『会津高原殺人事件』(西村京太郎著、徳間文庫)

 秋が深まった、さあ旅に出よう。そう思って次の週、木々の葉が色づく山あいの温泉町に出かける、なんてことは勤め人時代にはとんでもない話だった。宿を予約しようにも、多くのサラリーマンにとっては土日に限られる。ハイシーズンの週末となれば大方の部屋は埋まっている。予約がとりやすい平日になんのためらいもなく温泉宿に泊まれるというのは、60歳超リタイア組の特権と言ってよいだろう。
 
 その特権を行使すべく、リタイア2年目の僕は今秋、平日・紅葉・温泉の夫婦旅行を決行した。基本コンセプトは「2H(にい・えいち)」だ。この欄でも、くり返しとりあげてきた2時間ミステリーのことである。殺人という許しがたい罪悪をとことん無毒化して、人畜無害のエンタメに発酵させたテレビドラマだ。事件の筋と謎解きはあくまで口実にすぎない。お楽しみは別のところにある。
 
 その目玉が旅情と伝説だ。前者で言えば、乗り物はなんと言っても鉄道である。駅のホーム、発車のベル、車窓の風景、そして駅弁。視覚と聴覚、味覚に訴えるものが揃っている。これに時刻表のトリックを一枚かませると、路線図が脳裏に広がって旅気分に浸れる。宿は、もちろん温泉旅館。泊まり客が事件に巻き込まれても、大女将や若女将は快活でまったくめげない。それが、不祥事の多発で委縮気味の世情を一瞬忘れさせてくれる。
 
 後者は、観光名所につきものの怨念含みの言い伝えだ。その筋書きをなぞるような不可解な出来事が起こるが、ほとんどは超常の一歩手前で踏みとどまってタネが明かされる。ドラマの後半で見えてくるのは、僕たちの常識を超えない予定調和の物語である。
 
 2Hは、途中に流れるCMに入れ歯関連商品などが居並ぶことからもわかるように、視聴者層の中心が中高年世代だ。だから好まれるのは、まったり感。勧善懲悪という建前を踏まえつつ、老後の緩いハピネスを醸しだせればそれでいい。
 
 で、僕たちの旅行の話。最初に決めたのは、野岩鉄道に乗ろうということだった。この鉄道は、栃木県の鬼怒川温泉郷と福島県の会津地方を結ぶ第三セクター線。「やがん」というワイルドな響きをかつて観た2Hで耳にして以来、一度は乗ってみたいと思っていた。今回、事前にいろいろ調べて、この路線名が栃木県と福島県会津地方のそれぞれの旧国名「下野」と「岩代」に因むことをはじめて知った。
 
 行く先は、湯西川温泉。源平の合戦後、源氏の追っ手から逃れた平家の人々が住みついたことに始まるという温泉場だ。落人伝説が観光地としての売りにもなっていて「平家の里」という施設もできている。東武特急から野岩鉄道に乗り換えて西村京太郎の十津川警部シリーズに思いを馳せ、平家ゆかりの露天風呂に浸かりながら内田康夫の浅見光彦シリーズ的雰囲気を味わう。なんと豪勢な2H旅行ではないか。
 
 この旅の友に僕が選んだ一冊は、『会津高原殺人事件』(西村京太郎著、徳間文庫)。十津川警部シリーズの一編であり、野岩鉄道が出てくる話なので、本格鉄道ミステリーのトリックを期待しながら往路の車中で読み進んだ。だが途中で、時刻表で勝負する作品ではなさそうだな、と気づいた。とはいえ、本文のところどころにトリビアルな鉄道話が織り込まれている。今回は、それを拾いあげて2H的な鉄道論を妄想してみたい。
 
 作品の冒頭、東京下町の隅田川沿いの公園で、衣服を血に染めた若い男が見つかる。記憶喪失の状態。背広のポケットには、野岩鉄道会津鬼怒川線の開業記念バッジが入っていた。その終点、会津高原駅に近い福島県内のスキー場では3日前に若い女性の他殺体が見つかったばかり。警視庁捜査一課の十津川警部は相棒の亀井刑事とともに東武浅草駅に駆け込み、会津方面に向かう。
 
 「快速と特急があるが、特急は、鬼怒川までしか行かないので、乗りかえなければならない」「十津川は、面倒(めんどう)なので、会津高原まで直通の快速に乗ることにした」「真新しい白い車体に、赤とオレンジの線が入っている」
 
 野岩鉄道の開業は1986年。この小説の単行本刊行が88年。執筆の背景には、新線誕生の昂揚感があったのかもしれない。会津高原駅(現・会津高原尾瀬口駅)は一応の終点だが、ここで会津鉄道(旧国鉄会津線)に接続する。さらにJR只見線に乗り入れれば会津若松にもたどり着ける。野岩開通は東京と会津が山間の鉄路でつながったことを意味した。十津川もこれまでは会津若松へ行くのに東北新幹線から磐越西線に乗り継いでいた、とある。
 
 国鉄が民営化されたのは87年。そう考えると、この東京・会津直行ルートは日本列島の鉄道網が赤字ローカル線を切り捨てようとしているとき、その流れに逆行するように切りひらかれたことになる。野岩鉄道のウェブサイトによると、栃木県から会津地方へ直に入る鉄道は大正時代に敷設予定路線となり、66年に日本鉄道建設公団による工事が始まった。地元の悲願が、国鉄末期にあたかも駆け込み乗車のようにして叶えられたのである。
 
 そこに、利権を漁る思惑がなかったとは言えまい。だが、町同士が山を越えて互いに結ばれたい、という熱い思いは確実に見てとれる。たとえば、この小説にある「湯西川温泉は地下駅で、初めてこの線に乗ったらしい人たちは、おやっという顔になっている」という一文。僕自身も「まるで地下鉄だな」と感じた。それは、この鉄道が山を突き抜けるだけの路線ではないということだ。トンネルの上に広がる地元観光産業を大事にしているのである。
 
 ここでどうしても対比したくなるのが、リニア新幹線だ。大都市と大都市の直結を優先させ、あとは県ごとに一つずつ駅を置けばよいという発想は、通り過ぎる地域の事情をほとんど顧みていない。「地方創生」という耳触りのよい政策が政府によって掲げられる一方で、それとは逆方向のベクトルをもつ鉄道網の未来図がお祭り騒ぎのように世間を賑わしている現実は悲しい。
 
 実を言うと、今回僕たちはJR新宿駅から東武乗り入れの特急に乗った。JR線から東武鉄道の線路に入るのは栗橋駅。ここで、十津川警部と亀井刑事がとった浅草発のルートと合流したわけだ。電車は、この駅を出てまもなく鉄橋を渡る。「利根川(とねがわ)を越えてから、車窓(しゃそう)には、田畠(たはた)が広がってくる」「栃木(とちぎ)県に入ると、遠くに山脈が見えてくる。赤城(あかぎ)山系だろう」
 
 たぶん僕たちが窓外に見た景色は、警部や亀さんが見たものと同じではないだろう。この四半世紀で北関東の都市化が進んだからだ。だが、途中駅の閑散としたたたずまいは今も牧歌的で、旅情をそそる。
 
 僕たちは鬼怒川温泉で特急を降り、野岩鉄道乗り入れの列車に乗り換えて湯西川温泉に着いた。翌日は、会津鉄道経由で寄り道をしながら会津若松に出て、そこから磐越西線で喜多方まで足を延ばした。帰りは磐越西線、東北新幹線、埼京線で新宿へ。新宿・会津若松間は、正味の乗車時間を足し合わせると往路の野岩ルートが約4時間40分、復路の新幹線ルートは約2時間40分。効率では新幹線の圧勝だが、それに勝るものが野岩にはある。
 
 なによりも圧巻だったのは、野岩鉄道から会津鉄道にかけて、列車が左右から迫る紅葉の壁の間をすり抜けるように走り過ぎたときの窓景の流れだ。山あいに敷かれた単線ならではの醍醐味がそこにはあった。
 
 それにしても、自分の乗った列車がJRから東武鉄道へ、東武から野岩鉄道へ、野岩から会津鉄道へ、会津からJRへと自在に踏み込むダイナミズムはたまらない。これは、2Hのトリックにはもってこいだ。そんなミステリードラマをもっと観たい、と思う。
 
写真》湯西川温泉で拾った落ち葉=尾関章撮影
(通算236回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
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コメント
<<駅と駅とがちょっと離れていて、歩いてその町や人を眺めてから別の鉄道に乗り込む。この「不連続性」が好きなんですね>>(虫さん)
他社線に乗り換えなしで入り込む連続性に心躍らせている僕は怠惰でズボラなだけか、と自省。ただ他社線乗り入れは、路線図だけを見ていると気づかないショートカットや所要時間短縮をもたらすというところで2Hのトリックになりうる。
まあこれは、事情通の鉄ちゃんにはすぐわかってしまう難度の低い落とし穴ではあるわけですが。
  • by 尾関章
  • 2014/11/04 10:52 AM
私の好きな「不連続性」

野岩鉄道ですか、懐かしいですね。ふた昔以上前になりますが、二年間ほど野岩鉄道経由で南会津まで通った思い出があります。多い時は月に二、三回ほどは行ったでしょうか。

まずは東京の西側から私鉄、地下鉄を乗り継いで東武伊勢崎線に至るわけですが、地下鉄銀座線で浅草に出る、または、地下鉄千代田線経由の北千住駅直接乗り換えの選択肢がありました。利用していた私鉄は小田急線で千代田線に乗り入れていましたから、後者が便利なのは明らか。それでも、私は前者を選びました。ひとつは「始発駅好き(興奮するんです。バスでも同じ)」、もうひとつは銀座線と東武線の両浅草駅の間をとぼとぼと歩く「不連続性」を味わうため。南会津までは相応の時間がかかりますし、相手のある仕事の旅。いきおい早朝の移動になります。目覚めてまだそれほど経っていない浅草、血染めの他殺体が倒れていてもおかしくないような浅草を歩くわけです(2Hでは早朝ジョッガーが遺体を発見しますが)。

浅草からは十津川警部・亀さんと同じく快速でそのまま南会津へ(特急利用の鬼怒川駅乗り換えは同じ駅で会津方面の電車を待つだけですから「不連続性」とは定義されません。だからどちらでも良いんです)。
小田急線と千代田線についても、相互乗り入れ前は数分町を歩いて乗り換えるという「不連続性」のひと時がありました。乗り入れた当時は別の鉄道会社の車両が見慣れた風景に現れたことに感動もしましたが、今はなぜかあの「不連続性」のひと時が懐かしいですね。

尾関さんは自分の乗った電車が違う鉄道に自在に乗り込むダイナミズム、つまり、その「連続性」を称揚する一方でリニア新幹線の「連続性」は否定されていますが、私流の「不連続性」理論によればこれは同じように否定されるべきもの(笑)。駅と駅とがちょっと離れていて、歩いてその町や人を眺めてから別の鉄道に乗り込む。この「不連続性」が好きなんですね。それに、2Hの時刻表ものも、同じ電車に乗っていたはずの犯人が実はそうではなかったというトリックを暴いてアリバイを崩す。つまりは「不連続性」のあぶり出しが決め手。「不連続性」は西村京太郎サスペンスの核心でもありました(長々としたコメント、ご容赦ください)。
  • by 虫
  • 2014/11/03 8:21 PM
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