『夜鳴きめし屋』(宇江佐真理著、光文社文庫)

 時代劇が苦手だ。テレビの大河ドラマは何十年も観ていない。たとえば、戦国武将もの。少年時代は緒形拳の「太閤記」の大ファンだったのに、大人になるにつれて興味を失ってしまった。
 
 どうしてか。一つは、そこにウソっぽさを見てしまうからだ。道徳観の二重基準と言ってもよい。戦国武将の世界では、斬った、斬られた、は当たり前。それなりのルールや美学はあったにしても、残虐非道のふるまいは枚挙にいとまがなかった。そんな武闘集団を率いて権力奪取の階段を駆けあがったのが、信長や秀吉や家康だ。ところが、ドラマでは彼らの人間性が今日の道徳観に沿うように描かれる。
 
 もちろん、いくさの場面はある。殺陣の見せ場もある。だが、主人公は本心ではそれを願っていない、という話のつくりになっていることが多い。本当にそうなのか。そうならば、日本列島のそこここが戦場になることはなかっただろう。このウソっぽさが怖いのは、それが今に通じるからだ。流血の紛争が起こるたびに当事者の多くが口にするのも、自分たちは平和解決を求めているということだ。そのことを戦国ドラマから連想してしまう。
 
 戦国武将が弱肉強食を是と考えているのなら、それをきちんと台詞で語らせてほしい。彼らが「天下を取っていくさのない世にしたい」と言うのなら、平和のために戦争をするという矛盾をさらけ出してほしい。ところが戦国ドラマの多くは、それらを避けて通っている。
 
 同じ時代劇でも、ちょっと違うのが江戸ものだ。武士が支配する世でありながら、いくさはほとんどなかった。武士の腰にはいつも刀があったが、町に「切り捨て御免」がはびこることもなかったらしい。幕府や藩を官庁や大手企業になぞらえ、武士をエリート官僚やエリート社員に見立てれば、平穏な時代にありがちな真綿でくるまれたような閉塞感まで含めて今日的ではある。
 
 江戸時代については、先々週の当欄「スイーツ男子が和菓子本をひもとく」(2014年11月21日付)でも話題にした。そこでは和菓子商に焦点をあてたが、なべて町人が「市民社会萌芽期の文化と経済を担ってきた」という面がある。そんな様相を切りだした作品はウソっぽい帳尻合わせなどほとんどなしに、僕たちの心にビンビンと響いてくるのではないか。そう考えて、今週は江戸もののドラマならぬ小説を選んだ。
 
 『夜鳴きめし屋』(宇江佐真理著、光文社文庫)。単行本が2012年に出て、今年9月に文庫本となった。著者は、人情ものの時代小説を得意とする作家。この作品は、江戸本所の五間堀を舞台にした『ひょうたん』という連作集(2005年刊)の筋を引き継ぎながら、主人公の世代を一つ下に代替わりさせて新しく組み立てたものだ。六つの話から成るが、それらがひとつながりになって長編小説をかたちづくっている。
 
 主人公は、「鳳来堂」という居酒見世(いざかみせ)のあるじ、長五郎。店名が硬いのは、亡き父が営んでいた古道具屋を受け継いで母とともに開いた店だからだ。やがて母も世を去り、「しばらく腑抜(ふぬ)けのようになった」。そのせいで始業はしだいに遅くなり、日暮れどきになってもなかなか店を開けない。「今では、客が鳳来堂で安心して飲める時刻は五つ(午後八時頃)過ぎにもなろうか。その代わり、見世は朝までやっている」
 
 要するに終夜営業だ。このビジネスモデルが結構受ける。夜遅くまで飲んでも飲み足りない酒好きが「鳳来堂に行けば飲ませて貰えると思っている」。芸者、酌婦、夜鷹といった女性たちも「商売を終えた後に空腹を覚えると鳳来堂の暖簾(のれん)を掻(か)き分ける」。本所には「やっちゃ場」と呼ばれる青物市場もあって「仕入れをして戻った振り売りの男達が朝めしを摂(と)りに訪れる」。江戸の世の深夜未明もそれなりに忙しかった。
 
 「四つ過ぎての客は、さほど酒は飲まない。茶漬けを食べたり、干物と漬物、味噌汁をお菜に、めしを食べる者が多い」。ここで「四つ」とあるのは午後10時ごろのこと。「いつしか鳳来堂は夜鳴き蕎麦屋ならぬ夜鳴きめし屋と呼ばれるようにもなっていた」
 
 長五郎も調理の手は抜かない。干物は自家製。「時々立ち寄る棒手振(ぼてふ)りの魚屋から求めた鰯や鯵(あじ)、かますなどを捌(さば)いて塩水に浸(つ)け、ほどよく塩が回った頃に長い串に刺し、見世の軒下にぶら下げて干す。夕方から干して、翌日の夕方まで置けば、脂(あぶら)焼けしないきれいな干物ができ上がる」。糠みそは「毎日掻き回して」「時々、糠を足したり、昆布の切れ端を入れて味を調(ととの)えたりする」。
 
 作者の描写も食欲をそそる。常連客の芸者から「茶漬けでも拵えて貰おうか」と言われ、それを長五郎が手際よくつくるくだり。「丼にめしをよそい、塩鮭のほぐし身と細かくちぎった海苔を載せた。濃い目の煎茶をその上から掛け、おろしたわさびをちょいと添える」。当たり前の素材、当たり前の手順で、どこにでもある海苔鮭茶漬けができただけだが、リズム感があって思わず唾をのみ込んでしまう。
 
 この作品の妙は、深夜の小腹対応という営業形態の店を江戸の世に嵌め込んだことにある。電気もクルマもない時代の夜に、なにか食べたくなった人がふらりと入る店があったと想定することで、大江戸コミュニティーに行き交う人々の情を浮かびあがらせることができた。左官がいる。鳶がいる。芸者がいる。武士もいる。そんな客や長五郎が軽口をたたきあい、ときに真顔で言葉を交わして温もりのある時間を共有する。
 
 一つの読みどころは、町人と武士の接触。鳳来堂のそばには堀の対岸に対馬府中藩の中屋敷があった。相川という藩士が、3年で3両余に嵩んだ代金を払う様子もなく国許へ帰任することになったときのことだ。来店時に長五郎はそれを請求する。相川が刀を抜く気配を見せると、長五郎は言う。「めし屋の親仁(おやじ)にツケを催促されて、それでお腹立ちのあまり斬りなさるおつもりですかい。相川様の末代までの恥となりましょう」
 
 相川は一銭も払わないまま店を出る。そのあと、店に残った客と長五郎の会話。「侍(さむれ)ェに盾突いても仕方がねェだろうに」と酒屋の信吉。「わかっていますよ。でも、おいらが何も言わないのをいいことに最後の最後まで舐(な)めた真似をするのが許せなかったんです」と長五郎。「へへえ、存外に骨があるじゃねェか。見直したぜ」と左官の梅次。あの時代、身分違いの距離感はこのくらいまで縮まっていたということか。
 
 このとき、相川の連れの浦田という若手藩士が店に戻って謝り、ツケの総額には遠く及ばないが「拙者の気持ちだ」と自らの持ち金を差し出す。それがきっかけで店の常連となり、長五郎と心を通わすようになった。新婚の妻を国許に残す単身赴任族。長五郎が「奥方様」は寂しかろうと水を向けると、「度々手紙が届く。やれ、庭の梅が咲いただの、縁の下で野良猫が仔を産んだだの、親戚の誰それが滑(すべ)ったの、転(ころ)んだのと……」。
 
 その愛妻家、浦田が吉原の遊女に入れあげたときの長五郎。「心配しているのは、浦田様が小見世の妓に惚れたことじゃねェんですよ」「金の工面ができりゃ、敵方を身請けしたところで、手前は四の五の言うつもりもありやせん」「不躾(ぶしつけ)を承知で申し上げますが、浦田様にそのような金の持ち合わせはないご様子」。そう言って、納品目あての紙問屋が金を便宜しようとしているのではないかと懸念を伝える。対等感のある説教だ。
 
 町人同士の連帯もいい。鰯大漁の初秋、棒手振りの魚屋に懇願され、長五郎は売れ残りを樽ごと安値で買い取った。そこに現れたのが、料理茶屋店主の友吉。裾分けの茄子を届けに来たのだ。鰯は友吉が一部を貰い、残りは長五郎が友吉の指南で蒲鉾にすることになった。「鰯は頭を取って、身は三枚に下ろすんだが、こいつはちいせェから包丁よりも指で中骨を外してから細かく刻み、すり鉢で擂(す)るのよ」と友吉。物品と知財の互酬である。
 
 この長編を貫く主題は、実は長五郎と幼なじみの芸者みさ吉のラブストーリーにある。二人のじれったいほどの恋の行方を、封建の世の居酒屋に芽生えた「江戸市民」が見守っていた。2014年師走の東京に、そんな心温まる場所はないものか。
 
写真》長五郎の茶漬けはこんなふう?=尾関章撮影
(通算241回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
■ブック・アサヒ・コム「文理悠々」のバックナンバーはこちらへ
「本読み by chance」は原則として毎週金曜日に更新します。
コメント
コメントする