●英紙ガーディアン社説(デジタル版、2020年1月31日現地時間23時00分)

写真》ついに出口

 2月1日午前8時、目覚めてすぐ、タブレット端末でBBCのウェブサイトを開くと、そこにはユニオンジャックのうねりがあった。ロンドン・ウェストミンスターの国会議事堂前広場。いつのまにか僕は、そのただならぬ熱気を去年11月に皇居前広場であった天皇即位祝賀式典のテレビ中継にダブらせていた。画面には「英国はEUを去った」の大きな字幕。「去った」がhas leftと現在完了となっているところが生々しい。

 

 We are no longer EU citizens.――「私たちはもはや、EU市民ではない」とBBCのキャスターが言う。その言葉には、広場で旗を振る離脱派市民の熱狂とは異なる響きがあった。哀愁か、落胆か、あるいは大変な未来が待っているという覚悟か。

 

 広場の光景を見ていて、気づいたことがある。はためいているのが、一つの旗ではないことだ。英国、即ち連合王国(the United Kingdom)の国旗ユニオンジャックに交ざって、白地に赤の十字のイングランド国旗がある。国のなかに国があるという入れ子のナショナリズム。実際、スコットランドではEU離脱を苦々しく思う人々が多数を占めている。旗の混在は英国の多様性の証しではあるが、不安定な未来の兆しでもあるのだろう。

 

 もう一つ、あっそうか、と思ったことがある。離脱の瞬間が現地時間1月31日午後11時だったことだ。なぜ、2月1日午前零時ではないのか? だが、それは愚問だった。英国のEU離脱は、欧州連合(EU)本部があるベルギー・ブリュッセルの標準時で事が進んだのだ。考えてみれば、英国が1973年に欧州共同体(EC)に加わって以来、英国の人々は大陸の時刻を自国のそれに翻訳することにすっかり慣れてきたのである。

 

 で、今週は、英国がEUを去ったその日、英紙が掲げた社説をとりあげる。選んだのは、左派系の高級紙とされるガーディアン(The Guardian)。EU残留を主張してきた新聞だ。今回はデジタル版で読んだ。発信欄には、離脱その瞬間の時刻が記されている。

 

 その表題は、「英国のEU離脱に対するガーディアンの見解『なおも欧州の一部』」。本文冒頭には「我々は負けた。我々は抜け出た。厳しい言葉と寒々とした現実。英国は今、欧州連合を離れた。我々の旅立ちは、痛ましい国家の過ちであり、この新聞が一貫して反対を唱えてきたものである」。敗北宣言から入るのだから、辛い論説記事と言えよう。だがそれでも、EUからの離脱を「痛ましい国家の過ち」と言い切る姿勢を崩していない。

 

 負け惜しみめいた記述もある。国民のほぼ半数が離脱反対であること、たとえばスコットランド、北アイルランド、首都ロンドンでは反対が過半数であることや、若者の多くが反対していることを強調しているのだ。そして、反対派の人々も賛成派と同様、愛国心に満ちている、と書き添える。だが、国民投票と総選挙の結果がEU離脱を決定づけたことは動かしがたいので、「我々は負けた。我々は抜け出た」と繰り返している。

 

 次いで表明されるのが「英国はなおも欧州の一部」という認識だ。「晴れた日には、南の海辺からフランスが見える」「アイルランド共和国は、北アイルランドのあちこちから短いドライブでたどり着ける」「私たちの頭上には、同じ一つの空が生みだす同じ風が吹いている」。そして、英国にとって大陸欧州は人の往来がもっとも頻繁な地域であり、EUは最大の貿易相手であること。英国の安全保障は大陸欧州のそれに根ざしていること。

 

 こうした結びつきは、英国のEU離脱によって変わるのか。ガーディアン紙は、変わらないとみる。それは地理、歴史、気候、文化、商工業などにとどまらない。「言語の違いや国境を超えた共通の人間感情の膨大な蓄積もまた、そのまま残るに違いない」と断言する。

 

 ここで心動かされるのは、結びつきの一例に歴史認識を挙げていることだ。この1月にポーランドで、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所の解放75周年を記念する追悼式典が開かれたことを受けて、「あのストーリーは欧州のストーリーであり、英国のストーリーでもある」と言い切る。戦争犯罪を戦時に敵味方に分かれた双方が語り継ぐ――それが敵対感情ではなく共通感情を生むまでになったということが示唆されている。

 

 ガーディアン紙は、こうした英国とEU、あるいは英国と大陸欧州との関係の深さを踏まえて、感極まったようにこう書く。「私たちは外に抜け出たのかもしれない。だが、どこかへ行こうとしているのではない。私たちは今もここにいる。私たちは欧州人なのだ」

 

 もう一つ印象深いのは、ガーディアン紙が自国の立ち位置を冷静に見抜いていることだ。そのくだりは、こう説きおこされる。「英国は重要な国だ。しかし、地球規模の大国ではない。ドナルド・トランプと習近平の時代に世界を動かす力は、英国にあてがわれていないのだ。それは、協力と連携と強制力のある法に委ねられている」。かつて大英帝国と呼ばれた国に、自国第一主義とは真逆の国際協調主義がしっかり根づいているのである。

 

 この社説は、世界がいま直面している課題を列挙する。気候変動、移民問題、サイバー犯罪、IT大手のデータ収集、テロリズム、民族主義の強まり。どの一つをとっても、一国だけで対処できる問題ではない。ガーディアン紙は、これらの解決策を探るとき、ジョンソン氏(ボリス・ジョンソン首相)は頼りにならないとの見方を示す。英国の現政権には、国際社会の「協力と連携と強制力のある法」に対する熱意が感じられないのだろう。

 

 英国が大陸欧州との間で、あるいは世界全体を相手に、なんの制約もない競争にさらされたら、どうなるのか。一匹狼になるしかない。「そんな英国には物事を混乱させる力はあっても、それを制御して方向づける力はない」。この社説は悲観的な展望を隠さない。

 

 終盤では、EUに対しても注文をつける。「背伸びする」「お節介をやく」「ひと色に染まる」――そういう方向をめざしてはいけない、というのだ。ここで示される「より良きEU」像は、加盟国が実際的な見地に立ち、妥協しあうことで成り立つ連合体である。これに続けて「そんなEUに、英国はたぶんいつの日か再加盟するだろう」と書く。これは、希望的観測ではある。直後に「その日は、すぐには来ないだろう」と認めているのだから……。

 

 そして最後は、ガーディアン紙自身の残留宣言。「私たちは、欧州の報道機関だ。欧州は、私たちの背後に広がっている。それは、私たちの心の内にあり、私たちのDNAの中にある」。結びは、Long live Britain. Long live Europe.「英国万歳、欧州万歳」である。

 

 情緒的な社説だ。文中、国際協調主義のくだりには論理があるが、全編を覆うのは欧州愛だ。1990年代の数年間を英国で暮らした者の実感で言えば、英国人はそんなに大陸欧州が好きだったっけ?――とイヤみの一つも言いたくなる。だが、この10年ほどで英国も欧州も変わったのだろう。欧州の全域で、EU懐疑の気運が自国第一主義とポピュリズムに後押しされて高まれば高まるほど、欧州愛を自覚する人もまたふえてきたのではないか。

 

 そんなことをふと思ったのも、英国離脱を前に欧州議会の議員たちが手をつないでスコットランド民謡「蛍の光」を唄う光景をネットで見たからだ。ここにはビートルズで育ち、対抗文化を共有した世代がいる。エコロジーに目覚め、環境保護運動を引っぱってきた世代もいる。同時代人だからこその「共通の人間感情」が、今は海峡を挟んで島国と大陸に根を張っているのだ。英国がEUから抜けても、英国の人々は欧州から抜けられない。

(執筆撮影・尾関章、通算510回、2020年2月7日公開)

 

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