『眼』(水上勉著、光文社文庫・水上勉ミステリーセレクション/長編推理小説)

写真》

 先日、当欄のまくらで触れたように、僕の新聞記者としての出発点は北陸福井だった。20代後半の4年間、福井支局員だったのである。(当欄2020年2月21日付「60年代東京の喧騒、地方の豊饒」、同28日付「四季の巡りも農の営みも能舞台」)

 

 2年間の警察回りや郡部回りを終えて、3年目からは一応、経済担当になった。「一応」としたのには理由がある。実態としては「なんでも屋」――業界用語では「遊軍」――だったのだが、経済関係の記者会見があるときは、それを優先させたのである。

 

 当時、福井県の地場産業と言えば、なんと言っても「糸へん」だった。繊維である。県内には有力な産地がいくつかあり、そこに織物工場が集まっていた。関連業種として染色加工などの企業も育ち、地元経済界に一つの生態系が生まれていたと言ってよい。

 

 そんなこともあって、地元の経済記者向けに報道発表する場として、県都に専門の記者クラブが置かれていた。福井市の中心街、大名町交差点に「繊協ビル」という建物があり、その一室がクラブにあてがわれていたのだ。そこには地元企業や業界団体のプレスリリースも届けられていたから、僕は日に一度はのぞくようにしていた。忘れがたいのは、よく居合わせた業界紙の記者だ。たぶん、50歳前後。地味な背広を着た温厚な紳士だった。

 

 記者会見では丁寧な言葉遣いで質問をして、自分を偉そうに見せたりしない。あのころの年長記者にはクセのある人も少なくなかったから、僕は敬意を抱いた。だからクラブで二人だけになると、いつもじっくり話を聴いたものだ。1979年の第2次石油ショックが産地に与える影響は?――そんなことを尋ねると、淀みなく業界の状況を解説してくれる。7月〜9月の四半期を「シチク」と呼ぶ経済用語なども、僕はそのときに覚えたのだ。

 

 いま悔やまれるのは、あの先輩からもっと多くのことを教えてもらっておけばよかったということだ。彼は年齢からみて、繊維産地の戦後をずっと見つづけてきた人なのだと思う。それは、どんな時代だったのか。1940〜50年代を想像してみよう。まだ、白物家電は広まっていなかった。自動車もマイカーとしては普及していなかった。半導体産業も集積回路の時代に入っていない。糸へんこそが、産業界の花だったのではないか。

 

 で、今週は、『眼』(水上勉著、光文社文庫・水上勉ミステリーセレクション/長編推理小説)。1960年前後の繊維業界を舞台にした作品だ。著者(1919〜2004)は1961年に『雁の寺』で直木賞を受けた人気作家で、その作品群は推理小説の枠に収まらないが、初期には「社会派推理作家」と呼ばれていた(巻末解題・細谷正充執筆)。この作品はそのころ、60〜61年に経済誌『評』に連載された『蒼い渦』を土台にしている。

 

 どんな事情で改題されたのか。説明は著者本人の「あとがき」にある。「連載時に考えていたことが変わってきていて、さらにああしてみたい、こうしてみたいという欲が出てきた」。それで『蒼い渦』250枚を「書き直し」、380枚を「追加」して「長編小説として完成させた」のだ。そうさせたのは「自分の文学への愛情」だったと顧みている。完成版は1962年にカッパ・ノベルス(光文社)として刊行され、2007年に文庫化された。

 

 著者は、繊維業界と因縁が深い。巻末解題によれば、1953〜54年に「繊維経済研究所に勤め、『月刊繊維』の編集に携わり」「友人と東京服飾新聞社を興した」。ここで「繊維経済研究所」は、繊研新聞社の前身(正式名称は財団法人日本繊維経済研究所)らしい。著者の出身地は若狭で、同じ福井県内でも繊維産業が盛んな越前ではないが、親近感はあったのだろう。ちなみに、前述の温厚紳士も繊研新聞の記者だったように記憶する。

 

 ではまず、本文の冒頭から。「国電秋葉原駅に近い神田岩本町は繊維業者の多い街で、軒なみに生地問屋や洋服問屋が並んでいる。両国(りょうごく)と岩本町を結ぶ都電通りは、近ごろになっていくつもビルが建てられた」。東京・下町の問屋街には路面電車が走り、沿道にコンクリート建築が並びはじめていた――終戦から10年余の風景だ。岩本町界隈は1945年の大空襲で被災しているから、焼け野原の痕跡が消えたころではなかったか。

 

 こんな描写もある。「灰色の空の光が、向かい側のビルの化粧煉瓦(れんが)をねずみ色にかげらせている。石畳をがたがたと音たてて満員電車が走る。架線でときどき青いスパークが起こる」。東京の空はどんよりと曇っていた、都電の線路は石畳に敷かれていた、電車が通ると架線に青い光が飛ぶこともあった――僕らの世代にとっては記憶の深層に眠っていることばかりだ。そんな街の婦人服問屋「ローヤル商会」で、この小説は始まる。

 

 ローヤル商会のありようはおもしろい。店には「番頭」がいる。だが、番頭が仕えるのは「社長」だ。社長はビル2階の社長室で「専務」と密談したりする。ただ、専務は「名ばかり」で個室すら与えられていない。畳の間の商いが似合う旦那―番頭―手代―丁稚系統と、応接室の商談がふさわしい社長―役員―社員系統が混在している。これが高度成長期の直前、繊維産業の川下(かわしも)部門であるアパレル流通業の偽らざる実態だった。

 

 この作品は、ローヤル商会が標的の取り込み詐欺事件と茨城県牛久町(現・牛久市)で発覚した殺人事件の謎解きを同時並行で描いている。捜査の一線に立つのは、警視庁の知能犯担当刑事と茨城県警の強行犯担当刑事。二人は畑違いで思考様式を異にするので、互いに牽制しながらの協力だ。その推理の展開こそが読みどころだが、ネタばらしになるので言及を控える。取り込み詐欺事件の構図を切りだすことで、当時の業界事情に迫ってみよう。

 

 事件の背景にあるのは、問屋にのしかかる在庫の重荷だ。ローヤル商会でも、専務にとって悩みのタネは「ストックの山」。きょうも大手百貨店から返品がどっと届き、地下倉庫へ。ストックは3000着だったが、それが4000着超に膨らむかもしれない――。

 

 著者は、さすが業界に通じた人だ。ここで、当時のストック対処法を解説してくれる。「既製品のストックはシーズンちゅうにさばいてしまわなければ、二束三文になってしまうことが多い」。そのまま安売りすれば銘柄の信用を傷つけるので、余力があれば倉庫に寝かせる。翌シーズン初め、新しい流行が定まるよりも早く一気に吐き出す手があるからだ。だが、「消費者というものはムラ気」だから、この目論見がうまくいくかはわからない。

 

 そんな窮状にあるローヤル商会に飛び込んできたのが、詐欺グループだ。最初に接触してきたのは、30歳前後の男。応対した社長が専務に明かしたところでは、男は雑品の販売会社に勤めているが、取引先が婦人服類を求めているので調達できないか、という話だった。社長にとっては、願ってもない申し出である。ただ、タイミングが良すぎる。まるで地下倉庫の「ストックの山」を見てきたかのような来訪。会社の内情が漏れていたのか。

 

 その答えは、専務が刑事にしっかり教えてくれている。百貨店では、コーナーごとに「同一会社の製品」が置かれていて、「そこに立っている売り子はデパートの制服を着てはいますけど、じつは問屋からさし向けた女の子なのです」。見る人が見れば、どこの問屋の勢力が強いか、一目瞭然だというのだ。そして「一挙に返品になれば、その女の子の姿は消えてしまいます」。たしかに、これならば店内偵察で問屋の在庫状況を推察できる。

 

 こうして詐欺グループはストックを手に入れ、手形は不渡りとなって、関係者は姿をくらます。商会ブランドの商品は、池袋の露店でたたき売りされていた。被害額900万円なり。いかにも1960年前後の犯罪に見えるが、ドンデン返しもあるから要注意。

 

 この小説で見えてくるのは、モノをモノとして売っていた時代の消費経済だ。今ならば、在庫を管理するにも売れ筋を察知するにもコンピューターが使われるが、それがない。ネット広告、ネット通販など夢のまた夢。モノに情報が紐づけられていなかった。

 

 生存の条件、衣食住の衣――繊維産業はあのころまだ、その供給源にとどまっていた。

(執筆撮影・尾関章、通算515回、2020年3月13日公開)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

■各編は原則として毎週金曜日に公開します。

■公開後の更新は最小限にとどめ、時制や人物の年齢、肩書などは公開時のものとします。

■通算回数は前身のブック・アサヒ・コム「文理悠々」の本数を含みます。

■「文理悠々」のバックナンバー検索はこちらから

コメント
コメントする