『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』
(矢部宏治著、集英社インターナショナル)
写真》初臨界と再稼働(朝日新聞1957年8月27日付朝刊と今年8月11日付夕刊)
 
 原発が動きだした。九州電力川内原発1号機の再稼働だ。全国に50ほどある発電用商用炉が一つも動いていない、という状態が1年11カ月も続き、そして終わったのである。原子力発電を認めよう、進めよう、という立場からみれば異様な事態が解消されたということになるのだろう。だがそれは、工場の生産機械を無駄に寝かせていたのとはまったく違う。止めていることに意味があった、と僕は思う。
 
 原発の停止は、言うまでもなく2011年3月11日の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発事故に起因する。政府がそれまでの原子力行政を改め、新設の原子力規制委員会が新しい基準に沿って、申請の出された炉を審査することにしたからだ。だから、1年11カ月の空白は、本来は審査期間に過ぎない。だが皮肉なことに、その足踏みのおかげで僕たちは実に多くのことを学んだ。
 
 たとえば、不穏な火山活動。日本列島あちこちの山が去年、今年と次々に噴いている。マグマの挙動は海底地底をうごめくプレート(岩板)に関係するとみられているから、根っこのところで東日本大震災につながっているのかもしれない。いずれにしても、震災の記憶が生々しいときに噴火が頻発しているので、自分が地震火山列島に住んでいると改めて痛感している人は多いだろう。それが、この1年11カ月とぴったり重なった。
 
 もう一つは、福島第一原発事故の被災地が背負った重みの大きさが日を追うごとにはっきりしてきたことだ。これも、この1年11カ月と重なる。朝日新聞は、福島県から全国に避難している10万人余について、こう報告している。「人のつながりは断たれ、将来を見通せない」「放射性物質の除染は進むが、森林は対象外だ。帰還できても、もとの『里山生活』は戻らない」(2015年8月12日付朝刊、上田俊英・福島駐在編集委員)
 
 再稼働のニュースで気になるのは、避難計画が不十分だからゴーサインは拙速だ、とする論調があることだ。もちろん、事故を想定して地元住人の生命、健康を守る態勢を整えるのは最優先課題だが、それで終わる話ではない。一斉避難が必要なほどの大事故であるならば、そのあとに受難の日々が延々と続くのはほぼ間違いない。これは、福島の今をみればわかることだ。上田編集委員が書くように「避難は『一時』ですまない」のである。
 
 ではどうして、こうも切実な教訓を得たのに、原発再稼働にブレーキがかからないのだろう。今週は文字通り、そのことを考えさせる一冊。『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治著、集英社インターナショナル)。
 
 著者は1960年生まれ。大手広告会社に勤めた後、書籍づくりに携わってきた。沖縄の米軍基地問題などで自身の著作もある。この本も、沖縄の話から説き起こし、日本の戦後史を考察するつくりになっている。奇しくも、沖縄の現地取材を終えて米軍基地をめぐる裁判資料に当たっていたころ、3・11の原発事故が勃発する。そこで「『沖縄イコール福島』という構造」が見えてきて、「基地」と「原発」を串刺しする論考になった。
 
 この本が探ろうとするのは、「基地」と「原発」の背後にある「日本の本当の権力」だ。それは「オモテの政権とはまったく関係のない『どこか別の場所』にある」。ウラに隠れた権力が表面に現われたのが、2009年から3年間の民主党政権時代だったという。
 
 著者の推察によれば、鳩山政権がめざす米軍普天間飛行場の県外移設構想が潰れたのは、官僚が首相に「反旗をひるがえした」からだ。官僚との非公開会合で移設先の案を固めたとたん、メディアに漏れたのである。野田政権が「2030年代に原発稼働ゼロ」政策を閣議決定できなかったのも、米政府の「懸念」が伝えられたからだという。「どこか別の場所」とは太平洋の対岸であり、その重力が霞が関を引きつけて惑星系をつくっているらしい。
 
 こう読んでくると、陰謀論のようにも見える。だが、極秘史料を掘りだし、それらをつなぎ合わせて物語を仕立てているわけではない。むしろ、だれでも手にとれる報道や資料を丹念に読み込んで、基地と原発を貫く構造を見抜いているという感じだ。
 
 やり玉に挙がるのが、1959年の砂川事件最高裁判決だ。現政権が安全保障法制の正当化でもちだしているものだが、ここでは、日米安保条約について憲法判断を避けた論理が問題視されている。この条約を「主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するもの」と位置づけ、違憲かどうかの判断は「司法裁判所の審査に原則としてなじまない」(最高裁サイトの裁判要旨から引用)というものだ。統治行為論という。
 
 裁判長は田中耕太郎長官。ミスター最高裁と言ってよい人だった。僕は中学生時代、社会科で三権分立を習うとき、この判決のことも聞いた。「高度の政治性」という理屈の立て方に、大人はそんなふうに世の中を動かしているんだな、と妙に納得した覚えがある。
 
 統治行為論と同様の論理が原子力にもある、と著者はみる。一つは、1978年に松山地裁で出された伊方原発訴訟の一審判決。原子炉設置許可の取り消しを求める行政訴訟だった。判決では、原子炉を造るかどうかは「高度の政策的判断と密接に関連する」として、設置許可は「国の裁量行為に属する」との見解を示した。日米安保条約を特例とする論理の原子炉版と言ってもよいだろう。
 
 原子力に対する特別扱いは環境政策にも見てとれる。放射性物質の汚染防止策は、環境基本法第13条で「原子力基本法その他の関係法律で定める」とされ、大気汚染防止法や水質汚濁防止法でも適用除外の扱いを受けていた。福島の事故後しばらくして基本法の13条が削られ、両防止法にある除外規定も消えた。ただ土壌汚染対策法では今も、「特定有害物質」を列挙した後に「放射性物質を除く」とある。
 
 オモテの法制度は整っている。だが「大切なのはウラ側からあたえられた『結論』だけで、『事実』や『論理』は、どんなこじつけでもかまわない」。そんなご都合主義が日本社会にはある。例外を設けては「結論」を守るという方法で、基地も原発も生き残ってきた。
 
 著者は米国の友人から、日本の政治家や官僚には「インテグリティがない」と言われたという。「首尾一貫性」の欠如だ。米国では「倫理的な原理原則がしっかりしていて、強いものから言われたからといって自分の立場を変えない」ことが「人格的に最高の評価」の対象となる。その国を相手とする沖縄基地問題の交渉で、日本側に「強い国の言うことはなんでも聞く」「原理原則なく受け入れる」という姿勢が見える現実を、この本は突く。
 
 著者の見方は「現在の日本の混迷の大きな原因のひとつは、国家全体が過去の記憶を隠蔽・廃棄し、その当然の結果としてインテグリティを喪失した状態になっているというところにある」というものだ。3・11で原発事故の深刻さがあれほど露呈されたのに、1957年の「原子の火ともる」(写真を参照)以来続く道が何事もなかったかのように舞い戻ってくるのは、惰性であってインテグリティとは言えまい。
                                    
 思わず苦笑したのは、「『左翼大物弁護士』との会話」と題する一節。著者が米軍施設の写真を載せた本をつくったとき、「このまま出したらぼくらはつかまるんでしょうか」と相談した。その弁護士は「売れますよ」とほめるばかりで、著者の不安をまともに受けとめない。真意を尋ねると、披歴されたのは「公安がつかまえる必要があると思ったら、なにもしていなくてもつかまえるし、必要がないと思ったら、つかまえない」という権力観だった。
 
 ピンとくる話だ。僕たちの時代は、「こじつけ」で動く権力に反権力のほうも飼いならされていた。インテグリティをもって世の中を切りまわす人々が、そろそろ日本社会に現われてもよいだろう。
おことわり 引用では、太字表記を外しました。
(執筆撮影・尾関章、通算278回)
 
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コメント
《太平洋の対岸からの圧力に屈するのではなく、創造的な対案を出すべきである》(虫さん)
息子を戦地へ送りだす米国人父親の気持ちは痛いほどわかる。だから、安全保障で米国の力を借りるとき、米国側の言い分を聞いて譲る局面は出てくるでしょう。ただ、たとえ譲歩するにしても、自立した倫理観を土台とする未来展望はもっていたい。それが、創造的な対案につながるのではないでしょうか。
  • by 尾関章
  • 2015/08/26 7:14 PM
尾関さん

四半世紀前になります。アメリカのある街で仕事をしていた時に、有名な企業であるジョン・ハンコック生命保険の重役さんと知り合う機会がありました。といっても、仕事絡みではなくお昼によく行った寿司屋さんの常連という関係。親しくなり、寿司を食べながらよくお喋りをしました。
ちょうどその頃、湾岸戦争が勃発。しばらくして寿司屋でその重役とお喋りをしていたところ、急に真剣な表情になった彼は、息子が湾岸戦争に派遣される悩みを語ってくれました。そして、私の名を呼び、いいですか、あなたを責めているとは思わないで下さい。しかし、中東の石油に依存している日本がお金だけ出して人を送らないことがどうしても理解できない、納得できないと語ったのです。
ときどき日本の新聞を入手してそのあたりの事情を知ってはいましたが、政府間の問題くらいに考えていたものですから、一介の市民からの日本批判は今でも鮮烈に記憶しています。
私は、第一次、二次の世界大戦では「同盟」というものが土台にあったために世界規模の惨禍をもたらしたと思っていますから、集団的自衛権とその行使には明確に反対ですし、歴史から何も学んでいないとしか思えないのですが、かの重役さんを思い出す時、日本の外務省や政府が抱えてきたであろうトラウマはさぞかし大きなものであろうという想像はできます。であるからこそ、太平洋の対岸からの圧力に屈するのではなく、創造的な対案を出すべきであると思っています。面白いことに、リベラル、あるいは「左」の間に国粋的心情が散見されるという新しい状況が生まれつつあるように見えます。
  • by 虫
  • 2015/08/26 3:39 PM
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