『墓苑とノーベル賞 岩中女史の生活記録』佐野洋著、光文社文庫)

 この欄を含めて、僕は「町に暮らす」的なことをよく書くようになった。2年前に会社を辞めて、日常が自宅を拠点とするモードに入ったからだ。ひと言でいえば、歩きと自転車で動ける範囲で生活が完結するという日々である。
 
 「いま自分の楽しみと言えば、平日の夕暮れどきに住み慣れたまちを自転車で気ままに走り回ることだ。本屋にふらりと入る。行きつけのレストランをのぞいてみる。顔見知りとすれ違えば会釈する」。これは僕が退職後、拙著『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代選書)の冒頭部分に書いたことだ。科学記者として歩んだ会社員半生を「平日」の「まち」から振り返りたいと思ったからだ。
 
 考えてみれば、勤め人の暮らしは不自然の極みだ。平均のサラリーマン像を描けば、平日の活動時間は大きく三つに分断される。その1は朝のあわただしい時間、その2は昼間にあくせくする時間、その3が夜にくつろぐ時間。これを空間に投影すれば、わが町にいるのは1と3で、2は職場や職場を拠点とした外回りだ。いやそれどころか、3の一部も職場周辺の繁華街で過ごすことが少なくない。
 
 2は、身の回りの空気が繊細に移り変わる時間帯だ。午前中の日差しは透明感にあふれているが、太陽の南中とともに潤みを帯びはじめ、昼下がりには気だるさを醸しだす。さらに夕暮れどきになれば、セピア色に染まって人々の心に切ない思いを呼び起こす。勤め人は、そんな移ろいを自らが住まう町で体験できない。土日があることにはあるが、休みの日の昂揚感がこうした微妙な変化を掻き消してしまう。
 
 職域から地域へ――が、一線を退いたシルバー世代に対する標語のように言われる。だがそれを、地元のナントカクラブに入るとか、カントカ教室に通うとかいうことに限定してとらえるのは惜しい。町にはもっと豊かな鉱脈がある。
 
 平日の町の醍醐味は、ひと言でいえば他人の暮らしぶりを眺めることだ。見つめるのではない。浅からず、深からずつきあうことである。それは、農村の生産共同体や江戸下町の長屋ではありえないことだった。近現代に大勢の人々が空間を共有するだけという町が生まれたからこそ、適度の距離感が可能になった。そんなコミュニティーならではの人と人とのつながりを楽しむことだ。
 
 で、今週は、その醍醐味を体感させてくれる小説。『墓苑とノーベル賞 岩中女史の生活記録』(佐野洋著、光文社文庫)。同じ人物を主人公とする八つの短編からなる連作推理小説だ。2008〜11年に「小説宝石」誌に載ったものが文庫本にまとめられた。
 
 著者は、読売新聞記者を経験した推理作家。1928年の生まれで、2013年に他界した。この連作の執筆は、80歳くらいのとき。アラウンドエイティーだ。すでに新聞記者っぽさからは完全に抜けきっている。アガサ・クリスティーのミス・マープルを連想させる探偵役がいても、殺人事件は1編の例外を除いて起こらない。コージー(心地よい)ミステリーと呼ばれるもののなかでも、もっともコージーな部類に入るだろう。
 
 主人公である探偵役の寸描を巻頭の表題作から引用してみよう。「岩中妙子(たえこ)女史は、現在五十六歳。夫の亮一氏(五九)と共に、私鉄沿線の新興住宅地に住んでいる」。亮一は勤め先の県警を2年前に希望退職して、いま警備会社の総務課長。歩いて20分くらいのマンションに娘家族もいる。徒歩自転車距離圏にすっぽり浸かった人である。その彼女が自治会の「防犯部長」になることで探偵もどきの活動が始まる。
 
 表題作は、岩中女史が公園に「何となく変な男の人」がいるという相談を受ける話。その人は公園にいた。女史自身は「変」とは感じなかったが、声をかけると自宅に招かれる。近藤という60歳くらいの男性。名刺には有名商社の顧問とあった。女史の訪問中、電話が鳴って近藤が出る。相手はセールスか勧誘の手合いらしい。「いまあんたは『近藤さまで宜(よろ)しいですか?』と聞いたね。わたしには、その言葉の意味が理解できないんだな」
 
 わかるなあ、その対応。僕らの年齢層は、自分が若かったころのことを棚にあげて後続世代の言葉づかいにひっかかりを感じてしまう。僕自身が気になるのは「宜しいですか」よりも「宜しかったでしょうか」。仮定法過去ふうの婉曲表現のつもりなのだろうが、やっぱり「意味が理解できないんだな」。この小説では、同席の妻が近藤の応対ぶりを聞いて弁解する。「電話に文句をつけるのは、この人の趣味なんですから」
 
 ここで近藤が漏らす「一時間に一度の割合で、何かの勧誘の電話がかかって来ましてね」というひと言は、家庭の固有電話、すなわちイエデンがいま置かれた状況を的確に切りだしている。実際、女史がいる間にもう1本かかってくる。「それは結構な話ですな。しかし、わたしには必要ありません。何しろ死なないんですから……」。墓苑のセールスだった。それを機転のひと言で撃退して、近藤はご機嫌だ。
 
 この話には続きがある。彼の家に翌日再び墓苑の電話セールスがあり、今度も「わたしは死なない」と応じると、「それはノーベル賞もの」「知り合いの新聞記者にも知らせなければ……」「記者がインタビューに行ったときは宜しく……」と切り返されたというのだ。著者はその展開に、巧妙なトリックをもぐり込ませている――。この表題作『……とノーベル賞』にならって、所収作品の題名には「努力賞」「文学賞」「残念賞」などの言葉が並ぶ。
 
 連作のなかで僕がもっとも惹かれるのは、『秘匿と笑顔賞』だ。「ばあば」でもある女史が孫に会うために娘の家へ向かって歩いていると、乳母車を杖代わりにした老人がやってくる。面識はないが挨拶を交わすと名前を問われ、とっさに「石坂」と答えてしまう。早く孫の顔が見たいという気持ちに急かされて、ウソが口をついて出たという話だ。この作品の底流には、個人情報とセキュリティーといういまどきの難題が潜んでいる。
 
 この遭遇談に敏感に反応したのは、娘の夫である弁護士の蓑田だ。老人を怪しみ、「そうやって、情報を集めていた」と疑う。女史のいでたちは「夫婦二人暮らし」をする近隣住人に見えるので、名前一つで家を割りだし、外出時を狙って空き巣にも入れるという理屈だ。
 
 そんなことがあった後、女史は自治会の役員会で発言する。地元の小学校が児童たちに「元気に挨拶しよう」と呼びかけていることに対する懐疑論だ。それは、彼女の「実験」にもとづいていた。下校中の子らに声をかけて家の場所を尋ねると、「四丁目」「鉄塔の下」といった答えが返ってきたのである。そこで、挨拶を奨励するにしても「泥棒はどこにいるかわからない、ということを、児童にも認識してもらった方が……」と訴えた。
 
 この提案は今日的な感覚にぴったりくる。いまや住宅街では、本名で生きるコミュニティーが失われつつあるのだろう。ファミレスの順番待ちリストにハンドルネームを書き込むことがふつうになり、家々の玄関から表札が消えていくのかもしれない。そう言えば、かつて英国で暮らしたとき、彼の地の家に表札はなかった――そんな思いにかられたのだが、小説の結末には微笑ましくも心温まる逆転がある。それが、とてもコージーだ。
 
 この本のゆったり感は話の中身だけではない。小説の手法にもある。たとえば、著者が別の作家の作品を積極的に取り込んでいることだ。『警告と署長感謝状』には、女史が「ああ、勝目梓(かつめ・あずさ)さんの小説と似た状況なんだ」と語る場面があり、『夜のアラベスク』(勝目梓著、光文社、1981年)が推理談議に一役買っている。言ってみれば、ミステリーのネットワーク化。さすが、日本推理作家協会の理事長だった人だ。
 
 本の副題にもゆったり感が表われている。岩中女史が古書店の「一冊百円」のコーナーで石坂洋二郎の『石中先生行状記』(新潮文庫)を見つけ、それにならって身辺の出来事を素材に小説ふうの「生活記録」を綴るという設定だ。おもしろいもので、徒歩自転車距離圏にいると視野はかえって広くなっていく。「一冊百円」をきっかけにしてでも、古今東西をネットワークでつなげたくなるからだ。当ブログもそんな試みの一つと言えなくはない。
 
写真》徒歩自転車圏を開けてくれる鍵。
(文と写真・尾関章/通算256回)
 
■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。
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