『虞美人草』(夏目漱石著、岩波文庫)

写真》かがり火を受けて初詣

 今年の賀状で僕は、日系英国人作家カズオ・イシグロの小説『日の名残り』(土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)の一節を引いた。主人公スティーブンスは、名門貴族に仕えていた老執事。ドライブ旅行に出て、イングランドの「うねりながらどこまでもつづく」風景に意味を見いだす(日の名残り映画もいいが本もいい2019年11月29日付)。だから、この1年もなだらかであってほしいと書いたのだが、そうなるかどうか。

 

 むしろ、その逆かもしれない。当欄が『日の名残り』の翌週にとりあげた『晩年の思想』(アンリ・ポアンカレ著、河野伊三郎訳、岩波文庫)には、そんな世界像が提起されていた。物事は「連続的に移って行くのではない」「状態の一つから別の一状態に飛躍する」という見方である(ポアンカレ本で量子論の産声を聴く2019年12月6日付)。もしそうならば今年の僕は、公私にわたって不連続を経験しても不思議ではない。

 

 まず、世の中の先行きについて考えてみよう。年内に予定されている政治日程で全世界が影響を受けそうなのは、米国の大統領選挙だ。現大統領が勝てば、駆け引きにあたふたさせられる不安定な国際情勢がさらに4年間も続くことになろう。もし負ければ、米国の外交政策に良かれ悪しかれ「理念」が復活するだろうが、そこに政権交代がもたらす不連続の断層が生じることは避けられない。そう思うと、なだらかとは言い難い近未来がある。

 

 国内はどうか。なんと言っても気がかりなのは、東京オリンピック・パラリンピックのお祭り騒ぎだ。僕も、選手たちの奮闘には心を動かされる。手に汗を握って応援もする。勝者のみならず、敗者の振る舞いに敬意を感じることもあろう。心配されるのは、それが過剰に報道されることだ。「感動をありがとう」「勇気をもらいました」という当世風常套句の陰で、日本の戦後史を分かつ不連続が覆い隠されることはないだろうか。

 

 そして最後に、私的な1年予測。新年早々、話題にすべきことではないかもしれないが、旧年は実に多くの人々を失った。今思い返しても、現役時代にお世話になった恩人がいる。地元の町でつきあいのあった友人がいる。メディアを通じてしか知らないが、尊敬や親愛の情を抱いていた著名人もいる。同世代が、そういう年頃になったということだ。ということはつまり、自分だって……。そこに不連続の穴がぽっかり開いているようにも思える。

 

 こうみてくると、2020年も不連続のリスクに満ち満ちている。だが、不連続ななにものかを感じとるのは、連続する主体にほかならない。自我がひとつづきの自我として存在する限り、それは途切れない。だから去年同様、今年も本を読むのだ――。

 

 で、年の初めは恒例の漱石。今年は『虞美人草』(夏目漱石著、岩波文庫)を選んだ。著者(1867〜1916)は1907(明治40)年、東京帝国大学などの教職を辞して朝日新聞社に入った。すでに兼業ながら小説家の地位を得ていたが「心は、学校よりは文章を書くことに奪われていった」(桶谷秀昭執筆の巻末解説)。そこで「文芸欄に主として小説を書く義務を負う職業作家の道」(同)を選択したのだ。その第一弾が、この作品である。

 

 恥ずかしながら、僕はこの小説を今回初めて読んだ。中学生時代、『吾輩は猫である』でにわか漱石ファンになったとき、友人の一人から、『虞美人草』だけはやめたほうがよい、と忠告された。子どもには不適、という響きがあった。虞美人は楚王項羽の寵愛を受けた女性の名で、虞美人草はひなげしのことだ。ところが僕は、それを「愚美人」と早合点したこともあって恐れをなしたのである。こっそり、ページを開けばよかったものを……。

 

 作品の書きだしは、麓から山を見あげてこれから登ろうとしている若者二人の会話。親しい間柄らしい。朝方に宿を出て、京都市街の北東に聳える比叡山をめざしているのだ。「君はあの山を頑固だといったね」「うむ、動かばこそといったような按排じゃないか」「動かばこそというのは、動けるのに動かない時の事をいうのだろう」。なんとも理屈っぽいやりとり。いかにも明治のインテリ青年という感じがする(引用部のルビは省く、以下も)。

 

 ところが、会話の合間に次のような文章が挟まる。「春はものの句になりやすき京の町を、七条から一条まで横に貫ぬいて、烟る柳の間から、温き水打つ白き布を、高野川の磧に数え尽くして、長々と北にうねる路を……」。あまりに長いので、途中で端折ることにする。美文調とは、こういう文体を言うのだろう。桶谷解説によれば、このときの漱石は、美文を「文章における造型意志」ととらえる「旧派の文章意識」を踏襲したという。

 

 正直に打ち明ければ、この箇所は読んでも頭に入ってこない。「ケブルヤナギノアイダカラ、ヌクキミズウツシロキヌノヲ」といっても、現実の光景とはとらえ難い。字面は追えても意味を汲みとる気になれないのだ。この小説に出てくる美文は、映像作品の背後に流れる音楽に等しい。漱石は職業作家第一作に、そういう文体も織り交ぜた。巻末解説が指摘するように、新聞小説の書き手として幅広い読者層を取り込もうとしたのだろう。

 

 裏を返せば、小説の核心は美文を省いた箇所に集約される。なかでも、口語体の極みともいえる会話部分だ。冒頭では男同士が山裾の道で息を弾ませながら軽妙に言葉を交わすだけだが、別の趣を漂わせる場面もある。とくに男女のやりとりには含蓄がある。

 

 たとえば、クレオパトラ談議。男が、シェイクスピア作品のクレオパトラに対して「一種妙な心持ち」を抱く、と打ち明ける。「剥げかかった錦絵のなかから、たった一人がぱっと紫に燃えて浮き出して来ます」――そんな印象だという。なぜ紫か、と女は問う。「何故って、そういう感じがするのです」「じゃ、こんな色ですか」。女は、そう言うなり紫の着物の袖をひらめかせ、男の顔先へ突きだす。この瞬間、男の嗅覚がクレオパトラをかぎとる。

 

 クレオパトラやシェイクスピアという欧州。錦絵や着物という日本。二つの文化が交差する一点で、近代の自我意識に目覚めた男女が知的な題材を糸口に思わせぶりな会話に興じる。ここに、漱石文学の漱石らしさがあると言っても言い過ぎではあるまい。

 

 この小説の中心には未婚の男女6人がいる。哲学を学んだ高等遊民の甲野欽吾、その腹違いの妹藤尾、甲野家と縁戚関係にある外交官志望の宗近一、その妹糸子、欽吾らの知人で博士目前の学究小野清三、その恩人井上孤堂の娘小夜子。清三は小夜子との間に縁談があるのに、藤尾と惹かれあう。一も藤尾に心を寄せる。欽吾と糸子の間にも一定の引力が働いているらしい。比叡談議は欽吾と一、クレオパトラ談議は清三と藤尾のやりとりである。

 

 著者は、近代文明を筋立てに巧妙に取り込む。欽吾と一は京都で、洛中に住む孤堂親子を見かけ、小夜子に興味を抱く。この時点で、彼女と清三の関係を知らない。孤堂は小夜子を小野に嫁がせるべく、東京へ向かう。その親子と欽吾らが同じ夜行列車に乗り合わせるのだ。「四人の小宇宙は、心なき汽車のうちに行く夜半を背中合せの知らぬ顔に並べられた」。欽吾は食堂車で、朝のコーヒーを手につぶやく。「あの女は嫁にでも行くんだろうか」

 

 この年、東京・上野で東京勧業博覧会があった。「文明を刺激の袋の底に篩い寄せると博覧会になる。博覧会を鈍き夜の砂に漉せば燦たるイルミネーションになる」。電光が建物を飾り、それが池の面に映る。帰京後の欽吾と一は、藤尾や糸子と連れだって見物に来た。「夜の世界は昼の世界より美しい事」と藤尾。「空より水の方が奇麗よ」と糸子。茶屋に入ると、孤堂親子に付き添う清三の姿が。藤尾の首は固まって振り返ろうともしない――。

 

 旅の途中にすれ違った女性が、実は身辺を騒がせる存在だった。妹にとって、あるいは意中の女性にとって、恋敵だったのだ。しかも、そのことが発覚する瞬間が、博覧会の夜の雑踏に用意されていたとは。この展開の妙は、いかにも新聞小説らしい。

 

 新聞小説は「うねりながらどこまでもつづく」のでは読まれない。不連続な劇的瞬間が仕掛けられていなければならないのだ。このとき、夜行列車や博覧会という都市文明は人と人とを遭遇させ、化学反応を呼び起こす導火線となる。漱石は、それを見逃さなかった。

(執筆撮影・尾関章、通算505回、2020年1月3日公開)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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