写真》泡は無数 

 当欄の運営について「型に縛られるのが虚しくなった」「もっと自由にやろうではないか」と書いたのは、数週間前のことだ。病を得て、先行きの不透明を痛感し、したいことはすぐにでもしておこうと思ったのだった。で、さっそく今週は、その新機軸を試みる。

 

 当欄を書くという作業は、本を読み、そこから引きだした知見を自らの思考に絡ませて反応させることだと心得ている。ここで悩ましいのは、1冊の本がもたらす知見の豊かさだ。読書するとき、僕は本のページを繰りながら付箋をペタペタと貼ってメモを書きとめていくのだが、読了すると小口が付箋の密林状態になっている。これにすべて言及していては、原稿がまとまらない。そこで、論点を一つ二つに絞り込むことになる。

 

 前回の『宇宙はなぜこのような宇宙なのか――人間原理と宇宙論』(青木薫著、講談社現代新書)がそうだ。人間原理とは、この宇宙は観測者たる人間を存立させるようにしか存在しない、といった見方である。今や宇宙論の分野で一定の地位を占めているが、先週の拙稿は、提唱者ブランドン・カーターの主張を紹介するあたりで終わった。この原理は宇宙がいくつもあるという世界観と相性がよいが、それを詳しく述べることはできなかった。

 

 だが著者は、後段のページをその「多宇宙」に割いている。近年の宇宙論、素粒子論の流れに踏み込んだ論述で、まさにこの本のもう一つの読みどころだった。これをスルーしたら、次の本へ進めないではないか。ということで、今回も同じ本について書こうと思う。1冊の本を2週続きでとりあげる趣向は、当欄前身の「文理悠々」で試みたことがあるが、看板を改めてからは初めて。その分、本稿はいつもよりもやや短めになる。

 

 それではまず、この本に従って「弱い人間原理」と「強い人間原理」の違いを復習しておこう。「弱い」では、「われわれは自分たちが存在できるような場所と時期に存在しているというだけのこと」と考える。一方、「強い」は「人間がこの宇宙に出現できるためには……」という目的論をもち込み、それによって重力の強さなど物理定数が定まる、とみる。この目的論が「神の存在証明」になりかねないとして、多くの科学者は反発した。

 

 ところがカーターは、宇宙がもし数限りなくあれば、「強い」原理を「弱い」と同様にとらえられることに気づいた。「われわれは、無数にある宇宙の中で、たまたまわれわれの存在を許すような宇宙に存在している、というだけのこと」になるからだ。これは、「われわれは自分たちが存在できるような場所と時期に存在しているというだけのこと」にぴったり重なりあう。人間は群がる宇宙の一つに「たまたま」いる、という見方である。

 

 この原理には、次から次に応援団が現れている。まずは、インフレーション宇宙論。宇宙の始まりには指数関数的な急膨張期があったとみる理論で、1980年代初めに佐藤勝彦やアラン・グースが提案した。そこから「宇宙はわれわれの宇宙だけではない」という「多宇宙ヴィジョン」が導かれた。世界全体が急膨張を起こしていて、急膨張を終えたところが「泡宇宙」のように点在するのだという。その一つにわれわれがいることになる。

 

 人間原理に味方したのは、宇宙空間にあるらしい真空エネルギーも同様だ。発端は、1998年に超新星の観測から宇宙の膨張が加速しているとわかったこと。そこから導きだされた真空エネルギーの値は、物理学者が人間原理によって絞り込んだ値とほぼ一致した。この計算をしたのは、素粒子論の大家スティーヴン・ワインバーグ。もともとは人間原理を「嫌っていた」が、この符合をみてそこに「ある種の有効性」を認めたという。

 

 そして2000年代に入ると、人間原理と多宇宙論が素粒子の最先端理論と結びついて俄然、力をもち始める。後者は、素粒子をひもの振動状態とみる「ひも理論」だ。この理論では、空間の次元数は9次元、あるいは10次元もあり、3次元のほかの余剰次元は丸まって見えないと考える。驚くべきは、その丸まり方によって宇宙のありようが10の500乗通りもあるとわかったことだ。多宇宙の可能性が示唆されたのである。

 

 これに飛びついたのが、レナード・サスキンドという物理学者。ひも理論がもたらす世界像は「ありとあらゆる服が10の500乗通りも取り揃えられた、壮大な既製服倉庫に似ている」「それだけの種類があれば、複雑なこの宇宙にぴったり合う服もあるだろう」(原文は「10の500乗」を10の右肩に500で表記)。世界は夥しい数の山や谷からなる風景のようなもので、たまたま人間に都合のよい谷あいにわれわれはいる、というのだ。

 

 この世界像をサスキンドは「人間原理のひもランドスケープ」と呼んだ。ランドスケープは「風景」。そこに「人間原理」を冠したわけだ。この命名に、著者は「人間原理の問題提起――『宇宙がこのような宇宙である理由を、人間を抜きにして説明することができるのだろうか?』――をまっ正面から受け止めていたことがうかがえる」と書く。科学界の嫌われ者だった用語が、これほど堂々と掲げられたことに感慨を禁じ得ないようだ。

 

 僕自身も、この流れには同様の思いを抱く。と同時に、われわれの世界が急激に相対化されていることに気づく。かつて銀河は、この天の川だけと思われていたが、今はいくつもあることがわかっている。惑星系も、この太陽系だけとみられていたが、それも早とちりだった。人類の進化を遡っても、われわれホモ・サピエンスに直結せず、枝分かれしていった別種が存在したらしい。この世界は、いくつもあるもののうちの一つに過ぎない。

 

 この本で僕が感じるのは、人間原理は人間の「知」を重くはみるものの、ヒトサマがえらいとは豪語していないことだ。世界は、人間の観測によって立ち現れると言っているに過ぎない。それは、たまたま座った席の見通しが良かったからこそ見える光景なのだろう。

(執筆撮影・尾関章、通算443回、2018年10月26日公開、同日更新

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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『宇宙はなぜこのような宇宙なのか―人間原理と宇宙論』(青木薫著、講談社現代新書)

写真》ヒト――アポロ11号のバズ・オルドリン飛行士(NASA画像より)

 ヒトサマはどれほどえらいのか。ふとそんなことを思ったのは、先日の当欄でアニマルウェルフェア、すなわち動物福祉の話題をとりあげたからだ(2018年8月31日付「愛護でなく権利を守る動物福祉」)。そこで紹介した動物の権利論は、ディープエコロジーという思想に支えられている。あらゆる生命は人間の役に立つかどうかにかかわりなく、独立の価値を有する、と考える立場だ。もしそうなら、ヒトサマはそれほどえらくない。

 

 欧州の思想史をたどると、ヒトサマはずっとえらかった。古代ギリシャの先哲は、人間ならではの理性に一目置いて世界観を組み立てた。中世は教会の力が強かったが、それでも人間は神の恩寵を受ける立場にあった。だから、地動説が受け入れられるまで、宇宙の中心は人間のいる地球であり続けたのだ。創造主としての神を崇めるだけなら、神の居場所を太陽にして地球をグルグル回してもよかったはずだが、そうはならなかった。

 

 ヒトサマは、さほどえらくないのかもしれない。そんな懐疑のきっかけは、19世紀のダーウィン進化論ではなかったか。ヒトはサルにつながっている、いや鳥も魚も蛇も蛙もみんな親戚だ。そんな生物界の歴史絵巻が見えてきた。20世紀後半には分子生物学がDNAという物的証拠で、それを裏づけた。さらに、工業化社会に対抗するようにエコロジー思想が台頭して、動物の権利論が強まる。ヒトサマは、もはや特別ではなくなった。

 

 こう見てくると、エコロジー思想が1960年代に強まったのは、きわめて自然な流れだった。人間は、ほかの生物群と生態系(エコシステム)をかたちづくっているのだから別種の仲間にも配慮しなくてはならない、とする考え方は、ダーウィン進化論や分子生物学によって説得力をもったのだ。そこに、先進工業国で深刻度を増した環境破壊に対する人々の憂慮が共鳴した。エコの機運は、ヒトサマの別格扱いを嫌っているとも言えるだろう。

 

 もう一つ、別の方向からもヒトサマはえらくなくなった。近代科学は唯物論の世界像と結びついて、物質によって森羅万象を解き明かそうとする。人間の知的営みも原子や分子のふるまいに帰することができるとみて、脳神経細胞の生理学が進んだ。理性ですら、物質が織りなす複雑系の一つということだ。こうなると人間は、生物世界で生態系の仲間たちと同列に置かれるだけではない。物質世界にあっても特別な存在ではなくなる。

 

 で、今週は、この世界を語るときの人間の立ち位置を考察した本をとりあげる。『宇宙はなぜこのような宇宙なのか――人間原理と宇宙論』(青木薫著、講談社現代新書)。著者は、日本の科学書ファンならば誰でも知っている当代屈指の翻訳家。主舞台は数学物理系の書籍で、難解な記述をこなれた日本語に訳し切る技には、いつも感心させられてきた。これだけ読みやすくできるのは文章力に負うところが大きいが、それだけではない。

 

 略歴欄やまえがきによると、著者は1956年生まれ。京都大学とその大学院で物理学を学んだ。原子核理論の研究で博士号も得ている。文系理系を分かたぬ京都学派の知的風土に育まれ、湯川秀樹に象徴される日本の理論物理学の殿堂を巣立った人だ。僕はずっと、彼女自身の著作を読みたいと思ってきた。そこには、科学者が書く科学本にはない科学像があるように思われたからだ。今回、それがかなった。この本は、2013年刊。

 

 この本は、世に言う「人間原理」を主題としている。1970年代、英国の物理学者ブランドン・カーターが唱え、その後、批判を浴びながらも支持者を広げている思考方式だ。だが、そこにいきなりは入り込まない。古代に遡って説き起こす。たとえば、アレクサンドリアのプトレマイオスが完成させた天動説。それは、土、水、空気、火の4元素でできた地上の世界とエーテルに満ちた「月より上」の天界を別物とみて、分けていたという。

 

 この本も、コペルニクスの地動説をプトレマイオスの天動説に対置させる。だがそれを、通説のように「宇宙の中心という地位から地球を(それゆえ人間を)追い出し」「惑星のひとつに格下げする」世界観とはみない。むしろ、「地球を天に上げて高貴なる『天体』に仲間入りさせ」「精密なモデルを作り上げた」ととらえる。ここに「人間中心的な考え方」があるというのだが、その「中心」はもちろん、天体運動の公転中心とは関係ない。

 

 著者によれば、プトレマイオスには天について「知ることの断念」があった。それは別世界なので、地上の類推が利かないという理屈だ。だが、コペルニクスは「神が人間に与えた理性」は、この壁を破れると考えた。知的営みを重くみる「人間中心」主義である。

 

 だが世間では、コペルニクスをめぐって通説のほうが強まった。地球の「格下げ」論だ。人間の居場所が「特権的」でないとする見方が「宇宙には特権的な場所はない」という宇宙観を導き、これが「コペルニクスの原理」と呼ばれるようになった。近現代の科学者の多くは、この原理を「肯定的に受け止める」。こうして「人間の尊厳などとは関係なく、われわれの外側に広がる宇宙を明らかにする」という姿勢が科学界に確立したのである。

 

 これに対抗したのが、人間原理だと言えよう。20世紀の科学が宇宙規模の巨大世界や原子、電子の微小世界を定量的に考察するようになって、「あれこれの物理定数は、なぜ今のような値になっているのだろうか?」という問いが湧きあがった。その値は、人間が生命を営むのに都合のよい匙加減になっている。僕たちは、もしかしたら「特権的な場所」にいるのではないか。そう考えて宇宙像に人間の存在を織り込む発想が出てきたのだ。

 

 こうした人間の「特別扱い」は「神はこの宇宙を、いずれ人間が登場できるように創造した」という見方に通じる。だから、科学者の多くは生理的に反発する。著者自身、人間原理の本を訳す仕事が回ってきたとき、いったんは「うわぁ、いやだなぁ」と感じたという。ところが、目を通すと「信仰に根ざしたような動機はまったく見られなかった」。こうして人間原理の「毛嫌い派」改め「要検討派」になった、と「まえがき」で告白している。

 

 この本は物理定数の匙加減をめぐって、英国のハーマン・ボンディが20世紀半ばに見つけた「コインシデンス(偶然の一致)」を紹介している。電子の電荷と質量、陽子の質量、重力定数、光速、宇宙物質の平均密度、宇宙年齢の目安という七つの定数を掛けたり割ったりして、電磁力と重力の比、宇宙の大きさ、陽子数のそれぞれ指標となる値をはじくと、同じ巨大数の存在が浮かびあがったという。ただ、ボンディは人間原理をとらなかった。

 

 だが、カーターはボンディの論考をもとに「弱い人間原理」と「強い人間原理」を提案した。前者は、「宇宙におけるわれわれの居場所」が「観測者としてのわれわれ」と「両立しなければならない」とだけ主張する。「居場所」は、居る時代と言い換えてもよい。宇宙史をたどると超高温のときもあったし極低温のときもあるだろうが、われわれは「存在可能な条件が満たされた時代に存在している」とみる。これを「観測選択効果」という。

 

 後者は、宇宙に対して「ある時点で観測者を創造すること」を求める。こちらは「宇宙はなぜこのような宇宙だったのか」(傍点付き)という問いに直結する。宇宙がたった一つしかないのなら、それに観測者の存在という条件を課すのだから観測選択効果は通用しない。逆に言えば、宇宙が数多くあるなら観測選択ももち込めるわけだ。カーターは量子力学の多世界解釈を引きあいに出して、多宇宙は「突飛というわけでもない」と論じたという。

 

 この多世界解釈は、量子世界の状態の重ね合わせを世界の複数性で説明する仮説で、宇宙のありようの多彩さは導きだせない。ただその後、宇宙論の分野にも宇宙はこの宇宙だけではないとみる学説が現れ、人間原理の応援団となる。これについては次回に譲りたい。

 

 著者によれば、コペルニクスは「知ること」をあきらめず、理性によって宇宙のしくみを知ろうとした人だ。人間原理に登場する観測者は、そういうコペルニクスのような知的存在にほかならない。彼の没後500年近い歳月を経て、その「知ること」を組み込んだ科学思考の枠組みが生まれたのである。観測という行為を無視しては、観測されるものの全体像はつかめない。その教訓をそろそろ本気で受けとめるべきではないか、と僕は思う。

(執筆撮影・尾関章、通算442回、2018年10月19日公開)

 

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『都市崩壊の科学――追跡・阪神大震災』(朝日新聞大阪科学部編、朝日文庫)

写真》地震再び(朝日新聞6月18日夕刊)

 1995年、僕は奇妙な体験をした。日本社会を揺るがした二つの出来事を外部から眺めることになったのだ。その年は夏まで新聞記者としてロンドンに駐在していたので、年初から春にかけて阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が相次いで起こったときは日本にいなかった。いずれも戦後史の変わり目を象徴するような母国の一大事だったが、それを外国人のように一歩退いた目で見たのである。そのことでわかった自らの不明もある。

 

 ロンドン時間で1月16日午後9時すぎだったと思う。職場で通信社電の配信を受ける端末が緊急ニュースの到来を告げていた。東京発。日本の西部で大きな地震があったという。外国メディアの記事なので、地震の規模を表すマグニチュードは出てきても、揺れの大きさを実感で思い描ける日本式の震度表記がなかった。上司の「日本で地震らしいね?」という問いかけに「大丈夫でしょう。西日本とありますから」と答えてしまった。

 

 これは、今となっては赤面を禁じ得ない失言だった。そのころ、日本国内では東海地震や首都直下地震に対する不安が募っていた。その裏返しで、西日本では壊滅的な被害をもたらす大地震はなかろうとの見方が通り相場だった。とはいえ、僕は科学記者だったのだ。しかも大阪科学部に在籍したことがあり、関西の地震学者に取材した経験もある。それなのに、西日本なら大したことないでしょうと、利いたふうな口をきいてしまったのである。

 

 このとき、僕の知ったかぶりが実害をもたらすことはなかった。大震災の報道は、すでに大阪本社や東京本社で始まっていた。ロンドンは夜が更けていたから、極東の災厄に関心を寄せる英国社会の動きもまだ表面化していなかった。取材の出足が遅れるということはなかったわけだ。帰宅後の深夜、在外邦人向けの衛星テレビで阪神高速道路の橋桁が崩壊する映像を見て、自らの不明を恥じた。そうだ、関西の大地も動的だったのだ――。

 

 今月18日午前8時前、NHKテレビの天気予報が中断され、地震波の襲来を告げる緊急地震速報に切り替わるのを見て、僕は身構えた。関東一円で地震が多発している折、わが身のことかと思ったのだ。だが、画面には関西の地名が並んでいた。まもなく、速報は地震発生を告げる臨時ニュースにそのまま雪崩れ込んだ。最大震度6弱。死者5人、負傷者400人余。関西は23年を経て再び、大きな地震災害に見舞われたのである。

 

 今回の報道では、関西地方を縦横に走る活断層の図が早くからもちだされた。有馬・高槻断層帯、生駒断層帯、上町断層帯、六甲・淡路島断層帯……。最後の一つが、先の大震災を引き起こした。関西も地震列島の真ん中にあるという認識はすでに共有されている。

 

 で、今週は『都市崩壊の科学――追跡・阪神大震災』(朝日新聞大阪科学部編、朝日文庫)。朝日新聞が1995年3〜9月に連載した「追跡・大震災」という記事をもとにしている。本は、震災1年後の96年2月に出た。僕にとっては古巣の仲間の手になる力作。あとがきに列挙された執筆陣はみな顔なじみで、懐かしい。僕自身、80年代に大阪で防災担当だったこともあるので、本文に登場する研究者の名を見て往時を思いだすこともあった。

 

 ページを開くと、「『関西には大地震はない』の雰囲気」が現にあったことが随所で指摘されている。たとえば、兵庫県芦屋市の海岸部にある高層住宅群で、設計時に横揺れの最大加速度がどれほどに見積もられていたか。この本によれば、0.3G(Gは重力加速度)。これは、関東の超高層建築でふつうに用いられていた約0.4Gよりも小さい。東京の霞が関ビルは1960年代の建築だが、それでも最大0.5Gを想定したという。

 

 建物などハードだけではない。緊急時の対応などソフトも同様だ。ガス事故を防ぐ手だてをめぐっても東西差が際立つ。都市ガスは高圧、中圧、低圧の順で圧を落として届けられる。東京ガスには当時から「中圧導管系統の供給地区を一〇〇ブロックに分け、一定の揺れがあると、遠隔操作で必要なブロックのガス供給を止める」しくみがあった。だが大阪ガスは、一律判断が不要な供給停止を招きかねないとして、同様の方式をとっていなかった。

 

 この本の「はじめに」で、朝日新聞きっての地震記者泊次郎さん(連載開始時の大阪科学部長、現OB)が、日本社会では1995年まで地震に対する防災意識が東高西低だったことを具体例で示している。東海地震が「いずれ起こる」と警告されてきた静岡県では、地震対策のために15年余で1兆円ほどが投じられ、それによって被害想定表の死者数が4分の1に減ったという。関西に「いずれ起こる」の危機感が乏しかったことは否めない。

 

 「はじめに」は、地震の怖さがマグニチュード(M)に比例しないことも指摘している。阪神・淡路大震災の地震としての規模はM7.2。M7超級は20世紀に国内だけで数十件あり、歴史的には「ごくありふれた地震」という。それが大惨事となったのは「大都市の直下で発生したから」だ。その可能性を「想定しない」ことの「つけが回ってきた」。地震が巨大でなくとも真下で起これば震災は甚大という理屈に目が向かなかったのである。

 

 ここに書き添えられた次の言葉は重い。「そもそも六甲山はここ数十万年間の活断層の活動によって隆起した山だ。そうした断層が動くことによる直下型地震は、いつ起きても不思議ではない、と地球科学者たちは警告していたのだが」。ここからは当時、僕たちが陥っていた二つの罠が見てとれる。一つは、Mが大きいプレート境界型の地震にばかり目を奪われていたこと。もう一つは、関西は直下型のリスクが高いのを忘れていたことだ。

 

 この本最大の意義は、足もとの地震を侮ってはいけない、と戒めた点にある。これは、本文にある「これまで日本の耐震研究は、主に沖合に震源をもつプレート境界地震を対象にして進んできた。今回の直下型地震の地震波は、その枠にはまらないいくつもの疑問を含んでいる」という記述に要約されている。真下で起こる揺れの特徴は何か、どんな被害をもたらすのか、それが大都市圏であればどうなるのかを丹念な取材で浮かびあがらせている。

 

 直下型の揺れを物語るのは、震央となった淡路島北部の住人の体験談だ。「ドーン、ドーン、ドーンと三回、体が持ち上げられた。三回の胴上げですよ」。このあとに強い横揺れに襲われたという。神戸でも「体が宙に浮いた」と感じた人は多かったようだ。

 

 この本では、阪神・淡路大震災の揺れに三つの特徴を見ている。1)横揺れがきわめて強かった2)縦揺れも強かった3)最大の横揺れと縦揺れが、揺れだしてすぐに来た――の3点だ。なかでも、2)は見逃せない。「ふつう地震の破壊力を見込むときは」「横揺れだけを想定する」からだ。ところが、この地震では「縦揺れはとても無視できるものではなかった」。直下型地震に強い街をつくるなら、縦揺れも勘定に入れなくてはならない。

 

 こんな話も出てくる。建物の耐震度を調べるコンピューター計算のプログラムが、横揺れ中心のものしかなかったというのだ。ビル中層部が「最後の大破壊を起こすときに、縦揺れがとどめをさすことは十分考えられる」が、それを数値実験で確かめられなかった。

 

 直下のリスクを侮るなという戒めは、地震学にも新しい方向性をもたらした。そのことは「活断層を追う」という章を読むと、よくわかる。ここでの読みどころは「震災の帯」の謎解きだ。震度7の激震で被害が集中した地域は、神戸市須磨区から西宮市まで延びていた。幅約1km、長さ約200km。これは、被害は震央を中心に同心円状に小さくなるという常識に反する。どうしてこうなったかを知るために足もとの物理学が必要となった。

 

 諸説あるうち、この本が「最も説得力を持つ」とするのは「焦点効果」説だ。岩盤と堆積層の境目がレンズの働きをして、地震波が重なる領域を帯状につくりだしたという。地震学は活断層の在り処だけでなく、それが起こす揺れの伝わり方も調べなくてはならない。

 

 関東大震災はプレート境界型だった。それを気にしていたら、直下型が阪神・淡路で起こった。その16年後、東日本を震撼させたのは再びプレート境界型。震災は、いつも僕たちの心構えの裏をかく。一つのことにとらわれない。防災力は、そこから生まれてくる。

(執筆撮影・尾関章、通算427回、2018年6月29日公開)

 

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『自然とギリシャ人・科学と人間性』

(エルヴィン・シュレーディンガー著、水谷淳訳、ちくま学芸文庫)

写真》点と線

 この春の当欄で、テツガクという言葉に出会ったのは小学校高学年ではなかったか、と書いた(2018年4月6日付「ニーチェに20世紀経由で迫る」)。身近にいる大学生から「人はなぜ生きるのか、どう生きるべきか」を知る学問があると聞いた記憶だ。

 

 小学生の理解としては、こんなところが精一杯だったろう。だが長ずるにつれて、哲学がもっと幅広い人知の営みであることがわかってくる。それは、僕たちが今生きている世界がどんなものか、という問いにも向きあっている。世界像の探究という側面だ。ところが、その一方で、宇宙を探るのはもっぱら自然科学という常識も根強い。では、哲学と自然科学はどのようにつながっているのか。そのあたりは、はっきりしなかった。

 

 今振り返れば、いろいろなつまずきがあった。まずは物心二元論。モノの世界は理系の探究で、人の世界は文系の議論で、という線引きだ。そこに唯物論の優勢がかかわってくる。人はヒトであり、モノがかたちづくる自然界の一部なのだから、すべての世界は最終的には理系知で解き明かされる、と信じてしまったのである。ただそこでは、大事な一点が忘れられている。理系知もまた、人間の知覚や思念の産物にほかならないという認識だ。

 

 理系知と哲学がつながる例を一つ挙げよう。小学校の算数に出てきた追いつき算。歩く人を駈け足で追いかけるとき、いつどこで追いつくかという問題だ。図を描くと、答えが見えてくる。2人の隔たりを線分で表し、それが1分間にどれほど縮められるかを記入していく。すると何分後に追いつくかがわかって、その地点がどこかも計算できる。こういう状況は、大人になってからも日常よく経験する。設問としてなかなかよくできている。

 

 ただ、これも異なる考え方をすると、頭が混乱してくる。走る人が歩く人の出発点にたどり着いたとき、歩く人はそれよりも先に進んでいる。で、走る人がその地点まで来ると、今度も歩く人が先行している……こうして、走る人はいつまでたっても歩く人に追いつけない。「アキレスと亀」の逆説だ。古代ギリシャの自然哲学者ゼノンが提起したとされる。現実は追いつき算の通りだが、ゼノンの逆説が問いかけたことの意味は大きい。

 

 この逆説に潜む思考の罠について論じる準備が、今の僕にはない。ただなんとなく、連続性がかかわっているらしいとは思える。自然界は線のようにつながっているのか、点の集まりのようにばらばらなのか。具体論に立ち入れば、原子と原子の間は虚空なのか、介在物があるのか。時間は川のように途切れなく流れるのか、飛び石のようにぴょんぴょん進むのか。理系知は、これらの世界像と密接不可分だ。科学の根底に哲学があると言ってもよい。

 

 で、今週は、科学を人間の産物ととらえ直すのに一助となる本を選ぶ。『自然とギリシャ人・科学と人間性』(エルヴィン・シュレーディンガー著、水谷淳訳、ちくま学芸文庫)。著者(1887〜1961)は、オーストリア生まれの物理学者。1920年代に量子力学を完成させた中心人物の一人だ。本書は、2シリーズの連続講義をもとにしているので書名にも二つの表題が並ぶ。既訳もあるが、この文庫版は2014年に新訳で出た。

 

 ここでは、後段の「科学と人間性」に焦点を当てる。1950年にアイルランド・ダブリン高等研究所であった4回の公開講義「人間性の構成要素としての科学」をまとめたものだ。そこには、科学を「人間の置かれた状況を理解するため」の営みとみる視点がある。

 

 物理学の核心に入って真っ先にとりあげられる問いは、物質とは何か。著者は「わたしたちの抱く物質の概念は、19世紀後半に考えられていたよりも『はるかに唯物的でない』ことが明らかになっている」として、物質像が20世紀の量子論によって変わったことを示唆する。原子などの粒子が「永遠に『同一性』を持ちつづける」という常識は「放棄しなければならなくなった」というのだ。原子1個ずつに名前を与えて追跡するのは無理らしい。

 

 たとえば、粒子がある瞬間、ある地点にあったとする。このとき、「その直後に同種の粒子が、最初の粒子のすぐ近くに観測され、第一の観測結果と第二の観測結果とのあいだに『因果関係』があると断定できるどんな理由があったとしても、二つのケースで観測されたのは同じ粒子であるという言葉に、明確で正しい意味などない」(「同じ」に傍点)という。常識破りの話だ。だが著者が語る身近な体験談で、そんな見方もあるなと思えてくる。

 

 例に挙がるのは、著者の机に置かれた大型犬グレートデーンをかたどった文鎮。父の形見だ。故国がナチスドイツに併合され、国外へ移り住んだときに手放したが、友人が保管してくれていて、戦後再び手もとに戻った。「父の机の上で見た犬であると、私は完全に信じている」が、根拠は「明らかにその特別な『形』であって、材料の中身ではない」。その「鉄」が別ものに鋳直されていたら「思い出の品は壊されてしまった」と感じることになる。

 

 もっと端的なたとえ話も出てくる。ある男が子どものころに過ごした田園を訪れる。小川も草原も変わらない。かつて見たヤグルマソウやポピーやヤナギがあり、ウシやアヒルやイヌもいる。「材料」は入れかわっているが、「場所全体の形や構成は同じまま」だ。

 

 これらを踏まえて、著者は原子世界に対する「『新しい』考え方」を、こう言い切る。「これらの素粒子やその小さな集合体において不変なのは、その形や構成である」。ここで言い添えられているのが、「形」は「物質的な実体」の形状ではないということだ。粒子は「形だけの存在」であり、「度重なる観測によって繰り返し姿を現すのはその形」というのだ。電光ニュースで流れる文字を思い描けばよいのか。モノばなれの世界像だ。

 

 原子などの粒子が同一性を保たないという見方は、人間の観測という行為に見直しを迫る。同種の粒子が、ごくわずかな時間差でごく近い場所に存在するのを観測したとしよう。粒子の同一性維持を前提とする常識では、粒子は必ず一つの経路をたどって別の場所へ移るので、「連続的観測」で追跡していれば、その動線をたどることができる。ところが、同一性が維持されないとなると「連続的観測」の「連続」はどうなるのか。

 

 著者は、ここで観測に対する新しい見方を打ちだす。「連続的観測が可能であると認めてはならない」(傍点付き)と戒めた後、「観測は、不連続で途切れ途切れの事象とみなすべきだ」「観測と観測のあいだには、埋めることのできない空白が存在する」と明言する。このあとには「粒子は永続的な存在でなく瞬間的な事象」「ときにはそれらの事象が鎖のようにつながって、まるで永続的な存在であるかのような錯覚を与える」といった記述もある。

 

 この世界像は、量子力学に由来するとみて間違いない。この本にも書かれているように、量子力学に先立つ前期量子論でニールス・ボーアは「原子はある状態から別の状態へ突然に遷移すると仮定しなければならなかった」(「突然に」に傍点)。原子の周りにある電子のエネルギー状態がパッと変わるというイメージ。太陽の周りの惑星や小惑星が軌道を描きながら時間をかけて動くのとは様相が異なる。連続の遮断は避けて通れないのだ。

 

 20世紀に入って人間はこれまで馴染んだ常識を絶対視できなくなった。それは日常生活では健在だが、世界の根底にあるしくみを理解するには不十分だったのだ。

 

 興味深いのは、著者が量子世界を波という連続の描像でとらえた人として知られていることだ。1920年代半ば、シュレーディンガー方程式と呼ばれる波動方程式で原子世界の様子を表すことに成功した。だがこの本では、波は「『何ものか』の記述」であっても、その「何ものか」は「観測可能な事実」や「自然(物質や放射など)の真の姿」ではないと強調する。波は世界理解の道具に過ぎないということか。著者の本意がわかる一節だ。

 

 最後に一つ提案。量子力学の授業では、いきなり数式を教えるのをやめて、この本のような論考をみんなで読むことから始めてはどうか。シュレーディンガーの方程式だって、そこにどんな自然観があるのか見当もつかずに操られたら、かえって迷惑だろう。

(執筆撮影・尾関章、通算424回、2018年6月8日)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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『ホーキング、宇宙を語る――ビッグバンからブラックホールまで』

(スティーヴン・W・ホーキング著、林一訳、ハヤカワ文庫NF)

写真》地球では北極だって丸い

 同時代を生きる科学者でカリスマと呼べる人は誰か。そう問われたときに真っ先に思い浮かんだのが、この人だった。スティーブン・ホーキング。宇宙の起源やブラックホールの謎に数理で迫った英国の宇宙物理学者だ。今月、訃報が届いた。76歳だった。

 

 僕は新聞の科学部記者として宇宙論に関心を向けてきたので、ホーキングとの接触点は早くからあった。1985年、京都大学であった講演会では、その肉声を聞いている。彼はすでに筋萎縮性側索硬化症(ALS)で発声が不自由だったが、絞りだされる言葉を付き添い役の若者が伝え直してくれたのである。90年には東京で、上司の科学部長とともにインタビューする機会を得た。このときはすでに音声合成装置の助けを借りていた。

 

 この2回の接触は、ホーキング宇宙論の移り変わりに照らすと貴重な体験だった。そのことについては古巣、朝日新聞の科学面に書いたので、ここでは繰り返さない(2018年3月22日朝刊「共感呼んだ 希代の科学者」)。ただ、拙稿を採用してくれた後輩のひとことには、ちょっとグッときた。「尾関さんは、ホーキングの生の声を聞いた数少ない日本人の一人なんですね」。やはり、あの人はカリスマと呼んでいい。つくづく、そう思った。

 

 だが、ホーキングはカリスマであっても「偉大」とは言いにくい。どうしてか。彼の理論が扱う世界は気が遠くなるほどの極限にあるので観測の目が届かないし、実験によっても再現もできないからだ。これほどの俊才がノーベル賞を贈られないばかりか、下馬評にすらほとんど上がらなかった背景には、そんな事情がある。宇宙相手の理論研究者は辛いね、とも言えるが、むしろ賞狙いの思惑に毒されず、かえって自由なのかもしれない。

 

 そこで対比したくなるのは、もう一人のカリスマ、アルバート・アインシュタイン。こちらはノーベル賞を受けたが、それは「理論物理学への貢献、とりわけ光電効果の法則の発見に対して」だった(1921年物理学賞、22年授与)。光電効果は、実験室で確かめられる現象である。驚くべきことに、最大の業績である相対性理論は授賞理由に明記されなかった。これも、懐疑論を完全に払拭する検証が難しかったからかもしれない。

 

 そのアインシュタインについて言えば、一般相対性理論が予言する重力波は2015年に観測され、翌年発表された。予言の論文から観測の論文までの時間幅は、ちょうど100年。宇宙の理論は簡単には確かめられない。証拠を見つけるには絶妙な装置が必要で、学説を提起した科学者やその同時代人が世を去った後に決着がつくこともあるのだろう。人類はやがてホーキングを「偉大」と呼ぶかもしれないが、それはまだ先のことだ。

 

 僕が強調したいのは、ホーキングには「偉大」よりも「魅力的」という形容がふさわしいということだ。それは、社会活動やメディア露出によるところも大きいのだが、研究手法からも感じとれる。学説をネタに研究者仲間と賭けを楽しむ。一方で、自説と異なる説にも謙虚に耳を傾ける。そこにあるのは、探究を通して友愛を深め、友愛を通して探究を深めるという相互作用だ。これこそが、学問本来の姿ではないかとも思えてくる。

 

 で、今週は『ホーキング、宇宙を語る――ビッグバンからブラックホールまで』(スティーヴン・W・ホーキング著、林一訳、ハヤカワ文庫NF)。原著は1988年刊、原題は“A Brief History of Time”。著者の代表作と言ってよい。邦訳は早川書房が翌年、単行本として出し、95年に文庫化した。宇宙そのものだけでなく、それと密接にかかわる相対性理論や量子力学、素粒子論にまで踏み込み、20世紀物理学の世界像を描きだしている。

 

 ここでは、その一大絵巻でもっとも気になる点をとりあげてみようと思う。虚数の時間、あるいは虚時間と呼ばれる概念だ。虚数とは実数ではない風変わりな数のことで、二乗すると負の実数になる。たとえば、2は実数で2×2=4だが、2iは虚数で2i×2i=−4となる。著者の理論では、宇宙の始まりでは時間が虚数だった、というのである。僕たちがいる〈いま・ここ〉から遡ると、そんな不可思議な世界に行き着くと聞いて驚く。

 

 余談だが、かつて日本の高名な物理学者が講演で「虚時間ばかりはわからない」と打ち明けて笑いをとったことを僕は覚えている。その人は実験家で宇宙観測の第一人者だった。理論の大家に敬意を表しつつ、その観測を超えた知見に匙を投げたのだとも言える。

 

 では著者は、なぜこんな荒唐無稽なことを思いついたのか。そこに出てくるのは、彼が同じ英国の物理学者ロジャー・ペンローズとともに完成させ、1970年に共著論文で発表した特異点定理だ。これによって、一般相対論などを前提にすれば宇宙の始まりに「ビッグバン特異点があったはず」ということが証明されたと第3章「膨張する宇宙」にある。それを踏まえて、虚時間を求める理由が第8章「宇宙の起源と運命」に詳述されている。

 

 その要旨はこうだ。特異点は「無限大の密度と無限大の時空湾曲率をもつ」ので「既知の科学法則はすべて破れているだろう」。未知の法則があっても、それは「定式化することさえきわめてむずかしい」。重力場が強すぎて「古典理論では、もはや宇宙はうまく記述できない」のだ。ということで、古典物理を超える量子力学の出番だ。「量子論では特異点が存在する必要はないので、特異点に対する新しい法則を仮定することも必要でなくなる」

 

 そうか、著者は一般相対論の数理を駆使して宇宙の始まりの特異点を見つけてしまったが、それは大変に厄介なものだった。そこで、古典物理の枠外にある量子力学を取り込んでその厄介者を追い払おうとしたわけだ。このときに想定されたのが虚時間だった。

 

 これは、計算の都合から出てきたらしい。著者の説明によれば、量子力学が重力を扱うときは、米国の物理学者リチャード・ファインマンが考えた「経歴総和法」が使われる。この手法では、粒子が「時空の中であらゆる可能な経路をたどる」とみるので、それが「ある点を通過する確率」を知るには、その点を通る経路に対応する波を足し合わせる必要がある。このときの「技術的困難を避けるには、虚時間を用いなくてはならない」という。

 

 虚時間には妙味がある。この本によれば、もし時間が虚数の値をとるならば時空の数式で時間と空間を対等に扱える。これは僕の解釈だが、4次元〈時空〉を4次元〈空間〉と言えるようになるということかもしれない。ただ、僕たちは3次元空間の住人なので、それを超える高次元空間は思い描けない。この壁を乗り越える常套手段は、低次元で言えることは高次元でも成り立つだろうと見当をつけ、次元数を減らして考察することだ。

 

 ここで著者がもちだすのは、2次元の地球表面だ。大海原を「夕陽に向かって漕ぎだしていっても、縁から落ちたり、特異点にはまりこんだりする心配はない」と書く。同じことが4次元で言えるなら、宇宙の極限では「時間と空間はいっしょになって、大きさは有限だがどんな境界も縁ももたない一つの曲面を形づくっているかもしれない」。地球のように丸ければ、始まりがなく特異点もないので「科学法則が破綻することもない」わけだ。

 

 宇宙は、無境界の時空を組み込むと「完全に自己完結」させることができる。著者は、8章の結びで「だとすると、創造主の出番はどこにあるのだろう?」と問いかけている。ちなみに虚時間の提案は、宇宙が無のゆらぎでポッと現れるというアレクサンダー・ビレンキンの仮説と表裏一体の関係にある。この筋書きでは宇宙がポテンシャルエネルギーの障壁を通り抜けて生まれ出る過程があるのだが、それが虚時間世界に対応するのである。

 

 この本には、見落とせない洞察がある。著者は、虚時間の導入という工夫で追放したはずの特異点を完全には否定していない。「われわれの生きている実時間に戻ってみると、依然、特異点があるように見える」。視点を移せば、世界の見え方が変わるということか。

 

 ホーキングは、実在にこだわらない実証主義者だと言われる。虚実を問わず、数理で体系づけられた世界像を手にできればよいのだろう。虚時間がそのことを如実に物語る。

(執筆撮影・尾関章、通算414回)

 

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『ロウソクの科学』(マイケル・ファラデー著、竹内敬人訳、岩波文庫)

写真》キャンドル

 もう四半世紀も前になるが、英国ロンドンに赴任する直前、あわてて買い込んだものがある。いわゆるブラックタイ、タキシード一式である。「ヨーロッパにいると、着用を求められることがある。僕はレンタルで済ませたけどね」。先輩からそんな助言をもらって、だったら自前を用意しておこうと思いたったのだ。こういう話は、往々にして取り越し苦労に終わる。だが、ブラックタイに限っては日の目を見る機会が一度ならずあった。

 

 ここで言えるのは、英国社会にはドレスコードと呼ばれる服装の決まりごとがしっかり根を下ろしていることだ。しかも英国人は、それを苦もなく受け入れているように見えた。冬の宵にロンドンの地下鉄に乗ると、男性客のカストロコートの胸元からブラックタイがのぞいていたりする。よそゆきに身を包んだものの、外は冷えるから日用の防寒着を羽織ったという感じだ。どこへ出かけるのかはわからないが、肩の力は抜けている。

 

 僕自身がタキシードを着たのは、王立研究所の行事を取材したときである。この研究所は18世紀末から、英国学界が自然探究の醍醐味を世間に発信する拠点となっている。たとえば、当欄「ドーキンスで気づく近代進化論の妙」(2017年9月15日付)で紹介した『進化とは何か――ドーキンス博士の特別講義』(リチャード・ドーキンス著、吉成真由美編・訳、ハヤカワ文庫NF)の「特別講義」も、ここであった少年少女向けの講演だった。

 

 僕にとっては、外村彰さんが登壇した「金曜講話」が忘れがたい。1994年のことだ。外村さんは日立製作所の研究者。2012年に逝去したが、量子物理実験の第一人者である。講話の最大の目玉は、電子を一つずつ飛ばしたときに何が起こるかを検証した実験映像だった。そこで見えてきたのは、電子が粒子であると同時に波でもある、という量子力学の核心だ。僕のそばでブラックタイの紳士が思わずつぶやいた。「ナイスッ」。

 

 驚いたのは、講話が挨拶抜きに始まったことだ。科学者にとっては至上の晴れ舞台。冒頭に「本日は伝統ある研究所でお話しできる機会をいただいて、光栄の極みです」といった決まり文句があるだろうと思っていたが、外村さんはいきなり本題に入った。芝居の幕が開いたとき、役者は挨拶しないでしょう――そんな説明を講話の責任者から聞いた。王立研究所はロンドンの劇場街ウェストエンドに近い。ここでは科学者も役者になり切っている。

 

 科学を見せる行為も芝居やミュージカルと同列にある。文化の一部だから、ドレスコードに縛られることがあってもいい――人々の間にそんな感覚が行き渡っているのだろうか。そういえば、ここのクロークにも普段づかいの防寒着が並んでいた。

 

 で、今週は科学書の古典ともいえる『ロウソクの科学』(マイケル・ファラデー著、竹内敬人訳、岩波文庫)。著者(1791〜1867)は、電磁誘導の発見で知られる英国の科学者。今日の電磁気学の礎を築いた人と言ってよい。この本は、1860〜61年のクリスマス休暇に王立研究所で開かれた連続講演「ロウソクの化学史」をまとめたものだ。少年少女向けだが、大人も聴いていたらしい。この文庫版は2010年に新訳で出た。

 

 まずは著者の横顔から。巻末の訳者執筆「ファラデー 人と生涯」によると、ロンドン近郊サリー州の鍛冶屋の家に生まれ、市内に移って書店や製本工場で働くようになった。仕事柄、理系書にも触れて化学や電気に知的関心を抱く。王立研究所の公開講演を聴いたことで、それは強まった。運よく、その研究所の実験助手となり、ついには所長にまで昇り詰める――英国の階級社会にあって独力で研究者の道を拓き、成功を極めた人と言えよう。

 

 著者の生い立ちは、19世紀の科学史と表裏一体の関係にあるように僕は思う。前述「…人と生涯」によれば、「何と言っても彼は正規の高等教育を受けておらず、また科学者として必要な外国語の素養もなかった」。これは不利に違いないが、一方で、理系の研究が自然哲学と呼ばれた時代の学風に縛られないことを意味する。実験器材をガチャガチャ操る職人技が新発見の原動力になったのだ。この本は、そんな時代の到来を告げている。

 

 『職業としての科学』(佐藤文隆著、岩波新書)という本によると、英国では1830年代に「科学という職業の実現を目標に掲げた運動団体」が動きだす。「科学者」という呼び名が広まるのは「科学の担い手が巨匠から中産階級の職業に変わる、十九世紀末」だった(文理悠々2011年6月23日付「『科学者』を再デザインする」)。『ロウソク…』は、その過渡期にある。本文に出てくる「自然哲学」は原則「科学」と訳した、と訳注にある。

 

 この連続講演で「哲学」離れを感じさせるのは、モノへのこだわりの強さだ。第1講では、鯨油ロウソクや、ミツバチの蜜を原料とする蜜ロウなどが紹介される。「私たちが開国をうながした、はるか遠くの異国、日本からもたらされた物質」も登場する。訳注によれば、この物質は、ハゼノキやウルシなどの実からつくった「和ロウ」を指しているようだ。世はヴィクトリア朝、大英帝国全盛のころだからロンドンには世界中のモノが集まっていた。

 

 実際、19世紀科学は知的好奇心を先ずモノに向けていた。「…人と生涯」には、その分野で王立研究所の功績が大だったことが書かれている。著者の前任の所長ハンフリー・デイヴィーは、1807〜08年だけでカリウム、ナトリウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、マグネシウムなどの元素を単体で分離したという。「化学」の発展がこれを可能にしたのだ。講演原題がロウソクの科学史ではなく「化学史」だったのも頷ける。

 

 著者は講演で、ロウソクの燃える成分が水素と炭素であることを明らかにしていく。まずは、水素について。このときの見せ場は、水の電気分解だ。水に電極を突っ込んだときに発生する水素と酸素を個別に集めると、その重さの比は1:8。きれいな整数比になった。この一例からもわかるのは、19世紀のモノ探究がただの元素収集ではなかったことだ。同時代に飛躍した電磁気学に助けられて、定量分析の域にまで進んでいたのである。

 

 ここで思うのは、原子論との関係だ。今の僕たちは、Hの原子量が1なのでH₂は2(*)、Oの原子量は16とわかるから、1:8はすとんと腑に落ちる。水素や酸素の原子が結びつく様子を思い描いて納得するのだ。だが19世紀は、原子論がまだ仮説でしかなかった。「…人と生涯」には「ファラデーも原子論の信奉者にならなかった」とある。原子のイメージなしに整数比をどう理屈づけたのか。19世紀人の物質像が気にはなる。

 

 この本で目を見開かされるのは、炭素をめぐる考察だ。それは、地球温暖化問題にも示唆を与える。たとえば、次の記述。「炭素は、固体として燃えますが、燃えたあとはもはや固体ではない」。燃焼によって気体に姿を変えてくれるのは、使い勝手が良い。だから、人類は炭素燃料を好んで用いてきた。それで出しつづけた二酸化炭素が地球を過熱する温室効果の元凶だったとは! なにごとも良いことずくめではない、ということか。

 

 ヤマ場は、著者が「私たち一人一人の体の中で、ロウソクの燃焼にきわめてよく似た燃焼の生命過程が起こっている」と語るくだり。これを裏づけるのにも実験が試みられる。ロウソクをガラス管内で燃やしているとき、その管に息を吹き込む。吹き消すのではない。息を吐いて送り込むだけだ。これで火は消える。人の肺が「空気から酸素を取り去った」ので、呼気からモノを燃やす力が失われたのだ。体内では、なにかが燃えているのである。

 

 ここで出てくるのが「私たち自身がロウソクのようなもの」という言葉だ。著者は実験で、砂糖を脱水すると炭素の塊が残ることを示す。体内では、糖分が酸化されているというわけだ。しかも、こうして発生する二酸化炭素は「植物にとっては、正に生命の源」となる。「ヒトはヒト同士依存しあっているだけではなく、共生する他の生物とも依存しあっている」。エコロジー運動の台頭よりも100年早く、その思想を先取りした卓見である。

 

 人は炭素とともにある。自身の動力源であるだけではない。太古から薪や炭に頼り、近代になってからは化石燃料を大量消費してきた。脱温暖化は脱炭素を意味するが、それがたやすくないのも当然だ。ファラデーのロウソクは、僕たちの時代まで照らしだしている。

*スマホ版で「H₂」が正しく見えない場合があります。「H」の次は「2」の添え字です。 

(執筆撮影・尾関章、通算406回)

 

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『量子コンピュータとは何か』(ジョージ・ジョンソン著、水谷淳訳、ハヤカワ文庫NF)

写真》0、1の重ね合わせ

 感涙ものの新聞記事に出会った。感動秘話でも美談佳話でもない。「国産量子コンピューター無償公開」という記事(朝日新聞2017年11月20日朝刊)。無機質感が漂うニュースになぜ心を震わせたのか。それが堂々、1面トップの扱いだったからだ。

 

 科学記者として、ぜひ見届けたいことがあった。自社の新聞が「量子」をめぐる記事を、その日のトップニュースにすることだ。ここで、量子の2文字は現代物理学の根幹をなす量子力学のことを指している。新聞の読者には、ほとんどなじみがない。だから、編集者からも「1面には不適、科学のページに載せればよいのではないか」という顔をされる。だが僕には、近未来を見通せばみんなで共有しておきたい言葉だと思われてならないのである。

 

 最もわかりやすい理由を、一つ挙げよう。今日のエレクトロニクスは、いずれ壁にぶち当たる。半導体チップに描き込む回路の配線幅を細くすることが、そろそろ限界に近づいているからだ。微細加工が難しいだけではない。極細の配線では、従来の回路理論が通用しなくなってしまう。量子力学ならではの効果が露わに見えてきて、別の制御法が求められるからだ。近未来の情報技術はもはや「量子」を避けて通れない、とみてよい。

 

 その「量子」は1990年代、科学の表舞台に躍り出た。量子情報科学の台頭だ。量子力学は、一つの粒子がA地点にいると同時にB地点にもいるといった複数状態の重なりを許容する。不在証明(アリバイ)が通用しない不可思議さだ。それが20世紀後半、極微や極低温の技術によって実験で実証されるようになった。この不可思議さをコンピューターや暗号システムの基本原理にとり込もうという研究が一気に広まったのである。

 

 1995年、僕は欧州に駐在していて、この動きを取材した。帰国後、新聞に連載して本にもまとめた(『量子論の宿題は解けるか――31人の研究者に聞く最前線報告』講談社ブルーバックス)。このとき話題の中心にあったのが量子コンピューターだ。それは、超高速の情報処理を可能にする実用技術であるだけでなく、量子力学の世界の常識外れをどう解釈するかという哲学の問いも提起していた。そのことが僕の心をとらえたのである。

 

 今回、僕の悲願を実現してくれた記事は、日本の国立情報学研究所などが開発した試作機を企業などに無償で使ってもらうという話。量子コンピューターが構想でしかなかったころを知る者には隔世の感がある。記事が巧妙なのは、この装置がどんなしくみで動くかについてほとんど触れていないことだ。それでいい、とにもかくにも量子の時代が到来したと伝えることこそが肝心なのだ。僕は後輩記者の快挙に、心のなかで拍手した。

 

 で、今週は『量子コンピュータとは何か』(ジョージ・ジョンソン著、水谷淳訳、ハヤカワ文庫NF)。著者は1952年生まれ、米国のニューヨーク・タイムズ紙などで活躍する科学ライター。僕にとっては同世代、同系統の人だ。この本にも科学者とは異なる視点があって、そこに共感を抱いた。原著は2003年刊、翌年に邦訳が早川書房から出て、09年に文庫化された。前述の拙著同様、量子コンピューター草創期の記録として読める。

 

 本題に入る前に「コンピューター」の表記についてことわっておく。当欄は、新聞流を踏襲して「ター」と音引きしている。ただ、技術者の世界では「タ」派が大勢だ。この本の翻訳もそちらの方式をとっているので、地の文と引用箇所は一致していない。

 

 著者は「私は、科学的内容と科学者の人物像とが織り合わさった話を書いたり読んだりするのが好き」と打ち明けたうえで「この本では科学的な概念だけで話を進めていく」と宣言する。そこで「量子コンピュータは無数の計算を別の宇宙で実行していると信じる、夜行性のイギリス人物理学者の幽霊のような風貌(ふうぼう)には、今回は触れない」とあるのには苦笑した。デイビッド・ドイチュのことだろう。拙著冒頭に登場してもらった人だ。

 

 人物よりも科学そのものを描くという選択を支えるのは、少年時代の体験だ。著者はエレキバンドをやっていたが、演奏よりもメカにハマったらしい。回路図を見ながら「もともとギターやベースの音だった振動する電気信号が、迷路のように入り組んだ線のどこを通っていくかを、指で追えるようになった」。真空管は「梃子(てこ)」であり、「微小な電圧の変化」を受けて「別のより大きな電圧を制御する」。その仕掛けに魅せられた。

 

 別の箇所では、幼いころに遊んだ玩具「世界初の電脳マシン組立キット」も出てくる。「単にスイッチとランプをつなげたくだらない装置」だったが、その落胆が後年、「コンピュータは実は、スイッチがたくさん入った箱にすぎない」との認識につながったという。

 

 量子コンピューターの話は、米ロスアラモス国立研究所を起点に始まる。核爆発のシミュレーションに用いられるスーパーコンピューター・ブルーマウンテンと、同じ敷地でひそやかに研究される量子コンピューターとの対比だ。前者では、スイッチの集合体ともいえるプロセッサーが6000個余も働いている。これに対して後者の試作機では、スイッチそのものが7個しかない。それなのにスパコン後の高速計算マシンとして期待されている。

 

 これは、量子スイッチがオンオフの二者択一でなく「両方の状態を取れる」(「両方」に傍点)からだ。オンを1、オフを0として、スイッチが二つの場合を考えると、00、01、10、11の4状態が重なり合う。計算は、状態の数だけ同時並行で進められる。スイッチが13個なら8192状態。プロセッサー数6000をゆうに上回る並列処理能力だ。量子力学の不可思議さが既存エレクトロニクスの物量作戦を軽くしのいでしまうのである。

 

 どんな物理系の重ね合わせ状態が計算に使えるのか。この本は、いくつかの方式を紹介している。イオントラップ、共振空洞QED(QEDは量子電磁力学)、NMR(核磁気共鳴)……。1990年代から2000年代初頭にかけて盛んだった手法だ。ただ、どれも既存エレクトロニクスの回路のようには小型化できない。そんなこともあって、最近はチップ化できる手法の開発が進んでいる。だからここでは、十余年前の方式を詳述しない。

 

 著者も「門外漢が知るべきことは多くはない」として、手法の違いを超えた本質に迫る。「何か粒子を捕まえ、二つの量子状態に好きなように1と0を割り振る。使うのは、スピン、エネルギー、力学的振動、電荷、どれでもかまわない」(「スピン」は磁気的な向き)。計算では、これを別の粒子と相互作用させて「1と0からなるあるパターンを別のパターンに変換する」。このとき粒子が1、0だけでなく、その重ね合わせ状態もとれるのがミソだ。

 

 こうした系に大敵なのが「デコヒーレンス(干渉性の消失)」。重ね合わせ状態が「周囲からのわずかな攪乱」で壊されることをいう。量子コンピューターでは「重ね合わせ状態が壊れれば、そこで計算は失敗する」「すべての情報は計算が終わるまで厳重に隔離しておかなければならない」。そっとしておくのが大事なのだ。だから計算途上で誤りを修正するには、処理中の数値を「読み取ることなしにエラーを見つけ、訂正できなければならない」。

 

 この本は、量子世界と僕たちの常識との齟齬についても語っている。「人間の脳は進化の過程で、奇妙な量子効果が現れないような膨大な数の原子の集合体に適応してきた」。原子の数がふえるほど、デコヒーレンスは起こりやすくなるのだ。この見方に立って「原子や電子や陽子も必ず二つの状態のどちらか一方にあるはずだという人間の直感は、極小の世界を知らない生き物の持つ偏見にすぎない」と言い切る。人間を相対化した卓見だろう。

 

 量子力学の不可思議さについてはさまざまな解釈がある。前述のドイチュが主張する「多世界」論も、その一つ。状態の重ね合わせを並行世界に結びつける考え方だ。著者は、諸説紛々の状況をこう総括する。「どの解釈も、突き詰めれば次の言葉に集約される。『人間の脳は、量子の法則を直感的に理解するようにはできていない』。それに理由などない」。その不可解さを人類の知としてどう共有したらよいのか。ここが科学記者の悩みどころだろう。

 

 1面トップが量子の中身に踏み込まなかったことにも、この事情が窺えるではないか。

(執筆撮影・尾関章、通算397回)

 

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『相対論の意味』(アルバート・アインシュタイン著、矢野健太郎訳、岩波文庫)

写真》測る

 重力波初観測がノーベル賞を獲った。この授賞は、僕が科学記者として見てきたここ数十年の物理学賞のなかで断トツの規模感がある。なんと言っても、あのアルバート・アインシュタインが一般相対性理論をもとに予想した人類未検知の波の存在を、100年たって1000人規模のチームが確認したのだ。一つの仮説の立証がときに世紀の大事業になる。そのことを、これほど力強く印象づけた事例はかつてなかった、と言ってよい。

 

 規模の大きさを物語るのは、その「100年」「1000人」だ。注釈をつければ、アインシュタインが重力波という現象を理論から導きだしたのは1916年、米国を拠点とするLIGOチームがその飛来をおととし秋にとらえ、論文にして発表したのは去年、即ち2016年だった。ジャスト100年後。しかも、その論文の著者数が約1000人。この規模感を踏まえて僕が心打たれるのは、最初の予言者が1人だったことである。

 

 僕は昨秋のノーベル賞シーズンに、LIGOチーム指導者たちの受賞が噂されたとき、重力波初観測にノーベル賞を贈るならまずアインシュタインにこそ、という小論を書いた(WEBRONZA2016年9月30日付「重力波ノーベル賞は、故アインシュタインに」、後段有料)。ノーベル賞はいま原則として故人へは授与されないからこれは暴論だ。だが、重力波の予言は、そのしきたりを破っても異論が出ないほどの偉業だと言いたかった。

 

 で、今週はそのアインシュタインの著作に挑む。ただ、事前に打ち明けておきたいことがある。ここでとりあげる本を、僕は完読したとは言えない。数式がたくさん出てくるが、それをきちんとたどってはいないということだ。数式スキップ方式である。

 

 そういう読み方が邪道であることは認めよう。ただ齢を重ねると、別の見方もするようになる。大部の著作や難解な専門書を手にとって、読まずに死ぬか、死ぬまえにちょっとでも読むか――そんな究極の選択で迷うことがあるのだ。たとえば、科学者の手になる数理系の書物ならば、数式が並ぶページを目にしてひるんでしまう。だが、僕はあえて自分に言い聞かせる。式の解読をあきらめても読み通したほうがよい、それでも得るものがある、と。

 

 数式の解読断念は、それを無視することではない。式を眺めていると、著者が言いたいことがほのかに見えてくる箇所がある。「わかった」と早合点はしないほうがよいが、四則演算の符号や等号、不等号などのイメージが論旨を読みとるうえで大きな助けにはなる。

 

 今回の1冊は『相対論の意味』(アルバート・アインシュタイン著、矢野健太郎訳、岩波文庫)。訳者のまえがきによれば、初版は1921年に米国プリンストン大学であった講義をもとにしており、翌年に大学の出版部門から刊行された。その後も改版が重ねられ、第5版が世に出たのは著者没年の55年。この邦訳は、58年に単行本として出版された(岩波書店)。文庫化は2015年で、脚注には最近の研究も反映されている。

 

 このまえがきには「相対性理論に対する、その創始者自身の手による、ある意味での通俗解説書として、非常な好評をはくした」ともある。このくらいの数式は「通俗」レベル? 僕にはそうとは思えない。たぶん、数式スキップ方式をとった読者も多いのではないか。

 

 冒頭部から伝わってくるのは、物理学者としての矜持だ。科学の目的を「われわれの経験を系統立て、それらを1つの論理的な体系のなかにもちこむこと」と宣言する。最初にもちだすのは時間論。「われわれの思い出す個々の事象は、“より前”および“より後”という規準に従って配列されていると思われる」と、まずは個々人の実感に言及する。だが、それらを突きあわせると「共通な感覚」に至る。人はこれを「現実のものと見なす」という。

 

 著者が強調するのは、自然科学なかんずく物理学はこうした共通感覚を扱うということだ。このくだりでは、主観の「より前」「より後」を数値化する手だてとして時計を使えることが書かれている。現実は、計量によってこそつかみとれると言いたいのだろう。

 

 科学の概念体系の当否は「われわれの経験の集成を表現するのに役立つ」かどうかにかかっている、とも主張する。返す刀で、哲学界の傾向に対して痛烈な言葉を浴びせる。「哲学者たちは、ある種の基本的な概念を、それを制御しうる経験領域から、“先験的必然”という捉え難い高所へ運ぶことによって、科学的思考の進歩に対して1つの有害な影響を与えたと私は信じる」。観念に溺れるな、経験に寄り添え、という立場だ。

 

 この本には、これだけはスキップしたくないと思う式がある。剛体内の2点間の距離をs、直交座標軸をx、y、z、2点のずれを座標ごとにみたものをΔx、Δy、Δzとすると、sの2乗=Δxの2乗+Δyの2乗+Δzの2乗(*1)になるというものだ(ここでは、文字の使い方などを改めた)。ピタゴラスの定理の3次元版と思えば、わかりがよいだろう。(当欄2017年7月7日付「重力波を世界観として受けとめる」参照)

 

 剛体とは、机や石ころや地球のように形の定まった物体をいう。前の段落で言っていることは、剛体の2カ所に印をつけたとすると、その2点間の距離は直交座標軸の向きをどう変えても同じになるということだ。著者は、これを「方向に関する相対性原理」と呼ぶ。では今度は座標系を走らせてみたらどうか。その系が等速直線運動するとき、即ち慣性系のときは同じ物理法則を適用しても構わないというのが「特殊相対性原理」である。

 

 さあ、ここからが相対論だ。ふつうの力学ならば特殊相対性原理はすんなりと成り立つ。ところが、電磁現象が入り込むと面倒になる。電磁波、即ち光の真空中の速度はどの慣性系でも変わらないことが実験でわかっている。だから、特殊相対性原理は光速不変と両立させなくてはならない。このために空間と時間を「互いに分離した実在」とする見方を捨てる必要があった。つまりは「4次元時空連続体」を考える。ここに特殊相対論が登場する。

 

 特殊相対論でも、上記の*1に似た式が成り立つ。sの2乗=Δxの2乗+Δyの2乗+Δzの2乗−cの2乗×Δtの2乗(*2)。ここでtは時間の座標だ。マイナス符号や真空中の光速cがやや目障りだが、空間と時間の同列感はそれとなく感じとれる。

 

 *1の左辺は2点の離れ具合を表していた。それがゼロなら2点は実は1点だったことになる。一方、*2の左辺は二つの「事象」の離れ具合。こちらのゼロは、事象同士が「真空中の光信号で結び得るための不変の条件」を意味するという。世界には光よりも速い通信手段はない。4次元時空にこの条件を満たす点の分布を描いたとすると、それは一つの事象に対して因果関係でつながる領域とつながらない領域との境目になる。

 

 *1と*2には、左辺が不変量という共通点がある。*1では座標系の向きによらず、*2では慣性系の違いによらず、それが言える。ただし後者では、慣性系の運動次第で時空の尺度が変わる。定速で真直ぐ走る列車では物差しが縮み、時計が遅れるのである。

 

 そして、いよいよ一般相対論。ここで著者は、自らが見いだした特殊相対論を批判する。一つは、等速直線運動を特別視したことだ。「ある特定の運動状態を他のすべての運動状態から区別する理由は1つも考えられない」という。もう一つ、時空を絶対視して「物理的条件によっては影響されない」とみていることにも修正を加える、時空は物質がもたらす重力場によって歪む。それがときには波となって広がる。これが、重力波である。

 

 興味深いのは、一般相対論でも*1や*2に似た数式が出てくることだ。時空の歪みをどう表すかをめぐって、微小領域の距離を考察することから始めて任意の座標系で成り立つ左辺不変の式を得る。2点間の距離測定のような日常の計量を4次元時空に転用して、さらにはその歪みまでも記述する道具にした。ここに、アインシュタイン相対論の醍醐味がある。それにしても、時空がグニャグニャな話の出発点が剛体にあるというのは愉快だ。

 

 数式スキップの読書で数式の凄さを知る。正攻法でなくとも、そのことだけはわかる。

(執筆撮影・尾関章、通算390回)

 

■引用箇所はとくにことわりがない限り、冒頭に掲げた本からのものです。

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『進化とは何か――ドーキンス博士の特別講義』

(リチャード・ドーキンス著、吉成真由美編・訳、ハヤカワ文庫NF)

写真》恐竜、今はおもちゃだが……

 宵闇に虫の音が聞こえる季節になった。ちょっと前までは、朝昼夕に蝉しぐれを聞いていたばかりだ。不思議と言えば不思議。どちらも、周りに自分たちより数十倍も大きな生きものがわがもの顔で暮らしているというのに、恐れを知らず大胆に音波を発している。

 

 この一点をもってしても、生物界がどれほど多様であるかがわかる。ヒトは、コオロギやスズムシやミンミンゼミやヒグラシにとって欠かせない存在ではない。むしろ自然破壊で棲み処を奪う迷惑な大動物だが、天敵というほどの悪役ではなかろう。逆に、これらの虫がヒトの生存に不可欠ということもない。せいぜい季節感をもたらしてくれるくらいの利害関係が薄い間柄だ。地球には、異種生物がたまたま居合わせたように共存している。

 

 だが、これは生物界をこの一瞬で切りとったときの話だ。人類が現れ、有史時代となり、西暦2017年某月某日を迎えた今の断面図では、ヒトはコオロギ、ミンミンゼミの仲間とまったくの別物だ。ところが、ここに時間変化の概念をもち込むと、その確信は揺らいでくる。ヒトは太古からヒトだったわけではなく、変身に変身を重ねてきたらしい。先祖をたどれば、ヒトもコオロギもミンミンゼミもみんな同じ種だったのかもしれない――。

 

 欧州で中世まで支配的だった人間観は、ヒトという生きものの時間変化に無関心だった。野蛮さが薄れ、文明を手にするということはあっても、ほかの生物種との間にある壁は不可侵のものと高を括っていたように見える。たとえば、旧約聖書『創世記』のアダムとイブを思い起こせばわかるように、人類は最初からヒトだったというわけだ。それを一変させたのが、19世紀半ばに英国の生物学者チャールズ・ダーウィンが提唱した進化論である。

 

 ここで僕が興味をそそられるのは、欧州で中世後、啓蒙思想と進化論が相次いで台頭したことだ。前者は人間の人間らしさを理性に見いだして、それを尊重しようとする。これに対して後者は、ヒトの起源に野性をみて、その軌跡を跡づけようとする。真反対の方向性がほぼ同期したのは、皮肉と言えば皮肉だ。ただ、それは偶然ではないだろう。人間の理性が科学的な思考を強めた結果、そこにヒトの野性が見えてきたということではないのか。

 

 この展開は含蓄に富んでいる。たとえば環境問題。現代のエコロジー思想は生態系(エコシステム)の存続をめざしており、人類は系の一員として系全体を守る立場にある。そこには、野性世界に対する深い敬意がある。ただ、生態系保全の必要を感じるのも、そのための方策を練るのも、先日当欄に書いたように理性をおいてほかにない(2017年9月1日付「もう一度、グリーン経済を考える」)。理性が野性を支えるという構図である。

 

 で、今週は『進化とは何か――ドーキンス博士の特別講義』(リチャード・ドーキンス著、吉成真由美編・訳、ハヤカワ文庫NF)。著者は英国の進化生物学者。著書『利己的な遺伝子』で有名なDNA時代の進化論の語り部だ。この本は、1991年にロンドンの英王立研究所で開かれた少年少女向けの講演「宇宙で成長する」をもとにしている。後段では、編訳者による著者インタビューも。単行本(早川書房)は2014年、文庫本は16年刊。

 

 冒頭部で目を引くのは、やはり時間軸のことだ。「宇宙が誕生してから一億四〇〇〇万世紀のあいだ、初めから一世紀ずつすべての世紀が、過去に『現世紀』であったことがある」と書く。宇宙史は途方もない数の時間断面の積み重ねであり、そのうちの「小さなスポットに、たまたままったくの偶然でわれわれが生きている」ということだ。ここにあるのは、人類の相対化。今の常識で宇宙の通史を論じてはいけないという戒めである。

 

 そのうえで第2章「デザインされた物と『デザイノイド』(デザインされたように見える)物体」を読むと、時間軸の意義がわかってくる。「デザインされた物」としては、時計や顕微鏡のような工業製品を思い描けばよい。「デザイノイド」は、それと似て非なるものだ。「一見デザインされたようにみえますが」「まったく異なるプロセスからそのような形になっています」――蛇や食虫植物などの生きもののかたちが、その典型らしい。

 

 この章では、その「まったく異なるプロセス」がダーウィン進化論の「自然選択」であることが明かされる。たとえば、オオカミの形態にも「生き残れるものが繁殖することになり、選択は自動的になされる」というしくみがみてとれる。「足が長すぎもせず短すぎもせず、よって速く走れるもの」や「歯が鈍すぎもせず鋭すぎもしないもの」が生き残る、という。ちなみに歯は鋭いほうが有利に思われるが、度が過ぎると割れやすくなるらしい。

 

 おもしろいのは、こういう「選択」が今はコンピューターで再現できることだ。一例は、P・フックスという研究者がつくったクモの巣のプログラム。巣づくりの「手順」に「遺伝的制御」を導入し、後続世代のクモがつくる巣を複数予想して、ハエ捕りにとって「最も効率の良い巣」を選びとる作業を繰り返すと、巣の形態が進化する。これは、クモ自身の進化も意味する。効率の高い巣をつくる遺伝子を具えたクモが生き残るからだ。

 

 親から子へ、子から孫へ、という代替わりが生物のありようを徐々に変えていく。図面1枚で完全な製品をえいやっとつくるわけではない。長い歳月をかけて少しずつ改良を加えていく。時間軸があってはじめて成り立つものづくりの方法と言えよう。

 

 これはもちろん、よいことばかりではない。デザイノイドには「デザインされたものにはありえないような『欠点』」がある。完全主義ではないのだ。ヒラメの仲間オヒョウは、海底にへばりついているうちに「ゆっくりとした進化の過程を経て、砂に面していたほうの目も頭の反対側に移動していき、上を見るようになった」。このため頭がデフォルメされ、「ピカソが描いた魚」のようだ。初めからデザインしていれば、こんな事態にはならない。

 

 その一方で、自然選択によるデザイノイドづくりは途方もない偉業を成し遂げてきた。第3章「『不可能な山』に登る」では、動物の目の進化を再現するコンピューター実験が紹介される。ダン・ニールソンという科学者の研究だ。その結果では、控えめにみても25万世代の代替わりがあるだけでレンズを具えた目をもてるようになった、という。動物の1世代を1年とみれば25万年。長いと言えば長いが、地球の歴史からみればほんの一瞬だ。

 

 この本が凄いのは、生きものがデザイノイドであるとの論陣を張るためにデザインという行為そのものまで進化の軸に位置づけたことだ。デザインは脳が進化してこそ可能になる。それまでは、デザインなしにかたちをつくらなくてはならなかったではないか!

 

 著者は、ヒトの脳に「飛躍をもたらした」ものとして、三つの要因を挙げる。一つは「想像力」。これは「起こったかもしれない事柄」まで扱うシミュレーション能力を高めた。もう一つは「言語」。個体間が言葉を交わすことで「脳同士のネットワーク」を築けるようになった。そして三つめが「テクノロジー」。それは、身体能力を拡張する道具とともに「すべては、必ず目的を持って作られている」という認識を生みだしたとみている。

 

 ここで僕が苦笑いしたのは、科学の実用偏重を思ったからだ。科学者は研究費を獲得しようと、成果が役に立つことを強調するのに躍起のように見える。これは、まず目的ありきのデザインを想定した発想だろう。だが、科学にもデザイノイド流の進化があるはずだ。

 

 訳者によるインタビューでは、この進化観は生物界を読み解くだけではないとの見方が印象に残る。著者は、生きものは遺伝子が存続するための乗りものに過ぎないという持論を文化現象にも広げて論じた人だ。たとえば、「野球帽を前後逆にかぶる」行為も「ミーム(模伝子)」の複製として説明する。ここでは「『自然選択』のメカニズムというのは、おしなべてどんな自己複製する情報記号にも働くということを言いたかった」と打ち明けている。

 

 この本を読むと、科学書を理科好きの占有物にしてはならないと痛感する。ドーキンスは、生物界を観察して情報化した人間社会の深層に潜むしくみまでも見いだしたのだ。

(執筆撮影・尾関章、通算386回)

 

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『重力波とはなにか――「時空のさざなみ」が拓く新たな宇宙論』

(安東正樹著、講談社ブルーバックス)

写真》歪む座標

 当欄は、ときどき科学ものをとりあげている。筆者は職歴をもとに科学ジャーナリストを名乗っているのだから、本当ならばもっと頻度高く科学を語るべきかと思うが、年を重ねるごとに内心の職歴ばなれが進む。そんなわけで、しばしばではなく「ときどき」になる。

 

 これは決して、科学が嫌いになったということではない。科学を科学としてのみとらえることに限界を感じてきたのである。語弊を恐れずに言えば、科学を科学の視点だけからみたのでは科学のおもしろさが半減する、ということだ。もちろん、科学の中身を非科学で歪めようというつもりは毛頭ない。科学を広い視野に置いてみることで現れる風景を味わいたい。本の渉猟が雑食度を強めているのも、視野を広げる一助にはなっているはずだ。

 

 科学を広い視野に置くとは、それを技術に結びつけて経済成長の特効薬ともてはやすことや、その反対に環境破壊の元凶となじることを指してはいない。経済成長と環境破壊の対立軸でみる発想は、近現代以降のものだろう。それはそれで大いに考えなくてはならないことだが、ほかにも座標軸があることを忘れてはならない。自然科学とは人間にこの世界の見え方を教えてくれるものなのだから、もっと深く掘り下げて考えたほうがいい。

 

 たとえば、素粒子論。論文は数式ばかりなので、僕たち部外者には到底太刀打ちできない。ただそれは、物質世界の土台が今日も昨日と同じように続く、という安定性の根源を知るうえで大きな力になってくれる。クォークという最小の粒がどう結びつき、それによって生まれた陽子や中性子がどのように原子核をかたちづくっているのか――この探究は、家屋の土台がどんなかを知ろうとするようなものだ。それなしには賢い住み方はできない。

 

 振り返れば、日本社会は「土台知らず」の過ちを犯してしまったのではないか。原子力発電所を3・11の福島第一原発事故までひたすら造りつづけたことである。安定世界の礎ともいえる原子核の力が、火力のもととなる電磁力や水力のもととなる重力とはまったく異なることに十分意を払わず、核の蓋を壊して莫大なエネルギーをとり出そうとする。そんな強引な企ての到達点が、増設を重ねた末の原発50基超だったように思える。

 

 この一例からもわかるように、自然科学から世界の見え方を引きだすことは人々が日々適切な判断を下してゆくうえで欠かせない。前述したような経済と環境を座標軸とする議論も、人々が科学の知見を十分に吟味してはじめて深まる、と言えるだろう。

 

 では、去年世界をあっと言わせたあの科学ニュースはどうだろうか。アルバート・アインシュタインが100年前に予言していた重力波を捕まえたとの報だ。宇宙の彼方で起こった巨大な重力現象が時間空間を震わせ、時空伸縮の波となって地球にも届いた、という出来事である。国際チームが米国の2カ所に置いた巨大観測装置LIGOで2015年9月に検出した、と16年2月に発表した。これは、自然の見え方をどう変えるのか?

 

 ということで、今週は久しぶりの物理本『重力波とはなにか――「時空のさざなみ」が拓く新たな宇宙論』(安東正樹著、講談社ブルーバックス)。著者は1971年生まれの実験物理学者。京都大学出身だが東京大学などで研究生活を送り、今は東大准教授として重力波観測の将来計画にもかかわる。この本が出たのは、奥付によれば去年9月14日。奇しくもLIGOによる重力波初観測からちょうど1年の記念すべき日だった。

 

 本題に入る前に、いきなり「あとがき」を引こう。共感を禁じ得ない記述に出会ったからだ。重力波初観測の報道に接したとき、メディアの「ノーベル賞級の成果」という常套句に違和感を覚えたとして「誰の手柄だとか、誰に賞を授けるとかという次元の話ではなく、人類の科学の進歩に関わる歴史的な出来事だろう、と思えた」と書く。その通りだ。見えなかった世界を見せつけてくれたのだから、これはノーベル賞どころの騒ぎではない。

 

 この視点に立つと、この本の圧巻は第1章「重力波の前に」、第2章「これが重力波だ」である。著者の意図では、後続の章で重力波観測の醍醐味や宇宙論の未来を語るための予習という位置づけだったのだろう。だが、僕はあえてここをイチオシする。専門外の人向けなのに、数式をどんどん出してくる。だが、それは演算のためではない。式を眺めていると、物理学のメッセージがなんとなく伝わってくるような工夫が凝らされている。

 

 その記述の要点をなぞっていこう。まずは空間の歪みをどう表すか。2次元空間、即ち平面の2点間の距離dは、碁盤目の直交座標ならx座標の差Δxとy座標の差Δyで表せる。dの2乗=Δxの2乗+Δyの2乗。ピタゴラスの定理である。ところが空間が歪んで斜交座標になると、右辺に2ΔxΔycosθという項が加わる。θは二つの座標軸がなす角度。直交座標ならcosθがゼロで、この項が消えるから辻褄が合う。

 

 ここで著者は、一般相対論が想定する4次元時空の歪みへ話を進める。そこでも2点間の距離は同様に求められる。ただし、上記cosθに相当する係数は16個要る。物理学者は、この1組16個を4行4列の行列(マトリックス)で書く。テンソルという数量だ。

 

 一般相対論は、アインシュタイン方程式に要約される。左辺は時空の歪みを示すテンソル。右辺には物体やエネルギーの様子を表すテンソルがある。こうして時間空間がモノとその動きに結びつけられる。左辺側が波を伝える条件を満たすときに重力波が出る。右辺のモノがただ動けばよいわけではない。動き方が「四重極的」でなければならないという。連星のように「2つの物体がお互いの周りをくるくるまわっているとき」などがこれに当たる。

 

 ここまでで言えるのは、重力波がこの世界の枠組みの柔らかさを感じさせてくれたことだ。一般相対論の予想通りに宇宙空間が歪んでいることは、すでに巨大天体が光を曲げる重力レンズ現象などからわかっていた。その歪みが、動的な実在として立ち現れたのが重力波なのだと言えよう。もちろん、それを検知するのは観測装置であって人間の五感ではない。ただ、初観測は実感に近い衝撃をもたらした。その様子はこの本からもうかがえる。

 

 初観測のときの研究者の反応をみてみよう。最大の驚きは「重力波信号の振幅があまりに大きく、明確だったこと」だという。おもしろいのは「最初に信号の波形を見た人の多くは『これは信号インジェクションに違いない』と思ったそうです」という話。観測チームは検出や解析の能力を試すため、実験機器に「模擬重力波信号」をこっそり入力(注入=インジェクション)することがある。メンバーの一部しか知らないこの試験が疑われたのだ。

 

 もちろん、これは注入ではなかった。つまりは、本物が「人為的」な信号にそっくりだったのである。そもそも重力波とは、人類の能力ではとらえられない現象だった。それが実在するらしいという予想は、アインシュタインが理論から導きだしたものにほかならない。その存在が確かめられただけでもすごいのに、見つかった波のかたちが理論によってはじき出されていたものとそっくりだった。人間の思考の力強さに圧倒されるではないか。

 

 重力波の波形予測は数値相対論という分野が進めてきたもので、2000年代に入って急進展した。これについては、当欄「重力波、宇宙は人が考えた通り!」(2016年2月19日付)で触れている。このときに紹介した『ブラックホール・膨張宇宙・重力波――一般相対性理論の100年と展開』(真貝寿明著、光文社新書)は、初観測を知る前に書かれた。今回の本は知った後の刊行なので、併読すると数値相対論の威力を痛感する。

 

 『重力波とは…』の後段では、重力波観測でわかってきそうなことが列挙されている。銀河中心の巨大ブラックホールは恒星級のブラックホールが合体を重ねて大きくなった、とする仮説の当否もその一つ。時空のさざなみは今後、人々の宇宙観を豊かにするだろう。

 

 理詰めで考えることで、感じとれないものを感じとる。物理学は、こうして宇宙に潜むダイナミズムを発見した。それは、五感ではなく頭脳が切り拓く天文学だとも言えよう。

(執筆撮影・尾関章、通算376回)

 

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