思う。ただ大半は、科学者にならずとも理系分野に踏みとどまった。就職しても量子力学と縁を切れなかった人がいるわけだ。意地悪く言えば、この人たちは、量子力学の数式が教えてくれる答えだけを実用技術に生かしてきたと言えるだろう。わけのわからなさを棚に上げたのだ。ネット社会を支えるIT(情報技術)は半導体物理を礎としているが、そこにはこうした棚上げ方式の技術開発があった。

 

 量子力学とは何か? それは、20世紀に台頭した新しい物理学の流れだ。1900年、ドイツのマックス・プランクが物理量を一つ、二つと数える量子仮説を提起して前期量子論が興る。これは、原子の構造などをうまく説明できた。20年代半ばにはドイツのウェルナー・ハイゼンベルク、オーストリアのエルウィン・シュレーディンガーがそれぞれの方法で量子論を定式化する。両者は同じことの別表現だった。この理論体系を量子力学という。

 

 では、量子力学のわけのわからなさとは何か。一つは、まさに量子だ。「とびとび」と言い換えてもよい。僕たちは子どものころから、アイザック・ニュートン流の古典物理学になじんできた。そこでは量が連続して変化する。小中学校でも、まっすぐな線に目盛りをつける数直線を書かされたものだ。線上に小数の値を書き込むときは、科学的ってこういうことかと悦に入ったものだ。ところが、自然界にはそうでないこともあるという。

 

 もう一つは、状態の「重ね合わせ」だ。物事が状態Aにあるというのはわかる。状態Bにあるというのもいい。ところが量子力学は、AかBかが定まらず、AとBが重ね合わさった状態にあってもよいという。こんなことが許されるのか。僕たちはミステリーで、地点aで犯罪があったときに地点bにいた人物は犯人ではない、と断定する。アリバイだ。この前提の論理が根底から崩れるようなことを、量子力学は平然と言ってのける。

 

 学生時代、こうしたわけのわからなさを見せつけられて僕は茫然としたものだ。「量子のつまずき」である。これは同世代のみならず、年長世代や後続世代を含む理系学生に共通の体験だった。量子力学の誕生から半世紀余、僕たちはそのつまずきを甘受したのだ。

 

 変化の兆しは1980年前後から見えてきた。レーザーや極微極低温の技術が進んで、量子力学の言うことが本当かどうか、実験室で確かめられるようになったのだ。さあ、大変だ。「とびとび」って何だろう。「重ねあわせ」はどうか?……もう棚上げは許されない。

 

 で、今回は、二つのわからなさのうち「とびとび」が科学界にどんな衝撃を与えたかがわかる本。『晩年の思想』(アンリ・ポアンカレ著、河野伊三郎訳、岩波文庫)だ。著者(1854〜1912)は、フランス近代を代表する科学者の一人。数学、物理の分野で業績を残し、科学そのものを論じた著作も多い。本書は「ポアンカレ思想集」に収められ、「科学と仮説」「科学の価値」「科学と方法」に続く第四巻。この邦訳文庫版は1939年に出た。

 

 この本を僕が買ったのは、町の古書店。それは「第4刷」で、1985年に出たものだったが、改版されていないので漢字や仮名遣いは昔のままだ。ここでは、その記述を引用する際、現代表記に改めることを許していただこう。まず目次を眺めると、「法則の進化」「空間と時間」「何故空間は三次元を有するか」など魅力的な章題が並んでいる。今回は、その第六章「量子の仮説」に的を絞る。文字通り、プランクの量子仮説を話題にしている。

 

 この章がいつ書かれたのか、執筆年はわからない。ただ、1900年に量子仮説が出されたときよりも後であり、12年に著者が亡くなるよりも前であることは確実だ。ザクッと言えば、20世紀初頭の科学界の空気を伝えているとみてよいだろう。

 

 章の冒頭で示されるのは「『力学』が新たな混乱に際している」という状況認識だ。著者は、ブリュッセルで開かれた物理学者20人ほどの会議の模様を報告する。そこでは参加者が「『旧力学』に対する『新力学』について」語りあっていたという。では、「旧力学」とは何か? ニュートン力学ではないという。それは、「相対性の原理の力学、五年も経つか経たない前にはこの上なく思い切ったものと見えたその力学」だった。

 

 ここで「相対性の原理の力学」とされるのは「ローレンツの力学」だ。アルバート・アインシュタインの特殊相対論(1905年)に先だって、それに採り入れられた座標変換法を考案したオランダのヘンドリック・ローレンツの名を挙げているのである。

 

 ともあれ、このエピソードからわかるのは、19世紀から20世紀へ移るころに物理学者が大波をかぶっていたということだ。一つは相対論だったわけだが、それすらも「旧力学」に分類されてしまうようなもう一つの大波があった。それは何か。著者が「もっとずっと度胆を抜く事柄」として提起するのは「運動の法則がやはりなお微分方程式で表わすことが出来るかどうか」(「なお」は原文では「尚ほ」と表記されている)という問題だった。

 

 これがどれほどの大事件かを著者は歴史から説き起こす。「古代人及び中世スコラ派の学者」は「自然は飛躍をなさず」(傍点付き)と考えた。ニュートン以来の科学は、それを踏襲して「宇宙の状態は、そのすぐ前の状態にしか依存し得ない」「自然に於けるあらゆる変動は連続的に行われる筈だ」とみてきた。ここで微分方程式が活躍する。ところが今、自然法則に「本質的に不連続なもの」を取り込めるかどうかが問われている、という。

 

 その問いを投げかけたのが、プランクの量子仮説だ。これは、黒体輻射(放射)という電磁波の振動数ごとの強度分布(スペクトル)を説明するために考え出された。黒体輻射とは、どんな色の光でも、どんな波長の電磁波でも、分け隔てなくすべて吸い込む真っ黒な物体の熱放射のこと。それは、温度によって決まったスペクトルになる。プランクは、その様子を数式でうまく表そうとして「本質的に不連続なもの」を導入した。

 

 特記すべきは、そのころは原子の実在すら確認されていなかったことだ。物体が何からできているのかもはっきりしなかった。では、いったい何が、電磁波を放射するのか。ここでプランクは一つの見立てをする。物体は「甚だ多数の小さい共鳴器を含んでいる」と。

 

 すると、「物体が熱せられるとき、これらの共鳴器はエネルギーを獲得して振動を、従って輻射を始める」(「獲得して」は原文では「獲て」)。ここで、プランクは「これらの共鳴器の一つ一つがエネルギーを得たり又は失ったりするのは急激な飛躍によるより他には出来ないと仮定した」(「急激な飛躍」には傍点)。この仮説に立てば、共鳴器に貯まるエネルギーは「量子と呼ばれる恒常的な同一の量」の整数倍でしかありえなくなる。

 

 共鳴器には、それぞれ固有の振動数がある。量子は、その振動数に比例する。高振動数の共鳴器は大きなエネルギーが注入されないと量子一つに足らず、振動しないのだ。「だからこれらの共鳴器が静止している確率は大きい」――。この理屈は、黒体輻射につきまとう問題を解決した。黒体輻射の実験結果をみると、振動数の高い電磁波の強度が古典物理学の理論値に比べて少なかった。それは、その共鳴器がなかなか動かないことで説明がつく。

 

 著者は後段で、プランクの思想を深めていく。物理システムは「状態の一つから別の一状態に飛躍する」「連続的に移って行くのではない」(いずれも傍点付き)という一般論を提示して、その可能性を探る。明快な答えがあるわけではない。量子論のその後も、量子力学の波動方程式は微分方程式なので「連続」と無縁ではない。だがデジタル時代の今、「とびとび」の世界像はさまざまな現象を読み解くヒントにはなるだろう。量子、恐るべし!

(執筆撮影・尾関章、通算501回、2019年12月6日公開)

 

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