『草食男子世代――平成男子図鑑』(深澤真紀著、光文社知恵の森公文庫)
写真》「とくダネ!」(フジ、7月8日)の深澤さん
 
 朝の情報番組はどれが好き? などと尋ねたら、勤め人の諸姉諸兄からは顰蹙を買うだろう。午前6時台7時台ならまだしも、8時台9時台はもう満員電車の車内という人が多いに違いない。いや、その時間帯はすでに職場にいて、慌ただしくビジネスメールをチェックしている人も大勢いる。そんな勤労者がランチタイムやアフターファイブに交わす会話に、午前中の時間帯のテレビ談議はそもそもありえない。
 
 僕もそうだった。新聞記者は、深夜未明まで仕事が続く変則勤務なので、ほかの職種と比べると朝は遅い。だから、勤め人としては朝番組を見ていたほうだが、現役時代、そのことはあまり口にしなかった。サボっているように思われるからだ。
 
 だが、いまは大手を振って言える。僕は「とくダネ!」党です、と。団塊世代ど真ん中の小倉智昭が司会を務め、フジテレビ系が月〜金の午前8時から2時間近く流す生放送。どうしてこの番組がよいかと言えば、毎朝、ふつうに目覚めたふつうの人のふつうの感性になじむように情報を発信しているからだ。事件系もある。芸能系もある。だが、それらはワイドショーネタの泥沼に陥る寸前で踏みとどまっている。
 
 それだけではない。僕たちがふつうの生活で直面する問題をきちんと切りとってもいる。最近の話題で言えば、「パスワードの決め方」か。一例として、サーファーは文字数字列に「73(ナミ)」を織り込みがちだという話を拾っていた。さもありなん。そして、思わずヒヤリとする。数字を自分の趣味嗜好で決めると見抜かれるかもしれない、と。やたらにパスワードや暗証番号を求められる昨今、視聴者の心に響く絶妙な企画だった。
 
 もう一つ、この番組はリベラルでもある。フジテレビは右寄りと言われるメディアグループに属しているので、意外に思う人もいるだろう。もちろん、安全保障法制反対の論調を鮮明に打ちだしたりはしない。だが、世事全般に対して、司会者や曜日替わりのコメンテーターが発するバランス感覚のある意見を聴いていると、この人たちがいる世界はそう危うくはならないな、と思う。その一点でリベラルなのである。
 
 で、今週は、そのコメンテーターの一人の代表作。『草食男子世代――平成男子図鑑』(深澤真紀著、光文社知恵の森文庫)。著者は1967年生まれ。出版社出身の編集者であり、コラムニストだ。2006年、『日経ビジネス』ウェブサイトのコラムで「草食男子」という新語を世に広めた。そのコラムが翌年、『平成男子図鑑』(日経BP社)となり、さらに2年後に書名を改めて文庫化されたのが、この本だ。
 
 冒頭に、まず定義がある。「男子」は、男性のうち「おもに1970年代生まれの団塊ジュニア世代」とされる。これに対して「おもに団塊の世代(1940年代後半生まれ)からバブル世代(1960年代後半生まれ)まで」は「おやじ」だ。この本は、おやじ世代ではあまり見かけなかった男子像を見いだしては「○○男子」と命名、それぞれの行動様式を愛をもって論評している。
 
 第1章を読みだして、いきなりなるほどと納得してしまうのが「リスペクト男子」だ。別の言い方をすれば肯定男子か。「自分と自分のまわりを全肯定」して、「全ほめ」「全リスペクト」で「僕の友達でいてくれてアリガトウ」と信じて疑わない。
 
 著者の見立てが見事なのは、これを「地元愛」と結びつけていることである。おやじ世代は若いころ、郷里のことを「あんな田舎、何にもありませんよ」と自嘲気味に語ったものだが、リスペクト男子は「しぶしぶ地元で生活している」のではなく「地元を愛するからこそ、地元に残って生活している」。それが、おやじたちの「なんでも批判する、けなす、いばる」を称揚する性向と比べて「よいところ」という。
 
 一方で著者は、こうした男子が「おらが村」の人物に「スゲー!」を連発しがちな点を「地元に、そんなにも『すごいやつら』がたくさんいるのでしょうか?」と皮肉り、「見聞の狭さを、誰かをリスペクトすることでごまかし、思考停止に陥っていく」ことを懸念する。
 
 ○○男子は、突然変異のように現れた新種ぞろいだが、その変異原の一部は親の世代にあるように僕は思う。団塊ジュニアをつくったのは団塊、ということだ。すぐ思いあたるのは、性をめぐる意識。団塊世代は1970年前後、戦前戦中育ちの親が引きずる旧道徳のくびきを解き放って一定程度の自由を手にした。ところが団塊ジュニアは、親自身がすでに旧道徳から逃れているので、最初からあっけらかんとしている。
 
 その結果、母親と大の仲良しの「オカン男子」では「自宅同棲が増えています」。すなわち、「男子の自宅に彼女が自然に居ついて、オカンにごはんをつくってもらい、掃除洗濯もしてもらいながら、一緒に暮らす」という生活様式が出てきた。
 
 これは、「草食男子」登場の背景でもある。「かつては、なかなかセックスさせてくれない女性に対して、男性は積極的に動かないと恋愛もセックスも手に入れられませんでした」「今は女性にとってもセックスはそんなに特別なものではなくなり、それに伴って男性にとっても恋愛やセックスをすることは特別なことではなくなってきました」。肉食獣のようなガツガツ男の居場所はなくなったというのだ。
 
 親世代に内在しない変異原は、IT(情報技術)だろう。それで出現したのは「チェック男子」。映画であれ、マンガであれ、「おもしろかったよ」と薦められたら「じゃあチェックするよ」のひと言で応じる習性がある。
 
 「チェック」の仕方はさまざまだ。ただ、その語感にもっともぴったりくるのは、インターネットをのぞくことだろう。チェック男子に、□□を見たか、△△を知っているか、と尋ねたとき、「『それはウェブ(ネット)でチェックできますか?』と聞き返されることがとても多い」という著者の感慨には実感がこもっている。「ウェブにないものは、ぼくにとっては『この世にない』ことと同じ」と言ってのける男子もいるという。
 
 著者によれば、チェック男子には「こだわりのなさ」がある。映画をおもしろいと感じても、原作にあたったりはしない。マニアやオタクとは異なる新種の情報人間だ。これは男子に限らず、「チェック女子」も同様に多いとみてよいだろう。
 
 「チェック男子が生まれた背景は、そもそも情報やソースに飢えていないということに尽きるでしょう。情報の細分化が進み、物理的に追いかけきれなくなったことに対し、送り手側が『後からいつでも触れられる』環境をつくった。その結果、彼らの意識が『追い求める』から『チェックする』に移行したのです」――見事な洞察だ。彼らの軽やかな情報アクセスは、著者が言うように、おやじ世代にとって「ひとつの参考になる」と僕も思う。
 
 酒席を好まぬ「しらふ男子」やモチベーション本位の「ベンチャー男子」を論じたくだりには、おやじが彼らとつきあう術として「間違っても飲み屋で語ってはいけません。会議中にきちんと話すことが大事です」とある。日本企業の旧弊、「会議室では建前を語り、本音は飲み屋で補完するというスタイル」が廃れたのも、社内同送メールがすべてをオープンリーチ状態にしてしまうIT環境のせいかもしれない。と、これは僕の読み解きだ。
 
 著者はなぜ、「平成男子」に興味を抱いたのか。答えは、巻末に収められた倉田真由美との対談のなかにある。著者と倉田、それに中村うさぎの3人組が全国のホストクラブを回る取材をしたとき、地方都市の店に「マジでうちの代表はカリスマホスト」と言い切るホストが多いことに「感動」したからだという。まさに、リスペクト男子。それで「団塊ジュニア世代には今までにいないタイプの男子が増えてきてるな」と直感したという。
 
 その好奇心、観察力。これが「とくダネ!」コメントのバランス感覚の源泉だろうか。
(執筆撮影・尾関章、通算272回)
 
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コメント
虫さん、リスペクト男子の「地元愛」も親に起因するというわけですね。「全肯定」はしませんが、そういう面もあるかもしれない。
ITを除くと、変異の原因が親世代にあることが多いのでしょうか。
  • by 尾関章
  • 2015/07/15 7:59 AM
尾関さん

返信コメントをありがとうございます。
尾関さんの「地元愛」が異端であるかどうかは判断の難しいところですが、少なくとも「リスペクト男子」のそれとは違うのではと思いますね。以下、虫の仮説。

まず、「○○男子」を生み育てた団塊の世代ですが、彼らの子供時代にラヂオから流れてきた歌は、例えば、島倉千代子の「東京だョお母っさん」(ワハハ)。
地方から見た東京は、現在では想像が及ばないほどに遠い存在だったのでしょう。
そしてその東京に出なかった団塊世代は、1)その必要がなかった(例えば地方の名士の子弟など)、2)出たくとも出られなかった、の2つのグループ。何れも「アンチ東京」とまではいかなくとも、東京に対して何がしか複雑な感情があり、その感情は結局「地元肯定」に収れんし、ジュニア世代を「ここがいいんだョ、お前たち」と歌いながら育てるという帰結を生んだ。
こう仮定すると、深澤さんが「地元に、そんなにも『すごいやつら』がたくさんいるのでしょうか?」と皮肉りたくなるような素直な「全肯定男子」が生まれた理由を説明できるように思えるわけです。あくまでも、ほぼ即興に近い仮説ではありますが。





  • by 虫
  • 2015/07/15 1:37 AM
《挙げられている「00男子」の「00」が私にも概ね備わっているのではないか》(虫さん)
痛いところを突かれました。この本の○○男子、男子に「多品種」が現われたように読めるのですが、その一方で、男子の多くが○○を兼ね備えているともとれて、解釈に苦慮したのです。もっと読み込むべきかもしれません。
さて読んでいて、僕も○○を先取りしていたのではないかと思えるところがありました。たとえば、「全ほめ」とまでは言えないけれど「地元愛」があるほどには「リスペクト男子」だった、といったことです。同世代のなかでは異端だったのでしょうか。
  • by 尾関章
  • 2015/07/14 9:43 PM
尾関さん

今回のブログを拝読して感じたことは、挙げられている「00男子」の「00」が私にも概ね備わっているのではないかということ。それらは私のいち要素であって、ひとつの「00」が突出しているわけではないということ。ところが「00男子」の場合、ひとつの「00」で説明がつく位に「00」が突出しているわけですね。
科学や哲学に代表されるように、学問の細分化、専門化、孤立化の流れは相変わらずですが、その流れは人間そのものにも及んでいたのかと笑ってしまいました。
  • by 虫
  • 2015/07/14 4:44 PM
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