『ジャーナリストの生理学』
(オノレ・ド・バルザック著、鹿島茂訳、講談社学術文庫)


 新年早々、フランスから衝撃のニュースが飛び込んできた。風刺週刊紙の発行元が銃撃され、流血の事態となったのだ。年末以来、米国の風刺映画に対するサイバー攻撃も国際緊張を呼び起こしている。批評精神を尊ぶジャーナリストにとっては暗雲の漂う年明けだ。
 
 ジャーナリズムに関係する話では、暮れに見つけた「警視庁捜査2課、贈収賄摘発ゼロ/今年濃厚 過去30年で初」(朝日新聞12月30日付朝刊)という記事も興味をそそる。時代の潮目を感じさせるからだ。捜査陣のなかにあるらしい「中央省庁の法令順守が厳しくなるなか、公務員の規律意識も高まった」という見方は腑に落ちる。もう一歩踏み込んで推察すれば、帳簿が電子化され、昔ながらの不正が難しい時代となったのだろう。
 
 エリート官僚と悪徳企業人がこそこそと悪事を働く。それを警察や検察が嗅ぎつけて、とことん調べあげる。その情報を記者たちが聞きだして白日の下にさらす――この不正暴露の構図は、ジャーナリズムの原型と考えられてきた。僕が新聞社に入ったころ、事件記者のキホンのキは刑事を早朝から夜中まで追い回して捜査の進展を見逃さないこと、と叩き込まれたものだ。だが今、そういう職人気質は万能ではなくなった。
 
 この時代、コンピューターはネットメディアを生みだしてジャーナリズムを大きく変えつつある。だが、同時に取材対象の人々の生き方や世の中のありようを一変させて、ジャーナリストの行動様式をも塗りかえようとしている。そもそも、ジャーナリズムとは何なのか。
 
 で、今週は『ジャーナリストの生理学』(オノレ・ド・バルザック著、鹿島茂訳、講談社学術文庫)。文豪バルザックが1843年に世に出したジャーナリズム風刺の書である。原題は「パリ・ジャーナリズムのモノグラフィー」。この邦訳は1986年に『ジャーナリズム博物誌』(新評論)の邦題で出て、97年に『ジャーナリズム性悪説』(ちくま文庫)と書名が変わり、去年暮れの再文庫化で三たび改題された。
 
 原題の「モノグラフィー」は、生物分類学で一つの領域、範囲の種を総覧する論文を指す言葉だ。巻頭には「目:文士」を表題とする分類図が載っており、本文では、当時のフランスメディア界にうごめいていた諸種ジャーナリストを皮肉たっぷりに描きだしている。
 
 風刺が要約されたのが「結論」の章だ。「ジャーナリストにとって、ありそうなことはすべて真実である」「もしジャーナリズムが存在していないなら、まちがってもこれを発明してはならない」といった「公理」が挙げられている。前者は、僕の古巣である朝日新聞が最近浴びた批判の嵐を連想させるなと思っていたら、学術文庫版のあとがきで訳者の鹿島さんがこのことに触れていた。その意味では、きわめてタイムリーな今回の刊行である。
 
 この本は、冒頭から1ページずつ繰っていくのが結構しんどい。19世紀半ば、フランス国内の政情がどうであり、メディア事情がどんなふうだったかを熟知していないと、だれがどのように風刺されているかがピンとこないからだ。巻末に収められた長文の鹿島解説を読んで、はじめてわかってくることもある。この本に限っては、解説を一読してから本文に移るという読み方のほうが賢明かもしれない。
 
 その解説でおもしろいのは、バルザックその人がジャーナリズムに野心を抱いていたという個人史だ。この小説家には時代の流れを読みとるビジネス感覚があった。出版業や新聞発行業に手を染めたり、個人雑誌を出したりした。糊口をしのぐために新聞や雑誌に雑文めいたものを書きまくったこともある。「史上初」の新聞小説を書いた人でもあった。その彼が、自らの戯曲が酷評されるなかで復讐心を込めて執筆したのが、この本だという。
 
 「ジャーナリズムに対するバルザックの憎しみのかなりの部分は、自分がジャーナリズムで成功しなかったこと、そこで『金と権力』を手に入れることができなかったことからきているようである」(訳者)。彼には、愛憎こもごものジャーナリズム観があったらしい。
 
 本文を読んで驚くのは、そのころすでに新聞づくりの骨格ができていたことだ。今ならば編集長や編集部門のデスクといった立場にある人が「〈割り付け〉を監視する」(〈 〉部分に傍点、以下も)というくだり。「なかでも面白いのは、大小の記事が、すべて、深夜の零時から一時の間に行われる〈割り付け〉の出来いかんにかかってくることである。この時間帯は、新聞にとって運命を決する時間である」。これは、今とほとんど変わらない。
 
 それは、記者にとって魔の時間帯でもある。著者は記者の思いを汲みとって、こう書く。「諸君は、てっきり自分の記事が翌日の新聞に載るものと確信して眠りにつくだろう。ところが、〈国会関係〉の記事が予定の枚数をオーバーして、あと二段分の紙面が必要になる。そうなると、すでに組版に入っていた諸君の記事はふたたび組み置きに回され、またの機会をまつことになるが、このまたの機会というのは永遠にやって来はしない」
 
 新聞のジレンマを見抜いているのは、「雑報はどの新聞でもまったく、似たりよったりである」という一文。社説を除けばどれも同じ、というのだ。「両陣営の新聞が、毎日のように同じ事実から出発して正反対の結論を引きだし、どちらも必ず不条理へと達するのはまさにこのためであり、この違いがなければそもそも新聞は存在しえない」と書く。ここで「両陣営」とは、当時のフランス各紙を特徴づける与党系、野党系の色分けのことである。
 
 新聞報道は事実に即しているので、どうしても記事そのものは似る。そのことは、ボヤ騒ぎの短信を思い浮かべればわかるだろう。それでは個性がないと咎められるので独自色を出そうとすると、今度はこじつけの論理に走りかねない。ここに欠陥記事の温床がある。
 
 社説批判も痛烈だ。たとえば、「語り口はじつに誇らしげだが、これは、自分がヨーロッパ中に語りかけ、ヨーロッパも自分の話を傾聴していると勝手に思い込んでいるためにほかならない」という指摘。この自意識過剰は、僕も論説委員時代に自覚した。社説で何を訴えるかを議論していると、その主張がすぐにも世の中を動かすかのような錯覚に陥ることがある。社説の論調に敏感な一部の政治家や官僚を、世間全体と取り違えてしまう愚だ。
 
 その一方で著者は、社説が大衆心理に迎合しがちなことも見落としていない。そこには「何かの事件が起こるたびに、予約購読者はなにがしかの意見を抱くが、『これについては、明日、〈私の新聞〉が言うことを読めばいいだろう』と言って眠りこんでしまう」という分析がある。社説は読み手のこういう生活パターンに応えなければならないのだから、「予約購読者たちの思想をたえず先取りすることによってのみ存在する」と言い切るのである。
 
 これは、僕が現役時代に体験した昨今の新聞の病弊と重なりあう。世の中を動かそうと大上段に構えるあまり「上から目線」が強まると、その反動で、今度は大衆心理に寄り添うべく「下から目線」を装う。振り子が極端から極端に触れるのだ。賢明な提言は決して大上段から振り下ろすものではないし、大衆心理は実体があるのかどうかもわからない。両極端の間にこそ発信すべきメッセージは多いのだが、それをなかなか打ちだせない。
 
 「小新聞記者」をとりあげた章は、ネット時代のメディア状況を予感させる。小新聞とは今の日本にあてはめれば週刊誌に近い中身の媒体だが、その記者のなかで第二の変種とされた「お調子者」は「からかうためにからかい、世論の尻馬にのって見当違いな誹謗中傷を行う」とある。この変種が、だれでも発信可能なネットというインフラを手にしたときに炎上現象が起こるのだ、とも言えよう。
 
 文豪の文豪たるゆえんは、たとえうらみつらみを書き綴ってもそれが駄文に終わらないことだ。この本があぶり出すジャーナリズムの生理と病理は、170年余を経た今も乗り越えられずにいるメディアの現実にほかならない。見方を変えれば、これはジャーナリズムに身を置いたことのある著者がジャーナリストのありようを自省した本としても読める。フランスジャーナリズムの風刺精神は自らも風刺してしまうほどにしたたかなのである。
 
写真》朝日新聞は今年から、紙面を双方向に近づけようと「Re:」というアイコンの欄を展開するようになった。ここにもジャーナリズムの曲がり角が見てとれる。
(文と写真・尾関章/通算246回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
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