朝日、毎日、読売各紙(2020年1月1日付紙面、いずれも東京本社発行最終版)

写真》元日付1面(上から、読売、毎日、朝日の各紙)

 ガーンでなく、ゴーンである。もう10日もたつが、去年大みそか早朝のことだ。布団のなかでスマートフォンをタップしていたら、一瞬、目を疑うニュースが飛び込んできた。日本にいるはずのカルロス・ゴーン氏がレバノン入りしたらしい、という。

 

 記憶をたぐれば、最初に目にしたのは日本の通信社電だったと思う。新聞の業界用語で言えば、転電。海外メディアの報道内容を伝えるものだった。ゴーン氏は保釈中の身で、出国が禁じられているのに外国にいる。なんらかの策を弄したのだろう。

 

 日本は今、監視社会だ。しかも、ゴーン氏は拘束から解放されていたとはいうものの、決められた住まいに暮らすよう強いられていた。今どきのことなので、周辺には監視カメラがあっただろう。当局の目はいつも届いていたように思う。仮に住まいを出て、行方をくらましたとしても、最後の関門である空港の出入国管理が待ち受けている。本人名のパスポートを係官に見せて、すんなり通過できるとは考えにくい。それなのになぜ?

 

 この一件は、日本社会に対する痛烈な皮肉のように思われる。今、われわれの街のいたるところに防カメ、すなわち防犯カメラがある。今、われわれの街を通り抜ける相当数の車がドラレコ、すなわちドライブレコーダーを備えつけている。列島の隅々にまで逃げ場のほとんどない監視網が張りめぐらされているのに、抜け穴はやっぱりあった。しかもそれは、司直とメディアの中枢が集まる首都のど真ん中にぽっかり開いていたのだ。

 

 ゴーン氏のレバノン入りは、年末の休暇気分を吹っ飛ばす衝撃のニュースだった。驚くと同時に、バカにされたような気持ちにもなった。さらに元新聞記者の視点で言うと、それを海外メディアの転電で知ったという経緯によって、この思いは倍加されたのである。

 

 ということで今週は、このニュースを大きく伝えた2020年1月1日付の新聞紙面を読み返してみよう。元日の第1面は、新聞記者には特別な意味がある。社内では、この日の掲載をめざして特ダネ探しの号令がかかる。最近は特ダネ路線から企画路線に切り換え、大型連載の初回を据える例もふえてきたように思うが、リキを入れた記事の舞台であることには変わりがない。そこに、海外メディアを追いかける記事が載るとは……。

 

 最初にひと言ことわっておくと、本稿は、本来なら先週1月3日付でアップすべきだった。ただ正月に暮れの「逃亡」譚を扱うのは、ちょっと気がひけた。そこで前回は、年初恒例の漱石本をとりあげ、周回遅れで元日紙面を再読することになった。悪しからず。

 

 まず、朝日、毎日、読売各紙を見比べよう。この順に並べたのは、本稿が筆者にとって古巣の朝日を中心にとりあげるつもりだからだ。そこで部数順にかかわりなく、日本の新聞業界で長く言われ続けた「ちょう・まい・よみ」という呼び方にならった。他意はない。

 

 さて、元日付紙面でゴーン氏のニュースをもっとも大きく扱ったのは、読売。1面トップに横見出しで「ゴーン被告無断出国」とうたった。次いで毎日。同様に1面トップだが、縦見出し。「ゴーン被告レバノン逃亡」とある。この3紙では朝日だけが1面でもトップに置かず、左側に寄せて「ゴーン被告、レバノンに逃亡」の見出しを立てた。ちなみに朝日のトップは「IR汚職」の続報。記事の書きぶりからみて特ダネらしい。

 

 さて、この3紙1面比較で僕が注目したのは、読売だけが主見出しに「逃亡」という言葉を用いなかったことだ。3番目の見出しに「保釈中『逃亡』」とあるが、カギ括弧付き。その下に「現地当局『合法的』」と書き添えて、レバノン当局の言い分も伝えている。

 

 今回の一件は、ふつうにみれば「逃亡」だ。海外渡航禁止の制限下にある刑事被告人が突然、約9000kmも離れた中東レバノンに現れた。これが、逃げたのでなくてなんなのか――。だがこの時点で、本人の意に反した拉致でないとは言い切れない。万々一の話だが、背景に本人があずかり知らない工作があったのかもしれない……。まだ、あらゆる可能性を視野に入れなくてはならなかった。読売の慎重さは見あげたものだと思う。

 

 僕が元新聞記者としてもっとも興味を惹かれたのは、この「逃亡」ないしは「無断出国」がどこで察知され、ニュースになったのか、ということだ。朝日新聞元日付第3面の記事には、そのいきさつがこう書かれている。「30日午後7時(日本時間31日午前2時)前、ゴーン前会長のレバノン到着をいち早く報じたのはレバノンの大手紙アル・ジョムリアだった」。このあと、「欧米主要メディア」が続々と速報を流したという。

 

 なるほど、そうか。31日朝にスマホ画面で接したニュースの出どころは、ここらあたりにあったのだ。上記の朝日記事は、現地紙や欧米メディアの報道の中身にも言及している。アル・ジョムリアは、ゴーン氏が乗った飛行機は「トルコからベイルートの空港に到着した」と報じ、米紙ウォールストリート・ジャーナルは、事情通が「(前会長は)日本では公平な裁判を受けられないと考えて逃亡した」と説明していることを伝えたという。

 

 ここから見えてくることがある。ゴーン氏はだれにも知られることなく、ある日突然、ベイルートの地に姿を現したのではないらしいということだ。第1報の段階から、経由国名が明らかにされている。メディアに対して、当事者の意図を代弁するようなことを言う人物もいる。これは、逃亡計画の情報を分かちあう人々が一定の範囲にいたことをうかがわせる。でなければ、こんなにすぐ、疑問符なしの速報が広まることはなかっただろう。

 

 もちろん、当初の報道には大きなブレもあった。朝日新聞元日付の第2面は、自宅からの脱出劇に触れている。レバノンメディアMTVが、「音楽バンドに扮したグループが東京のゴーン前会長の自宅を訪ね、演奏を終えて引きあげるふりをして楽器を入れるための木箱に隠して連れ出した」と伝えたという。これが本当なら、スパイ映画さながらだ。だがその後、楽器箱は自宅ではなく、空港で使われたらしいことがわかってくる。

 

 それにしても、である。報道の初期に、日本メディアの影が薄すぎたのではないか。

 

 この事件は、映画の筋書きにたとえれば、その8割方が日本国内を舞台にしている。読み手は、トルコやレバノンで何があったかについても無関心ではないが、もっとも知りたいのは、ゴーン氏がどのようにして「法治国家」を自負する国が課した制約をかわし、出入国管理の関門をすり抜けたのか、ということだ。ところが、その細部を推察するにも、レバノンメディアが見てきたように伝えた不確かな報道に頼ったのである。

 

 誤解のないように言っておけば、僕は、今の日本メディアがだらしないと嘆いているのではない。転電は国際報道に欠かせない。海外メディアでも、在外の駐在記者は人数が限られるので、なにごとかが起こったとき、その第一報を現地メディアから得て「……によると」形式で伝えることがふつうにある。そして今回、日本メディアの海外取材網は、その役割を果たしただけではない。転電内容の真偽を確かめるために現地でも駆けまわっている。

 

 国内の取材陣も頑張った。第一報が届いた大みそか朝、おそらくはメディアの多くの記者がたたき起こされて、ゴーン邸に走り、弁護士を追いかけ、当局にあたってウラをとったことだろう。だからこそ、元日付1面に「?」なしの主見出しを打てたのだ。

 

 ただ昔なら、ゴーン氏のように横紙破りをする記者が報道機関の側にも一人や二人いて、側近を嗅ぎまわって不審な動きを察知できたのではないか、とも思う。その情報は事前にすっぱ抜くほど確度が高くなくても、事後の報道に厚みを加えられたのではないか……。

 

 今回思い知らされたのは、日本の管理社会の歪みだ。僕たちはスマホのGPS情報や街の防犯カメラに見張られて息苦しいほどだが、大富豪は国家権力による監視ですら突破できる。ここにも、格差があったのだ。メディアも、そのことは心得ておくべきだった。

(執筆撮影・尾関章、通算506回、2020年1月10日公開)

 

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