『未来からの手紙――チャペック・エッセイ集』
(カレル・チャペック著、飯島周編訳、平凡社ライブラリー)
写真》新春紙面には「夢」(朝日新聞2016年1月1日朝刊、拡大コピー)

 「初」のつく言葉は新年につきものだ。新春のテレビニュースでは「初詣」の光景が定番だし、バラエティー番組は「初笑い」ばかり。ただ僕たちが子どものころは、もっとあちこちに「初」があった。なぜか思い出されるのは「初荷」。商店街には、この2文字の旗をなびかせたトラックがものを運んできた。コンビニ時代は商いも12月31日24時と1月1日零時が滑らかにつながり、「初」の区切りがない。
 
 昔ほどには耳にしなくなった言葉に「初夢」もある。それが、いつ見る夢を指すのかでは諸説があるようだ。ただ、そこに富士や鷹や茄子が出てくれば良いことがあるという言い伝えは浸透している。先人は年の始め、1年の吉兆を占うつもりで眠りについたのだろう。
 
 メディアも、この縁起担ぎに便乗する。「初夢」の2文字をかぶせれば、遊び心で思考実験ができるからだ。僕自身、宇宙担当の記者だったころに「初夢記者、火星に立つ」という記事を書いたことがある(朝日新聞1988年1月3日付朝刊)。記者が「初夢号」という宇宙船で火星に派遣されたという想定。本文冒頭には、当時の海外記事にならって【火星・タルシス高原7月(地球時間1月)=赤星特派員】というクレジットを添えた。
 
 ちょうど米ソが火星の無人探査に熱心だったころだ。21世紀早々には有人探査が実現する、という見立てもあった。その「赤い惑星」の現実を、最新の観測情報をもとに火星大地にいる感覚でシミュレートしてみよう、という試みだった。
 
 「朝、東の地平線がうっすらと明るくなってきた。バイキングの画像でおなじみの赤い世界は今、乳白色の半透明のベールに覆われている」「この時期、火星は地球の7月にあたり、北半球では真夏。とはいっても、夜明け前は零下80−90度まで冷え込む。気圧は、200分の1気圧程度。白いもやが、かすかな大気の存在を裏付ける」。その朝もやを日本国内の天文台がとらえた写真も添えて、シミュレーションに説得力をもたせた。
 
 こうした思考実験は新聞紙面にもっとあってよい、と僕は思う。日常と異なる視点でものを考えることができるからだ。ただ、この記事はどこか物足りない。火星の風景描写に終始して、そこから地球を省みる発想が欠けている。地球環境問題を先取りして、火星の自然体系がどう平衡を保っているのかくらいまでは踏み込んでおきたかった。これでは、僕が批判する「夢とロマン」の宇宙ニュースと変わらない。
 
 ということで今回は『未来からの手紙――チャペック・エッセイ集』(カレル・チャペック著、飯島周編訳、平凡社ライブラリー)の表題作。初夢というわけではないが、未来を大胆に予想していて、しかも現在への批判がある。これぞ辛口のシミュレーション。
 
 著者は1890年にチェコ・ボヘミア地方に生まれ、1938年に没した作家。戯曲『R・U・R』でロボットを描いたことで知られる。新語「ロボット」の発明には、画家で作家の兄ヨゼフがかかわったらしいので、チャペック兄弟の着想なしに現代技術は語れない。この戯曲は『ロボット』の邦題で岩波文庫に収められている(千野栄一訳)。そこに現れるロボットは人間に刃向かう存在だ。鉄腕アトムとは違う味わいの辛口批評がある。
 
 この本の略歴欄には、著者が「1921年に『リドヴェー・ノヴィニ(人民新聞)』社に入社、生涯、ジャーナリストとして活動した」とある。定職は新聞記者だったらしい。巻末の編訳者解説によると、表題作は勤め先の新聞に1930年夏に連載されたものだった。「チャペックの特徴のひとつであるSF的想像力を駆使して、近未来の世界での政治情勢を描いたもの」だという。いわば夏の夜の夢の記事である。
 
 それは、世界一周の旅行記仕立て。著者は「はじめに」で「出かけるにあたり、前もってお断りしておく」として、「旅の目的」をこう宣言する。「各国の政治的条件を間近に注意深く観察し、なんであれその中で追求する価値のあるものを探し求めることである」
 
 これに続くのが、新聞人としての内省だ。「われわれの新聞は、毎日毎日読者に、どういう人の内閣がどこで辞職しているか、といったようなことをいろいろ報道している」。そのことが「情報過剰」を招き、「誰が実際に政権を握っているのか」「どのような形で政治が行なわれているのか」「どのような社会的悪徳が、どこで我が物顔をしているのか」の「要約的な見通し」を読者に提供できずにいるというのである。今に通じる指摘だ。
 
 俎上に載るのは16カ国と1地域だが、ここでは米ソと日本を紹介するにとどめよう。
 
 まずは「アメリカ合衆国」の先行き予想。話の枕は、ニューヨークの交通事情だ。「街路と地下鉄」では捌ききれず、「街全体の上に、巨大なセメントの天井が装備され、さまざまな交通機関はその上に移されている」。その結果、人々の生活は「一種の地下室」状態にあるという。これを読んで思い浮かんだのは、むしろ東京の1960年代だ。五輪対応を急ぎ、空中に首都高を張り巡らせて、暗い町をつくってしまった。
 
 米国編の本題は、ギャングの跋扈だ。「政党(アメリカには二つしかないのだが)はみずからの強力なギャング組織への依存を、ますます強めていった」「一方はニューヨークの金庫破りレッド・ボブが頭目」「他方はシカゴの密輸業者ビッグ・ビルが親分」。両陣営が備えた武器は「大砲と機関銃、戦車、装甲列車、毒ガス、火焔放射器、爆撃機、その他現代的な兵器」。あまりにも荒唐無稽だ。ただ、米国が2016年の今もなお銃規制を徹底できずにいることを思うと、著者は押さえるべきところを押さえていたとも言えよう。
 
 この抗争に勝って権力を握ったのはビッグ・ビルだ。産業界や金融界が相次いで重職就任を求めたが、「それはわたしには向かない。そんな泥棒じゃないよ、わたしは」と辞退したという。彼が議会に示した「政治的原則」の第1項を見て、僕は言葉を失った。「移民の禁止」。そこには「『わたしはアメリカに外国のならず者がいるのを望まない』とビッグ・ビルは言っている」との注釈がある。これも、2016年の風景と重なる。
 
 一方、「ソヴィエト社会主義共和国連邦」の空想未来はどうか。モスクワに着くと役人に呼ばれ、「政治的情勢を研究したい」という希望を伝えると、警護付き、車付きの視察場所が用意される。「模範的病院」「模範的酪農場」「模範的労働者住宅」「模範的小学校」「模範的ソーダ水キオスク」……。メディアが社会主義独裁体制を取材するときに待ち受ける罠を皮肉たっぷりに書いている。
 
 「高位のお役人」による説明がおもしろい。要点はこうだ。「ソヴィエト大帝国」は「経済的発展のほんのはじまり」にあり、「これまで採用されてきた三百年間にわたる将来計画(いわゆる三百年計画)は、これからの七千年間にわたるはるかに合理的な、精密で必然的な計画に取って代わられつつある」「その時代がやってくるまで、ソヴィエトの市民たちは、少なめの食糧の割当てと一定の自由の制限に耐えて満足していなければならない」

 ソ連は1930年当時、5カ年計画の途上にあった。その「合理的」に見えて不合理な本質を、思考実験で時間幅を延ばしてあぶり出したのである。当時、計画経済は輝いており、岸信介も30年代後半に「満州国」官僚としてソ連流の5カ年計画をつくっている(当欄2014年10月3日付岸信介で右寄りの『右』を知る)。そんななか、著者は「ソヴィエト体制はみずからが崩壊直前にあるということを予期する必要がある」と言い切った。
 
 「日本」の章では「国民はミカドその人の中に、自分自身と、自分の持つ神のような力を見る」「ミカドはあまりにも高貴なので、みずからは統治せず、宮廷人、大臣、そしてなんやかやの議会を仲介としている」。まもなく訪れる戦時の集団心理を見抜いている。
 
 チャペックが予見したのはロボットだけではない。人の世の流れもつかみとっていた。
(執筆撮影・尾関章、通算298回)
 
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